7話 ---大衆食堂---
本日、何度目かの公演が終わり、劇場から人が出てくる。
貴族は馬車専用口から馬車での乗りつけだが、他は一般口からの歩きだ。
その中に、一人の老騎士と子守役に連れられた二人の幼児がいた。
「お爺様。どこかごはんの美味しいお店、知りませんか?」
この爺さん。元爵位は子爵なのだが、その武勇、才覚で大将軍(国家軍隊の最高司令官。事、軍に関しては宰相よりも上の位)にまで上り詰めたという強者だ。
その当時部下だった父の強い要望で、退役後、当家の騎士団長となった。
通常ならば、退役時に『名誉将爵』(1代限りの特別な個人爵位。公爵位エライ)としての地位が約束されているにもかかわらず、退役するときの父からの要請に、その地位を蹴って
『生涯現役上等』
と、子爵の家督をさっさと息子に譲り、『騎士爵』となった変わり者だ。
国家騎士団と違い、貴族個人所有の騎士団員の位は『騎士爵』(最下位の爵位)となる。
「騎士たるもの。街の様子を把握すべし。」と、視察という名の食べ歩きをしている事を、さっき自分付きになった騎士姉さんから聞いている。
「ヒロ、ハルは何が食べたい。」
「なにが美味しいか判らないのでお任せします。」
「おいしものならなんでもいいです。」
向かったのは、大衆食堂だ。
「よぉ。空いてるかい?」
「おっ。騎士の爺さん。いらっしゃい。ちょうど1テーブル空いたところだよ」
いかにもな『定食屋のおばちゃん』が声を上げる。
「今日はどうしたんだい?いつもの騎士服じゃないねえ。ちっこいの二人も連れて。それに姉さん方もめかしこんじゃって。」
騎士姉さん方も常連らしい。
「いやなに。孫が遊びに来てくれとっての。街を案内するのに子守役を非番のこの娘らに頼んだまでじゃ。」
「「いつもお爺様がお世話になってます。」」
「…こんなちっこいのに、挨拶できるなんて、爺さんに似ずにりっぱだねえ。」
「ぬかせぇ。それよりも飯じゃ。今日のお任せを4人前と取り皿を頼む。」
爺さんが大銀貨をかっこよく指ではじく。
おばちゃんはそれをさっとつかむと
「あいよ!お任せ4人前!」
「御爺様。ここは前金制なのですか?」
「たいていの飲食店は前金制だぞ。無銭飲食が怖いからな。」
「さっき渡したのは銀貨ですか?」
「あれか?あれは大銀貨だ。あれで小銀貨4枚分の価値がある。他にも小銀貨2枚分の中銀貨。上には金貨、白金貨。下には銅貨、鉄貨がある。」
各通貨には為替レートがあり、日々変動しているそうだ。
「この店は、何を頼んでも1品1小銀貨じゃ。金、銀、銅の為替レートが変わってもずっとこれを続けているという、この店の伝統じゃそうだ。儂らも小銭をじゃらじゃら持ち歩く必要がなく、重宝しておる」
1小銀貨500円くらいの感覚か?
ワンコイン制なら為替レートを考えなくていいから会計計算が楽になるけど…
「…それじゃ、小銭しかもっていない人とトラブルにならないのかな?」
疑問を口に出すと
「大丈夫だよ。看板にも書いているし、客のほとんどは常連さんだからね。」
料理を持ってきたおばちゃんが、説明してくれた。
「もともと洒落た店名が付いていたんだけどね。何十年と1小銀貨でやっているからいつの間にか付いたあだ名が『銀貨亭』。今じゃそっちの名前じゃないと通じなくなってね、先日看板をかけ替えたところだよ。」
周りを見回すと、割と小奇麗な人ばかりだ。割と定期的に稼げる人ばかりなんだろう。
料理もおいしそうだ。
大人ならがっつり食べれる量だ。
自分の食べれる量をとりわけ、後はハルの分、と。
「御爺様、いただきましょうか。」
「うむ。ではお前たちに倣って、聖句はあれで行くか」
「はい。でわ」
「「「「いただきま…」」」」
「俺の銭が受け取れねぇって言うのかぁっ!!!!」
怒号が聞こえてきた。




