王都(2)
王都に流れる小川の隣を馬車は進んで行った。
王宮は丘の上に建っており、王都に行くために馬車に乗った私は窓の外の景色を目に焼き付けるようにじっくりと堪能していた。
と言っても王宮から王都まではそれほど時間がかからないようで、ものの数分だけだったけど。
「ターシャ、着いたわ。ここからは歩いて回りましょう」
「分かりました」
カタンと馬車が止まる音がして、先にマーガレット王女が馬車から降り、その後に続いて私も降りる。
「わぁとても綺麗……!」
正面には蔦の絡まった煉瓦造りの橋、辺りの建物は氷のような透明な素材で作られている。
アルメリアに来る際に見掛けた建物と王都の建物は作りが違うようで、私的にはアンティーク調だった建築様式よりもこちらの方が好きだ。
(この透明なのは硝子かしら? でも硝子にしては少し手触りが違う気がする……)
馬車を横付けした建物の外壁を、興味本位でそっと撫でると手の熱が奪われてひんやりとする。
「ターシャどうかした?」
「マーレ様、この硝子みたいな物は何でしょうか?」
「あぁそれはお兄様に聞いた方が良くってよ」
マーガレット王女に尋ねると、私の手を取って少し離れた位置で私達を待ってくれていたアレクシス殿下の元に足を進めた。
近くまで来ても私達の気配に気づいていないらしいアレクシス殿下は、護衛の騎士様と何かを相談していた。
マーガレット王女はお構い無しと言わんばかりにアレクシス殿下の裾を掴み、そのまま容赦なく軽く引っ張る。
「どうかした? マーガレット」
「お兄様、ターシャに月水晶のこと教えてあげて」
「マーレ様、殿下は今騎士様と相談を……」
狼狽える私と対照に、アレクシス殿下は私に微笑みを向けた。
「大丈夫だよ。もう終わったから」
「そ、そうですか?」
私から見たら相談事は終わっていないように見えたけど、アレクシス殿下は騎士様に一言二言言って下がらせた。
「ソルリアでは採れないから月水晶を見たの初めてかな?」
「そうです。アルメリアでしか採れない物でしょうか?」
「そうだね。この月水晶はアルメリアでしか採れない。アタナシア嬢は天使が創ったとされる川の話を知っている?」
「知ってます。見たことはありませんが、清流で有名ですよね」
「それなら話が早い。この月水晶はエンフィル川の底で採れて、アルメリアの特産物になっているんだ。アタナシア嬢は見たことがないと言ったけど、きっと見たことがあるはずだよ」
手の甲で軽くアレクシス殿下は建物を叩く。
こんな綺麗な物は、一度見たら絶対に忘れるはずがない。だから記憶が無いということは見たことがないはずなのだけど……。
それにエンフィル川──天使。まさかここでこの単語が出てくるとは。馬車の中で考えていたことが蘇り、フッと何かが脳裏に一瞬浮かぶ。
『────ない。────して』
頭の中で声が響く。誰の声であるか分からない。だけど私は聞いたことがあるような気がした。
これは何? 誰の……? 記憶を辿ろうとするが、靄がかかったようにそれ以上は思い出せない。
「どうかしたの?」
その刹那、クイッと服を摘まれて視線をそちらに向けるとマーガレット王女は小首を傾げながらこちらを見つめていた。
「いえ……マーレ様なんでもないです」
何かが過ぎっただけ。しかも、一瞬だけだ。
「本当に?」
澄んだ深紅が探るように私も見る。そしてマーガレット王女の瞳の奥が揺れた。
「………まあいいわ。中断してしまってごめんなさい。話を続けて」
何事も無かったかのように笑顔を浮かべたマーガレット王女は私の服を掴かんでいた手を離す。
「──続けるよ。月水晶はエンフィル川以外の川底では、不思議なことに何故か採れない」
「ということはアレクシス殿下、月水晶は希少価値が高いのでしょうか?」
「いいや。月水晶はこの国での希少価値はそれほど高くない。何故なら一度採った場所からも、次の満月を過ぎれば再び月水晶が採れるから」
普通の鉱石ならば、そんなことはありえない。全て採掘してしまったら、それで終わり。他の場所を見つけなければならない。
「あと、耐久性が高くて魔力を注ぐと様々な形や色に加工をしやすい。だから月水晶は別名魔月石とも言われる。この名前なら知っているんじゃないかな?」
「あぁ! 魔月石! 知ってます!」
──魔月石
それは黒曜石のように真っ黒で、つるりとしていて、魔力が籠った石のようなもの。
