よ・の中そんなに甘くない
狭い隙間から注がれる光に煽られ俺と葉月は──
「お決まり事────していいよね?」
柔らかい唇と唇が触れ合った。その一瞬は時間が止まったように感じられる程だった。
石という人々に見られながら白いベールに包まれた葉月を見つめる。神父の格好をした隆志が取り仕切る。そして、隆志の一声で俺と葉月は誓いのために互いの唇をつけあった。
別世界にいるような感覚だった。
しかし、すぐにその背景は消えてしまった。周りはただの石が並べられている。特別な服装でもない俺達。もう少し夢を見ていたかった。
「もういいか?」と隆志。
隆志に可哀想なことをしてしまったなと反省する。こんな居づらい時間を作ってしまってすまない。
「大丈夫です───」
「それじゃあ、着いてきて欲しいところがある」
隆志に連れられ俺は家の裏口へと来た。そして、人気のない木々の中を通っていく。
その木々は桜で、蕾が所々咲いている。
そうか、もう春か……。色んな事があった。1年が早く感じる。俺はそんなことを考えながら木々を通っていく。小山のようで少し登る感覚で進んでいった。
蕾が開き桜が咲く。
軽く散る桜が俺や葉月に向かっていく。俺は舞い散る花びらの一枚を掴もうと手を開くが、花びらはひらひらと舞って手のひらを避ける。
「あっ、落ちちゃった……」と頭を掻く。
まだ取り損ねた花びらは舞っている。
俺の行動の一連を見た葉月は俺の代わりにその花びらを掴もうと花びらの近くで空を握る。けど、花びらは手の中に入る前にその外へと飛び舞った。
桜の花びらは舞いながら地面へと落ちてしまった。
「落ちちゃったね──」
「そうだな」
落ちてしまっても、それを笑い話として楽しんだ。
その桜の花びらは三十年以上も使われた古びた靴によって踏まれていた。俺はその花びらの結末を見ることなく前を見上げていた。
水を含んだ土は泥に近くなっている。柔らかい土を踏みしめる。
小さな山はすぐに頂上へとついたようで緩やかな下り坂へと変わった。蕾のままの桜が多い野良の桜並木を進んでいく。
その道を抜ける。
目の前には工事現場の立ち入り禁止のフェンスが立ち塞がる。隆志を先頭にそのフェンスに沿って進んでいく。そして、大きな通りに出る小さな道へと出た。その道を通りながら途中でフェンスを動かす。そこに逸れた。
俺は工事現場のフェンスの奥へと入っていった。
その中には何人かの作業員が工事の作業をしていた。作業員は俺らを見つけた。
作業員が近づいていく。
──バレた。
俺は世間から見つかってはいけない危険な存在。彼らに見つかったことに内心怯えながら俺は身構えた。
「この方達が我らが守るべき人達ですか?」
作業員の一人が代表して前に出た。凛々しい態度で隆志を敬っているように見える。
「そうですよ──。最悪の場合……の作戦も出来ていますか?」
「勿論です……」
最悪の場合の作戦────?
何を言っているのか分からない。だけど、凄く不安になるのは何故だろうか?
