【7】 道中
セリアたちは森の中を決して明るいとは言えない雰囲気で進んでいた。
メンバーのせいでもあるが理由はそれだけではない。鮮血城を出発して3日目。目的地であるディナトールにはかなり近付いている筈なのだが周囲に人工物がほとんど見られないのだ。セリアが歩いている道だってそうだった。地面には申し訳程度に作られた細い道と、時折木で出来た今にも折れてしまいそうな案内板があるだけだ。頭上は木々が覆い細々とした日差しが差し込んでいた。
いくら強靭な肉体を得たセリアだって同じような景色を見続けていれば精神的に疲労してしまうのは当然の事だ。精神的疲労という概念をもたないフローラと行軍 慣れしているアルミロが涼しい顔をしているのもセリアにとっては面白くない。
(……むぅ、これはお散歩というより旅というんじゃないかな?)
セリアは自身で立てた計画に僅かばかりの後悔を滲ませ小さく嘆息した。
周囲を見回しながらセリアはインベントリから地図を取り出し広げる。出発前、アルミロから貰って放り込んだのを思い出したのだ。チラリと一瞥すると現在地と地図を照らし合わせていく。この国の人間と会話したとき会話が可能であったが、文字を読む能力も得に問題は無かった。今も地図に書いてある文字は崩れた象形文字にしか見えないが、意味はすらすらと理解出来る。文字翻訳などのスキルを取った記憶は無いがそういうものなのだろうと己を納得させたのだ。深い部分まで考えてもどうせ答えは出ないと諦めている。
「……もう、難易度は低いのに無駄に時間の掛かるダンジョンは嫌いなのよ」
出発当初はお散歩に地図など必要ないと考えていたがもう限界だ。一刻も早くディナトールに向かいフカフカのベッドで寝たい。レナンも食べたい、レナン。
地図上の道を今まで通ってきた道順に指で辿っていると背後に居るアルミロから強い視線を感じセリアは振り返えった。
「何?そんなに情熱的な視線を送られると照れてしまうわ」
「……そろそろディナトールに向かう本当の目的を教えてくれないか」
馬上から若者とはいえ男性、それも武装した人間に問い詰められると目を背けたくなるんですけど……。セリアは強くても中の人は小心者なのを理解して欲しい。私の小粋なジョークも最近は当然のように無視されている。
しかも警戒心からかアルミロの私に関しての洞察力が間違いなく上がっている気がする。ナニコレ、コワイ。
「……目的ってお散歩よ、お散歩」
「ふン、信じられないな」
「全く、貴方の中の私のイメージはどうなっているのかしら」
セリアは僅かに考え込んだ。
ディナトールに向かう目的がお散歩というのは嘘ではない。だが確かにアルミロの言うとおり別の目的があるのも事実だ。あくまでもセリアにとっては"ついで"のつもりだが。
チラリと背後のフローラに視線を向けると彼女は小さく頷いた。
(まぁ、一緒にお散歩する仲間に嘘をつく必要も無いかな)
「貴方、クロード=ディアリーという名前は知っているかしら?」
「当たり前だろう、冒険者ギルドの生きる伝説ともよばれているお方だぞ」
即座に答えたアルミロの瞳にはまるで少年が高名なスポーツ選手に憧れているかのような憧憬の光が灯っている。
「……その感情の一割でも私に分けて欲しいものだわ」
「うるさい、お前と違ってあの方は俺の憧れだからな。……それでディアリー様がどうした?」
「私の知り合いの名前と同じなのよ」
「まさか会って殺そうと言うのじゃないだろうな?」
「……全く。信用無いのね」
アルミロの刺すような視線を受けてセリアは嘆息する。
嘘は言っていないのだし、そこまで疑われては心外だ。
(疑われるような行動は取っていないはずなのだけど、何がいけないのかしら……)
心の中でそう呟くと気持ちを切り替えようにクロード=ディアリーについて思考をずらす。
クロード=ディアリーの名前を耳にしたのは鮮血城の地下牢でガイウスからこの世界の情報を聞き出した時だった。クロードは現在この世界における英雄ともいえる人物の一人だ。冒険者達の集まる「ギルド」に所属し、その最高ランクでもある「白光」に位置する数少ない冒険者の一人という話だった。そんな彼の拠点にするギルドがディナトールに存在するのだ。
セリアの知るクロード――否、「玄人」はセフィロトオンラインのプレイヤーの一人だ。
