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【5】 尋問


 「―…私がこの部隊の代表だ」


 人間で形成される部隊としては年老いた声がセリアの問いに答えた。

セリアがそちらに目を向けると、周囲の兵士とは明らかに意匠の違う衣を纏った50代前半程度の年齢と思われる男性が立っていた。顎には髭を蓄え目元には皺もあるがそのがっしりとした体型は50代という老いを感じさせない。仲間の死を目にしたせいか少々やつれているようにも見えるが、その瞳の爛々とした輝きはセリアに猛禽類のそれを彷彿とさせるほどだった。


 「そう、名前は?」

 「……ガイウス=フルハイム」


(……むぅ、どっちが名前なんだろう?)

 目の前の男に視線を向けながらそんなことを考える。

 自分の父親が生きているのであればきっと年齢は彼と同じ程度だろう。いくら元同族の情を失ったとはいえ嫌いというわけでもないのだ。呼び方を考える程度はしても良いだろう。

 何よりコミュニティの代表と仲良くなればその後が円滑に進むはずだ。


 「それじゃガイウス、私の城に土足で踏み入った理由を教えてくれるかしら?」

 

 色々激しく暴れてしまった気もするがこの世界の情報源を手に入れたのだ。結果オーライということにしておこう。大丈夫、まだ取り返せる。うん。寝起きで機嫌が悪かったって言えば許されるはずだよね。ヤケクソじゃないよ?

 セリアは自身が友好的な存在とアピールするために口元に微笑を浮かべた。


 その微笑が兵士たちに与える影響は凄まじいものだった。自分の仲間を嗤いながら惨殺した化物。そんな化物が浮かべる微笑があまりにも蠱惑的で美しかったからだ。その無意識の内に引き寄せられるような笑みに兵士たちは視線を逸らせなかった。品格を重視するはずの近衛兵の中には露骨に唾を飲み込むものさえ居る。

 無論ガイウスでさえそれは例外ではない。50過ぎの体に久しぶりに性を意識させた微笑。そんな微笑が僅かにガイウスの判断を狂わせた。


 「た、頼む、私の命は良いッ。兵士達の命だけはこれ以上―――」

 

 その言葉は最後まで続けられなかった。

 セリアがガイウスの頭を掴みそのまま床に叩き付けたからだ。


 「私の質問に答えなさい、ガイウス」


 「…っ……お…がっ…」


 動くことすら出来ない一瞬の出来事。先ほどまでの浮ついた意識が強制的に兵士達の意識を覚醒させる。守るべき王を前に手出しすら出来ないという状況は兵士達にさらなる動揺を与えた。


 しかしこの場には兵士達以上に動揺する人物が居た。セリア自身だ。


 (……や、やっちゃったっ! せっかくさっきまで良い雰囲気だったのに…)


 「私の時には止めておいてセリア様ご自身は随分と楽しそうですね。……あぁっ、これが権力というものなのですねっ」


 後方でわざとらしい演技をするメイドに突っ込みを入れる余裕すらない。

 セリアという仮面に慣れきった身体の弊害だ。ゲームの中でも同じようなことをしてしまった記憶があるが所詮はゲーム、今回のミスとは比べ物にならない。


 (…こうなったらもう悪役ロールでいくしかないっ)


 「――聞こえなかったのかしら、ガイウス」

 「……っ…危険な…魔物の封印が解けた…と聞いて……その調査だ…」

 「素直に最初からそう言いなさい。――お仕置きよ」


 ガイウスの頭から手を離すとその体が重力に従い崩れ落ちる。そんな様子を横目で眺めながらセリアが手を翳すと、陶磁器のような白い肌に黒い影が纏わり付いた。

 時折人間の顔のような影が苦悶の表情を浮かべては消える。セリアの手に集まるそれは明らかな攻撃魔法。ガイウスは自分の最後を悟り、覚悟を決めるとぎゅっと目を瞑った。


 「――え…あれ…?………ぎゅぐッ!!?」


 セリアが手を横薙ぎに一閃すると一つの悲鳴があがった。


 その悲鳴はガイウスのものでも、ましてはセリアのものでもない第三者のものだ。ガイウスはゆっくりと目を開けると恐る恐る悲鳴の主を探した。その悲鳴の主は直ぐに判明する。自分と共にこの城に来た兵士の一人の胸にテニスボールくらいの大きさの穴がぽっかり開いていたからだ。

