人・の形をした魔物!その名も佐藤太一!!
不穏な風は降り頻る雪に消されてしまった。
雪が地面を覆う。その前に野菜は収穫していたので畑の心配はしていない。そもそも、俺にとってどうでもいい。
頻たる雪は囚人の黒白の服装を隠す。逃げるのは今だ!とは思うが、囚人達の心は雪によって凍ってしまった。
雲一つ変わることのない変哲もない部屋で一日が過ぎていく。
さて、、、
もう一人の俺がもうじき動き始める頃だ。
換気口の蓋が外される。
そこは刑務所と外をつなぐ天井にある隠れ道。秋から冬へと移りゆく間、もう一人の俺は準備をしていた。天井を拠点としながら着実に脱獄の準備を……
偽物は分身をさらに増やして計三人で計画を進めていく。
勿論、俺らはそれのサポートに徹する。刑務官にバレないように。例えば、食材を与えたり……と。
与えられた家事当番。その役目を果たす時は監視の目が全体に行き通らない。必ず見えない場所がある。協力者は俺だけじゃない。瀧、冬秀、裕翔も協力してくれている。
彼らと協力して死角を作り、食材を与えた。
そして、準備は整った──
失敗は出来ない。全ては成功のために。
天井に潜む俺らの準備が整ったという合図と計画の実施日が伝えられた。それを協力者に伝えた。
実行の朝は冷え込んでいた。
部屋の中だと言うのに身体が悴む。息を吐くと白い煙が現れる。思考も寒さで鈍りそうだ。
君は脱獄には不利となるのに何故この日にしたのか?もっと時期を遅らせた方がいいんちゃう?と思っているだろうが、この日でいいのだ!
思考が鈍るのは俺らだけじゃない。刑務官も鈍る。彼らも同じ人間だ。つまり、遅らせる必要はないのだ。
俺らに与えられた家事の役目をこなしながら刑務官の目を盗む。気付かれなければ大丈夫。
俺は刑務官の目を盗んで刑務官の目の届かない場所へとやって来た。
換気口から手を伸ばすもう一人の俺。冷たく薄汚れた手を握り俺は天井の裏へとやって来た。
次に、冬秀と裕翔を引き連れる。
「よしっ、騒動は起こしたぜ!」
瀧は牢屋に閉じ込められた囚人を特技の鍵開けで解放した。その囚人は脱獄しようと無闇に動き始めるだろう。出られないこの室内から出ようとして出られないのがオチだろう。
瀧の解放した囚人達には可哀想だが、彼らは囮である。彼らの対処に刑務官が追われている間に俺らが逃げる。
瀧を天井裏へと引き連れた。
天井裏で出口向かって這って進む。
光によって見えない闇。光に隠れて埃が舞う。誰も天井につく電灯の光はその下の闇を消す。刑務官も俺ら以外の囚人も光の上に潜む闇には気付いていない。
悪に浸るからこそ思いつく悪足掻きを正義に目が眩む彼らには気付かない。
換気口が開く。
辛辣な寒波が襲う。冷たい向かい風に立ち向かい俺らは外へと出る。降り頻る雪を踏みしめる。
外と家を繋ぐ扉は開かずの扉。彼らはその扉の向こうにいるとは気付かないだろう。俺らはそれを逆手に取る。
失敗をしないように丁寧に雪を踏みしめる。そして、俺らを閉じ込める次の壁へとやって来た。目の前に立ち塞がる棘の檻。
ミスれば痛いでは済まされない。傷を受けた身体で逃げ切ることは難しい。これは慎重にかつ大胆にいかないといけない。
最初に偽物が檻を登り始める。そして、一番上に到着すると足を滑らせて棘にささる。胸から溢れる鮮血が嘲笑うかのように落ちていく。
<いいねぇ、増えて、嬉しいよ!!もっと増やせェ!>
分身が檻の向こうに現れた。
鮮血は止まり、再び鮮血が溢れ出す。
「今のうちに行くぞ!!」
俺らはその傷を受けた俺を踏み台にその檻を乗り越えていく。棘は身体で覆われて、負傷するリスクが少ない。さらに、足を掴んでよじ登り背中を足場にして下に降りる。より安心して逃げることが出来る。
全員が檻の向こう側へと渡る頃には分身は十人程増えていた。勿論、棘のささった俺もここにいる。
「お前は何者なんだ?」
脱獄に協力する囚人達はあっけらかんとしている。まあ、非現実的すぎて目を疑うのは仕方ない。その問が来るのも普通だ。
「俺は人の形をした《魔物》さ────」
地獄と地表を隔てる二つの壁を越えた。
残るは大きな塀を登るだけだ。
塀はコンクリートで造られていて、握ることの出来る場所はない。地面と垂直に聳え立つ壁をよじ登ることは不可能だろう。
ただでさえひんやりとしたコンクリートの塀は冬の乾いた風に曝され、触れれば心まで凍りそうな程冷たかった。普通の人間なら触れれば心が凍りつき脱獄を諦めてしまうだろう。
俺はただの人間ではないから──関係ないが。
一人の俺は雪が頻る地面にしゃがみこむ。雪に接する身体が赤色に染まっていく。霜焼けに耐えながらその状況が保たれる。
次のもう一人の俺はしゃがみ込む俺の顔を足で挟んだ。そして、立ちながら腰を曲げる。両腕の肘はもう一人の俺の背中に触れる。
さらに、次の俺はしゃがみ込む俺の腰の上に乗って二人目の俺のような状況となる。
まさに、人間ピラミッドの一列のみという状態だ。
それが幾つも積み重なり壁へと到着した。それを登り俺は塀の上へと着く。