玄人の名前はセフィロトオンラインをある程度かじったプレイヤーであれば必ず耳にしているといっても良いほどの有名なプレイヤーだった。
セリアがその美貌とロールプレイで有名だったのに対して玄人はその圧倒的な知識量で有名なプレイヤーだと言える。玄人が自作した攻略サイトは数々のプレイヤーを助け冒険の手助けとして道標となっていた。また剣士としての腕もかなりの力量でセリアと共に高難易度ダンジョンを冒険したことも数回あったはずだ。
その玄人が作っていた攻略サイトの名前は『玄人日記』。
――玄人日記
――クロード=ディアリー
セリア自身まさかと思わないでもないが、駄洒落とお酒をこよなく愛する玄人ならやりかねないという思いも捨てきれない。
どうせ元の世界に戻る手がかりすらない状況なのだ。クロードと玄人が同一人物である可能性は限りなく低いが、ただお散歩するよりかは良いだろう。優先順位が"クロード"<"お散歩"なのは事実だが。
勿論こんな話をアルミロにする訳にもいかない。
「ま、ディアリー様ならお前に殺される心配もないけどな」
アルミロが自慢げに笑みを浮かべる。
クロードに面識も無いアルミロがそこまで言うのだ。よほど彼の強さに心酔しているのだろう。まして本気ではなかったとはいえセリアの戦闘を見たアルミロの発言だ。セリアは自然とクロードへの警戒度を引き上げる。
(クロードとのレベル差は私と殆ど変わらなかったはずだけど……それだけじゃ決め手に欠けるかな?)
「――セリア様」
それまで黙していたフローラがセリアに声をかけるのとセリアの首筋にピリッとした感覚が走るのは同時だった。
「セリア様、先ほどから何者かが我々の跡をつけております」
セリアの首筋に走った感覚。その感覚の正体は視線だ。
それも明らかに友好的ではない複数の視線。数にして20名程度だろうか。感覚能力の高い人形種であるフローラが真っ先に気付いたのだ。
正確な位置は分からないが後方。耳を澄ませるとそう遠くない位置に気配を殺した集団が歩を進める音がする。セリアの鋭敏な聴覚がそれを捉えた。
「片付けますか?」
フローラが後方に視線を送ることなくセリアに尋ねる。
「……ふふっ…」
「セリア様?」
「……うふふっ…そうよ…こういうのよ…」
不気味に微笑む主にフローラが怪訝な表情を浮かべる。
「……セリア様、ついにおかしくなったのですか?」
「違うわ、フローラ。これはファンタジーのお約束というやつなのよ」
「……はぁ」
「鬱蒼とした森、少人数での移動、それも華麗な美少女である私にメイド一人、護衛が一人よ?」
「ご自分で美少女と言うなんて謙虚な私にはとてもできませんが」
「これはね、山賊よ。ふふっ、間違いないわ」
何も知らない者が見れば見惚れてしまうであろう可憐な笑みを浮かべるセリアとは真逆にフローラの表情が引き攣った。人形種の表情が引き攣るのだ。それはもうドン引きだ。
「……うふふっ……これぞ冒険という感じよね」
「セリア様、こちらから仕掛けなくてもよろしいのでしょうか?」
「そんなことしたら勿体無いじゃない」
「……そのようなものでしょうか」
「そのようなものよ。せっかくだし向こうから仕掛けさせてあげなきゃ」
「ドルボの旦那ァ、いつでもいける準備できましたぜ」
セリア達の後方。数十メートルの位置。
薄汚れた格好をした男が禿頭で筋骨隆々の男に話しかけた。
山賊団「朱色の狼」。
彼らはこの地域を根城にする山賊だ。
規模はそれほど大きくないものの腕の立つメンバーが揃い、人身売買と麻薬取引を中心に活動するグループでギルドへの討伐依頼も出ているある程度名の知られた山賊団だった。巡回兵の存在する首都ディナトール近辺で長期間活動できるのは知名度だけではなく兵士を退かせる事のできる実力があるからに他ならない。
朱色の狼が巡回兵のいる危険な地域で活動しているのには二つの理由がある。
一つ目は同業者が居ないという理由だ。これだけリスクのある地域で仕事をしようという山賊は朱色の狼並みの実力を持った山賊団か、よほどの馬鹿しか居ない。利益を独り占めできるというのはリスクを計算に入れても大きなメリットだ。
二つめは治安が良いと油断した貴族連中の行き来が多いという理由だ。ディナトールは他地域と比べ比較的治安が良い方だが、朱色の狼のような非合法組織はゼロではない。護衛もつけずに移動する貴族はいいカモでしかなかった。
