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【4】 決意

「た、助けてくれぇッ!!」

「…もう嫌だ……神様…」

「死にたくない死にたくない死にたくない…」


 鮮血城は兵士達のあげる悲鳴と嗚咽に支配されていた。大の大人たちが城のロビーで座り込み身を寄せ合って震えているのだ。兵士達の総数は既に半数までに減っている。鮮血城から撤退を選んだ兵士達は、吸血鬼の放った術で全員捕縛され無常にも城内へ引きずり込まれた。

 兵士達は武装を解除されたわけでもなければ拘束されても居ない。しかし兵士たちには逃走も抵抗も許されてはいなかった。逃走を選んだ同僚達は既に全員メイドの操る銀の糸に切り裂かれ、最早誰が誰だか判別も付かない肉のスライスとなっている。兵士たちに許されているのはこの場から一刻も早く逃げ出したいという思いを押し殺して、ただその場で震えるだけだった。


「…っ……ふっ…」


 震える兵士達の中、同じようにアルミロも震える自分の肩を必死に抱いて恐怖と戦っていた。

 アルミロは今回の作戦に参加したものの中では最年少の兵士だ。赤毛の髪を短髪に揃え騎士団から支給された鎧を身に着けている。年齢は19歳と騎士団の中で見てもかなりの若さだが、その剣術の腕を買われ自身の夢であった騎士団への入団が許された。絵本の中の英雄たちに憧れ、周囲の皆が年を取るとともに捨てていったモノを自分だけは捨てまいと剣を振り続けた。やがて”弱者を守りたい”という信念と生まれ持っていた才能がアルミロの剣の腕前を確かなものにしていったのだ。アルミロの剣の腕前は19歳にして連合国でも一握りの優秀なものしか入団できない近衛騎士団へ入団を認められるほどに進化とげていったのだ。実戦経験こそ少ないがアルミロは自分の腕に確かな自信を持っていた。

 しかしそれも先ほどまでの話だ。今やその自身もこちらを見下ろして微笑む吸血鬼に圧し折られた。あれは本物の化け物だ。少し前まで冗談を言い合っていた同僚が目の前で引き裂かれた。自分と同じくらいの腕前の同僚は抵抗を選び胸を貫かれた。いや、抵抗できたものはまだマシだ。アルミロはその光景に恐怖し剣を抜くことさえ出来なかった。普段はまだ幼さを残した顔に自信を溢れさせているが、今ではその表情は恐怖に引きつっていた。自分たちが必死に高めていたものの矮小さを否定されたという事実は自分だけではなく少なからず歴戦の兵士たちに影響を与えている。自分達の武装を解除しないのだってこちらがどのような装備であろうとも何の違いも無いからだろう。実力があまりにも違いすぎる。


 

 背後からがちゃりと鎧の擦れる音がしてアルミロは身をすくめた。そしてその音の正体が自分に死を告げる刃ではないことに安堵する。

 アルミロの右隣に蹲っていた兵士の一人が立ち上がったのだ。兵士は腰から短剣を抜くとそれを銀髪の吸血鬼に奇声を上げながら投げつけた。


「こおおぉぉのおぉぉ化け物があぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 しかしその短剣も吸血鬼に届くことは無かった。何処からか伸びた銀の糸が投擲された短剣を空中で絡めととりその場で固定したのだ。アルミロの耳には短剣を投げつけた兵士の喉から”ひっ”と短く息を飲む音が聞こえた。


「…こっの…人間風情がっ…」


 常に表情を見せることの無かったメイドの表情に変化があった。人形のような無感情を思わせていた顔に浮かんだのは明らかな”憤怒”。


「…セリア様を罵倒して良いのは…私だけ…だッ!」


 自分の横に立つ兵士に向けられた怒気。その怒りが場慣れした兵士にすら硬直させる威圧感を与えていた。

 青髪のメイドは怒りに顔を歪ませながら腕を振るった。


「――ぎがあぁぁがががぁぎゃぁぁぁああッッ!!!?」


 兵士から悲鳴が上がった。メイドが腕を振るうたびに兵士の体が切断されていく。腕の指の第一関節が切断される、次に第二関節関節が切断される、次に指の付け根、手のひら手首。明らかに苦痛を与えるためだけの攻撃。短剣を投げた兵士は抵抗することなど出来ず徐々に削れていく自身の体を見ていることしか出来ない。


「やめっ、やめへっ!!だずけでえぇぇぇがががあぁぁぎいいぃぃい!!!」

 

 鮮血城に木霊する絶叫。その絶叫が城主の呟いた「えー…」という呟きを掻き消す。

 悲鳴を上げながらゆっくりと刻まれていく同僚を助けるものは居なかった。そんな事をすれば次にああなるのは自分だ。アルミロは必死に眼を背ける。時折兵士から飛び散る血液が頬に付着した。股間の部分が生暖かい湿り気を帯びていくがそんなものを気にする余裕等は既に無い。


