手紙とインク
意気揚々と自室に戻った私は机から紙とインク壺を取り出す。
そして殿下に予定を空けてもらうため、お伺いの手紙をしたためる。
インク壺に浸したペン先でさらさらと紙の余白が文字で埋められていく。
「よし、出来たわ。えーっと今は何時かしら」
形式的な手紙をしたため終わった私は、チラリと時計を見るとまだ夕刻と言える時間帯だ。
この時間帯なら手紙を飛ばしても大丈夫だろう。
封筒に蝋を垂らし、自分のお気に入りの花柄の型を上から押して閉じ、魔法で窓から飛ばす。
(昔はよく手紙を送っていたっけ)
闇の中に溶けていく手紙を見送りながら、ぼんやりと考える。
毎日書いては王宮に飛ばして返ってくる返事を楽しみにしていたが、いつの間にか前回も今回も書かなくなっていた。
「久しぶりに……書こうかしら。マリーに」
殿下にと言う場面だろうが、まあ別に書かなくていい気がする。第一、この複雑な気持ちの中で私的な手紙を書くのはできそうにない。
それにマリーに手紙など今回は書いたことがない。きっと驚かれるだろう。想像しただけで楽しくなってきた。
私は覚えているうちに手紙を書こうと自室を漁って真新しい綺麗な便箋を見つける。
そして今度は黒ではなくて、蒼いインク壺にペンを浸す。蒼は親しいものに送る手紙などに使われる色だ。
瑞々しい蒼が楽しそうな感じな文字で手紙を綴る。
「ふふこれは飛ばさないで自分でマリーに持って行こう!」
彼女は今風邪で屋敷から出られないらしいので、お見舞いに行くついでに渡せばいい。そして久しぶりに沢山話をしよう。お菓子をこしらえて二人で食べながら。
でもその前に、ギルバート殿下に話をしに行かないと行けないことを思い出して気分が一気に急降下する。
日程を伺った手紙が一生戻って来なければいいのに。だけどきっと明日には返事が返ってくるだろう。いつもそうだったから。
そんなことを考えていたら開いた窓から風が入ってきてヒラヒラと何かが落ちてきた。
「え!? 早くない……? もう?」
ハラリと床に落ちた手紙を裏っ返し、蝋の紋章を見てみると予想通りの王家の紋章だった。
恐ろしいほど早い返事が怖い。まだ、送ってから数時間くらいしか経ってないのに。
少し恐怖を感じながらペーパーナイフで開封をすると、明日の午後ならと書かれていた。
「明日の午後……殿下は暇人なのかしら……いや、そんな訳ないわよね」
明日の午後となると、どうやって説得するのか考える時間は一日分も無い。そんな短期間でいい案など思いつかない。
「なっ何とかなるわよね。ただ話をするだけだし」
私は考えるのをやめた。なぜなら考えれば考えるだけ思考のループに嵌るからだ。
私は殿下に話をする。という目を背けたい事柄を考えながら、ルーナが就寝の支度を手伝いに来るまでその場で頭を抱え、寝台の中に入っても真夜中まで頭を悩ますこととなった。