目の前にいる連中もそうした貴族だろう。
朱色の狼のリーダーであるドルボは上品とはいえない笑みを浮かべた。
絶世の美貌と言えるであろう銀髪の少女、立っているだけで怪しい色香すら感じさせるメイド。護衛はまだ若い騎士が一人だ。そう難しい仕事ではない。
商品価値は充分どころか朱色の狼最大の獲物といっても良いかもしれない。職業柄、美しい貴族の女性を見慣れたドルボでさえその少女を見た瞬間息を飲んで動けなくなったほどだ。うまくいけば王族ですら買い手がつくかもしれないだろう。
「……ドルボの旦那、あの連中襲っちまっても良いですかね?」
部下の一人がドルボに尋ねる。
無論良心が咎めたわけではない。
性的暴行を加えても良いかという確認だ。
性的暴行を加えられた商品は価値が下がるため、本来であれば朱色の狼は性的欲求の発散で貴族令嬢を襲うとき以外はそうした行為はしない。
しかし今回ばかりは話が違う。恐ろしいまでの美貌の少女、そのすました顔を汚してみたい。飢えた獣のような欲求がドルボを支配していた。
「くくっ、ヤるのは俺が最初だからな」
「うひひひっ、分かってますって」
ドルボが腰に下げた剣を抜いて飛び出した。
「行くぞ、野郎ども!!」
それに続いてドルボの部下も飛び出した。
ドルボの部下たちは言葉を発することもなく銀髪の少女たちに接近すると、円を描くようにして四方を取り囲んだ。
「男は殺せ。ただし女どもには傷をつけるんじゃねぇぞ」
ドルボの命令を聞いた山賊たちが包囲網をジリジリと狭めていく。
人間の壁だ。隙間を作らずに壁を作るという行為は単純だが数の差がある場合には高い効果がある。
ドルボの口元が弧を描いた。接近してみて分かったが少女は遠くで見ていたとき以上の完璧な容姿をしている。暴走して今すぐ飛び掛らない部下に賛辞を贈りたいほどだ。
無意識のうちに自身の唇を舐める。
そこでようやくドルボは一つの事に気が付いた。
取り囲んでいる3人から恐怖の色を感じない。
それどころか目の前にいる銀髪の少女は嬉しそうに笑みを浮かべている。
他の連中だってそうだ。メイドは表情を一切浮かべていないし、若い騎士にいたっては哀れみともいえるような視線を向けている。
今まで襲ってきた人間は一様にして恐怖を浮かべ命乞いをしてきた。明らかに異質な反応。全てを力で支配してきた朱色の狼達にとってそれに屈しない少女など存在してはならない。朱色の狼の感情は違和感よりも強い苛立ちが勝った。
「小娘とメイドぉ、命が惜しけりゃこの場で服を脱いで俺に忠誠を誓いなッ!!」
恫喝。
ドルボが大人であっても縮み上がるであろう大声で叫ぶ。
その瞬間、メイドが銀髪の少女を庇う様に前に出るが少女自身の手によってそれは遮られた。
「ふふっ。典型的な小物ね、貴方たち」
少女の口からこぼれたのは予想外の嘲笑。
力こそが存在意義であり全てである朱色の狼を否定するかのような言葉。
その言葉はドルボから獣欲を失わせ、怒りに変えるには充分過ぎた。
即座に部下に命令を下す。
「全員殺せェッ!!」
その命令と同時に朱色の狼達は武器を構えた。
――否、武器を構えられたのはセリアの後方を囲んでいたメンバーとドルボだけだ。
少女たちを囲んでいたメンバーの前方。あまりにも一瞬の出来事、少女の視界内にいたメンバーの両腕がボトリと地面に落ちた。
「あぎゃあああががあああああぁぁぁぁ!!!」
「ぎいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいいいぃ!!!?」
「ひゅがぐぐぐぐぉおおおぉおおおぉおぉ!!」
木霊する絶叫。
地面から伸びた影のような物質がドルポの部下の腕を音も無く切り落としていた。
二の腕から先を失い鮮血をしぶかせながらドルポの部下達は顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにさせて転げまわった。
大の大人、それも戦闘に慣れた大人が泣きながら地面を転げまわるというシーンはそう見られないだろう。あまりにも現実離れした光景、ドルボは目の前の惨劇を呆然と見つめた。
あり得ない。
ギルドでも最強クラスの魔術師でなければこのようなこと出来るはずも無いのだ。
