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ちゅうに探偵 赤名メイ  作者: 神有月ニヤ
32/53

②′′

《ちゅうに探偵 赤名メイ②′′》


適当に時間を潰しているうちに、あっという間に約束の時刻が迫っていた。俺は最寄りの駅から徒歩数分の、路地を一本入ったところにある、居酒屋【武士道場(もののふどうじょう)】の目の前にいた。大学を卒業してから1年と数ヶ月。卒業式を最後に疎遠になっていたその居酒屋は、相変わらずの賑わいを見せていた。木造2階建て。1階はカウンターが8席と4人掛けのテーブル席が4つ、2階は座敷になっており、今時珍しいちゃぶ台が4つ、その周りに座布団が数枚置かれていてバランスよく床面積を分け合っている。俺は1階の角のテーブルが好きだった。真横に2階に上がる階段があるのだが、そこを人が通るたびに人間観察をし、どういう人物なのかを自分なりに推理して遊んでいた。2階の座敷を使うのはたいがい若いグループなのだが、まれに熟年夫婦が上がって行ったり、子連れが上がって行ったりと、その都度『あの夫婦は実はどこかの組織の命令で・・・』や、『親子を装った殺し屋に違いない』とか、失礼極まりない事を考えながら飲むのが猪瀬たちとのお馴染みのやり取りだった。


「あいつ予約とかしたのか?」


人気の居酒屋は満員御礼だ。扉の外からでも1階が満席なのが見て取れる。


「おっす、お疲れ!」


扉の前で佇む俺の肩を叩きながら、声を掛けてきた男がいた。


「おお、猪瀬(いのせ)お疲れ。久し振りだな!」


そこには見慣れた男がいた。社会人になり髪は黒く染まっているが、ところどころ大学デビューした名残は残っていた。外ハネしているホストの様な髪型、ネックレス、少し高めの腕時計。高校時代からバイトをしてこの格好で大学で会った時は笑い転げてど突かれた事を思い出しながら、俺は猪瀬と肩を組んだ。ノリは高校、大学の時と変わらない。


「さ、入ろうぜ」


「おう。予約ってしてあるのか?」


「当たり前だろ。ここに予約無しは入れないからな」


そんな会話をしながら、俺たちは【武士道場】の扉、いや、門を開けた。


『らっしゃい!猪瀬君たち久し振りだねぇ!2階の座敷に席用意してるよ』


威勢の良い大将の人差し指が、階段の上を指していた。女性の店員が席へと案内しようとお盆とおしぼりを持って待っており、俺たちはガヤガヤとした店内を通り、階段を上がり、女性の店員が案内した左奥のちゃぶ台の周りに座布団を敷いて腰掛けた。俺たちが案内されたところ以外に空いている席は1台しかなく、そこの空いている席にも【予約席】の札が立っていた。


「お飲み物はどうされますか?」


「そうだな・・・。あ、全員来てから注文でも良いですか?」


「かしこまりました。本日は5名様でしたね?また後ほど伺います」


女性の店員は階下へ降りて行った。後ろ姿を見送ると、入れ違いに鹿島(かしま) 秀人(ひでと)蝶野(ちょうの) 勝一郎(しょういちろう)が階段を上がってきた。坊主頭にキリッとした眉毛が特徴の鹿島と、フンワリ系男子で、世の奥様たちを魅了しそうな雰囲気を醸し出す蝶野は、いつもつるんでいるほど仲が良かった。就職先も確か一緒のはずだ。


「よう、久し振りだな!」


「お疲れ〜、あれ、赤川ちゃんはまだなんだ?」


用意された座布団に座るやいなや、2人はメニューを見始めた。俺も今の今まで羽織っていた、今日買ったジャケットを脱いでハンガーに掛けて吊るした。5人全員で集まってこの居酒屋で飲むのは初めてだが、鹿島とも、蝶野とも、別々にだが、ここへは何度か飲みに来ている。猪瀬も交えたり、赤川とも来たこともあった。毎日オススメが変わるこの店のメニューは、見ていて飽きがこない。手書きのメニューのコピーだが、どこか暖かく、大将の気持ちがこもっている。ちなみに今日のオススメは【だし巻き卵】と【ガーリックチャーハン】だ。


「メールでちゃんと伝えてあるから、時間通りに来るだろう。あいついつも学生時代から時間ギリギリだったじゃねぇか」


俺は幼馴染を、当人がいない事を良い事にいじった。本人がいる目の前では怒られそうだが、本気で怒られるような間柄ではない。と噂をしたら何とやら、本当に時間ピッタリに赤川が現れた事に、猪瀬が気付いた。


「おっ、来た来た。おーい、赤川ちゃん、こっちー!」


猪瀬が手を挙げて赤川を呼ぶ。それに気付いた赤川も手を挙げて応える。整えられたショートボブの黒髪に薄めの化粧。パンツスーツスタイルがいかにも『仕事できます』と言わんばかりのオーラが出ていた。


あれ、赤川ってこんなに可愛かったっけ?


今まで身近にいて、急に距離が離れてからの再開だったせいか、妙に幼馴染が色っぽく感じてしまった。俺の隣に座った赤川に気を取られていると、その視線に気付いたのか、赤川はいたずらに笑った。


「何?人の顔ジーッと見て」


「あ、いや、何でもねぇよ・・・」


あからさまに視線を逸らすと、赤川は『ふーん、そう』と今度は逆に俺の顔を覗き込んだ。


「さ、全員揃ったところで、飲み物注文するか!すいませーん!」


猪瀬が階下に向かって声を上げた。


《ちゅうに探偵 赤名メイ③′′》へ続く。

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