 何かが自身の胸部に触れる感覚、そして数秒遅れて走る激痛。その兵士は自分に起きた現象すら理解できずに息絶えた。


 「これから貴方が私の気を損ねる度に、貴方以外の者を一人殺すわ」

 「き、貴様っ…!」

 「……あら、貴様なんて酷いこと言うのね」


 セリアが再び腕を振るうとガイウスの近くにいた兵士が悲鳴を上げることすら叶わず縦に両断された。


 もはや誰も声を上げるものはいない。すすり泣く嗚咽すら押し殺されている。兵士達の本能があの吸血鬼の目に止まってはいけないと警鐘を鳴らしていた。

 ガイウスを絶望が支配する。この場に自分が生きていられるのはこの吸血鬼の気まぐれからだ。魔物とは本来、知性はあっても殆どが残虐な思考をしており人間を餌や玩具として扱う。しかしここまで残虐な魔物は居るだろうか。目の前の吸血鬼は自身のばら撒く死が周囲にどのような影響を与えるか熟知している。彼女こそ間違いなく魔物を支配する王だ。自分の王という肩書きとの落差にガイウスの抵抗心は根こそぎ奪われた。


 「次の質問。その危険な魔物とは私のこと?」

 「…そう…だ…」

 「そう。ここに私が居るって誰に聞いたの?

 「……教会…いや、過去の神官たちの残した伝承からだ」

 「じゃ、次の質問――」












 「――あら、本当に美味しいのね」

 

 鮮血城の個室。陶器で作られた丸机に向かい合うようにしてセリアとフローラは座っていた。机の上には様々な料理が並べられており、そのどれもが一目で一級品と分かるほどの輝きを放っている。料理自体はフローラが作ったものであるが材料を用意したのはセリアだ。この料理は”この世界でもインベントリは使えるのだろうか”という実験の産物であり、結果としてセリアがセフィロト時代に所持していた道具はこの世界にも持ち込めているといことの証明にもなっていた。

 ゲームの世界とは違い空中にアイテム一覧などは投影されないが、スキルと同じ要領で指定したアイテム名を言葉にすることで取り出すことが出来たのだ。現実感と非現実感の同居する世界についての謎は深まったものの、廃人プレイヤーであるセリアの所持する道具がこちらに持ち込めているというのは大きな成果ともいえる。

 

 「上出来よ、フローラ」


 もぐもぐ


 「お褒めに預かり光栄です。セリア様程度の舌であればどのような材料でも問題はありませんが」


 もぐもぐ


 「素材が良いのよ。ゲームの世界の道具としてしか見ていなかったのだけど案外美味しいのね」


 もぐもぐ


 「きっと料理の作り手の腕と性格が良いのではないでしょうか」


 もぐもぐ


 「……」


 もぐもぐ


 「……」


 もぐもぐ


 「……ねぇ」


 もぐもぐ


 「何でしょうか、セリア様?」


 もぐもぐ


 「――人形である貴女が普通に食事をしていることに突っ込んだらいけないのかしら?」

 「セリア様、突っ込むなどというシモネタを口にするなんて欲求不満なのですか?」

 「…………聞いた私が馬鹿だったわ」


 フローラがフォークに刺した果実を一切れ口に運ぶと口をナプキンで拭った。そして僅かにセリアを覗き込んで首を傾げる。


 「そういうセリア様だって血は吸わないのでしょうか?吸血鬼というくらいですから、てっきりあの人間達から吸うものとばかり思っていましたが」


 「……吸血、ねぇ。勿論そういった欲求が無いわけじゃないわ」


 この体になって以来、吸血衝動は常にセリアをジリジリと苛んでいた。食事をすれば満腹感はあるし飲み物だって水で充分。セフィロトオンラインでは吸血行為は自身のステータスを一時的に上昇させるバフがかかる筈だが、この世界ではバフを得る為に飲まなくても問題は無い。勿論、我慢できないほどの飢餓感も今のところは無い。しかし吸血行為は我慢しなければすぐに飲んでしまいたいというレベルである事もまた事実だ。


 セリアが吸血を躊躇うのは何も元同族の血を吸うことに抵抗感があるというわけではない。セフィロトオンラインにおける吸血にはバフ効果とは別にもう一つの効果があったからだ。