「…ひゅ…ぎっ……――ぴゅぐっ」


どれだけの時間がたっていたのだろう。既に悲鳴は聞こえない。むせ返るような鉄分を含んだ血液の臭いがアルミロの鼻を突いた。先ほどまで悲鳴を上げていた兵士の姿は既に無く、床にぶちまけられた血溜りには小さな固形物が僅かに浮いているだけだ。


 (…愚かな。この状況で何故抵抗などしたんだ、こうなるのは分かっていたじゃないか…)


 そんな事を考えながら、同僚が殺されたというのに自分はまだ生きているという事に安堵してしまっていることに嫌気がさす。愚かなのは彼ではない、彼は騎士という役目を充分に果たしたではないか。それに比べて自分は何をしていた。自分は恐怖に屈して震えていただけではないか。苛立ちと恐怖の混ざった感情がアルミロを支配する。


 (……俺は絵本の英雄に憧れていたんじゃなかったのか…?)


 恐怖に屈服した英雄が居ただろうか、仲間を殺されても黙り込んだ英雄が居ただろうか、己の信念を曲げた英雄が居ただろうか。

今の自分は憧れていた英雄からはかけ離れた姿をしている。


 考えろ、ここで自分がとるべき行動は何だ?自分の役目は何だ?

アルミロは自分の中に信念という炎が宿るのを感じる。

 頭を高速で回転させる。無論恐怖はある。殺されるのは怖い、しかしこのまま恐怖に膝を屈して死ぬほうがよっぽど怖いじゃないか。

 アルミロはチラリと背後に視線を向ける。其処に居るのはラディア連合国王のガイウスだ。


 (そうだ、王がこの場に居るのなら近衛騎士である自分の行動なんて決まっているじゃないか)


 王であるガイウスと自分は会話などしたことは無い。近衛騎士とはいえ王とは身分が違いすぎる。

 しかし自分がまだ剣の折れていない騎士であるのなら命をかけるに充分値する。

アルミロは視界が鮮明になっていくのを感じた。いつの間にか震えも止まっている。

 自分の腕前では確実にあの化け物どもには勝てないだろう。傷すら付けることなく無残に殺されて終わりだ。それでも僅かに隙を作ることが出来れば王が逃げることくらい出来るかもしれない。


 (あの薔薇の蔦さえ出させなければ…ッ)


 ターゲットはメイドではなくあの吸血鬼だ。吸血鬼さえ足止めできれば後は仲間たちが何とかしてくれる。アルミロは腰に下げた剣の柄に手をかけた。


 (最後まで騎士として――いや、英雄として生きてやるッ)








 セリアは完全に混乱していた。


 (ううっ、人間から友好的に情報を聞き出そうとしていたのにどうしてこんな状況になってるんだろう…)


 間違ったのは人間の攻撃に即座に反撃した時だろうか。いや、でもあれは私の戦闘力を知らなきゃいけなかったし…。ごにょごにょと胸中で言い訳するも残念ながら目の前の現実に変化は無い。というよりその間違いは現在進行形で進んでいっている気がする。時間が経つにつれて人間の数が減っていく。というよりフローラが時間をかけて人間を刻んだのが致命傷だった。

 正当防衛の言い訳が通じないし、それ以上に明らかに人間達の心が折れちゃってるんですけど…。相手の立場も分からないうちに戦闘に突入したのは明らかなミスだ。しかしそのミスが致命的なものなのか、それとも取り返しのきくミスなのかすら分からないのがとても不安だ。


 (私のイメージしているファンタジーの冒険はこんなに血みどろじゃないのにぃ…)


 「セリア様、少々お元気がないように見えますが?」


 フローラが珍しく心配そうな声をかけて来た。


 (フローラのせいだよっ!?)


 毒舌クールメイド人形という属性過多のフローラに新たなる属性が追加されそうになっている。メイドさん怖い。

 しかしよく見ると本心からの言葉ではないのだろう。感情があると分かったからこそ気が付いた変化、僅かに口元に笑みが浮かんでいる。しかも何故か誇らしげだ。何時か何処かで見たはずの、飼い主にネズミの死骸を持ってきた猫を彷彿させる表情だ。

 セリアは何の気なしにこちらを覗きこむフローラの髪の毛に手を伸ばした。ふわふわの感触に手が包まれるのを感じながらゆっくり撫でる。

 …現実逃避?何のことだか分かりませんね。


 「…ふぁ……。……っ…セリア様ごときに撫でられるなんて屈辱的ですね」


 気持ち良さそうに目を細める様子も何処と無く猫っぽい。

 ひとしきりふわふわの髪を撫でていると突如フローラが立ち上がった。兵士の一人が剣を抜いたためにセリアを守るようにして立ちはだかったのだ。


 「フローラ、別に私は守られなくてはならないほど弱くは無いわよ?」

 「愚鈍なセリア様はどこで怪我をなさるか分かりませんので」


 そんな会話をしながらセリアは改めて剣を抜いた兵士を観察する。随分と若い赤毛の兵士だ。この国の兵士の平均年齢は分からないが、ここに居る部隊の中では最年少なのは間違いない。            

