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旅立ちへ

 穏やかな春の兆しが見えてきた頃には、王宮に行ってから一ヶ月の月日が経っていた。


 そして、私の留学の出発日が決まった。


 ちょうどタイミングが良かったようで、転入であってもあちらの新学年が始まる時期に合わせて、学校へ転入することになった。


 だから私はあと一週間で、二年間この国を去り、アルメリアで魔法を習うのだ。

 それにアルメリア魔法学校は全寮制らしく、私も寮に入るので密かに共同生活を楽しみにしている。

 しかし家族と離ればなれになるのは初めてで、きっと数日はホームシックにかかってしまうだろう。

 そんなことを考えながら、ドレスや普段使っている物を選別して鞄に詰めていく。


「えっと……これは持ってく。こっちは要らないわね」


 最初はいつもそばに居るルーナが、私の代わりに荷物を途中までは詰めてくれていた。でも、身の回りの物は自分で詰めた方が荷解きの際に分かりやすいからと、強引に途中からルーナの仕事を奪ったので、些か冷たい目で見られてしまった。


「全く私を冷たい目で見てくるなんて薄情よね。お嬢様がすることではありません! って。あら……これ……」


 やれやれとしながら机を探っていたら、見つけたのは小さな箱。そっと手のひらに載せて、ゆっくりと細かい細工が施されている蓋を開ける。パカッと心地よい音が室内に響いた後、中に現れたのは──ギルバート殿下から貰った婚約指輪。


 正式に婚約を結んだ、私が記憶を思い出す前に貰った物。


 日光によって煌めき、雪の結晶のように細かい細工。そんな綺麗な美しい物を手に着けて、傷付けてしまうのが怖くて机にしまったのだ。


 今も外から差し込む日光に、指輪を翳すとあの時と同じように輝き、感じた感動が甦ってくる。


「どうしようかしら……持っていく? それともお父様に預ける?」


 留学に行くのだから私はこの部屋を長期間空ける。まあ使う人がいなくても侍女達が掃除を完璧にしてくれるのは確信しているが、やはり貰ったものを置いていくのは些か不安が残る。

 ましてや王族との婚約指輪だ。盗まれては絶対にいけない。

 かと言ってお父様に預けるのも……何故着けないの?と尋ねられれば……。

 実は今回の人生で知ったのだけど、指輪は着けていて傷がつかないように、殆ど魔法でコーティングされているらしい。


 そして指の大きさが変わって指輪が緩くなったりしないように指にフィットするよう作成されているとも。


 それに婚約指輪は、「既に私には異性の相手がいますよ」と世間に知らせる物で、着けない令嬢は珍しい。

 なので婚約指輪は貴族の中での一種のステータスでもあり、お金をかける。ということはつまり、盗まれもしやすいし、縁談を避けるためにわざと着ける場合もある。


「着けていた方が……一番……安全なのかしら?」


 キラキラと光り輝く指輪を手中に収め、私は思案する。

 今回は花水木をモチーフにしたリングに、牡丹百合の形をした宝石の指輪だが、前回は少し形が違うものを貰った。


 前回は──小さな鈴蘭の形をした宝石が埋め込まれた指輪をずっと着けていたのだ。そして、ローズと彼の話が耳に入るまで彼を信じて、嫁ぐ日を楽しみにしていた。

 まあその指輪も牢屋に入れられた時に手から強引に外されて、目の前で踏まれ、粉々になってしまったけど。


 思い出すとキリキリと心が痛む。

 あのただただ殿下を慕っていた時期に戻れたらどんなにいいのだろうか。

 この記憶を思い出さなければ……未来を知らなければ……まだ幸せでいられたのに。


 我ながら未練がましいなと自嘲してしまう。


 彼の隣にいる人は決まっているのだから、私はローズが現れたら潔く身を引けばいい。たったそれだけの話なのだ。


「持っていこう。着けていてもおかしくないのだから……」


 ゆっくりと小箱に蓋をして、布袋ですっぽりと覆う。そしてそっと鞄の隅に入れる。するとタイミングを見計らったかのように同時に扉にノックがかかる。


(誰かしら? ノックの仕方がルーナな気がするけど……)


「お嬢様、公爵様がお呼びです」


「分かったわ。教えてくれてありがとう」


 ビンゴ! ルーナだ。当たったことが地味に嬉しい。

 私は荷造りを中断して扉を開ける。


「あら? ルーナどうかしたの?」


 扉を開けるとルーナは立ち去ることも無く、立っていた。


「実は私も公爵様に呼ばれてまして……」


「そうなの? じゃあ一緒に行きましょ!」


 お父様がルーナを呼ぶなんて珍しい。私と一緒に呼ばれたということは私も関係あるのかしら?

