お父様を説き伏せます
夜になって私はお父様の書斎に突撃した。
「──ダメだ」
「何故ですか、理由をお聞かせ願いますか」
「アタナシア、父としては行かせてあげたいと思うが、公爵の立場で言うと行かせられない」
「………」
私の中でお父様の言葉が高速で処理される。何故こんな簡単な問題に気が付かなかったのだろう。私は馬鹿になったようだ。
「その顔は理解したようだな」
「ええ。私がギルバート殿下の婚約者であるのがダメなのですね」
「不本意だが、シアはギルバート殿下の所に嫁ぐのが決まっているからな……おいそれと他の国に留学には行けないんだよ」
悔しそうに顔を歪めているお父様。
………それが嫁がないんですよ。大丈夫です。貴方の溺愛している娘は婚約破棄されます。それをされても困らないためにも留学がしたいのです。
心の中で言えばズキリと痛み、気付かなかったフリをした。
公爵としては私が隣国に行って怪我をしたり事件に巻き込まれたりして、帰って来た際に結婚が先延ばしになるのがダメなのだろう。
んーまあ殿下の未来のお相手は決まっているから、そんなこと私には関係ないのだけれど。
「ですが、もしですよ? もし、私が殿下の所に嫁がないとしたら行ってもいいのですか?」
「…………嫁がないことは何があってもあり得ないだろう。私は嫌だけどな」
「え? 何故です?」
何故お父様は確信しているのだろう……私には分からない。
「……あの殿下がシアを離すなど有り得る話では無い」
「んーっとそれなら殿下を納得させれば留学に行ってもいいのです?」
殿下が私を離さないからダメだと言うならば、納得させればいいって事よね?
「まあ殿下を納得させられる理由と覚悟があれば……いや、論点がすり替わって……ないか?」
傍から見たら突拍子もない私の思考回路だが、このままお父様を説得するしかない。私は何も聞いていない。お父様の言葉は了承の言葉として受け取った。
「いいのですね! ありがとうございますお父様! 私の願いを叶えてくれるなんて嬉しいですわ!!! 大好きです!!!」
少しアホの子みたいな感じだがこの際どうでもいい。恥を捨てるのよアタナシア。
殿下を説得させられる理由はまだ思いついていないが、何とかなるだろう。
「え、シア!?」
「お父様は私の事、好きですよね?」
「うっ。好きだよ。だって私の大切な──愛する娘だ」
その返事に私は一瞬、言葉につまる。
「……じゃあ、私の願いを叶えてくれますよね? 殿下さえ納得させれば良いですよね?」
「………いいだろう」
私に屈したお父様はほんの数秒で許可を出した。お父様が私に甘くて本当によかった。
これであとは殿下を何とかして説得すればいいだけだ。
私は軽くスキップしながら上機嫌で扉を閉める。
「………まあ貴族達は私がどうにか出来るが、殿下が許すはずがないから無理だろうな」
だからそんなお父様の疲れ切ったつぶやきは私には聞こえなかった。