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時・間を共に過ごす者

「よろしく!」

 気安く声をかける大樹。

 大樹は俺の瓜二つの双子の噂を聞きつけてやって来たようだ。


「僕の奢りでいいからさ、どこか涼しい所へいこうか?」


 突如現れた大樹は俺と葉月を連れてスタバに連れていった。机を挟んで大樹と対面する。

 珈琲の豆の匂い。渦が巻く。その中にグラニュー糖などを入れて俺好みにアレンジした。啜ると仄かに甘くて美味しい。一息ついてから本題へと入った。

「何のようですか?」

「瓜二つの双子と言われてますけど、それってクローンじゃないのかなと思ってね。噂を辿ると君は《マトリョーシカ人間》かと疑っててね……、気になってたんだよ」

「どういうことですか?マトリョーシカ人間!?」

 いきなり専門用語が飛び出して話についていけない。隣にいる葉月も首を傾げている。

「そのままの意味だよ。君は"こけし"に取り憑かれたんじゃないかな?」

 鋭い眼光で見つめられる。見つめられても困る。その説明じゃ、全く意味が分からない。

「君はある時"こけし"の住み着く道具に触れた。"こけし"に取り憑かれると死ぬ際、その死を無効にすると共に瓜二つのクローンを作り出すんだよ。」

 えっ────

 彼は俺の身に起きた状況を知っている?

「図星だね」

 俺と葉月は驚いた表情をしていた。表情だけで諭されてしまった。

「俺の身に何が起きたんですか?」俺は恐る恐る訊ねた。

 大樹は懐からスマホを取り出してポチポチと操作した。そして、俺の方へと差し出した。

 スマホの上にはQRコードが映っている。

「詳しくはまた後で教えるよ。一気に説明しても頭が追いつかないだろうしね。これ、LINEのQR。」

「そうですね。」

 俺はスマホを取り出してQRスキャンの画面にして、大樹のスマホに描かれた複雑な暗号を読み込んだ。LINE上で友達となったのを確認してタスクキルをする。

 大樹は優しく微笑んだ。

「ごめんね。君たちの時間を邪魔して。今日は僕の奢りということで許して欲しい」

「ご馳走様です。ありがとうございます。」

 俺と葉月は席を立った。そして、席から離れようとすると一言大樹が放った。


「僕は与えられた役目を全うする。警察の許可さえ下りれば今すぐにでも……」


 穏やかな笑顔は殺意の湧いた表情へと変わった気がした。

 涼しく冷えた室内で甘やかされた俺は外へと出るのが苦痛だった。その苦痛を押し殺し俺は陽射しの降り注ぐ外へと踏み入れた。



「気になるよね?太一君に起きた謎。それと、大樹さんは太一君のことについて知っていたけど、誰なんだろう?」


 葉月は立ち止まる。

 謎が謎を呼ぶ。俺は元から決めていた予定を続行させた。その時間は心に虹をかけた。


◇◇◇


 あれから日が経った。

 大阪の太一は捕まったと書かれていた。まさかそんなことがあったなんて……と思った。けれども、それが俺に影響を与えることはなかった。赤の他人として処理されていた。


 大樹との連絡も途絶えてず続いている。少しずつ大樹に疑心を持つが大樹のくれる情報は重要すぎるため縁を切ることは出来なかった。

 あれから変わらず、変わらぬ日常にすがり付いていた。

 俺は砂糖水の中にいることに気付いていない。

 甘くて美味しい佐藤水。幸せな気持ちでその中にいる。このまま砂糖水の中にいたい。けど、水の中にいれば息が出きずに死んでしまう。いつか死ぬのは目に見えているのに、まだ中にいたいと目の前の幸せに縋ってしまう。

