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悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!  作者: 夕香里
第二章 アルメリアでの私の日々
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王女と婚約者

 魔法薬学の授業の後に歴史の授業を受け、あっという間にお昼休みを迎えた。


「わぁ! 天井が高いですね」


 私はマーガレット王女とアレクシス殿下に連れられてカフェテリアに足を踏み入れる。


 吹き抜けのカフェテリアは天井がガラス張りで、建物を支えるように数本の加工された大木がそびえ立っていた。外には庭園が広がっているのか、花壇や芝生が見え、生徒の中には外に置かれたベンチでお昼を食べている人もいる。


 中はというと、ビュッフェ形式なのか、正面の長机には銀色のスープケトルやチェーフィングディッシュが置かれ、生徒が蓋を開けると白い湯気が立ち上る。漂ってくる匂いは食欲をそそり、気を抜くとお腹が鳴ってしまいそうだ。


 奥には飲食スペースがある。軽食ではなく、きちんとした料理を購入できる場所はここだけなので、生徒でごった返している。

 ワイワイガヤガヤと話し声も四方八方から聞こえてきて賑やか。


「皆早いわね。座る場所あるかしら……」


 マーガレット王女はそう言って辺りを見渡す。私も席を探すが、カウンター席はまばらに空いているだけで、テーブル席に至っては全て埋まっているように見える。三人一緒には難しそうだ。


「──あったよ。マーガレットおいで」


 呼ばれて私とマーガレット王女は後ろを振り返る。そこには窓側の空いたテーブル席の前にアレクシス殿下がいた。


「お兄様流石! 窓側なんて人気で空かないのに……運がいいわ」


 アレクシス殿下に駆け寄ったマーガレット王女はそう言った。


「もっと褒めてくれ」


「ハイハイさすがさすが。すばらしいー」


 棒読みでマーガレット王女はアレクシス殿下を褒める。そんな中、私の目に付いたのは外の景色だった。


「──窓側は外の景色が美しくて人気出るのはもっともですね。お花が綺麗です」


 ガラスに手を添えればひんやりとしている。ガラス一枚隔てたところに咲いているのは真っ白な花だった。誰かが如雨露で水をあげたのか、花びらに水滴がついている。


「ああ、それ、毒花だよ」


「え」


 さらりと告げられた衝撃的な発言に言葉が詰まり、その場で固まる。


(とっても可愛いのに……毒花? 嘘でしょ?)


「見た目は綺麗だから景観上そこに植えられているだけなのよ。間違って生徒が触れないように保護魔法がかかっているわ。一定距離、手を近づけると弾かれるの」


 マーガレット王女も淡々と説明しながら、席を離れるためにハンカチをテーブルの上に置く。


(見たことない植物には近づかないようにしよう)


 私はそう心に決めて、案内されるまま、列に並んだ。


「わぁ全部美味しそうですね」


 ソルリアで食べていた料理も置かれていたが、やはり知らない料理が多かった。

 基本的に嫌いな食材はないので、見た目で昼食を選び、少しずつよそう。最後に氷と水をコップに注いで席に戻る。


(あれ? アレクシス殿下のほかにもう一人……)


 二人、席にいる。


 四人がけの席なので元々一席空いていたが、そこに見知らぬ青年が座っている。その人物は先に戻っていたアレクシス殿下とにこやかに談笑していた。


「マーレ、あれは誰ですか」


 アレクシス殿下の知り合いならば、彼女も知っているだろう。そんな軽い気持ちで聞いたのが間違いだった。


「誰って…………なんで」


 見る見るうちに顔が曇り、凍りついていく。怒っているようで傷ついているようで。私はあの青年が、彼女にとって良い人ではないのを悟る。

 

「あっ、待って」


 マーガレット王女は席に戻り、大きな音を立てながらトレーをテーブルに置いた。慌てて追いかける。


「──やあ、僕の婚約者。ご機嫌いかがかな?」


(婚……約者? って誰の?)


