フレイザル様、走る。
「この時間なら陛下は執務室にいらしゃるはず、政務に励む陛下にお会いできるなんて……フレイザル様、そちらは遠回りです!!」
目的地は父様の執務室。
食堂に行った時は人の気配を感じない方を歩いたのに今回は興奮気味のリリフが許してくれそうにない。
そのせいで、すれ違う兵士や使用人から微かな悪意を感じて憂鬱だ。
彼らを急いでいるふりをして通りすぎる、こんな時、兄様がいてくれたら僕の前に立ってくれるのになぁ。
「っ!!」
そんなことを考えていた時、 この先に僕へ強い悪意を持った誰かがいるのを感じ足が動かなくなる。
「フレイザル様……?、まさか」
やっぱり僕、外へ出なければよかったんだ。
「……は、ぁっ」
声が出せない。
気持ちが悪い。
体が震えてくる。
今まで感じたことがないぐらいの強い殺意、まるで憎まれて……。
「数は?」
「ひ、とり」
僕の様子に気づいたリリフが僕の前へ出る。
「フレイザル様は急ぎ引き返して別の道からお行きください」
「で、でも」
「貴方がいたら邪魔ですわ、私はお兄様と違ってお守りをしながら戦えるほど器用じゃありませんから」
「っ」
僕を逃がそうとしているのに気づいたのか、こちらへ殺気が動き始める。
「さぁ、お早く」
「ごめ……ん」
震えた足を後ろへ無理やり下げリリフに背を向けて走り出す。
「我が声に集い我が心に答えよ、その姿を変え我が手に集え!!」
リリフが詩歌を唱えたすぐ後、ぶつかり合う金属音が響く。
「っ貴方は……どういうつもりです、何故、フレイザル様を狙って」
「憎んでいるからに決まっている!!、奴は……俺たちの希望を奪った!!」
「何を訳の分からないことを言って……」
早く兄様を呼ばなくちゃ、リリフが強いのは知っているけれど向けられた悪意が強くて心配だ。
「っ、は、はぁ」
息が切れる、でも足を止めたら駄目、急がなきゃ、急がないと。
けれど執務室までは距離があるのに段々と走る速度が落ちていく。
「に、さま」
足が止まりそうで兄様がいなくて、息が苦しくて涙が滲む。
「!!、ぅ、ぁなん、で」
それなのに後ろから冷たい悪意が近づいて来るのを感じる。
「さっ……きの?、違」
でもさっきと感じた悪意とは違って……なら別人だ、それにリリフがこんなに簡単に負けるわけがない。
でも僕の命を狙っているのは変わらない、このまま走り続けるしか思いつかず走る速度を無理やり上げる。
「……ぁ」
それなのに後ろから近寄ってくる誰かとの距離はみるみるうちに縮まっていく。
「そ、など、して」
そして振り返る間もなく悪意の持ち主は僕の目の前に立っていた。
「ご機嫌よう、フレイザル殿下」
緑色の髪と瞳の男、ウィンガルドの……。
男は悪意はそのままに恭しく頭を下げる。
「それにしても可愛らしさの欠片もないな……あの方と違って」
頭を上げた男が値踏みするように視線を動かす。
男が誰と比べているのか、すぐに分かった。
「忠告を無視した殿下が悪いのですよ、まぁ、痛くないように切り裂いて差し上げますから、ご安心を」
どうすればいい、どうすれば……っ兄様、リリフ!!。
逃げるしかない、なのに逃げきれないことだけが分かってしまう。
どうすことも出来ず、立ちすくむしかない僕へ男の手がこちらを向いた。
「フレイザル兄様ぁ!!」
もう駄目だと思った時、可愛らしく甘えるような声が僕を呼んだ。