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【1】絶望の再就職

 「…っ……ぁ」


  俺――黒崎鎌はうめき声を上げて身体を起こした。

 霞む視界で現在自身が居る場所が自分の部屋だという事に気が付く。

 自身の体に仕掛けておいたにおける緊急離脱用の術式が発動したのだろう。

 周囲に追跡者の存在が無い事を確認すると深い嘆息を付く。


 「…くそ、この俺があんな失態を犯すなんて…」


  黒崎の胸中には先ほどの戦闘、そして魔術の暴走が心の棘として残っている。


  (最悪だ。天才を語っておきながら、よりにもよってアリアに失敗を見られるとは……)


  失敗することも許せないが、何よりも”自分と同じ七賢人”であるアリアにそれを見られたことが鎌を打ちのめした。


  アリアとの戦闘はこれがなにも初めてではない。

 俺が「神は全知全能なのか。ならば神も俺と同じだな。お前も俺を崇めるといい」と親切心から言ってやったら、何故か顔を合わせるたびに襲い掛かってくるようになった。女心というのは難しいものだ。

 その戦闘中にですら一度もミスや隙を見せたことは無かったのだ。それだけに魔術の暴走を見られたのは痛い。というかプライドが許さない。


  鎌の思考は天才魔術士としてのプライドと無駄な自信だけで構成されている。その反面失敗による耐性が少なく、一度のミスで永遠とウジウジできる残念さも持ち合わせている。


  「うぅ…きっと次にあの小娘に会った時は『天才が聞いて呆れますね。魔術師を止めてハローワークにでも通ったらどうですか?この蛆虫野郎』とか『人生の敗北者の臭いが移るので近付かないでくれませんか』とか言うに違いない……」


  鎌はブツブツとネガティブな呟きを続ける。


  (ま、まぁ暴走の被害を出さないだけでもやはり俺は天才といったところか……)


  魔術の暴走は術のレベルが高いほど危険で予測不能なものになる。純粋な破壊から危険な物質や生物の召喚、術者への呪い。自身と同じ七賢人の一人が引き起こした暴走では街一つを焦土へ代えるほどの被害が出た。それを考えれば充分優秀といって過言ではないだろう。

 そう無理やり自分を納得させると、一先ず体の汚れを落とすためにシャワーでも浴びようかと重たい腰を上げた。同時におかしな体勢で寝転んでいたせいか、軋むような音と共に鈍痛が全身を襲う。


  「……明日には筋肉痛になりそうだな」


  ゆっくりと立ち上がると俺は

  そこでようやくおかしな事に気が付いた。



  ――視点が低い。



  明らかに何時もより視点が低いのだ。

 自分では完全に立ち上がっているつもりなのに、自分の視界の中心は部屋にあ るソファーよりも少し低い辺りにある。



  そして何よりも、何故自分は立ち上がろうとしたのに自然と()()()()()をしているのか。



  ――魔術の暴走。

 非常に嫌な予感がする。


  俺は慌ててベッドに飛び乗ると、そこから机の上にある鑑に視線を向けた。



  「…………え。……犬?」



  思わず呟いた言葉。


  鑑の世界の中にはベッドの上でちょこんと座り、つぶらな瞳でこちらを見つめるゴールデンレトリバーが居た。

 無論ペットであればなんら不思議なことは無いが、明らかに俺の知らないわんこだ。というか俺はペットを飼ってない。


  心臓の音がバクバクと高鳴り、耳元で鼓動を奏でているかのような錯覚に陥る。

  視界がぐらりと歪んだ気がしたのは目覚めたばかりだという理由だけではないだろう。


  「ほ、ほう。お前は何処から迷い込んだのだ?」


  現実逃避気味に鏡の中の大型犬に問いかけてみる。

  万が一、いや、億が一、自分の想像が間違っているという望みは捨てない。


  ……いや、明らかに俺が喋ると同時に口動かしてるよ、このわんこ。

 嘘だろ、じゃあやっぱり――


  「――――いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」


  絶叫を上げるシュールなワンコを鑑越しに見ながら悲鳴を上げる。


  不味い、明らかにこのフサフサモフモフのワンコは俺だ。

 認めたくは無いが魔術の暴走の結果だろう。

 神様、修道女の小娘と戦闘した罰ですか?


 思わず普段は使わない敬語が飛び出すほど動揺している。

  い、いかん。まずは落ち着かなくては。


  『…ぷぷっ…私のことを神に犬とか仰っていた貴方が…ぷぷっ…、ま、まさか本当の犬だなんて…』

 『おや、人間様に向かってその反抗的な態度は何ですか?』

 『あら、大変そうですね。三回回ってワンと鳴けば餌くらいは恵んであげますよ』

  『もしもし、保健所ですか?引き取って頂きたい畜生が居るのですが』


  俺の頭の中では既に悪アリア(仮)の蔑む言葉がエンドレスリピートされているが、それを無理やり頭の片隅に追いやる。


  「まずい…どうすればいい?…どうすればいい…?」


  自身の手持ちの術に解呪関連の術は無い。

 というよりこの体で術が使えるのだろうか?

 そもそも暴走による変化は解呪できたという成功例を聞いた事が無い。

 むしろ当面の問題は生活をどうするのかだ。

 ともかく協力者の存在は必要不可欠だろう。

 そして何よりも、世間に今の状態がばれるのは不味い、だって俺天才だし。

 天才魔術士→修道女の下着を見て興奮し魔術を暴走させた変態犬。……いかん。

 アリアに今の状況がバレれば嬉々として俺を潰しに来るに違いない。

 この醜態を晒しても問題ない人物が知り合いに居ただろうか?

