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【2】 目覚め

 「……えっ…ぁ……お、おはようございます」


セリアはとっさに青髪のメイドにそう答えた。我ながら間抜けな答えだとは思う。


 「――どうぞ、セリア様。」


 青髪のメイドがこちらに手を差し出した。その態度と表情からはこちらに対する敵意は感じられない。セリアはその意味を理解するとその手を恐る恐る取った。どこかひんやりとしたその手を取るとメイドはゆっくりと力を入れてセリアを立ち上がらせる。

 自身の手を伸ばすと腕に絡んでいた長い銀髪が絹のように滑らかなセリアの肌を滑り落ちていった。


 (……え、銀髪?)


 見覚えのある銀髪だ。恐る恐る自分の身体を見下ろすと黒いドレスに身を包んだ少女の身体――ゲームキャラクターとしての"セリア"の身体がそこにはあった。何度見ても自分の体はセリアの身体へと変化している。驚きのリアクションなど取ることもできない。あまりにも現実味の無い光景に一周回って精神状況が安定していった。

 混乱する頭を必死に稼動させながら辺りを見回すと自身が中世の貴族の家を思わせる、豪奢な飾りのちりばめられた室内に居ることに気が付いた。花のいけられた花瓶、蝋燭のともされたスタンド、ありとあらゆる物が素人のセリアでも高級品とわかる一品だ。

 セリアはようやく自分が寝かされている場所が黒い棺だった事に気が付いた。聞きたいことが他にもあり過ぎて棺なんて些細な問題のように感じてきているのは感覚が麻痺してきているからだろうか。


 「あ、ありがと。……えっと、貴女は?」


 メイドは一瞬首を傾げるも意味を理解したようで、スカートの裾を摘んで優雅に一礼する。


 「失礼致しました、私の名前はフローラといいます。」


 「あ、これはどうも。私の名前は――」


 フローラの丁寧な挨拶を受けて思わず普通に挨拶をしそうになったセリアだが、その言葉の続きを発する事は出来なかった。先ほどからフローラは自分のことを"セリア"と呼んでいる。その理由は分からないが"セリア"はセフィロトで自分が操作しているキャラクターの名前であり勿論実名ではない。仮にセリアの肉体に変化していても名前まで変化させる必要は無いだろう。


 ――――あ……れ…?


 セリアは自分の本名を口にしようとして自身の記憶の空白に気が付いた。


 ――――私の名前……何だっけ……?


 言葉を中断させたセリアをフローラが怪訝な表情で覗き込んでいるのが視界の端に移ったが反応する余裕も無い。全身に水を浴びせられたような冷たい感覚。

 自分の本名が分からない。

 それだけではない、ゲーム内以外の記憶が一切存在していないのだ。セフィロトの冒険やシステム、出会ったプレイヤーたちとの会話、魔法やスキルの種類、セリアを操作していた時の記憶は存在している。しかしそれ以外の記憶が全く思い出せないのだ。自分の中から何かとても大切なものが抜け落ちてしまったという虚無感が全身を支配する。しかしセリアには何が抜け落ち欠落してしまったのかも分からない。自分の名前は?家族は?年齢は?職業は?そもそもセリアだってロールプレイで生み出されたキャラクターだ。現実世界の話をゲームの中で話したことなんて無かったし、性別だって本当に女なのかすら分からない。男性で女性キャラクターを使っているプレイヤーなんて数え切れないほどいるだろう。

 自分のこと何一つ分からない。自己を形成していたモノ、今まで蓄積されていた何かが消失した、そんな状況に視界がグラリと歪み身体が小刻みに震え始める。


 「ひにゃあッ!!?」


 突如セリアの頭上を物理的衝撃が襲った。手刀を手加減無しに落とされたような痛み。あまりの驚きと痛みに顔を上げ痛みの原因を探るも、そこには静かにこちらを覗きこむフローラしか居ない。フローラしか居ない。


 「……え、もしかして」


 「失礼いたしました。セリア様が見るに耐えない間抜け面を晒していましたの  で、壊れてしまったのではと思い叩かせて頂きました」


 目の前のメイドの口から何やらとんでもない毒を吐かれた気がする。

 優雅な動作でぺこりと頭を下げているフローラだが、全く謝罪する意思が無いと理解させるというのは一種の特技かもしれない。イメージからあまりにもかけ離れたメイドの行動にセリアは恐る恐る問いかけた。