既に包囲網は意味を成していない。
少女の視界内にいたメンバーは腕を落とされ、後方に居たメンバーも皆恐怖で震えていた。もはや戦える状態ではない。
「――静かにして。耳障りよ」
再び少女が口を開いた。
その瞬間、周囲を支配していた絶叫が止んだ。不気味なまでの静寂。
ドルボは恐る恐る地面を転げまわっていた部下に視線を送った。
部下達の体から何本もの細く黒い何かが生えている。
いや、よく見れば生えているのではない。先ほど部下達の腕を落とした影が細い棘のような形を取って部下たちを串刺しにしているのだ。
もはやうめき声一つも聞こえない。
ドルボの全身が冷たい水を浴びせられたような感覚に陥る。
脚が自然に震え構えた剣の切っ先が定まらない。
あの少女は明らかに相手にしてはいけない存在だったのだ。ドルボは恐怖を無理やり押さえ込んで部下たちに命令を下す。
「て、撤退ッ!!お前ら撤退し――『スキル:シャドウ・レイン』
ドルボの命令を少女の鈴を転がすような声が遮った。
「痛い痛い痛いいだいいだいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「いあががががあぁぁぁぁ!!」
「お母さんっ、おがあぁぁぁぁさぁぁぁぁん!!!」
少女の声が終わると同時、後方を囲んでいたメンバーから悲鳴が上がる。
後方の部下に視線を送っても先ほどのような攻撃の様子は見られない。
突如悲鳴を上げはじめた部下達をじっと見つめることでドルボはようやくその原因を理解した。部下達の頭上から裁縫針程度の細さを持つ黒い矢が降り注いでいるのだ。その細さゆえに一本一本の致死性はほとんど無いだろう。しかし無数に降り注ぐ矢の雨が確実に死の淵へと導いていく。激痛という誰もが望まない感覚を引き連れながら。
「……ぁ……ぉ……」
数十秒だろうか、それとも数十分だろうか。ドルボにとって無限とも思えるような時間は小さなうめき声とともに終わりを告げる。最後まで悲鳴を上げていた男がついに力尽きたのだ。もはや声を発する者は居ない。周囲にあるのは血の海と数十人分の死体だけだった。朱色の狼は自分を残して壊滅させられたのだ。
力が全てだと思っていた。
あのいけすかない貴族ですら暴力の前ではただの薄汚い人間になる。
単純な理屈。
だからこそ力を自由に振るえる山賊になった。
それがいともたやすく目の前の少女に蹴散らされた。
自分は狩る側の人間ではなく狩られる側の人間だったのか。
「……そんな事は認めない……」
無意識に零れ落ちたドルボの呟き。
「あら、まだ戦意があるなんて感心するわ」
「……そんなことは……そんなことは認めてなるものかッ!!!」
恐怖を忘れドルボは少女に飛び掛った。
自分の人生が最低な人生であることは認める。奪い、殺し、犯し、喰らってきた自分にはお似合いの最後だろう。
しかしそれでも。それでも自分の唯一の信念ともいえる「力」を否定されるわけにはいかないのだ。朱色の狼は自分と同じ最低の連中が集まる集団だ。それでもそんな部下をドルボは仲間だと思っていたのだ。長である自分が「力」を見せないで果ててなるものか。
剣を構えドルボは少女に向かい走り出した。
確かにあの少女は強い。しかし術者という存在はきまって接近戦に弱い。少女の仲間達から戦意を感じない今、一太刀くらいは入れてやろうと残された気力を総動員して前進する。
「うおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!」
ドルボは剣を上段に構えるとそのまま振り下ろす。
命を欠けた一撃はもはや人間における達人のそれと同等の速度に達していた。人生で最高の一撃。
「…………ぐっぇ?」
ドルボは自身の剣が少女に届くと同時に自身の胸部に何かが突き刺さるのを感じた。
遅れてやってくる激痛。
少女の手刀が深々と自身の胸を貫いているのが他人事のように見える。
「……何だ、山賊のリーダーと言っても強さは部下と同じ屑なのね」
少女の明らかに落胆を含んだ呟き。
その言葉がドルボの聞いた人生最後の言葉だった。
セリア一行が目的地であるディナトールの正門に到着したのは朱色の狼が壊滅してから三時間後のことだった。
執筆前の作者
ふぉむ「よしっ。ディナトール編はじめるぞー」
……あれ?