た・のみの綱──太一の死
俺は隆志に連れられて工事現場に来た。
工事現場の音が鳴り響く。俺の目の前に穴が広がっている。
「私は大樹を止められなかった……。いや、止められないのです。私にはあなたを守りきれない」
虚しく嘆く。
その声は工事現場のフェンスに衝突すると跳ね返り、さらに虚しくさせる。
「"こけし"を殺すためには……"こけし"の本体を現して殺すしかないのです。そのためには3つの方法があります。」
隆志は指を3本立たせた。
「まず一つ目は次世代へと"こけし"を殺すことを託していくこと。畔川代々、私もずっと次世代へと託してきました。」
畔川二太から今世まで続けられた使命。それはいつか"こけし"を倒すことに繋がる。
「そして二つ目は大樹のように"こけし"に取り憑かれた者を一人残さずに消してしまいます。そして、再び現れた"こけし"を殺します。」
"こけし"はこの世界へと現れてから取り憑くまで、こけしが取り憑かれた者が分身する前までに殺せば"こけし"を滅ぼせる。
「最後に……"こけし"からの挑戦状に勝ち抜いた君自身が"こけし"と対面する時に"こけし"を殺せばいい!!」
どういうことだ──?
俺が"こけし"と決着をつける────?
「だけど、今のままでは君は"こけし"を殺す前に明日大樹に殺されてしまいます……」
「それで?俺はどうすればいいんだ?」
「君には眠っていて欲しい────」
目の前にいる隆志は俺を力強く押してきた。
俺は思わず後ろに倒れる。その後ろには穴がある。俺はその穴へと落ちていく。
隆志は地上から俺を見下げる。そして、ボタンのようなものを取り出した。そのボタンが押されると穴に繋がる装置からコンクリートが流れ込んでいく。
灰色の液体が俺を沈めようとしていく。
段々と俺は灰の海に溺れていく。俺は地面に背をつけていた。意味が分からず何もできない。
どういうことだよ?
「私の役目は果たした。後は任せましたよ、太一さん──」
そういうと隆志は去っていった。その後ろ姿はすぐに見えなくなった。
上流していく海は下の方から固まっていく。
俺はたまたま上半身を軽くだけ上げていたため、上半身は固まるのが遅くなった。が、下半身はもう完全に動かない。
いつしか身体全体を覆う海。俺は手を伸ばしてもどうにもならない。
苦しい──
息が出来ない──
辛い、、、────
俺の身体は固まった。
はずなのに、何故か落下する感じがする。まさに、本物の海へと落ちたように……
いつしか俺は真っ暗な空間へと放り出された。
来たことがある。
ここは──────
<久しぶりだね!ついに、"こけし"の所に住みにきたの?>
地上でも天国でも、死後の世界でも、現し世でもない。ここは生の世界と死の世界の狭間。"こけし"の住んでいる世界。
ついに永らく住むことになったんだな……地獄に──
「少しはここに済ませて貰う!が、すぐにここから出ていく!!」
<無理でしょ?>
「無理でも足掻いてみせる!ここには來愛はいない!!來愛のいる場所へと足掻いてみせる!!!」
<へえ、面白そう!!ねぇ、ねぇ、どうやってするの?>
知らない、そんなこと。
けど、葉月との約束を結んだんだ。足掻くって……
方法がなくても関係ない。ないならないで見つけてやるよ!!足掻く方法。
◆◆◆
「太一さんは今安全な所に匿った。誰も知らない裏道から進んでいるから安心ですよ!」
隆志は嘘をついた。
「それよりも、あなた達の方をどうにかしなければ……。夜な夜な逃げてくれませんか?彼らにバレないように」
「分かった。またいつか会おう──」
深夜──
冬秀は外へと出て逃走した。
瀧は怪我からここで匿うことになった。
次の日、大樹が家へと来た。
押し寄せる黒服が瀧を捕まえた。その中に混じる大樹は血眼になって家中を捜索していた。が、見つからない。
「どこかにいるはずだ!!」
そんな大樹の背後に隆志が近づいた。
「もう太一さんはここにはいない!」
そんな言葉に耳をくれず大樹は変わらず捜している。そして、大樹は閃いたかのようにピンッと立った。
「そうかっ、あそこなら可能性があるな……」
大樹は裏口から出ていき工事現場の中へと入っていった。隆志もそれを追いかける。
フェンスの中の敷地には平坦な床が続く。凸凹の場所がない足場を進んでいく。
太一はどこにも見つからなかった。
「どうして?家とこの場所以外なら目撃情報があるはず。もうチェック済なのに!それじゃあ、どこなんだ?」
焦る大樹の近くで隆志は重い口を開いた。
「もう太一はいない。私がこの手で葬ったからな……」
「えっ──。けど、父さんは彼を庇っていたんじゃ……」
「昨日まではな。これ以上大樹に手を汚して欲しくなくて、再び手を汚す前に私が手を汚した。」
その言葉を聞いた大樹は深呼吸をした。
そして、隆志の横を真っ直ぐ通り過ごそうとした。
「ありがとう────」と耳元で聞こえたような気がした。
忙しく過ぎたその一瞬は、刹那にして静寂へと切り替わった。
誰もいない家の中で隆志は一人でカップに入った珈琲を飲んでいた。
珈琲は苦く感じるが、それぐらいが丁度良いと感じられる。
カップの中の黒が渦を巻いて虚しさを吸い込んだ。
◆◆◆
「流石は畔川氏。お陰で脱獄犯である二人を再び囚獄へと捕らえることが出来ました。」
大樹は青の制服の男から敬礼を受けた。
雀坂冬秀は逃走時、監視していた黒服によって捕えられ、瀧は実家再潜入の時に捕らえた。二人を捕らえた実績はとても高く。警察に恩を売る形となった。
これで太一を殲滅させることが可能となる──
二人の再逮捕はメディアを通じて大きく拡散された。
大樹は所謂──国民のヒーロー的存在になった。
輝かしき栄光を得た大樹は自信げに人前の道を歩いていた。
彼の行った事故は隠された。彼は正義の存在だ。
憧れの目線。ああ知ってるぞ!という視線。誰なんだ?という視線。様々な視線が向けられる。
人の通行は絶えず動いていく。見ず知らずの人を通り過ぎる。それが何度も何度も。誰も僕が知る人はいない。
歩く通路の直線上に一人の女性が真っ直ぐこちらへと歩いてくる。
それなりに美しく見せるのに凝っているのか可愛らしく見える。その女性は早歩きとなり、真っ直ぐ歩いていく。
このままでは当たるので横にずれた……のに、その女性は僕に向かって進んでいく。ヒールの音が段々強く聞こえてくるようになった。
そして、彼女は肩に掛けたバッグの中に手を入れる。
いつしか、僕の目の前に──
胸に刺された包丁を見る。
「何が起きたんだ────?」
胸から赤い液体がゆっくりと垂れていく。
目の前にいる女性は僕に包丁で刺した。僕には彼女が誰なのかは分からない。見ず知らずの人だ。
なのに──僕は包丁で胸を穿たれた。
次回予告
何故、大樹は殺されたのか?
刺した女性の正体とは?
罪はいつしか自分に戻ってくる────
それが今だっただけだ。
もう少しで終わる
to be continued