下から登ってくる脱獄仲間に手を伸ばし俺の所へと引き連れる。娑婆の光を照らす俺の腕。瀧、冬秀、裕翔、六人の俺。残るは四人の俺……
俺は塀の下に手を伸ばす。
乾いた空気に響かせる突如聞こえる銃声。俺の差し伸べた手に銃弾が貫通した。
流れる血を塞き止めるかのように傷痕から入ってくる雪。その雪は俺の心を凍らせた。悪魔の力でいつしか傷痕は無くなった。
「逃げるぞ!!────」
まだ助けなきゃいけない。まだ残ってる。俺は諦めきれなかった。手を伸ばそうとする俺の身体を持ち上げた冬秀はそのまま俺を連れて娑婆の方へと飛び降りた。
傷のつかない俺の身体を利用し、もう一人の俺がクッションとなった。
ついに光射す地上へと辿り着いたはずなのに……雪を降らす雲が光を全て閉ざしていた。
後味が悪い。俺は自分のために犠牲となるものを作り出して蹴り落とした。そんな感じがした。
まるで……自己利益のために生み出す俺を蹴落としたLQ-499のようだな。残された彼らは辛い思いをするんだ──
彼らは光を失った闇に染まる。彼らがこの地上へと出た時、生きるために光を奪う。
巡り巡って俺は悪を生み出した張本人。俺はもう殺人を起こした彼らにとやかく言う権利はない。もう選んだ道を引き返すことは出来ない。過去には戻れない。
罪悪感で満たされた俺の心を板挟みとなった気持ちが衝撃を与える。中途半端だな……俺は。
悪になるのなら悪に染まればいいのに。正義を貫き通すなら正義を貫き通せばいいのに……
俺は光と闇の狭間で苦悩している。
雪よ─俺の心を凍らして悪に染めてくれ。
太陽よ─今すぐ雲を取り払いこの半分凍った心を溶かして正義を貫き通させてくれ。
何が正解なんだ────?
辛くて辛くて辛い。正解が分からない。より良い方向に進むようにと選択した答えは間違いだったり……辛い選択が俺の目の前に現れていく。選んだらまた次が現れる……
俺は正義のために脱獄した。
これ以上の殺人を起こさせないように……悪を倒すために。
けど、脱獄は悪のすることだ。だから、俺は悪による悪退治を考えた。
今思い浮かべば、悪による悪退治って悪なのか?正義なのか?
もう分からない────。
殺人を起こした彼らを攻める権利のない俺は何のために脱獄したのか……その目的を失った。
俺はどうすれば────
頭を抱えても何も解決しなかった。雪はさらに、追い討ちをかけるはように答えを覆い隠した。
「迷ってる暇はない。逃げ出したらもう逃げるしかないだろ?中途半端だと何もかも失うぞ!!」
俺はもう一人の俺に気付かされた。
俺は中途半端なんだ……。迷ってる暇はない。今は逃げなければ。
逃げる理由は──
大切な何かを失わないため、でいっか……
「そうだな──。迷ってる暇なんて無かったな」
まずは逃げなければ……。日本内で逃げ切るのは綱渡りと同じ危険の続く生活となる。しかし、海外に逃げれば安寧の地が手に入る可能性がある。
脱獄の協力をして貰うために脱獄後の作戦も考えていた。
ただの脱獄なら無謀なだけだ。
逃げきれなかった俺の意思を継ぐ!俺と分身六人と囚人仲間三人の十人で絶対に逃げてやる。
俺らは囚人番号で呼びあう必要がなくなり名前で呼ぶことにした。そのことを皆に伝える時には瀧はいなかった。
「よしっ、車は盗んだぜ!!」
車からステンドガラスを下ろして顔を出す瀧。瀧は自前の特技で車を盗んだらしい。流石としか言いようがない。
「さあ乗れ!空巣があって無防備な留守がいて助かった!逃げるぞ!!」
瀧は空巣から車を盗むのに使える道具を盗み、その道具を使って車を盗んだ。
車は前が二人、中列二人から三人、後列は二人座れる車だ。ただ、後列の椅子は畳んで収納可能で二人以上入ることが出来る。それで無理やり全員が車へと乗り込んだ。
俺らは車に乗り込んで車を走らせた。まだ、警察は俺らが車で脱走していることなど気付いていないだろう。その間に出来るだけ引き離さなければ……
「なあ、俺は日本に留まりてぇ。他にもそういう奴はいるか?」
「俺も海外に逃げる気力はねぇな……」
裕翔と冬秀は作戦から離脱する決意を見せた。
「いや、こっちはこっちで安寧の地が欲しいわ」
「俺らも勿論、逃げるぜ!!」
瀧と五人の俺は作戦通りにすることを決めた。
俺は……どうしようか?
「俺はこの世界を新世界へと変える。そのために日本に留まる!!」
他の全員は作戦の離脱か続行か別れた。
俺はどちらにしようか────
その時、脳に映る葉月の姿。
これ以上逃げたら……葉月はどう思うのかな?自分の弱さから逃げた先に何も残らないのなら、少しは立ち向かわなきゃいけないのかな?
「俺は……残るよ────」
葉月のことを考えると、何故か海外へと逃げるのが躊躇われた。日本にいればまたいつか逢えるかもしれないけど……海外に逃げればもう逢うことはないように感じて。
確かな根拠は全くないのだけど、そう思うんだ。だから、俺は日本に留まる。
次回予告
俺らは脱走する。
社会から除け者にされる俺。
そして、遂に現れるキーマン。
物語はついに、新たなステージに向けて動き出す。
次回ってあるかなぁ?
to be continued