転移魔法とイヤーカフ
部屋に帰ると、私が理事長室に行っていた間に到着されていたマーガレット王女が、共有スペースに備え付けられていたソファに座っていた。
なので早速マーガレット王女に案内を頼もうと話しかける。
「────でして、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「そんなに畏まらなくても全然大丈夫。喜んで案内するわ! 建物の説明はお兄様の方が詳しく説明できるからお兄様も呼ぶね。すぐに転移魔法でエントランスに来てくれるはずよ」
「それってこの敷地内だけ使用出来る魔法ですか?」
学校内の敷地は広大だ。端から端に移動しようとすると馬車に乗っても10分以上かかるらしい。そのため、移動手段として一瞬にして目的地に着く転移魔法がある。
「そうよ。学校関係者であれば先生も、生徒も、本来転移魔法に必要な魔力の十分の一以下で瞬時に目的地に移動できる。十分の一以下と言っても結構な魔力消費をするから一般生徒はあまり使用しないわね。私やお兄様くらいなら余裕だけど」
鼻歌交じりにマーガレット王女は耳に装着したイヤーカフを少しいじった。そのイヤーカフはルーナと同じタイプのもので、この学校の関係者だと示すために学校側から配布されるもの。
私の物はルーナが持っていて、まだ着けてなかった。
「ですが、ここでの移動手段としてはそれが主な手段だとお聞きしていますが……」
「ああ、それはイヤーカフ内部に入っているクリスタルと座標経由で移動する場合よ。んっとね、生身の物はたーしかここら辺に……持ってた……」
ゴソゴソと手荷物が入っている革のバッグの中身を漁り始めたマーガレット王女を見ていると、彼女の侍女であるマリエラが「王女様! せっかく片付けましたのに散らかさないでください!」と声を上げ、彼女がバッグの中から出した小物や衣類を抱えて隣の部屋に持っていった。
「あった! あったわ。これよ」
数十秒後、お目当てのものを見つけたらしいマーガレット王女は立ち上がって、私に透明な手のひらにすっぽりと収まる宝石を見せてくださる。
「このクリスタルは特別で年度ごとに学校側から貰うの。クリスタルに埋め込まれた場所の座標によって移動できるという仕組み。この場合は転移魔法による魔力消費が殆ど無しになる。欠点なのが先に設定された座標にしか移動できない」
「欠点ですか……私は欠点と思えないですが」
「そうかもしれない。でも、魔力量が多ければあらかじめ座標を設定しないで行きたいところに移動できる。だから私からしたら少し使い勝手が悪いわ。ターシャも貰っているでしょう?付けた方がいいわよ」
マーガレット王女が言うと、さっとルーナが横に現れ小箱の蓋を開けた。中に入っているのは、見た目がマーガレット王女の物とほとんど同じであるイヤーカフ。
唯一違う部分はマーガレット王女のにはパイロープガーネット、私の物にはサファイアが埋め込まれていることだろうか。
加えてルーナのイヤーカフにはシトリンが埋め込まれていた。これらのことから装着者の瞳の色と同じ人工宝石を使っているのだろう。
そんなことを考えながらイヤーカフを箱から取り出し、右耳に付ける。するとどこからかカチリと言う音がした。
『────契約者名を』
機械音がイヤーカフから流れる。
「自分の名前を言うのよ」
「はっはい。アタナシア・ラスターです」
『──照会一致。アタナシア・ラスター様、アルメリア魔法学校にようこそ。学校生活が寄り良いものになりますよう、教師一同願っております』
「え?! あっ、よっよろしくお願いします」
隣に声の人物がいるように感じて反射的に背筋を伸ばしてしまった。
「ふふふっ、それ録音よ。先に録って置いたものを初めて起動した時に流されるようになっているの」
私の動作がツボに嵌ったのか、マーガレット王女はお腹を抱えて笑い始めた。
「これね、生徒一人ひとり違うのよ。他の人のを盗んでも使えないようになっているの。だから一番最初に名前で学籍と照会して、声帯で本登録する。それでようやく使えるようになるってわけ」
「便利ですね」
「うん。結構色んな時に使えるのよ。あと先程も言った通り無くしても悪用はされない。だけど肌身離さず持っていた方がいいわ。これで教室変更等の連絡も来るから」
「分かりました」
この間にもマーガレット王女は魔具や魔法を駆使して部屋を整えていく。と言っても、ほとんどはルーナやマリエラを筆頭とした侍女達が整えていてくれたので、ほんの少しの些細な部分だけだ。
「よし、じゃあ校内を案内するわ。お兄様はエントランスで待ってるって。ターシャ、私の左手と繋いで。マリエラは私の右手と、ルーナさんはマリエラと」
出された手をとる。
「ここからエントランスまで歩くと距離があるから転移魔法で一気に行くわ。今回は座標設定されている場所だから、慣れればターシャも1人で行けるようになる。それと、転移魔法は目を開けていると気分が悪くなってしまう人が多いから、目を瞑るといい」
言われた通りに目を瞑ると、数秒後に世界が縮むような、回っているような奇妙な感覚に襲われた。初めて体験した転移魔法は平衡感覚を失うようで、酔いやすい人は気分が悪くなるかもしれない。若干だけど、私も目が回る感覚があった。
「はい、到着~! さっ目を開けて」
目を開けるとそこは先程通ったエントランスホール。次から次へと長期休暇から戻ってきた学生とそのお付の方が出たり入ったりで忙しない。
そんな中、私は1人で感動してしまう。だって一瞬で自分の行きたい目的地に着くのだ。範囲が限定されて、イヤーカフ装着時のみだとしても一瞬で移動できる魔法! 先程見た空間魔法と同様に心が踊る。
ルーナも私と同じことを考えていたのか、目を輝かせていて、少し放心状態のようだ。
「お兄様は……えっと……あっ! いた」
辺りを見渡していたマーガレット王女が奥の静まり返っている場所にいたアレクシス殿下を見つけ、駆け寄って行ったので私達も後に続く。
「──どうしてここにいるの?」
先に着いたマーガレット王女はベンチに座っていたアレクシス殿下の足元を見て驚きの声を上げ、しゃがみ込んだ。それはまるでそこに何かがあるようだった。
「着いてきたみたい。まあいつも通りだね。ほんとうに寂しがり屋だ」
そう言ったアレクシス殿下をマーガレット王女は少しの間見上げ、再びアレクシス殿下の足元に視線を戻す。
「フォリス、寂しくなってしまったの? でも、あなたは学校まで着いてきてはいけないのよ」
「クォーン」
マーガレット王女が何かに問いかけるように言葉を発すると、動物の鳴き声が聞こえたのだった。




