同・じ時間を共にする者
「來愛が一番幸せな選択を進めますように……」これが俺の最後の言葉だった。
◇◇◇
殴られた。頭に血が上り逆上しているのに目の前の敵になす術なく一方的に殺られている。
苦しい。
無我の境地に立たされていた。はずなのに、今はとても冷静だ。
地面から反射した月明かりが薄紫色の景色を作り出す。天井につく人工のライトが薄暗いこの場所を照らす。壁には乱雑に書かれた落書き。
トンネルは二人を照らす。
殺るか殺られるか。その二人しかこのトンネルにはいなかった。だけど、今俺はその二人を見ている。
同じ見た目の二人。一人は首を絞める。一方、一人は首を絞められ無駄な足掻きをしている。そして、それを見る第三者の俺。
俺は奇妙な身体を持っていた。
死ぬと分身するというものだ。俺は死んだ。そして、生み出された一人が俺である。偽物であることが一目で分かる。本物なら殺し合いの最中だ。
俺はいたたまれない気持ちを背負った。
偽物が一人増えただけでも争いが生じる程の苦悩を起こさせるのに、さらに増やすとはどういうことか?俺は今後どうすればいいんだ?
頭が冷えたのか二人は距離を置いた。
そして、慰め合う。
お前らが慰められても俺は慰められない。俺の方が辛い。息が詰まりそうだ。速く帰りたい。
「俺はお前らの勝手な行動に生まれた偽物だ。俺はお前らの喧嘩に関わりたくないから、部外者として家に帰る」
俺は一言断って家へと向かうことにした。穏やかな口調で言ったが、心は穏やかじゃない。
俺は手をズボンのポケットに入れ家に向かって足を繰り出した。そんな時に俺に声がかかる。
何のために止めたの────?
俺は苛立ちを隠して彼らを見る。
「お前にも謝らないとな……。身勝手な行動で生んで…ごめん!名前がないと不便だから、お前は俺とコイツの番号を合わせたGZ-791を名乗ってくれ。これが今の俺に出来る最低限のことだ。」
「俺らの身勝手な喧嘩で増えたお前も辛いよな……。本当にすまない。GZ-791──」
謝られた。
嬉しくはない。言葉で言われてもこの事実を許せる程、俺の心は強くない。
「どういたしまして」
最低限のマナーとして返事をして家へと帰った。
家へと辿り着く。
「おかえり!遅かったねぇ……なんかあったの?」
「ただいま、ちょっとね……」
俺は言葉を濁し、心のライフを保とうとした。
お母さんはそれを察して追求することはなかった。
俺は夜食を食べ、水浴びして、すぐさま寝た。俺は寝ることで苦痛から解放されようとした。
太陽が上がってきた。小鳥が鳴き目が覚める。俺はリビングへと向かったが、途中でもリビングでも他の二人の気配を感じることはなかった。まだ帰ってきていないのだろうか。
「もう一人の太一は何処いったの!?あっちから約束を結んだのに、破るなんて!!」
お母さんはカンカンだ。怒りでほっぺたが紅蓮に染まる。
時計の短い針はハーフとクォーターを巡りさらに一周に向かって動いている。
その時に響くチャイム音。
玄関に向かったお母さん。玄関の前には太一がいる。その太一と幾分か話した後、一人の太一が家へと上がってきた。
その太一は荷物を纏めるとすぐさま荷物を持って家を出ていった。その荷物はあまりにも多すぎる気がする。
俺は乱雑にものが引き抜かれた部屋に座る。
「本当に俺がこの家に棲む権利を得ていいのだろうか?」
そう心の中で呟く。
俺は部屋にある一つの箱に目をやった。引き出された跡があるが、何故か持っていっていない。彼が俺を気遣って置いてったのだろう。その箱は俺が謎の身体になった日に葉月とのデートでプレゼントされたものだ。俺はその箱の中身を見た。オレンジと水色の糸が交差し捻られ紐となる。それは《ミサンガ》だった。
俺は、偽物である俺がここで暮らす意味。それを作るために俺はそのミサンガを巻いた。深い理由はなくても意味はあるように感じた。
他の太一との音沙汰が無くなった。
俺は週に二回ある大学に通い、残る日で葉月とのデートや家の家事をした。
変わらない日常が続く。
本当にこんな日々を過ごしていいのだろうか?俺は確かに普通の人間ではなくなった。だけど、普通の人間だった頃と変わらない日常を歩んでいる。
確実に俺を蝕む悪魔がいる。その悪魔に目を背け俺は何事もないように歩いていく。何かを失うのではないか?何かを奪うのではないか?そんなことを過ぎってもこの生活から抜け出せずにいる。
キャンパス内にある小さな教室。真新しいぐらいの設備。俺は中でゼミでの友達と話していた。
二階堂玲弥は俺の手を見る。
「そのGZってなんだ?」
刻印を見られる度にと不安が襲う。俺は本物ではない。本物の真似をしている偽物だ。
日に日にその気持ちは強くなっていった。
玲弥は不思議そうに傾げる。その表情を見て心が痛くなる。その心でゼミの授業を過ごし家へと帰る。
帰るといなやベッドへと潜った。俺は白い布団の中で偽物としての苦しみを忘れようと横たわる。けれども、苦痛を消すことも出来ない。無の世界へと向かっても、目覚めればまた襲う苦痛。俺は苦痛のスパイラルから抜け出せなかった。
葉月は優しく手を繋いでくれた。
けど、それを握る本当の特権は偽物の俺なんかじゃなく本物の俺が持っているんだ!!
