アルメリア国
──1週間後
「シア、元気でね」
「わざわざお見送りありがとう。ギル」
慌ただしく荷造りをし始めてから一週間。いよいよ旅立ちの日になった。
今は見送りに来て下さった殿下と別れの挨拶をしている最中だ。
アルメリアまで着いてきてくれるお父様とルーナは既に馬車に乗っており、私と殿下以外に周りには人がいない。大方、婚約者同士で最後の別れの挨拶を悔いなくできるように取り計らってくれたのだろう。
それ自体はとても有難いけど、何を話せばいいのか正直なところ分からなくて会話が続かない。
沈黙が数十秒続き、何か話題をあげなければ……と口を開こうとすると、殿下が先に口を開いた。
「そう言えば、僕があげた婚約指輪持ってる?」
「ええ、ここにありますけど……」
いきなり何を? と不思議に思いながらもゴソゴソと鞄を探り、小袋を殿下に渡す。
殿下は小袋の紐を解き、小箱を開けると指輪を掌で包み、その後にそっと私の左手を取って薬指に着けた。
「はい、外したらダメだからね。ずっと着けてて」
「ええ……今、何かした?」
一瞬手の間から光が漏れたような……? 微かな疑問が浮かんだので尋ねると殿下は軽く私の手を握った。
「何もしてないよ。強いて言うなら、おまじない」
おまじない……普通に考えたら旅の安全とか健康に関してのおまじない。感謝を伝えた方がいいのかな?
「あっありがとう……?」
「感謝はいらないかな……私がやらないといけないことだから」
「何を仰いました? 最後の方聞き取れなくて」
「何も」
最後の言葉が聞き取れずに、聞き返すと殿下は笑いながら顔を横に振った。
そうして不意に顔を近づけてきて────
私の頬に柔らかな感触が落ちた。
(いっ、いまっっ!)
赤くなる私に対し、殿下はにこやかな笑みを浮かべている。
「有意義な留学になることを願っているよ」
私はこくこく頷くことしか出来ない。
「お嬢様! お乗りください」
ルーナの声が聞こえる。私は一度殿下にお辞儀をして、お父様が乗っている馬車に乗り込むと馬車はゆっくりと動き出した。
馬車が見えなくなった所で、一瞬地面を見つめた後、ギルバートはポツリと呟く。
「僕は────だね」
◇◇◇
馬車は進んでいき、周りの景色は森林から見たこともない建築様式の建物が並び始める。
「素敵ね。本の中では知っていたけど実物はもっと綺麗だわ」
「シア、もうすぐ着くよ。支度をしなさい」
「分かりましたわお父様」
馬車に乗ること数時間、私たちは隣の国であるアルメリアに到着した。数時間と言ってもこの馬車は魔法で通常の馬車よりも速度が出るようになっているので、普通に行くと二日かかる距離だ。
アルメリアは海に囲まれており、水産漁業と魔法研究が盛んだ。
そしてアルメリアに流れる川は清流で、清らかなことで有名。何でも昔、天使様が人々がいつまでも清く、正しく、思い遣りを忘れずに過ごして行けるように願って、アルメリアに川を創った伝説が残っている。
天使様は様々な国で伝説として話に出てくるが、存在しているかは意見が分かれている。
人間が勝手に作った想像上の人物であるかも…と考える人や、人前に出てこないので見た者が少なくて存在しないとなっているだけで、本当は私達人間を見守っていると思っている人もいる。
私は天使様は存在すると思っている。だって天使様だったら私の時間を巻き戻せるかもしれない。そしたら私が二回目の人生を歩んでいるのも納得出来る。
でも、再びアタナシアの人生を歩ませてくれるのだったら、赤子からやり直して、赤子の時に記憶が戻って欲しかった。
そうすれば、そもそもの婚約を回避して、殿下のことを避けたり今よりももっと有効な対策を出来たはずなのに……。
(この時期に記憶が戻ったのは一体何のためなの……?)
そんなことを考えていて険しい顔をしていたからだろうか、ルーナが心配そうにこちらを見てきたので大丈夫よと一言伝えた。
話は逸れてしまったが、それ以外にもアルメリアは他の国に引けを取らない程特色が多く、大国として世界に名を連ねている。
私が留学する魔導師と呼ばれる魔法使いを数多く輩出する名門校、アルメリア魔法学校には外国からも多数の留学生が魔法の腕を上げるために留学しに来る。
外からも将来国の中枢に入るような者が多数来る為、万が一のことがあったら外交問題に発展する可能性を考慮し、学校内はセキュリティの面でも高い水準を誇っている。
それもあったからお父様は私が留学することもあっさりと許可してくれたのかもしれない。そんなことを考えていたら馬車が止まった。
「お待ちしておりました。ラスター公爵様、ご令嬢アタナシア様、奥の間で陛下がお待ちでございます」
従者の手を借りて馬車を降りると、アルメリアの王宮に仕える侍女が私達を迎えた。
アルメリアの王宮は周りに水が流れ、宮内も至る所に水路が巡らされている。流石、水の豊かな大国。清らかな水流が長旅で疲れきった身体を癒してくれるように感じる。
私たちは水のアーチをくぐり抜けて、水路に浮かぶ自国には無い花を鑑賞しながら王宮の奥へと進んでいく。
すると一際大きな空間が現れ、大きな扉の前には近衛兵らしき人達が警護していた。
「陛下、ラスター公爵様とご令嬢アタナシア様をお連れしました」
侍女が中にいるだろう人に向けて声を上げる。
「どうぞ中にお入りください」
ゆっくりと開かれた重厚な扉をお父様の後に続いて入っていくと、正面の玉座にまだ若々しい男性と隣に美しい女性が座っている。その傍に似たような顔立ちの二人の人物がこちらを見ながら立っていた。