【幕間】 黒き少女
――セリア達がディナトール正門に辿りついたのと同時刻。
主とその従者が去り、近衛騎士団とその王も去った鮮血城。
しかしその城も完全に無人となったわけではない。セリアとフローラのスキルによって作られた従者達がに与えられた任務をこなす為、忙しそうに活動しているからだ。
住処である鮮血城を奪われないようにする為の警備という意味は勿論あるが、彼らの一番の目的は城の維持だ。セリアが目覚めた当初、この城は荘厳な雰囲気はあったものの長年放置されたことによってある程度老朽化の色があった。それをセリアが従者を召喚し今の煌びやかとも言える状態にしたのだ。
その為、この城にはそれなりの数の従者達が存在しており、主のために仕事をしている。執事にメイド、人外の門番、種族は多岐に渡り不測の事態にも対応できるように自我を持たされている。様々な種族や性別、人格のものが存在していたがセリアに対する絶対の忠誠心だけは共通していた。もしこの城に侵入者が襲撃してきたとすれば、彼らは自身の命を捨ててでも主の為に城を守ろうとするだろう。戦闘力から見ても小規模国家の軍隊であれば従者達だけで退かせる事が可能だ。セリアは自宅を守る意味でも過剰なほどの戦力を集中させていた。異世界という未知の世界において、自宅と呼べるものの存在はセリアにも知らないうちに大きな安心感を与える存在となっていたのだ。
従者、罠、結界、この3つの存在によって鮮血城はどんな侵入者をも拒む鉄壁の城砦となっているのだ。
――本来であれば。
鮮血城のエントランスホールを一人の少女が歩いていた。
その少女はセリアが作ったわけでもフローラが作ったわけでもない、この城において異物といえる存在だった。
少女の外見は15歳程度だろうか。白いワンピースを着ている。絹のように滑らかなその黒髪は腰まで伸びており、彼女が歩くと共に揺れ動き闇夜に輝く星を髣髴とさせるような光を放っていた。また彼女の赤い瞳は彼女が外見どおりの人間の少女では無い事を証明している。
しかし彼女の特徴はそれだけではない。セリアに顔が恐ろしいほどに似ているのだ。勿論髪の色、細かい輪郭、服装は違っているが全体を見るとセリアと彼女は似すぎていた。
少女は目的の部屋――"セリアがこの世界で初めて目覚めた部屋"に辿りつくと、扉の開いている棺に視線を向けた。
少女は棺に近付くと、その淵を指で一撫でして目を細めた。
まるで其処にいた人物の温もりを感じ取ろうとしているかのように。
「……ざーんねん。お姉様はもう行っちゃったのね」
少女がつまらなそうに呟く。
堂々と城内を歩き回り言葉を発した少女に城を守るべきはずの従者たちは一切反応を見せなかった。まるでそこに居る彼女が見えていないかのようだ。それどころか侵入者を自動で感知し反応するはずの罠ですら彼女に反応を示していない。
難攻不落であるはずの鮮血城。その従者、結界、罠、の感知から完全に少女は外れていた。
「……あぁ、おねーさまぁー…」
気だるげに呟く少女の口調には遠い場所に居る想い人に呼びかけるような、どこか情熱的でいて尚且つ蠱惑的な雰囲気が滲んでいた。
少女は優しげに誰も居ない棺の淵を一撫でする。
「んー…何処行ったのかな?」
その問いに答える存在は居なかった。
しばらく少女が首をかしげながら考えるような素振りを続けていると、やがて何か思いついたようで笑みを浮かべる。
「やっぱり何処かに行くなら大きな町よねっ」
そう言い終わるか終わらないか。少女の輪郭は闇に崩れていった。
やがて少女の姿は完全に闇に溶けその存在をかき消した。
まるでもとから其処には誰も居なかったかのように。鮮血城では本来、主が認めたもの以外の転移魔法は封じられている。しかし少女の姿は現実に消えたのだ。
「……ふふっ、ふふふっ、待っててね、愛しいお姉様……」
どこかから少女の楽しそうな声が響いた。
後に残されたのは何時もと変わらず忙しそうに働く従者のみだった。
以上、非常に短い外伝でした。