 明らかに狙いはセリア。確かにここに居る人間の中では腕の立つ方かも知れないがセリアとフローラから見ればどれも大差ない雑魚だ。


 「時間稼ぎでもするつもりかしら…?」


 フローラの武器の射程距離は剣のそれよりも圧倒的に上だ。それが分かっているのに剣を抜いたということは目的はそれしか考えられない。

 赤毛の兵士が裂ぱくの気合とともに剣を上段に振りかぶった。どうやら邪魔をするフローラから対処しようという算段らしい。それに対するフローラは極めて冷静だった。銀の糸で兵士の持つ剣の刃部分を切断したのだ。けたたましい音を立てて折れた刃が床を滑っていく。例え武器があろうと無かろうとこの人間達の力では傷つく可能性は皆無だが、呪われた剣や魔法剣の可能性だってあるかもしれない。セリアは人間達に武装解除をさせなかったが、フローラはより慎重だった。戦闘中にもなればあらゆる可能性は考慮しなくてはならない。この世界の知識はセリアもフローラも持ってはいないのだから。


 「――かかったな化け物…ッ」


 赤毛の兵士が口元を歪め笑みを作った。剣を失った彼の右手は翳すようにしてセリアに向けられている。その手のひらには人間の頭くらいの大きさの火球が生み出されていたのだ。


 (ま、魔法っ!?)


 最初からこの兵士の目的はセリアだけだったのだ。自分の命を失う覚悟があったからこそ取れる戦法だろう。セリアは彼の行動を素直に賞賛した。


 「火炎術・イグニッションッ!!」


 (…セフィロトオンラインにはそんな魔法無かったよね)


 セリアは所謂ネトゲ廃人と呼ばれるプレイヤーだ。セフィロトの膨大な数存在する攻撃魔法の種類であっても知識くらいは持っている。その知識の中にイグニッションなる魔法は存在していない。本や漫画でありがちなゲーム世界への転生ならば魔法だってセフィロトと同じ存在のはずだ。しかし彼の使う魔法はセリアの使う魔法とはまるで別の存在。それならばここは間違いなく異世界といえるのではないか。しかしそれでは何故セリアとしてセフィロトの魔法が使えるのかが分からない。

 セリアは混乱する頭を切り替える。火属性の攻撃魔法、威力が分からない以上対処が必要だ。


 (……あの火の玉、攻撃魔法みたいだしこの魔法で良いかな)


 『妨害術式:グリムイーター』


 セリアの手のひらから火球目掛けてサッカーボール程度の大きさの黒い球が放たれた。グリムイーターはセフィロトでも数ある対魔法用の妨害魔法だ。その効果は単純だ。相手の魔法のレベルが低ければ完全に魔法を消し去ることが出来る、また逆に強力な魔法であればその効果を弱めることが出来るというもの。黒い球はそのまま火球を飲み込みそのまま火球とともに消滅した。


 (…やっぱり妨害魔法はこれが魔法だと認識している)


 信じられないことだがこの世界はセフィロトのシステムを基準としている面とそうではない面を共に持ち合わせている。セリアがゲームの世界の可能性も完全に排除しきれない理由がそれだ。


 (…うーん。異世界であるのがやっぱり自然な気もするけど、それだと”セリア”の存在はなんなんだろう…?擬似的ではあるけど人工知能の開発に成功したとかいうニュースを見たことあるし、ここに居る人間が全員ゲームのキャラクターという可能性も…って、ゲームにそこまでしないよね…。それに感触や痛覚があるのは…何だろ…。…あ、でもゲームであるなら他のプレイヤーが居るかもしれないよねぇ…。)


 火球が消せたことで今度こそ兵士に対する警戒心が消滅した。妨害魔法で完全に消せる程度の魔法であればセリアの魔法防御力だけでも傷は負わない。剣を失った赤毛の兵士にはこちらにダメージを与える手段は残されていないだろう。


 「セリア様に手を上げるとは…――その罪、貴様の命で購え」


 フローラの声でセリアは思考の海からようやく脱出した。その声の方角に視線を向けるとフローラが怒りの表情で赤毛の兵士に手を振り上げていた。フローラの手元がきらりと反射して光るのは銀の糸を放出させているからだろう。


 (こ、これ以上人間を減らさないでっ!)


 慌ててセリアはフローラと兵士の間に割って入った。

 無論親切心からではない。貴重な情報源をこれ以上減らされるのはまずいからだ。既に手遅れのような気もするがこれ以上人間に恐怖されてしまってはスムーズな情報収集とは行かなくなるだろう。


 「……そこまでよ、フローラ。これ以上の殺戮は私も望まないわ」

 「畏まりました、セリア様」


 いつもの表情を感じさせない顔に戻るとペコリと一礼してフローラが引き下がる。


 「――話がしたいわ。この部隊の長は誰かしら?」









投稿遅れてしまい申し訳ございませんでした。


びっくりするほど話の進まない4話です。

どうしてこうなったんだろう…。

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