作業員の横を歩く隆志。二人に連れられてこの作業現場を練り歩く。そこそこでかい現場である。
「ここです……」
そうして見せたのは地面に抉られた穴だ。深くはないけど浅くはない。その穴に向かって繋がるホース。ホースを辿ると謎の機械が置いてある。
「どうですか?」と作業員の男は訊ねる。
「最高ですよ……」
隆志は優しく返した。
そして、隆志は俺らの方を向いた。
「ここなら安全ですよ。私の手配でここの人達は味方です。それ以外の人はここには来ません。勿論、大樹もここには来れないはずです!!」
周りを見渡す。
作業員のような人達以外は、俺らを除けば見当たらない。
ここなら大樹であろうと来ないだろう。普通なら俺がここに来るなんて思わない。
「だから、ここはもしもの時の逃げ場所なんですよ──」
なるほどな。けど、あの穴は何の意味があるのだろうか?まあそんなことを今は聞き流そう。
ドリルの音がする。
工事の音が声をかき消した。
◆◆◆
蕾が開き桜が舞い散る。
ソメイヨシノが一斉に咲き乱れている。日本はピンク一色に染まっていた。
落ちた桜の花びらが道路で車に潰される。そんな道を車を走らせる。その車の助手席で大樹は書類を見ていた。
「僕は彼らを捕まえて警察に媚を売りより秘密裏な情報を得て、一人残らず太一を殲滅する。そのためには、警察が関わる前に僕らだけで捕まえて見せる。」
その書類の資料には椿裕翔、恩道瀧、雀坂冬秀について書かれている。
「隆志に匿われた太一だけがマトリョーシカ人間な訳ではない。僕はあの太一を殺して僕の糧にする!!」
大樹は資料を睨んだ。
椿裕翔──
彼はロリ好きだった。彼の性欲は普通ではなかった。
ある日、山田シャナという中学生を好きになる。そして、探偵に捜査を依頼した。金のためなら何でもする探偵だった。
裕翔はその子の情報を得ていった。そして、ついに実行した。
ただ、その時はまだいい方。手を下すのではなく、甘い罠でその子の好意を着実に得ようと努力した。
ある日、ついに裕翔は禁断を破った。その子は深い傷を受けた。その時の裕翔には悪気がなかった。
性的暴行として裕翔は訴えられ捕まった。
そして、去年脱獄。今年になってまたその子を襲おうとして捕まった。
この情報は要らないことが分かると大樹はその書類を破って車のダストボックスへと突っ込んだ。
そして、次の資料を見始めた。
恩道瀧──
彼はそこそこ売れてるマジシャンだった。糸を駆使してマジックを行う。透明な糸は観客には見られず、上手く操ることでマジックを成功させる。糸こそがマジックのタネ。
それだけでなく様々な才能を駆使してマジシャンとしての活動を行っていった。
そこで見つけた才能。それは使い方を間違えれば最悪の手段となる。
自分を縛る鎖から逃げたり閉じ込められた大きな箱から抜け出したりするのに鍵開けの技術を使う。その技術で空き巣の侵入が容易となる。
ある時、車の中に物を増やすマジックを行った。その時に、無人の車を奪う技術を手に入れた。
それ以外にも……変装して他人に成りすなど様々な技術を手に入れた。
その技術を利用して瀧は泥棒として活動した。いつしか、集めた金を使ってよりお金を集めるために詐欺のための金に投資。そして、瀧は詐欺師となった。
それによって相当儲かったが、結局、警察に全貌がバレて瀧は捕まった。……が、去年脱獄。まだ捕まっていない。
多分、太一とともにいる。
油断は出来ない。彼のお陰で事務所からの逃亡が出来たといっても過言ではない。今度は逃さない。こっちには前と違って情報がある。
大樹はその資料を後ろに回して次の資料に変えた。
雀坂冬秀──
彼は部落民。一時期太一が拠点にしていた場所は冬秀の故郷だった。
彼は生まれながらの差別か、それとも教育レベルの低さからか中卒ですぐに暴走族の一員となった。暴走族の中でも過激派として暴行、暴力に長けていた。
彼は暴走族内に作られたルールに忠実で、さらに最低限の頭脳も持って行動をしていた。
彼は社会を憎み、社会に叛いて生きていた。
ひそひそと暮らしていたが、、、目の前で部落民としての仲間が蔑まれているのを見ていてもたってもいられなくなり、蔑む者に暴行をして捕まった。
去年に脱獄。まだ捕まっていない。
やはり、彼も太一とともにいるのだろう。それなりの剛腕な敵。彼一人で力づくで捕まえるのを難しくなる。相当厄介だ。
彼には多くの部下によって一斉に捕まえに行くしかない。力に勝るためには数で攻める。そういう作戦だ。
車が泊まった。
目の前には懐かしい風景が映る。
大樹は資料を車に置き残し、車を出た。
「僕は僕を越えていく────」
大樹は自前の鍵で門を開く。
腰につけた鞘、懐に入れたライター。そして、使命感を宿した瞳。大樹は実家の中に入っていった。
次回予告
目の前に現れる大樹。
命懸けで太一を逃がそうとする仲間達。
その最初は隆志────
凄々たる衝突が待ち受ける。
次回はある?
to be continued