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あっさりとした返答

 王宮という場所は記憶を取り戻した私にとって、思い出したくない記憶が詰まっている場所だ。晩餐会の時はあまりそれを感じなかったが、今は……少し避けたい。


「さっさと用件を済ませて帰れればいいわね。あまりここには居たくないわ」


 エントランスに足を踏み入れながら誰にも聞こえない声で呟く。


 王宮の敷地は広大なので、一応隣には殿下が寄越してくれた案内人が付いている。だが、小さい頃からそこそこの頻度で王宮に出入りさせてもらっていた私は、案内人と会話しながらスタスタ目的の場所まで歩く。


 長い回廊を歩き、右に進むと見えてくるのはギルバート殿下の執務室だ。


「アタナシア様、こんにちは。本日はどのような用事でしょうか」


「ギルバート殿下に会いに来ました。中に殿下はいらっしゃいます?」


「ええ、中でいらっしゃいますよ。どうぞ」


「ありがとうございます」


 執務室前にいた騎士に殿下に会いに来たことを伝えて中に入れてもらう。

 騎士がゆっくりと扉を開けると、正面の見るからに柔らかそうなソファに腰かけて、書類に目を通している殿下が視界に入った。

 そんな彼の邪魔をしないように中に入り、ゆっくり近づく。


「ギル、待たせてしまったかしら」


「…………」


(ダメだ。気づいてないわ)


 そっと控えめに声をかけること数回。ようやく彼は私に気がついた。


「ああシア、わざわざここまでありがとう。そこに座って」


 殿下は彼から見て、正面の場所に腰掛けるよう促す。


 ゆっくりとソファに腰掛けるとふかふかなソファは少しだけ沈み、座り心地抜群だ。腰掛けたタイミングを見計らってすぐに紅茶が正面に置かれるのはさすが王宮の侍女だ。

 コクリと一口いただくと口内に爽やかさが広がる。

 私が少しの間来た目的を忘れて紅茶に思いを馳せていると、書類を片付けた殿下が先に口を開いた。


「シア、話したいこととは?」


 お父様が陛下にも話しておくと朝食の際に教えてくれたのに。彼に言うのが何故だか悪いことのように思えて後ろめたさを感じてしまう。


「ギル、急だけど私……隣国に留学したいの。だがら、留学のことを話そうと思って」


「……なんで? 君の学力であれば留学など必要ないだろうに」


 少しの間を置いたあと強ばったような声色で殿下が尋ねた。それは怒っているというより、困惑したような感じだった。


「学力ではなくて、もう少し自分が使える魔法について学びたいの。魔法は隣国の方が研究が進んでいるし、他の国を見るのも見聞を広げる上でいい事だと考えたから」


 許してくれるだろうか。婚約者である彼に相談もなしに、突発的に、勝手に、決めたことを。


「──いいよ。上から目線みたいになっちゃうけど行ってきなよ」


「許してくれなくても……ってえ!?」


 私はガバッと立ち上がる。いま、殿下はなんと言った? 目を白黒させている私がおかしかったのか彼はクスクスと笑っている。


「だから、行ってきていいよ。なんでそんなに驚いているの?」


「……てっきり許してくれないのかと」


「隣国の方が魔法の研究が進んでいるのは事実であるし、僕も他の国に行ってみたいのだけど身分がね。代わりにシアが見て来て、僕に教えてくれたらそれでいいかなって」


 器用に万年筆をクルクルと回しながら彼は答える。


「本当にいいのですか?」


 先程言われたことが信じられなくて再度、彼に問い質す。


「いいよ。大方公爵に言われたんだろう? 僕が許したら行ってもいいと」


「うっ……何故それを……」


「ふふ、分かりやすいね。用件は終わった? ごめんねこの後会議があるからそろそろ……」


 殿下はいたずらっ子のような笑みを浮かべた後、すまなそうに私に言った。


「お時間取らせてごめんなさい。それでは失礼します」


「うん、またね」


 それを聞いて昨日は暇人なのかと一瞬疑ったことを申し訳なくなってくる。恐らく婚約者である私の為に無理やり時間を空けてくれたのだろう。


 ギルバート殿下は舞踏会の時と同じように、私の頭を撫でた。その瞳は少しだけ憂いを帯びて、大きく揺れていたことに、私は気が付かなかった。


 部屋を慌てて退出した私は少しだけ心の中で感謝する。それに難しいと思っていた留学の許可を取ったのだ!


「やった! 留学に行ける! それにこれで婚約解消やその後の未来に向けて大きく踏み出せたわ!」


 馬車の中で誰も聞いていないことをいいことに口に出す。


 そして私は軽くスキップしながら満面の笑みを浮かべて、お父様に報告したのだった。


今年もよろしくお願いします。

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