 そんなことを呑気に考えながらお父様がいる執務室に急ぐことにした。


「お父様、アタナシアです。中に入っても?」


「入っていいよ」


 ドアノブを捻り、ルーナと一緒に中に入るとお父様はにこやかに笑っていた。


「お父様、機嫌がいいですね。何かいいことでもありました?」


「んーいいことかな? まあシアにとってはいいことだと思うよ。これを見てごらん」


 そう言って渡された手紙を見ると、何やら私の留学中の内容らしい。

 なになに? えっと、留学中の護衛?


「おっお父様? 私に王家直属の騎士団の護衛がつくのですか?」


「それだけじゃないぞ。アタナシアの身の回りの世話役として、ルーナが付き添いできるように申請を通してくれたらしい」


「本当ですか!?」


 二回目の驚きの声は私ではなく、ルーナから。


「本当だとも。本来ならばもっと前から申請を通さないといけないらしいが、ギルバート殿下が何とかしてくれたらしい。シア、次会った時にお礼を言いなさい」


「勿論ですわ! ルーナが一緒に来てくれるなんて! でも、ルーナいいの? 私についてきたら二年はこちらに帰って来られないのよ?」


 まさかの朗報に私の顔は綻んでしまうが、ルーナにも家族がいる。二年も私についてきてこちらに戻ってこられないのは大丈夫なのだろうか……。

 長期休暇で帰って来られる可能性もあるし、まだ分からないけど。


「お嬢様のためなら何処へでもついて行きますよ。それに私が一番お嬢様のことを理解してます」


 そんな私の心配は他所に、トンッと胸に手を当てた彼女は誇らしげだ。


「頼むぞルーナ。シアはたまに暴走するからストッパー役が欲しかったんだ」


「お任せ下さい公爵様」


「何を言ってるのお父様、ルーナ、私は暴走しないわよ?」


「「え?」」


 些か貶されてるような気がして私は抗議の声を上げるが、二人とも何を言っているんだ? という風な表情を浮かべている。心外だ。


「公爵様、お嬢様はしますよね?」


「するさ、今回の件だって………」


 コソコソと再びこちらを見ながら話し始めた二人に鋭い視線を送るとピタリと話すのをやめる。


「それで、話が逸れましたが護衛と言うのは……?」


「ああ、ギルバート殿下が指名した騎士がアタナシアの護衛に付いてくれるらしい」


 大袈裟ね。と言っても留学中に私の身が危険になると、国同士の政治的関係に亀裂が入ってしまう可能性もあるから、案外大袈裟ではないのかもしれない。

 まあ唐突すぎて驚いてしまったけど……。


 お父様は私が話を戻すと公爵の顔になり、部屋の雰囲気がガラリと変わる。


「それと、アタナシアの寮でのルームメイトだがマー──ウッ」


「ダメ! 言っちゃダメですわ!」


 お父様が盛大にルームメイトの名前を言おうとしているのを察知した私は、慌ててお父様の口を手で塞ぐ。

 同室の方が誰なのかはその時に知った方が楽しいと思って楽しみにしていたのに、それをばらされるのは嫌なのだ。


「お父様、それは今絶対に知らないといけないことですか?」


「いや、まあ……知らなくても……大丈夫かな? あとで怒らないと約束さえしてくれれば」


「それほど凄いお方なのですか?」


「凄い方ではあるね。第二学年に学生として在籍されているのは知っていたが……」


 ということはつまり………大方想像ついてしまうことが悲しい。いや、まあ私の予想が当たらないことを祈ろう。


「他に、用件はありますか? なければ私、荷造りの続きをしたいのですが」


「今はないね。アタナシアは戻っていいよ。ルーナは話したいことがあるから残ってもらってもいいかい?」


「わかりました」


「では、お父様、ルーナ、先に失礼します」


 そう言って私は先に部屋を退出した。



◇◇◇



「あら、もう黄昏時なのね……」


 廊下の窓から差し込むオレンジ色の光を見つめながら、物思いにふけりつつ部屋に戻り、パタンと閉めた自室の扉を背に、深呼吸をする。


 前回にはなかった留学がこれからの未来にどう影響してくるかは分からない。

 これが吉と出るか、凶と出るか。はたまた未来は変わらないのか。


────旅立ちまで一週間、婚約破棄まで約三年。


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