俺は目の前の幸福に浮かれててその先の暗闇に目を背けている。暗闇に目を向けると苦痛を感じて目の前の幸せに縋る。そんな自分が嫌になる。
「葉月──」俺はついに心から溢れ出た苦痛を声に出した。
葉月は"何?"という表情で眺めている。優しく微笑む葉月に癒される。けど、そんな微笑みがなければ成り立たない自分は嫌だ。
「お前と付き合えるのはやっぱり俺じゃないわ!偽物の俺じゃないんだよ!!───ごめん。」
時が止まった気がした。
これでいいんだ。変わらなければいけないんだ。それが今だっただけなんだ。
「そんなことないよ。目の前の太一君は私のプレゼントを大切に身につけてくれてるし!」
「本物が俺に気遣って置いていったものだし……」
「関係ないよ。私が好きなのは太一君。けど誰を一番に好きになればいいか分からずにいる。それでもね、太一君のことは例え偽物でも好きなんだ!」
葉月は優しくギュッと手を握る。
俺は決断のチャンスを見逃してしまった。
「ありがとう。本物が戻ってくるまで一緒にいてくれる?」
「勿論だよ!本物が戻ってきても皆一緒にいよう?」
葉月の包容力は大きかった。どんなに分身が生まれてもそれらを優しく包み込む。そして、誰も排除しない。
俺と葉月を優しく照らす柔いスポットライトが当てていた。太陽がにこやかに笑っていた。
「そう言えば、もう一人の太一君って大阪に行ったんだね。ネットで瓜二つの双子か?みたいに騒がれてるよ!」
葉月は鞄からスマホを取り出して軽く操作して画面を俺に見せた。そこには尾行されているのか逐一行動を映し出されている太一の姿があった。
「なんだこれ?」思わず声が出た。
太陽が冷や汗なのか大量の汗をかかせる。大阪の太一は何故注目されている?そもそも、世間に俺らの正体がバレる?そんな焦りが心に現れた。
アポ電強盗殺人の犯人は佐藤太一。いや、その犯人を追いかけたのが佐藤太一。様々な憶測が飛び交う。
強盗殺人は三人組で、その内の一人を俺だという憶測もある。根も葉もない噂にしか過ぎない。が、それで俺に起きた異変が世間全体にバレるのは好ましくない。相当危機な状態だ。
その時、後ろから肩に手を置かれた。
「君が噂の佐藤太一さんだよね?」
俺と横にいた葉月は振り返る。そこには、笑顔を浮かべた男の人がいた。同い年だろうか?若い見た目である。リュックや鞄など荷物を入れるものは見当たらず手ぶらだ。
「誰ですか?」「誰です?」と俺ら二人は問いかけた。
二人とも知らない人。スマホであった情報を元に声をかけたのだろう。俺は無知だ。下手な行動は大阪の太一を苦しめかねない。
「僕は畔川大樹!君に疑われている不思議な謎について気になったんで、声をかけただけです!!」
それが初めて大樹と出会った瞬間だった。
次回予告
GZ-791の過去が完結する。
葉月と太一、そして大樹で様々な考えが巡る。
東京の太一の想いが示される!
その意志は《本物》の俺はその想いを受け取れるのか?
次回は書くはず!!
to be continued