 座りかけていた私は固まった。アレクシス殿下はまだいないと言っていた気がする。私にはもちろんギルバート殿下がいる。この中で残っているのは──


 思わずマーガレット王女に視線を向けると、彼女は苦虫を噛み潰したような険しい顔になっていた。


「貴方が来たせいで最悪です」


 口調が変わり、冷ややかで、抑揚の消えた声が紡ぎだされる。これは本当にマーガレット王女の声なのだろうか。にわかには信じられない。


「そんなこと言わないで」


「知らないです。さっさと私の視界から消えてください」


 手で追い払う仕草をされ、青年は取り付く島もない。


 だが、金髪に紺碧の瞳を持つ青年はめげない。いや、気にしていないと言った方が正解だろうか。内心は違うのかもしれないが、表向きはそう見えた。


「アレクシスには同席していいと許可をもらった」


「そうですか。ですが、ラスター公爵令嬢には許可を頂いてませんよね。この場に同席する全ての人に訊ねるのが道理では?」


 全員の視線が状況を把握出来ていない私に向く。こっちを見ないで欲しい。婚約者だと聞こえたが、先に彼が何者なのかを教えて欲しい。


「ラスター公爵令嬢……? すまない。名前を存じ上げないのだが……留学生の方かな?」


 記憶を辿っているのか、首を捻って考え込んでいる青年に、アレクシス殿下は助け舟を出した。


「──ソルリアの王太子の婚約者だ。今学年から留学に来た」


 ああ、王太子の……と軽く彼は頷いた。どうやらギルバート殿下のことは知っているらしい。


「これは失礼しました。お初ですね。私はジェラルド・シモンズ。アルメリア国のシモンズ侯爵家の者です」


 立ち上がったジェラルド様に手を取られ、甲に唇が軽く触れる。


「お初にお目にかかります。ソルリアから留学に来ましたアタナシア・ラスターです。お会いできて嬉しいです」


 私も頭を下げて挨拶をして、マーガレット王女の隣に腰を下ろした。


「ではアタナシア嬢、私も同席していいかな?」


「ええ、私は構い──」


 了承しようとして、服を引っ張られる。見ると、マーガレット王女が切実な視線で私に「拒否して」と訴えていた。


 彼女が何故、頑なに彼を退けようとするのか。正直わからない。私の中での第一印象は悪くないから余計に。


(ええっと……どうすれば……)


 助けを乞うように、アレクシス殿下に視線を送る。私の視線に気がついた彼は口を開いた。


「ジェラルドは悪い人ではないし、出来れば座らせてやって欲しい。どうだろうか」


(つまり、一緒に食べても大丈夫ということかしら?)


 マーガレット王女は嫌そうだが、彼女に害を成す者ならば、アレクシス殿下はこんな行動に出ないだろう。むしろ追い払う。まだ少ししか彼らのことを知らない私でも確信出来た。


「一席空いていますし、私は構いませんよ」


(マーガレット王女様、ごめんなさい)


 心の中で謝って、私はジェラルド様に向けて答えた。


「ありがとう」


 爽やかな笑みを浮かべたジェラルド様と反対に、私の隣から漂ってくる空気は冷たい。寒い。


「どうしてマーガレットは私を避けるのかな。今、完全に座らせないつもりだっただろう」


「ご冗談を……婚約者であるジェラルド様を避けるなんてそんなことしません。────むしろ先に避け始めたのは貴方の方なのに」


 スープを掬って、下を向いていたマーガレット王女はボソリと呟いた。それは喧騒によって掻き消される。


「ん? ごめん。後半の方が……」


「些細なことなのでお気になさらず。アタナシア様、早く昼食を食べてしまいましょう?」


 こちらを振り向くマーガレット王女の微笑みは、貼り付けたような感じだった。無理に笑っている。バレバレだ。


(──何か複雑な事情があるのね。この雰囲気……居心地が悪い)


 マーガレット王女は先程から砕けた話し方ではなくて、ずっと敬語。それだけならまだしも、ピリッと張り詰めている。アレクシス殿下も普段通りに見えるが気を張っている。


 詮索するのは野暮である。今更だが相手は王族だ。迂闊に私が尋ねられるはずがない。


 なので話を振られた時以外は黙っていようと決めた。ただその前に一つだけ。質問してもいいだろうか。


「あの、ジェラルド様はマーガレット王女殿下の婚約者という認識で私は大丈夫でしょうか?」


「そういえば言ってなかったね。ジェラルドはマーガレットの婚約者だよ」


「──現時点ではね」


 補足のようにマーガレット王女に耳打ちされる。その声はか細かった。


「何をアタナシア嬢に言った?」


「お兄様と同じことです。彼は私の婚約者なのだと」


 そう言って彼女はサンドイッチを口いっぱいに頬張った。咀嚼して、水で流し込む。その食べっぷりは口に物が入っているから話しかけるな。そんな感じの雰囲気を醸し出している。


「ご馳走様でした。先に行きます。三人はゆっくり食べてください。では」


 一方的にマーガレット王女は告げて席を立つ。私が追いかけようと椅子から腰を浮かせば、アレクシス殿下に制された。


「え、でも、あの」


 彼女が紛れた人混みとアレクシス殿下を交互に見る。すると彼は首を横に振った。


「あの状態では聞く耳を持ってくれない」


──見苦しいところを見せてしまって申し訳ない。そんな感じで彼は少しだけ頭を下げる。そしてジェラルド様に向き直った。


「ジェラルド、本当にお前は何をした。妹は君の顔も見たくないようだ」


「分からないから困っているんだよ……何度考えても身に覚えがない」


 先程とは打って変わって項垂れるジェラルド様はテーブルに突っ伏し、慰めるようにアレクシス殿下が彼の背中をさすったのだった。

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