自分の魔力を体外に温存出来るので、ソルリアでは魔力を一気に使う場合が多い魔法使いの方達を中心に重宝されている。
と言ってもソルリアでは希少価値が高く、一般市民が簡単に手に入る物では無い。市場に出回ることも少ない。
私も魔法使いの方とお会いした時に彼らが魔月石を装飾品に加工して装着しているのを見かけるくらいだ。
その魔月石が月水晶だったなんて! 色が違ったので気が付かなかった。
「一応説明すると魔力を保存でき、装飾品にできるように小さく加工したサイズの物を魔月石と呼ぶ。勿論、月水晶にも魔力を保存できるよ」
「なるほど」
「月水晶は国内での希少価値は高くないが、加工した後の魔月石になると国外で希少価値が高くなるのは知っている?」
私はこくりと頷く。
「理由は手間と小さく加工する難しさだ。故に価値が上がる。アルメリアでも魔月石はそれ程流通していない。まあ他国に比べれば流通しているけど」
「つまり加工して小さくした物を魔月石、大きさに関わらず、特別な加工がされていない物を月水晶ということでよろしいでしょうか?」
「うん。少し誤解が生まれそうだけど……大雑把に言うとそうだね」
「でも何故、王都でしか月水晶は建物に使われていないのですか?」
無限に取れて、魔力を溜め込むことが出来る材料であれば、色んなところで建築に使えると思う。けれど、道中では使われていなかった。
「魔月石に関しても同様だけど、月水晶が見つかったのが最近で、未だに分からないことが多い。だから国の目が届きやすい王都で試験的に建物に使用している。耐久性の面では従来の建物の五倍はあることを確認済みだ」
「五倍……」
想像よりも月水晶は凄いものらしい。安全性が確認されれば今よりももっと重宝されるだろう。
「まだ実験段階だけど魔力を少量込めると耐久性が上がる結果が出ている。だから耐久性はもっとあるだろうね。これ以上は学校で学ぶだろうから、そろそろ案内を再開させてもいいかな?」
「大丈夫です。説明ありがとうございました。とても興味深い内容で学ぶのがとても楽しみです」
お辞儀をしてお礼を伝える。やはりアルメリアに留学を決めて正解だった。ソルリアよりも魔法関連の研究が進んでいる。
魔月石もアルメリアに来なければこんなに詳しく知れなかった。
「それではまず最初にここは王都の東地区で────」
アレクシス殿下は私の少し前を歩きながら王都の説明を始めてくださったので、私も歩みを進める。
「マーレ様? 立ち止まってどうされました?」
マーガレット王女が隣にいないことに気がついた私は後ろを振り返ると立ち止まっている王女殿下がいた。
「ちょっとぼーっとしてしまっただけよ。だってお兄様の話長いんだもの。飽きてしまうわ」
「それならマーガレットがアタナシア嬢に説明すれば良かっただろう?」
「嫌よ。そうしたら絶対にお兄様が口を挟んで来るでしょうに」
そう言ってふくれっ面をしたマーガレット王女が駆け寄ってきて再び私たちは歩き始めた。
「ターシャ、アイスクリーム食べない?」
王都の主要な所の案内をしてもらっていると、今まで黙ってマーガレット王女が唐突に話始めた。
「あいすくりーむ? 何ですかそれは」
「冷たくて甘い物よ。今日は暖かいからちょうどいいと思うの! ほら、あそこに屋台が出ているでしょう? あそこで買えるのよ」
率先して案内してくれていたアレクシス殿下よりも前に出て手招きしながらマーガレット王女は屋台の方に移動していく。
「はいどうぞ」
「これがあいすくりーむ……冷たいですね」
渡されたカップを持っているだけで手がひんやりとしてくる。
まんまるに丸められたあいすくりーむという物は様々な色があるようだ。ちょんちょんとスプーンでつつくとゆっくりスプーンが沈んでいく。
「この薄い檸檬色は何味でしょうか?」
「バニラよ、いいから食べてみて、きっと気に入るから!」
恐る恐る木のスプーンで掬って口に含む。すると途端に甘い匂いとミルクの味がする。そしてやはり冷たく、スっと噛む暇もなく舌の上で溶けていく。
「ん〜美味しいです!」
「そうでしょ? アルメリアでは冷たい料理が多いの。これは材料を混ぜて、川の中に漬けて冷やし固めているの。今王都で流行っているスイーツなのよ」
マーガレット王女の説明を聞きながらスプーンを動かす。
アルメリアはソルリアよりも平均気温が高く、暖かい気候なので冷たい料理が多いのだろう。そう言えば昨日の王宮で頂いた料理もさっぱりしている料理だった。




