夢からの目覚めと黒髪の青年(1)
チュンチュンと鳴く小鳥のさえずりが、私の意識を浮上させた。
「……朝、ルーナを呼ばなくちゃ」
まだ寝ていたい衝動に駆られるが、手だけを動かしてサイドテーブルにある鈴を鳴らす。
「さま……おじょう……お嬢様!!!!」
「っ!? 何? 暗殺者!?」
いきなり大声で叫ばれ、鈴を持ちながら再び夢の中に入っていた私は、微睡みから一気に意識が覚醒すると同時にガバッと身体を起こす。
「……呼んだのに暗殺者呼ばわりは如何なものかと。それと二度寝はおやめください」
「……ルーナか。耳元で叫ばないでよ。てっきり誰か私を殺しに来たのかと思ったじゃない……」
「何を寝ぼけたことを言っているのですか? 普通、殺す場合、耳元で叫ぶはずがございません。寝ている時にグサッと刺す方がいいに決まってますよ」
うぐっそれはそうだけど……的を射た指摘に何も言い返せなくなってしまった。だって、ビックリしてしまったんだもの。
ベッドの上でうだうだしているとしびれを切らしたルーナが、寝癖がついた私の髪の毛を梳かし始めた。
私の髪の毛はお母様譲りの黄金色だ。毎日ルーナが梳かしてお手入れをしてくれているおかげでふんわりとして軽くウェーブがかかった髪の毛になっている。
美しいと言われる髪を保っているのは、毎日ルーナが一生懸命手入れしてくれているおかげだ。
彼女曰く「お嬢様の髪の毛はとってもとっても美しいのです。これを手入れしないのは宝の持ち腐れです!」だそうだ。
正直に言うと私は別にそこまで綺麗にしなくてもいいかなって感じであまり乗り気じゃないのが現状。言ったら説教一時間コースなので言わないけど。
「お嬢様、今日は何をなさいますか?」
「んーそうね。図書館に行こうかしら」
「……図書館でございますか? 何か調べ物があるようでしたら私が調べておきますが」
「大丈夫よ。調べ物では無いの……少し新しい本読みたいなって」
「分かりました。馬車をご用意しておきます」
「お願いね。直ぐに出発したいから。あっ! 朝食は馬車の中で食べたいの。だから、片手で食べられるサンドイッチにしてくれると嬉しいわ」
「分かりました。シェフに伝えておきます」
部屋から退出するルーナを見ながら少し罪悪感に駆られる。
私は昨日からどうすればこの恋心に蓋をして婚約解消の話を殿下に冷静にお伝えできるのか考えていた。
多分、このまま殿下の傍にいたらきっと不可能だ。
一旦殿下から長期間離れないと一週間に一度は妃教育で王宮で彼と会うことになるので、蓋なんて出来やしない。
案として領地に引っ込むことも考えたが、それでも精々一ヶ月程度しか離れられないだろう。しかも、王都から領地までは一日で着いてしまう。来ようと思えばすぐに来れてしまう距離だ。
なら、隣国に「留学」という名目でこの国から離れてしまえばいいのでは? と思ったわけだ。これが頭に思い浮かんだ時、神は私に味方したと思った。
殿下はこの国の王子であり、外交以外で国から出ることなど滅多にできない。
そうなると私は合法的に彼から離れられる。いや、彼から離れることに合法も違法もないのだけれど。
それに、今のところ私は次期王太子妃。見聞を深めるという名目で留学してもおかしなことは無い。周りの貴族も邪魔者の私がいなくなることによって、自分の娘を王子に売り込めるのだから文句は出ないだろう。
──あわよくば私を貶める計画を立てるかもしれないが。
まあそんなことはどうでもいいのだ。
貶めたいなら貶めればいい。どちらにせよ、最後には牢獄行きの人生だ。死ぬのが早くなるか婚約破棄という傷ものになるかの違いだけ。
今の目標は前者にならないこと。
私を貶めて、修道院に送るなり傷ものになるなりは死ななければ別に喜んで受けよう。家族に影響を与えないのであれば……の話だけど。
でも私は隣国にどのような学校があるのかを知らない。風の噂によると隣国には魔法を学べる学校などがあるらしい。
元々、破棄後のために魔法はもう少し使えるようになりたいと思っていたのだからちょうどいい。一石二鳥というやつだ。
かくして私は隣国に留学という計画を立てた。そのためにはまず情報収集をしないといけない。残念ながら我が家の図書室にはそれ関係の蔵書が少ないので国随一の図書館に行こうと思った訳だ。
「ふふふ。留学したら友達ができるかも。新しい友達、響きがいいわね!」
完全に留学に行けると思って有頂天になっている私は、そのまま馬車に乗り込んだ。