  あれ、俺に友人なんて居たか…?


  様々な思考が浮かんでは消え、その中から取捨選択をしていく。

 未知の状況だ、考え過ぎるという事は無い。

 ……うん、考えているだけで別に泣いてないからな。


  俺の思考がまとまり、行動に移すことが出来たのはここから10分後のことだった。























  「――ひひひひっ、それじゃあマジか、マジで錬なのかっ!?…いひひひっ、わんこじゃねぇかよっ!わんこ、わんこって、ふひゃひゃひゃ!は、腹痛いって!」


  「……うるさい」


  ムスっとした様子の錬(犬)の前に居る女性が腹を抱えながら笑っている。

 赤毛をショートに切り揃えビジネススーツを着崩して着込んではいるものの、口元から除いた犬歯と獰猛な目つき。そしてなによりも全身から漂う肉食獣のそれを感じさせる雰囲気が彼女がただのビジネスマンでは無い事を示していた。


  明らかに高級な調度品で彩られた部屋――レンディア魔術学園の学長室に俺は居た。

 俺は家から抜け出すと、何とか人目を避けながらこの学園に居る学園長に会う事に成功したのだった。

 何で自宅から出るだけで犯罪者のように身を隠さなければならないんだ……。

 

少しこの身体を動かしてみて分かったが、明らかにまともな人間生活はおくれそうにない。というより、何かしらの手を早急に打たねば保健所に連れて行かれかねない。

  悔しいが自分一人で何とかできる問題ではなさそうだった。


  そこで俺が渋々助けを求めたのが目の前で笑っている彼女、レンディア魔術学園の学園長である御崎(みさき) 灯火(とうか)だった。

 彼女は現在日本に3人居る七賢人の最後の一人でもある。

 灯火の二つ名「豪腕」が示す通り戦闘特化型の魔術士なのだが、友人の少n……友人を選らぶタイプの俺が頼れる貴重な人物だ。

  というより普通の魔術師が何とか出来るなら俺がとっくに何とかしている。


  「…で、お前は俺を解呪できるのか?」

 「あっはっは、できるわけねーじゃん」


  まさに即答。

 戦闘系術士ということで期待は殆どしてなかったが、こう改めて現実を突きつけられると中々心に刺さるものがある。


  (もう嫌だ、死にたい……)


  俺の感情の変化と共に尻尾と耳がしょんぼりと下がる。

  半分泣きそうになっている俺を灯火はひとしきり笑うと言葉を続けた。


  「魔術の暴走は呪いではなく本質の変質だからな。少なくとも私は元の体に戻れた報告は聞いたことが無ぇ」

 「…う…ぐっ…」

 「ま、そもそも変質自体の例が少ねぇから、もしかしたら何かしらの方法はあるのかもしれないけどよ」


  「俺が思いつかないんだ、世界の凡人どもに見つけられるはず無いだろう…」

 「全く、ネガティブなんだかポジティブなんだか分からない奴だな」


  (もう好きに言ってくれ……)


  「お前、術はその体で使えるのか?」


  何か思いついたのか考え込むような表情で灯火が唐突に尋ねてきた。


  「ん、犬の身体では星霊気(エーテル)の総量が圧倒的に足りなかった」

 「それで?」

  「……職業魔術士程度…いや、新人魔術師程度の実力まで下がっていると考えてくれて構わない」


  僅かに顔を背けながら答える。

  神よ、俺が何をしたと言うんだ。

  ああ、マイボディーよ。早く返ってきておくれ。

 


  「――よし、じゃあ鎌。お前、この学園の番犬になれ」



  一人自分の世界で自責の念に駆られていたら唐突に何かとんでもない発言をされた気がする。


  「……は?」

 「いや、だから番犬だよ、番犬」

  「こ、断るっ!何故俺がそんな事をしなくてはならないっ!」


  七賢人の一人として世界に名を馳せたこの俺がそこまで身を落とすわけには行かない。

  最低でも手厚く保護して一緒に解決方法を模索するべきじゃないか?

 いや、そうするべきだ!(反語)


  「じゃ聞くがよ、お前食事はどうする?」

 「……そ、それは」

 「自分で作るのか?あぁ、盗みでもやんのか?」

 「…………ぐっ」

 「それとよ、その姿でどうやって街を歩くんだ?毎回こそこそ隠れるのか?」

 「…………うぁ…」

 「番犬になれば食事と住処付きなんだけどなー」

 「……ぬぅ…」

 「力ずくで調教されたくなければ首を縦に振りやがれ」

 「……ゼヒヤラセテイタダキマス」

  「ちっ、最初からそう言えばいいんだ」


  最低だ、この女……。

 灯火とは魔術の相性がただでさえ悪いというのに、この状況では勝てるはずが無い。

  そして恐ろしいことに、灯火はやると言ったことはやる女なのだ。


  (この女、魔力が戻ったら絶対に復讐してやるッ)


  俺の気など知ってか知らずか、灯火は満面の笑みを浮かべて立ち上がると俺の頭を一撫でした。

  本人に悪気がない分、屈辱極まりない。


 とはいえこの話を飲む以外の選択肢が無いのもまた事実だ。

 俺にはやらなくてはならない"目的"がある。

 その為には人間の体に戻る方法が見つかるまで安全に暮らせる場所が必要だ。

 ……まぁその場所が学校なのは予想外だが。




 俺の心中を察してか満面の笑みを灯火が浮かべて無慈悲に宣告する。


  「――ようこそ、レンディア魔術学園へ。番犬クン。」



  これからどうなるんだ、俺……。

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