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【6】 旅立ち

「……セリア様がよろしいのであれば従いますが」


 セリアの言った"お散歩"という単語。

本来表情を浮かべることの少ない魔道人形の顔に、何やら煮え切らないものが混じる。

 フローラにはセリアの住んでいた世界の記憶が無いため、何処に住もうと基本的には構わない。しかしセリアは違う。記憶が無いとは言え、元の世界に戻りたいという焦りは無いのだろうか。




 セリアはそんなフローラの微妙な表情に気が付かない。


 「ふふ、それじゃあ決まりね」


 そう言って邪気の無い笑みを浮かべる。


 (どうせ戻る手がかりなんて無いのだもの。ふふ、異世界でファンタジーしているほうが面白いじゃない)


 異世界でも冒険を優先する。

 自身が何やら廃人の鑑のような行動を取っている気もするが、気が付かないふりをしておこう。


 「それでこれからはどうなさるのでしょうか?」

 「そうね。一先ずはガイウス達の国を観光してみたいわ」

 「ガイウス……確かラディア連合国とか言いましたね」

 「ええ、その首都がここから歩いて三日ほどの位置にあるそうよ」


 ガイウス達に質問(物理)をしたところ、この周辺に存在する都市で一番大きな都市はラディアの首都『ディナトール』であるらしい。周辺国との交流が深く、人の往来が多い割には治安も良いとのことだ。

 小さな町や村を目指すのも面白そうだが最初の目的地だ、どうせなら環境の整った場所が良い。


 「ふふふ、ガイウスが言うにはディナトールの名物は”レナン”と呼ばれるパンらしいわ。この世界の食文化、楽しみね」


 やはりお散歩や旅行に欠かせないものの一つは食事だ。文化面では魔法の存在を除けば地球に劣っている世界でも、食文化は未だに不明。その期待感がセリアの胸を高鳴らせる。


 セリアとしての仮面が崩れかかり、どこか恍惚とした表情を浮かべる主人にフローラが咳払いをしてから声をかけた。


 「……レナンは良いのですが、ガイウス達はどういたしますか?もう用済みであれば私が始末してきますが」

 「ガイウス達は解放して構わないわ。入国許可証との引き換えに全員開放を約束してきたの」

 「よく向こうも折れましたね」

 「私が首都に行くと言ったら泣いて嫌がっていたけど、無駄な殺生をしないと約束したら諦めてくれたわ」


 きっとセリアを武力や交渉で止められない以上、お散歩に満足してもらい早めに帰ってもらおうという算段なのだろう。

 ガイウス達には誤解されているようだが別にセリアだって殺戮が好きなわけではない。自身の邪魔をする者さえ居なければ無害に生きられるつもりだ。それに暴れてしまってはお散歩だってままならない。


 入国許可証さえ入手できれば大きな問題はパスできたも同然だ。


 (後の問題はやっぱりこの世界の知識かな。流石にフローラと私の二人旅は不安だよねぇ…)











 「――ふざけるなッ、何で俺がこんな化物と!!」

 

 赤毛の青年が溢れる怒りを隠そうともせずに叫んだ。


 鮮血城の地下部分に存在するこの部屋は言うなれば座敷牢だ。鮮血城の地上部分とは違い、基本的に地下部分は”居住するだけなら本来必要ない施設”が幾つも存在している。人工の赤いレンガで作られたこの空間には人間数百人を閉じ込めてまだ余裕のある檻が存在していた。

 数分前までは沈鬱とした雰囲気が支配していたこの空間だが、セリアの「もう帰っていいわ」の一言で時折小さな笑い声が上がるまでには回復している。

 そんな中で放たれた怒号はあろうことか鮮血城の主であるセリアに向けられていた。自分達の命を握っている吸血鬼を非難し機嫌を損ねてはなるまい。怒号を放ったのは自分たちの仲間――アルミロ。恐怖と非難が入り混じった視線が周囲で帰り支度をしていた兵士たちから彼に突き刺さった。


 「あら、化物なんて酷いことを言うのね。見た目は貴方たちと同じようなものじゃない」

 「黙れ、あれだけのことをしておいて俺に”案内人になれ”だとッ!」


 化物からの傲慢な提案。怒声にすら表情を変えない、完全に人間を下に見た態度がアルミロの苛立ちを助長させる。


 対するセリアの内心は完全にアルミロの怒りに腰が引けていた。表情はセリアとしての仮面によって守られているが心はガクガクだ。きっとこの世界に来る前にもここまでの怒りを受けたことが無いのだろう。明らかに耐性がない。


 (ううっ…そんなに怒らなくてもいいじゃない…)


 戦闘中はアドレナリンのおかげか戦闘本能か廃人としての慣れか恐怖は無かった。

 ゲーム内でぶつけられる感情とリアルでの感情の差に震えながら、密かにセリアは体勢を立て直す。


 「そう、嫌なら仕方無いわ。だけど案内人が居なくては私達の旅もスムーズにはいかないわね」

 「ええ、私たちはこの国の文化を全く知りませんので」


 セリア呟くと背後で控えていたフローラが答えた。


 「それはストレスが溜まりそうね」

 「はい、間違いなく」

 「繊細な心の私はどこかでストレスを発散しなくては耐えられないわ」

 「……セリア様、我々の目的地は首都ディナトールでございますが」

 「そう、住民には可哀想なことになるわね」


 わざとらしく嘆息するセリアにアルミロの殺意が篭った視線が投げつけられる。


 「……それは俺を脅迫しているのか?」

 「受け取り方は貴方しだいよ」

 「……ッ」

 「別に強制的に奴隷にしてあげても良いのよ。ふふ、我ながら随分と優しいとは思わない?」


 セリアが僅かに口を開けると人間よりも長い犬歯が光に反射した。吸血鬼の能力”眷属化”は対象への吸血によって完成する。

 アルミロは怒りに震える手で拳を固めると、やがて諦めたかのようにゆっくりと手を開いた。アルミロの主人であるガイウスが異議を申し立てないのだ、向こうでの話し合いは済んでいると察したのだろう。