 ――『眷属化』

 吸血鬼伝説における「吸血鬼に噛まれたものは吸血鬼になる」という伝承を元に作られた能力。一定以上の血を飲んだ低レベルの対象を吸血鬼へと変化させ、使用者の下僕に出来る効果が存在していた。


 「ねぇフローラ、この世界で私たちがまず始めに警戒すべき存在は何だと思う?」

 「それは……セリア様と同じプレイヤーでしょうか」

 「そうよ。正確に言えばセフィロトオンラインから輸入されてきた存在」


 この世界の戦力は先ほどの戦闘で理解できた。

 少なくとも人間相手であれば陽の下でも遅れを取ることは無いだろう。しかしセリアと同じようにこちらに迷い込んできたプレイヤーが居ればその勝利は覚束なくなってくる。セフィロトオンラインにおける戦力とこの世界の戦力にはそれほどまでの差が存在しているのだ。

 『眷属化』が発動する可能性のある吸血を行わない理由はそこにある。ゲームシステムでは眷属となった者が裏切ることなどあり得なかった。しかしこの世界ではそのルールが確実に適用されるかは分からない。低レベルであってもセフィロトオンラインの力を持つ不安定な存在を新たに生み出したくはないというのが本音だ。


 「眷属にするかどうかは一応システムポップで選択できたのだけどね。この状況じゃ自分の意思でどこまで選択できるか分からないもの」


 そう言ってセリアは演技過剰気味に嘆息した。


 「安心致しました。セリア様に私以外がお仕えするなんてことになりましたら、私どうなってしまうか分かりませんし」

 「……え?」

 「何か?」

 「い、いや、何でもないわ」


 何やら時折フローラの中にとてつもない歪みが見え隠れするのだがセリアには直視するほどの勇気は無い。

 セリアが心中で膝を抱えて震えていると、フローラが僅かに首を傾げた。


 「そういえばセリア様、あの人間から情報は聞き出せたのでしょうか?」

 「ええ、簡単にだけどね」


 ガイウスに尋問を加えた後、セリアは他の兵士達にもこの世界の情報を手に入れるため尋問を加えたのだ。仲間が無残に散っていく姿を見た兵士達に逆らう意思は既に無く、一時間ほど尋問を加えたセリアは人間達を地下牢に閉じ込めて、先ほどこの部屋に戻ってきたところだった。


 「それで何か成果はございましたでしょうか?」

 「分かったのはこの世界の地形や地名は少なくともセフィロトオンラインとは無関係ということだけね」

 「プレイヤーの存在等は?」

 「それも不明。一定以上の強さを持つ生物は幾つか居るらしいけど、人間から見れば私もそいつらも『決して勝てない魔物』でしかないのよ。強さの定規で測れないのではプレイヤーかどうかも分からないわ」


 自分より強いものがいる可能性自体はたいした問題ではない。何もこの世界を侵略するわけでもないのだから関わらなければ良いのだ。幸いなことに此方から動かなければ充分に自衛できる程度の力は持っているのだから。問題はプレイヤーという存在が居るかどうかだ。


 「後はそうね……人間の中でも特記戦力が数人居るみたいだし、プレイヤー候補として有力なのはこの辺りかしら」

 「魔物よりも可能性が高いのですか?」

 「ええ。セフィロトオンラインの魔物は扱いが難しい上級者向け種族なの。人間と比べれば人口は少ないのよ」

 「そうでしたか。それではまずその人間に会いに行くところからですね」

 「……」

 「…………セリア様?」


 それまで饒舌に説明をしていたセリアが何か考え込むようにして黙り込み、フローラは訝しげにして主人の顔を覗き込んだ。


 「……えぇ、確かにそれが最善でしょうね」

 「何やら非常に嫌な予感がするのですが」


 セリアの口元に浮かんでいるのは何やら悪戯を思いついた子どものような笑みだ。

 普段浮かべている冷笑とは違う、純粋な笑みにフローラは思わず顔を背ける。




 「せっかくファンタジー世界に来たのよ、色々見て回りたいわ」

 「……」




  「――――この世界をお散歩しましょう」



ようやく物語で言うところのプロローグが終了しました。

次回からはタイトル詐欺にならないはずです。……多分。

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