 もうそろそろ息が切れそうだ。


 雪が降る。

 俺はスマホの画面を見た。ニュースの情報の紹介が送られてくる。その紹介は一文で題名が書かれている。

 ───『刑務所からクローンが脱走!?クローンの正体とは?』

 その一文はこの日本を揺るがす話題となった。新聞にもネットニュースにもその文が書かれる。その文は忽ち多くの人々に共有された。

 赤の他人だと認知されていた俺についに被害が及ぶ。俺は無数の他人の目を浴びる。

 俺はそれが嫌でイメチェンをした。髪を染めて、少しイメージを変えた。

 しかし、それでも俺への印象は悪くなった。就活は困難極まりない状況へと転落してしまったし、玲弥を初めとした友達とは縁を切られた。

 そして、大樹からは殺気を感じた。

 ある日、大樹は人知れず静かな場所に俺を呼び出した。手には刀を持っている。銃刀法違反となる。何故この日本で大樹は刀を握っているのだろう。


「ようやく警察から刀を使える許可が下りたよ!まずは君から殺させて貰おうか!」


 そう言って鞘から引き抜く刀を振る。

 刀は頬を掠る。赤い血が滴るが、すぐに血は消えた。

「教えたよね?マトリョーシカ人間を動けなくする方法」

 不気味に笑う。

 刀が春風を纏う。

 本当に俺を殺そうとしているのが分かった。長いこと連絡を取り教えて貰った情報のお陰で何をするのか理解できた。大樹は俺の四肢を切り落とそうとしているんだ。

 俺は悟った。──逃げないと死ぬと。


 俺は大樹に背を向けて走った。大樹が追いかけてくる。すぐに追いつかれるのが分かる。


 大空に広がる雨雲。つぶつぶと落ちていく雨の塊。それはすぐに大雨へと変わった。

 突如襲うゲリラ豪雨が俺と大樹を引き離した。

 俺はその一瞬だけ九死に一生を得た。ただ、その雨は不幸の始まりを示すものでもあったのだ。


 俺は疲弊した身体を起こしスマホを見た。スマホから"大樹"をブロックして俺のLINEから消した。

 こんなに恐怖を感じたのは初めてだった。


 大阪にいた俺の脱走。その事件の日から三日が経った。

 大樹が家へと襲う気配はなかった。俺は常に警戒心を持って大樹の奇襲に備えていた。


 俺はスマホで"大樹"の関わっている情報を見た。テレビに出演したようだ。

 俺はすぐさまYouTubeで確認した。

 福伝寺に行かなければ大切なものを失う。俺は何のことが分からなかった。……が、今きたLINEで全てを悟った。

 葉月から「大樹さんが太一もいるから福伝寺に来てって言ってたけど、太一君まだ来てないよね?」「今どこいるの?」と送られてきた。

 さらに、可愛げな動物が「どこー?」とキョロキョロ周りを見渡しているスタンプが送られてきた。それを見て葉月はまだ何も気付いてないと察した。

 俺は既読をつけず金を持って福伝寺へと向かった。


 そして、辿り着くと葉月が待ちくたびれたように立っていた。葉月は俺のことに気付くと手を振る。

「もー、太一君、遅いよーー!!」

 抜けた声が緊迫した状況にマッチしない。葉月はまだ何も気付いていない。

「これは────罠だ!!!」

 この穏やかな空気を俺の緊迫した声が壊す。

「えっ?」葉月は間抜けた声。

 空風が木の葉を舞わせる。


「その通り、これは罠だよ────」


 空風を纏いながら現れる大樹。冷たい眼差しで鋭く睨む。大樹は不穏な風に包まれて登場した。

 葉月も俺も足が竦んで動けずにいる。

「大樹さん、どういうこと?」

「僕はマトリョーシカ人間である佐藤太一を一人残らず殲滅する。そのために、まずは君から殺してあげよう」

 鞘から刀を引き抜く。

 銀に潤る刀が俺と葉月、大樹に太陽というスポットライトを反射して照らし出す。

「來愛。逃げろ!ここは俺に任せてくれ!!」

「けど、太一君が……」

「俺はいい!元々、偽物だし。もしもの時は《本物》が來愛を助けてくれるさ──」

 俺は目の前の幸せに縋りすぎた。俺はどうせ偽物でしかないのに本物のように生活している。そのギャップが俺を苦しめた。そこから解放されるのは今かも知れない。

 偽物の俺には砂糖水から抜け出せないんだ。そんな俺じゃ來愛は救えない。そんなことぐらい知っている。


  だから、俺は《本物》に希望を賭けようと、來愛を逃がそうとした。


「潔いね。僕はいいと思うよ!そういうの───」

 大樹の持つ刀が振られた。

 俺は人間の持つ本能で避けようとするが避けられない。左腕が宙を流れる。

 左腕は元には戻らない。

 俺は本能による恐怖で尻餅をついてしまった。

「そのままさらに、動けなくするよ!」

 刀の銀が光を反射する。刀の先端が太陽の光と重なり目が霞んで見えない。

 振り落とされる。


「待って────」

 切実な……葉月の悲哀の声が刀を止める。刀は俺の右腕を切りかかろうとしている所で止まっていた。

「何のようかな?僕はこの世界の正義のために、こいつを殺す必要があるんだよ!正義の掲げる僕に何のようかな?」

「今すぐ止めて!何でもするから!!太一君を殺さないで!!」

「いや、いいんだ!俺は偽物。殺されても仕方がない。俺は偽物なのに本物の生活にすがり付いた。そう、偽物なのに欲張ってしまったんだ。その罪を精算する時なんだ、仕方ないんだよ─」