 「何故俺なんだ……?」

 「……そうね、一番記憶に残っているからかしら?」


 可愛らしく小首を傾げて言うセリアにアルミロは肩を落としたのが見えたが意図的に無視をする。

 記憶に残っているのはアルミロではなく”この世界で始めてみた魔法”だが、それを口にしない程度の空気は読めるつもりだ。


 「で、どうするのかしら。私はYESでもNOでも構わないわ」

 「……クソ、寝首をかかれないように気を付けるんだな」

 「あら、寝ているところを襲うなんて貴方も野獣さんなのかしら」


 自らの身体を抱いてクネクネするセリア。

 自分の性別すら覚えていないのだ。別に性別なんて気にならないし、正直に言えば寝ているところを襲われたところで傷一つ負わない自信がある。

問題はそこじゃない。


 何だか新しい旅の仲間の好感度が想像していたものと大幅に違う気がするんですけどー。むぅ、人間とはいえお散歩仲間、こっちも少しはフレンドリーにしなきゃっ。


 記憶が無いせいか(そうだと信じたい)誰かを喜ばせるプレゼントややり方がわからない。


 (……とはいっても何をしたら喜ぶんだろう?――あ、そうだっ)


 「――そうね、私について来れば貴方を強くしてあげるわ」

 「……何?」

 「私を殺すのにも、富を得るのにも、旅をするのにも、英雄を目指すにのも、女を抱くのにも、力はあって邪魔にならないでしょう」


 怒りに燃えていたアルミロの瞳に光が宿る。

 何だか自分を殺すとか言っていた人間に言う台詞ではない気がするが、これしか思い付かなかったのだ。仕方無い。きっと大丈夫だよ。大丈夫。人間ベースだし、そこまで強くならないはず。大丈夫ったら大丈夫っ。


 「私が道中修行をつけてあげる。どれだけ強くなれるかは保障できないけどね」

 「セリア様――」

 「大丈夫よ、フローラ。付け焼刃の人間程度に遅れは取らないわ」


 そもそもこの世界の人間の下地はたいしたものではない。

 好感度UPと比較すれば多少のリスクは構わない気がする。仲良くなれば敵対する必要も無いのだし。目指せ、ほのぼの異世界お散歩っ。えいえいおー!


 「……分かった、お前の旅に同行させてもらおう」

 「ええ、よろしくね。えーと……」

 「……アルミロだ」

 「よろしく、アルミロ。私はセリアよ、好きに呼んで頂戴」


 セリアが握手の為に手を差し出すも、アルミロは横目でセリアの手をちらりと一瞥するとそれを無視した。

 フローラにいたっては主人であるセリアに対する無礼が原因か、アルミロに名乗ることすらしていない。

 ううっ、心折れそう……。


 「あ、貴方にも別れの言葉や準備があるでしょう。一時間後に出発にするからエントランスに集合して頂戴」


 ギスギスとした空気に耐えられなくなったセリアは、半ば逃げ出すようにしてその場をあとにした。













 「さぁ、いよいよ出発の時ね」

 

 鮮血城エントランス。

 太陽(のように見える)の陽の光が外界と内部を繋ぐ門から僅かに差し込んでいる。窓の殆ど存在しない城、その光源で天然の光は正門からの光のみだ。


 セリア、フローラ、アルミロの三人は旅立ちの支度を終えて集合していた。

 ガイウス達はヴァストーク城に向かって先に旅立っている。ヴァストーク城はここから半日の距離にあるため、夜にならないうちに到着しておきたいとのことだった。そのため今現在この城には旅立ちを間近とした三人しか居ない。


 セリアとフローラの二人は何時ものドレス姿とメイド服に手ぶらという散歩に適さない姿だ。これはインベントリの存在が大きく、旅の用意をする必要が無かったからだ。最初から所持しているものを全て持ち歩いている二人はアルミロと別れた時間を使い、城の防備を固めていた。結界、罠、影で作られた使い魔。”防犯”程度の気持ちで生み出された防備が強大な国家の城となんら遜色ない防衛力になっている事にセリアは気が付いていない。

 セリアたちと比べて逆に重装備なのはアルミロだ。腰に下げた剣、背中には巨大な皮袋にテントや寝袋、カンテラ、携帯食、様々な道具が入っている。また外にはこの旅に同行させる一匹の軍馬が待機しており、その背にもぎっしりと荷物が積み込まれていた。


 「忘れ物はありませんか、人間」

 「俺にはアルミロっていう名前があるんだよ、人形」

 「申し訳ございません。人間ごときの個体差なんて見分けが付きませんので」

 「…………」

 「…………」


 (うぐぐっ、人選間違ったかも……)



 いがみ合う二人を横目で眺めながらセリアは溜息を付いた。

 門の隙間から差し込む光に目を擦ると、インベントリから黒い日傘を取り出す。そのままバッと音を立てて日傘を開き肩に担ぐと鮮血城の正門に手をかける。


 (何だか思っていたお散歩とちょっと違うけど、楽しまなきゃ損だよねっ)


 “ギイィィィ”と亡者の叫びを思わせる不穏な音を立てながら、ゆっくりと正門は主人に道を開けた。


いつもより気持ち短めの6話です。

ようやく旅立つことが出来た……。

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