王都(3)
昨日の王宮の料理を思い出しているとマーガレット王女はアイスクリームの説明を続ける。
「アイスクリームは他にも種類があって最近ではハーブを混ぜる物もあるの」
「ハーブですか? ハーブティーや飾り付けとしてではなくて?」
ソルリアではハーブを口に含むとしたら飲み物や料理の飾り付けに少しのせるだけであって、お菓子等には使用されない。
「そうよ。私のカップに入っているこの若緑色のアイスクリームはミント、薄紫はラベンダー」
マーガレット王女は私に見やすいように顔の近くまでカップを上げてくださったので、覗いてみると微かにハーブの匂いが漂っていた。
「ミントティーは飲んでスッキリするでしょ? 暑い日は食欲も無くなるし、ミントを入れた料理は暑い時期を中心にレシピが増えているわ。私はミントケーキが好きなの」
「ミントケーキですか。きっと美味しいのでしょうね」
想像してみるが、緑色だろうなということしか浮かばない。
「ターシャが食べたいなら給仕の方に伝えておくわ」
「よろしいのですか?」
「大丈夫よ。今から頼めば夕食には出てくるわ」
アイスクリームを食べ終わり、カップとスプーンを傍に設置されていたゴミ箱に捨てながらマーガレット王女は私に言った。
そのまま彼女は近くにいた市民の格好をしながら、少し後ろの方で待機している護衛の人に言付ける。
「これでいいわ。それで、この後だけど少しだけ外から学校を紹介するわね。と言ってもそこにあるのだけど」
マーガレット王女の視線の先には蔦が絡まったレンガの塀に、天まで届きそうなくらい高い木が生い茂った森しか見えない。
「えっ…と…森ですよね…?」
「森よ」
「え?」
一瞬聞き間違えたと思ったが、マーガレット王女は真面目な顔をして答えた。
「この森の中にアルメリア魔法学校はあるのよ」
「森の……中に……?」
「この森は魔法や魔力を吸収する防御樹が生い茂っていて、もし学校内で魔法が暴走しても、王都で生活している人に被害が出ないようになっているの。昔は森なんてなかったみたいなんだけど、過去にとてつもない魔力を所持していた学生が魔力暴走を起こして市民を巻き込んだことがあって……。それから森が作られたらしいわ」
魔力暴走は周りを巻き込むことがよくある。何故なら暴走をいつ起こすのかは誰にもわからないから。
自身の中にある器から魔力が溢れると、魔力の制御が出来なくなり一瞬にして魔力を暴走させた者の周りに暴風が発生する。
そして溢れる魔力が多ければ多いほど周りの被害は大きくなる。少量でさえ暴風が吹き荒れるのに大量の魔力が溢れた日には、その者の得意属性の攻撃魔法が四方に飛び散る。
森を作る要因になった学生の魔力暴走は、想像しただけで末恐ろしい。今の話を聞いただけでも大量の怪我人を出したことは察しがつく。
「森では実習を行うこともあって、先生達があちらこちらに罠を仕掛けているから実習以外はあまり立ち入らない方がいいわ」
マーガレット王女が少し身震いしているのは勘違いだろうか……勘違いであって欲しいけど、身震いするほど怖い罠には引っかかりたくないので森の中には無闇に入らないようにしよう。
「分かりました」
「あとはお兄様が説明するわ。ターシャも知っているだろうけれど、魔法関連は全て私より知識があるの。学校に転入して分からないことがあったらお兄様に聞くといいわ。でもその際に注意点があって、お兄様が何を作っているのかとかは尋ねない方がいい。尋ねたら数時間喋りっぱなしになって止められなくなるから」
後半の方は声を抑えてマーガレット王女は私に教えてくださる。
「マーガレット何か余計なこと言った?」
「何も言ってないわ。ね? ターシャ」
マーガレット王女は目配せをしてきた。
「そうですね。アレクシス殿下の方が魔法関連の知識が豊富であると教えていただいただけです」
マーガレット王女に咄嗟に話を合わせるが、アレクシス殿下は嘘を見破れる筈なので意味が無いような気がする……。
「色がクリアじゃないね」
マーガレット王女を見詰めていたアレクシス殿下はポツリと呟いた。
「「…………」」
やはりバレている。
「まあいいよ。何か魔法関連で困ったことがあったら相談に乗るから気軽に聞いて」
「それは助かりますわ。アレクシス殿下、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をする。魔力や魔法に関しては自分が特殊魔法を保持していることから他の人に比べたら知識を持ち合わせていると思っているが、それはソルリア内でのこと。
アルメリア内で見ればその知識は全然少ない方であることをこの一日で実感した。
きっとこれからも知らないことが沢山出てくるだろう。その時に教えてもらえる人がいるというのはとても幸運なことだ。
「で! も! 第二学年までに習うことなら私も説明できるわ!」
グイッと腕を掴まれてそのまま視線をずらすと、マーガレット王女はどんぐりを頬に詰めたリスのように、頬を膨らませながら何故かアレクシス殿下を睨みつけていた。
「はいはい。マーガレットがアタナシア嬢の質問に答えられなかったら私が答えるよ。それでいいんだろう? マーガレット」
「そうよ。ターシャも私を頼ってね。これでも二年生は次席だったんだから」
先ほどはアレクシス殿下に尋ねた方がいいと言っていたのに、今は頼って欲しいと。
言ってることが矛盾してますよ、と言いたくなるのを堪える。
「次席ですか? では、首席は……」
大方の予想は着いているが、それでもマーガレット王女の反応が面白くてつい聞いてしまう。
「お兄様よ。どう頑張っても勝てなかったわ」
私を掴んでいる腕に力がいっそう込められる。
「私に勝とうなんて一生無理だね。勝てたら天と地がひっくり返るよ。諦めるんだマーガレット」
挑発するようにマーガレット王女を煽るアレクシス殿下。マーガレット王女はそれを見て歯を食いしばる。
「絶対、今学年は勝ってみせるわ……」
アレクシス殿下には聞こえないくらいの声でマーガレット王女は呟き、さぁっと穏やかな風が辺りを通る。それに伴って木の葉や木の香りもする。
(いい匂い。自然の中にある学校……か。学校の写真はなかったから建物の構造は分からないけど、きっと自然の中に溶け込む綺麗な建物だわね)
さやさやと木の葉が掠れる音がして、塀の奥を見ると木の枝に真っ白な小鳥がとまっていた。
「あれはフクスよ。王宮にも沢山いるわ」
私の視線の先に何があるのか気が付いたマーガレット王女は小鳥の名前を教えてくださった。
「真っ白で小さくて可愛いですね」
そのまましばらく小鳥を見つめていると、小鳥はチュンっとひと鳴きした後、その翼を広げて飛び立っていったのだった。