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『俺』と『こいつ』でDID

作者: 天々狐

耳元ででかい声が聴こえる

重いまぶたを精一杯持ち上げながら、目を覚ます

そして馬鹿でかい声の目覚まし時計に一発喰らわせる

今日もつまらない1日が始まると思うと本当に憂鬱だ

ため息混じりに身体を起こそうとしたそのときだった

いつもと同じ始まりに、いつもと違うもう1つの声---



【おはよー】


誰だ『こいつ』、なんで俺の隣で寝てやがる

俺は21歳1人暮らし独身のしがない営業マン、社会人1年目

というかこいつ男じゃないか、俺にそんな趣味は毛頭ない


【とまぁ、起きたはいいけど会社めんどくさいよね、休もうか】



何だ『こいつ』、どういう状況なのか全く理解できない

はっきりしているのは昨日眠りについた時点でこいつはいなかったってこと

それともうひとつ、会社は休めないってことだ


朝食や歯磨き、何をするにしても隣にぺったりくっついてくる『こいつ』をガン無視して

特に見せる相手もいない身支度を整える


【あーあ、どうして誰に見せるでもないのに毎日身支度なんてしなくちゃいけないんだか】



何を言ってるんだ『こいつ』、まるで俺の心が見えてるみたいな口ぶりだ

なんて気にしている暇もない、俺の目覚ましはいつもギリギリで騒ぎ出す


少し急ぎ気味で玄関を出る、そして間髪いれずに隣の玄関も開く


---タイミング最悪だ

「あー、おはようございます~!朝早いですね~そう言えば昨日も救急車五月蝿かったですよねー!あーこわいこわい!

 それとそれと自分の彼女今日からテスト期間らしくて!こー見えて学生も大変なんすよー!!社会人も大変でしょうー?

 あ、あんまり時間取っちゃうと悪いですね、そんじゃまーお気をつけて~~ってらっしゃいませ!っとあともう1つだけ!」

『…はい、おはようございます』


いつも通り挨拶をした…はずだったのだが


【お前さぁ、毎朝出かけ際にクソつまんねー身内ネタ駄弁られても困るんだよねー

 こっちはお前の生活とかさらさら興味ないし、ただ“おはよう”とだけ言えねーのか、めんどくせぇ】


「え…?あ、えっと、なんかスンマセン、オハヨウゴザイマス…」


普段ならここから数分から十数分時間を食われるところだが、お隣さんである大学生の彼はそそくさとその場を去っていく

って、おい…ちょっと待てよ…

今『こいつ』が喋ったことをまるで『俺』が喋ったみたいな反応してなかったか…?



色々思うところはあれど、時間もなかったために急いで会社へ向かう

会社に向かうのはいつも徒歩、住んでいるところからそう時間はかからない

会社についたのは8時出社遅刻ギリギリの7時57分、我ながら素晴らしい計画性だ

こんな些細な事で少しノリノリのまま扉を開くと真っ先に飛び込むのはいつもの怒号


「おい!お前下っ端のくせに毎日時間ギリギリに出社してきやがって、一体どういう育ちしてんだ!!」


こいつは俺の上司、といってもこいつも俺と同期に入社したやつだ

1年目で遅刻ギリギリな俺にも確かに問題はあるのだが

会社の社長の息子ということもあり、一気に地位だけは高みに登ったボンボンだ


『…はい、すみません』


とりあえずいつも通りあまり並を立てないように穏便に…


【でもお前よお、俺と同時入社じゃん?しかも仕事効率に関しては俺のほうが数倍上だよな?

 お前の方こそ社長の息子ってだけで調子づいてんじゃねぇぞ七光り小僧が】


「な、なな、なんだと…??

 お、お前なんか父ちゃんに言いつけていつでもクビにできるんだぞ!?」

『え、は。ちょっと待て---』

「ちょっとも待ってやんねーよ!お前なんかソッコークビにしてもらうんだからな!!」


ドカドカ音を立てながら上司は部屋を出ていった

おかしい、朝から俺の隣にいる『こいつ』はまるで俺以外のやつには見えていないようだ

それに加えて『こいつ』が喋ったことは全部俺が言ったこととして相手に伝わっちまう



俺の仕事は文字通り営業だ、だから会社にいる時間は出社と退社のときだけ

俺はいつも通り会社を出てからこいつをなんとかできないものか奮闘した

しかし殴ろうにも触れることすらできないし、俺から何を言っても反応なし

終いに他の人間には見えてないときたらどうすることもできない


しかも、もう少しでモノになりそうな客に対して

【お前あんまり金なさそうだからあんまボーナスにはならなそうだなぁ】だの


いつもご贔屓にしてくれている客に対して

【買ってくれるのはいいけどもう1つ2つ上のプラン入れないもんかねぇ】だのと…



会社に戻ると社長と完全に不機嫌そうな表情の上司に呼び出され

今回の件はお咎めなし、これからも俺とは良心的な関係を築いていきたい。って話してくれた社長に対して


【サービス残業は多いし、スコアに関わらず社長サマとの友好関係でボーナス出されちゃ

 こっちの身にしてみれば最悪ですよ、次の会社さえ見つかればすぐ辞めてやんのによ】


極めつけがこれだ

俺はもう二度とあの会社に顔を出すことはないだろう



『こいつ』のおかげで散々だ、明日からどうやって生きていけばいい

帰りに今日くらいパーッとやろうと思い、行きつけの酒屋に寄る

店主にも悪態をついちまうかとも思ったが、誰かに話さなきゃ、飲まなきゃやってられなかった




会社を出たときか、酒屋に入るときか、店主と話したときか、はたまた家についたときか、

いつの間にか俺の『こいつ』はいなくなっていた



『俺』の『こいつ』---?




そうだ、最初から『こいつ』なんていなかったんだ。

まったく、自分を偽って生きるにも限界があるってわけか---

最後までお読み頂きありがとうございます

みなさま初めましての天々狐です、サイコパスちっくな日々を送っております(・・)

本作品は日常のストレスを抱えた一社会人がDID(多重人格)に片足踏み入れる短編です

カテゴリをコメディにしましたが、どちらかと言うと「笑える」よりも「嗤える」ですね、皮肉ったらないです笑


これらの、いわば「障害」は、近くにないようで、近くにあるものです

無縁なように思えて存外、次に『こいつ』にお会いするのは

こちらをお読みになったあなたかもしれませんよ


それではお気をつけて、いってらっしゃいませ---

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