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悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!  作者: 夕香里
第二章 アルメリアでの私の日々
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片鱗

「ふう」


 自室に備え付けられていた椅子に腰を下ろす。


「なんだか私、マーガレット王女の泣いている姿毎日見てる気がする……」


 そう錯覚してしまうほど高確率で見ているのだ。アレクシス殿下が言うには人前でこれほど泣いているのは珍しいとのこと。

 あの後ポロポロと涙を零したマーガレット王女が泣き止むと、校内を案内してくれた。

 残念ながら敷地内は広すぎて全てを案内してもらうことは無理だったが……。一緒に回ることができたのは嬉しかった。


 不意に睡魔が襲ってきて、頭が前にカクンッとなった。


 無意識に気を張っていたからだろうか、一気に疲れが押し寄せる。


(とても……眠いわ……少しだけ……寝よ……ぅ)


 視界が霞み、私は夢の中へと沈むように落ちていく。



◆◆◆




 沈んだ夢の中は心地いい微睡みの世界ではなくて、雑音が酷かった。ザアザアと大雨が私の周りだけ降っている。加えて霧が辺りを覆い、視界が悪い。不思議な世界だった。


「ここは……庭?」


 しゃがんで地面に手をつけば雨で泥濘んでいて、ドロッとした土が手に付き、着ていたワンピースの裾を汚していく。


 手を伸ばすと硬い何かにぶつかった。


「これは、私の家の!」


 よく見えないので顔を近づけて見ると、庭園に設置されている初代公爵の像だった。


『────か。殿下、どうかしましたか』


「……えっ」


 自分の声が、聞こえるなんて誰が思っただろうか。夢だからなのか。元から霧なんてなかったかのようにパッと晴れた視界。未だ続く雑音。びっくりして振り返るとそこには、大人びた私。


 1度目の人生よりも髪は腰よりもっと下まで伸びていて、椅子に座っているアタナシアは艶やかな髪を垂らしながら優雅にお茶を飲んでいた。


 これは……私の願望? だって明らかに生きていた年齢よりも、1歳以上は上だ。


 生きていたら……このくらい美しい女性に成長できたのだろうか。もう答えは出ないけれど、それでも考えてしまう。


『アタ……ナ……シア?』


 呆然と、いや、驚きだろうか。目を見張った彼はそこに立っていた。まるで亡霊を見たかのようにアタナシアに近づいて行く。


『────して。いや、げ──?』


 雑音が酷くて聞き取れない。もう少し近くに行こうとしても、見えない壁があるようで近付けなくて、ああ、壁があるんだと私はすんなり受け入れた。


 ここは夢の中。非現実なことも、現実なことも、もちろんありもしないことが普通として起こる空間。


 私はいないものとして彼らの会話は進んでいく。


『体調でも……ですか? あっ、──や、からか────?』


 頬に触れた彼の手に、彼女は手を添え微笑んだ。


『どこ────大──?』


 頬、手のひら、背中、脚、隈無くアタナシアの身体を見ていく。彼女は不思議そうにしながらされるがままに座っている。


『ギル、どうして泣いているの』


『え』


 ギルバート殿下の瞳からいつの間にかつーっと液体が流れていた。アタナシアに指摘されて、彼は涙を拭っては濡れた指先に驚いている。


『これ……は』


 2人の姿は徐々に薄く、白く、なっていく。現実世界の私が目を覚まそうとしているのだろう。


『────ってて、まだ…………で…………けるから。しょ────から』


『ギル?』


 戸惑うように、何が起こってるのか分からないように、アタナシアはギルバート殿下の背中をさする。


『ほんとうにどうしたの? 貴方らしくないわ』


『ダメなんだよ。無理なんだ』


 会話は繋がらず、一方的にギルバート殿下が話す。

 はっきりと聞こえる声は切なげで何かに苦しんでいるようだった。


『アタナシア、君は今幸せかい? そうだと嬉しいのだけど』


『何を仰るの? 幸せよ。とっても幸福だわ。だって貴方がいるもの』


 頬を赤くそめながら問いに答えたアタナシアの表情は、愛する者に向けるもの。


 なのにギルバート殿下はそれを見て僅かに顔を歪ませた。


(どうしてそんな顔を……)


 近寄れない私はその場に立ち尽くす。


『おろ────して。か…………がい』


 ギルバート殿下は、アタナシアの日焼けを知らないような手を握ってその場に跪く。まるで忠誠を誓うように。


『また、逢いにくるよ。絶対に。言われるの嫌だろうけれど愛してるアタナシア』


 泣きそうな顔で手にキスを落とす。そしてぎゅっと暫しの間抱きしめて去っていく。


 私は……この光景を知っていたような気がする。だけど夢はたまに錯覚させる。ほんとうは起こっていない出来事なのに起こった事として。なので確信は持てない。


 もう辺りは真っ白で霧が濃くて何も見えない。聞こえない。


「お嬢様! 魘されていたようですので起こしました。大丈夫ですか?」


 ハッと目を覚ませば、ボヤけた視界に、暗い室内、そして私を覗き込むルーナの瞳。


「あ……れ……?」


 一瞬どこにいるか把握出来なくて辺りを見渡す。


「お嬢様……悲しい夢でも?」


 ハンカチを頬に添えられてようやく泣いているのだと気がついた。


「まだ……分からない。分からないのよ。わたしは…………とても酷くて儚い夢よ……こうなったら嬉しかった……願望みたいな……」


 再び眠気が襲って来てあくびがでてしまう。


 寝てはいけない。寝たら……忘れてしまう。だけど睡魔に抗えない。


「忘れて……?」


 自分が考えたことに疑問を持つ。どうして私は忘れてしまうなんて思ったのだろうか。分からない、どうして……


 上手く考えを纏められず、立ち上がった私は眠気でふらりとよろけてしまう。


「お嬢様もう少しお眠りになりますか?」


「そう……ね」


 ルーナの手を借りて寝台に移動した私はもう限界だった。


 瞼が閉じる。眠りが待っている。引きずり込もうとしてくる。


 次の瞬間にはまた別の夢の中に落ちていた。

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