 俺は死を覚悟した。けれども、葉月は今でも俺の死を望まない。

 大樹は口を開いた。

「なら、僕の事務所で雇いたい。そこから、あまり外出はさせない。勿論、君には何もしない。何もされないから安心して欲しい。」

 大樹は案を持ちかけてきた。

 どういう意図でそんなことを言っているのだろうか?

「君のことを佐藤太一は一番に考えているんだろ?僕はそれを逆手に取る。代わりに、今は見逃そう。」

 なるほどな。つまり、葉月はヒロインとしての囮。それを助けるヒーローの俺を殺していく。と作戦か。


 葉月は迫られる選択肢に板挟みになっていた。

 俺はそこから助けようと声を出した。

「俺のことはいいから!俺のことは見過ごしてくれ!!」

「それでも……」


「早くして欲しいな!じゃあ、残り10秒待つからその間に決めてね!」

 大樹の口から数字が数えられていく。

 10……9……8……7……6……5……4……3……ともう時間がない。刀は少し上へと上げられた。0になれば俺の右腕はなくなる。まあ、それはそれでいいと思っている。


「分かった。私を雇って。だから、太一君を助けて!!」


 2……という声をかき消す葉月の声。


 えっ────

 動揺を隠せない。何故その選択肢を選んだの?

「何故、俺を見逃さなかった!?そんなん葉月が苦しいだけじゃんか!!」

「いいの!私は何も出来ずに大切な人を失う方が辛いから……」


「そう、なら交渉成立だね!まずは事務所まで連れてくよ!ついてきて!!」

 大樹は刀を鞘にしまった。

 葉月は苦しく発した。

「ごめん……私は例え偽物でも太一君のことは見逃せない」

 その言葉は俺の心に刺さる。俺の無能さが心に染み渡る。もし、俺が《本物》だったら心に分切りがついていたのかな……


「來愛……絶対に助ける!俺は、《本物》と一緒にお前を助ける!!だから、それまで待っててくれ!!!」

「分かった。約束だよ────」


 それを聞いた大樹は少し笑っていたように見えた。それもそうだ、飛んで火に入る夏の虫。そうなることが目に見えたからだ。

 それでも俺は助けに行く。

 俺は《本物》じゃなかった苦悩があった。それが俺を強くさせなかった。だけど、《本物》なら……

 きっと《本物》は来るはずだ!!俺はその時に足を引っ張らないように今から準備しよう。


 砂糖水にどっぷり浸かった俺。その砂糖水の中に入ってきたピリッとした黒胡椒。それが怠惰な俺に衝撃を与えた。俺は遅くたっていい!この砂糖水から足掻いて脱出してやる。



 それから日が経って、本当に《本物》がきた。《本物》なら《偽物》という先入観の壁はない。彼なら葉月を助けられる。

 俺は作戦に参加した。

 今自分に出来ること。それは、大樹を葉月達のとこから引き離すこと。


 ただ、そう簡単にはいかないよな……

 車は動かなくなった。もう引き離せない。なら、後は時間を稼ぐだけだ────

 俺はひたすら大樹に抗おうとした。

 結果は手も足も出ずに惨敗。動けない俺に炎が襲いかかる。


 俺の力じゃ、もうなんにも出来ない。

 だから、俺は神に祈るしかない。俺にはたまたま葉月から貰ったプレゼントとしてミサンガを肌身離さずつけていた。


 ミサンガにはある言い伝えがある。

 ミサンガずっとつけている時に、自身の意図とは違う自然的な原因で切れると……願いが一つ叶う!!

 火はミサンガを燃やし切る。俺の意図とは関係ない。

 願いが叶うというなら願おうかな────



  《來愛が一番幸せな選択を進めますように……》



 そう願った瞬間、俺の意識は消えてしまった。この世にはもう何処にもない存在になったのだ。

次回予告


 目の前に現れる大樹。

 後ろはガラス窓がある。割って逃げるのは葉月には出来ない。つまり、逃げるためには正面突破しかない。


 大樹は強い────

 太一VS大樹────


 ついに正面対決。


 次回はあるのかな?

to be continued

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