クソオタクと涙。
ドリンクバーで新たにジュースを入れた俺は、ドキドキしながらまた部屋へと戻ったのだった。
ガチャ...
「ただいま〜っと」
相変わらず俺の事が嫌いなのか、本多さんは俯きながら何も言わない。
「本多さんは何も歌わないのか?」
「...」
「おい?返事くらいし...」
そう言いながら俺は本多さんの顔を覗き込み、ギョッとした。
「え、本多さん?!?!」
スマホを見ているのかと思っていたが、なんと本多さんは涙をポロポロ流していたのだ。
「ど、どうした?!」
「うぇぇぇぇーん...久賀ぁ...」
「え、ちょ...ど、どうしたんだよ?!俺、何かしたか?!」
必死に声を出さないようにしていたのか、声をかけた途端、糸が切れたかのように俺に抱きつき声を出して泣き出してしまった。
女子とまともに話したこともない俺は、泣いている女子になんと声をかければいいのかわからず、ただただ泣きついてくる本多さんに慌てていた。
「な、何?!は?!本多さん????」
「久賀ぁぁあ...うぇぇえん」
あの本多さんが声を出して子供のように泣いているのにもビックリしているが、まさか抱きついてくるとまでは想像していなかった。
「えっと...本多さん一旦座って落ち着こう?な?」
「うぇぇぇえ」
ソファーに座り、少しすると落ち着いてきたのか少しずつ話をし始めた。
「何があったんだよ?」
「こ、こんなこと...うっ...誰にも話せなくて...」
「あぁ」
「DOLCEの...掲示板..あなたも見たでしょう?」
「あー...そのことか...」
掲示板の一言で全てを察した俺は、本多さんへと声をかける。
「見たけど...あんな誰が書いたかもわからねーこと泣くほど気にすること無いだろ?」
「でも...昨日の夜にアップされてからも今もどんどん書き込み増えていってるし....」
「それにな、本多さんは書き込まれてたような事はしてないんだろ?」
「そ、それは!もちろんよ!そんな事しないわ...!」
「だったら、本多さんは堂々としてればいい。俺は音ちゃんとしての本多さんを応援するし、きっと応援してくれてる人は他にもいる!掲示板の噂を鵜呑みにして、音ちゃんのことを嫌うような人がいれば、そんな奴大した事無いやつだ!DOLCEのクソオタクが言うんだ!間違いない。」
「久賀...」
正直、さっきまでアホな考えをめぐらせていた俺が言えたものでは無いが、こうして本多さんが悩んでいたことを聞けて本当に良かった。
やはりあれは、誰かが書き込んだ根も葉もないただのイタズラだったのだ。
「まぁ、とにかくだな...その...大丈夫だ!」
「もう。調子乗らないでよね、クソオタクのくせに...」
「はぁ?お前なぁ...」
「ふふっ嘘よ、ありがとう。久賀。」
「お、おう...なんだよ急に...」
「あら〜?何〜照れてるの〜??」
「て、照れてねーよ!てか!お前も子供みたいにワンワン泣きわめいて抱きついてきたくせに!」
「はぁ?!そ、それは!その...しょうが無いでしょう?!めちゃくちゃショックだったんだから!」
「お前も照れてるのか?顔赤いぞ〜!」
「うるさいわね!このクソオタク!」
こうして、いつもの調子に戻った本多さんだったのだった。
「しかしまぁ、こんな書き込み一体誰が...」
「そうね...お客さんかしら?」
「うーん...だが客だとして、こんな事する動機がよくわからんな...」
「じゃあ誰が...」
「ん?そういえばDOLCEのオーナーって俺はあったこと無かったが、顔はよく店に出すのか?」
「いいえ?オーナーはお店にはほとんど来ないし、たまに営業前のミーティングに来るぐらいだけど...」
「どっかHPとか顔出したり、客にどんな奴かわかるような事ってあるのか?」
「え、いや...多分無いわね...基本顔出しが嫌いな人らしいから...」
なるほど...
DOLCEにいつも通って、どんなDOLCEのイベントも欠かさず通っていた俺ですらオーナーの顔は見た事がない。
という事はだ。
「多分だけど...票のこととかオーナーとのこととか書き込んだの...メイドじゃないか?」
「え、どうして?」
「俺は、DOLCEのオーナーを知らないんだよ。どんな人か。」
「だから何よ...?」
「だから、オーナーが男か女かって事すらも知らなかったんだよ!つまりだ、このオーナーとデキてるって言うのも、こいつはオーナーが男だってことを知ってるってことだよ」
「なるほど...え、でもDOLCEの誰かがだなんて...」
「多分俺の知る限りではオーナーは客に顔を出していないみたいだし、確かではないが可能性は高いだろ。」
「まさか...そんなこと...」
「それに、納得がいくだろ。入ったばかりの新人が、NO.1になった。それだけで動機としては充分なくらいだ。」
女の世界には全く詳しくはないが、これは男にだって似たようなものがある。
いや。そもそも人間という生き物は、嫉妬、劣等感、優劣感という感情は少なからず誰にでもあるものだ。
男女関係ももちろんのことだが、友達も仕事や勉強もだ。
人間は優劣をつけたがり、そして皆自分の方が優位に立ちたがる。
学校にだってあるだろう。
誰も言葉にはしないが、スクールカーストという目に見えない順位があるのだ。
そしてこのオタクな俺はもちろんスクールカーストの最下位だろう。
下のものは上を羨む。
その気持ちはとてもよく分かるのだ。
きっと、DOLCEという小さなヒエラルキーの中にも嫉妬という物が渦巻いているのだろう。
「そんなことって...」
「とにかく、こういうのは反応すると逆効果だ。気にしない方がすぐ収まるさ。」
「そうね..。」
すぐ収まる。
そう思っていた。
ー登場人物まとめー
【主人公】久賀 大智
高校2年生/17歳/
大阪のメイドカフェ〝DOLCE〟に通う。
推しである人気NO,1メイドの〝ヒメ〟にバイト代をほぼ全額貢いでいるクソオタク。
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【新人メイド】本多 愛葉〝音〟
高校2年生/17歳/
〝DOLCE〟に新しく入った新人メイド。
以前からメイドへの強い憧れがあり、メイドへのこだわりとご主人様への想いはピカイチ。NO,1であるヒメ(姫乃)を尊敬している。
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【NO,1メイド】白石 姫乃〝ヒメ〟
高校3年生/18歳/
〝DOLCE〟の人気NO,1メイド。
ぶりっ子だがかなり性格は腹黒いらしい。
最近入った新人の音(愛葉)の人気に嫉妬と焦りを感じている。
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【友人】江山 剛
高校2年生/17歳
大智のクラスメイトであり親友でありオタク仲間でもある。
大智と違い特に推しは作らず、DOLCE自体が好きで店に通っているタイプのオタク。
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【友人】元井 咲良
高校2年生/17歳
愛葉の親友で、唯一メイドとして働いていることを知っている存在。
面倒くさがり屋で、楽観的な性格だが意外としっかり者な一面も。
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【オーナー】 間柴 勇
自営業/29歳
DOLCEのオーナー兼キッチン担当。
裏でしっかりメイドたちを支えるDOLCEの柱的存在。
見た目とは裏腹に、困った時は結構頼りになるらしい。