 「も、もしかして私が落ち込んでいたから叩いてくれたの?」

 「…………………えぇ、勿論でございます」


 露骨に目を逸らしながらもしれっと言うフローラ。

 絶対嘘だ、そう思いながらもセリアは気持ちが切り替わるのを感じて心の中でフローラに感謝の言葉を口にした。





 「で、ここは何処なのかしら?」

 「突然の口調切り替え気持ち悪いです、セリア様」

 「……」


 ある程度落ち着いてきたセリアは現状を理解するためフローラに聞き込みを開始した。メイドさんに敵対する意思があればこちらが寝ている時を見逃すはずは無い。完全な味方と信頼するかは置いておいても手機体勢力ということは無いだろう。……きっと。


 口調の切り替えは自分がセリアを操作していた時の慣れだ。決して趣味ではない。趣味ではないですとも。

 記憶がなくなったことに恐怖や不快は感じるが一度落ち着いて考えてみるとこんな経験は人生に普通一度と無いだろう。楽しまなくては損、無理やり自分にそう言い聞かせ、不安を心の奥底に仕舞い込んだ。見ないことにしよう、うん。


 「ここはセリア様の居城、"鮮血城"でございます」


 何事も無かったかのようにフローラが説明を始めた。泣きそうになりながらもセリアは頭を回転させる。"セリア"というキャラクターの身体で異世界にきたのだから、てっきりセフィロトの世界に転移したのかと思っていたが鮮血城などという名前は覚えが無い。もしかしたら失った記憶にその名があったのかもしれないが、自分が城主でなかった事だけは確かだ。っていうかこんな趣味の悪い名前の城の城主になんてなりたくない。


 「私の城?」

 「えぇ、セリア様はこの鮮血城の城主でございます。とは言いましても此処には 私とセリア様しか居ませんが」


 わぁい、美人なメイドさんと素敵なお城でふたりっきりだー…。

 投げやりにそんなことを考える。質問しても分からないことが増えていっているのは気のせいだろうか。


 「ここはセフィロトの世界ではないの?」

 「セフィロト……という世界は存じ上げませんが、この城はラディア連合国の北 東部に位置していると記憶しております」


 またもや聞いた事の無い単語。自セフィロトの知識が役に立たないことを理解させられ、セリアはがっくりと肩を落とした。


 「私、何でこんな場所に居るのかしら……?」


 投げかけた質問というよりは自分自身の問いかけ。小さく呟いたその言葉にもフ ローラは律儀に答えた。


 「私も最近目覚めましたので、その質問にお答えすることは出来ません」

 「目覚めた?」

 「えぇ、私はセリア様が目覚める数分前に目を覚ますように設定されていました」

 「う、うん?」

 「私は魔道人形ですので」


 魔道人形。確かセフィロトの中の種族【人形種】の中の最上位種にそんな名前の種族が居た気がする。魔法使いや人形士が対象に魂を宿らせることで自立行動を可能にした人形、という設定の物理攻撃職だ。切断能力をもったワイヤーに似た武器の扱いを得意とした種族で、そのファンタジックな設定から人気種族の一つだったのを覚えている。

 セフィロト内では人形種はどこか無機質さや人形らしさをもつ外見だった。じぃ、とフローラを観察するも継ぎ目も人間以外には見えない。フローラが"せっかく寝ていましたのに誰かが空気も読まず目覚めるから…"などと呟いているのは聞かないことにする。


 「私はどれくらい眠っていたの?」

 「申し訳ございません、私には最初から保持している知識以外の記憶はございま せんのでお答えできかねます。目覚めた時にセリア様に知識を与え御世話させて いただく事が私の与えられた使命ですので」

 「……貴女を作った人間が居るの?」

 「その知識もございません。私の持つ知識はこの地域の地理と城内の情報が殆ど なのです」


 魔道人形は間違いなくセフィロトに存在する種族だ。この世界がセフィロトの世界ではないとすれば、自分とフローラはこの世界では異質な存在であるということになる。それともこの世界はセフィロトをベースにして製作された世界なのだろうか?はたまたこの世界で魔道人形はありふれた存在なのか?

 どちらにせよフローラを製作した者かこの世界の人間と会話をしない事にはこれ以上の情報を得ることは難しいだろう。

 記憶を取り戻す方法を探す、もとの世界に帰る情報を探す、フローラの製作者を探す、何を目標にするとしてもこの城に引き篭もっていては状況は好転しない。


 『武装想起:死鎌サタナエル』


 セリアが呟くと黒い霞が相棒の大鎌を形成した。


 (やっぱりセリアの能力が使えるみたい)


 間違いなくセリアの身体だ。そして自分の知識と感覚が今の自分に出来ることを把握させる。変化したのは自分の身体だけでは無い、恐らくセフィロト内のセリアとこの体の能力は同一だ。今更この程度の変化では驚かない、というよりむしろ嬉しい。セリアのロールプレイをしていなかったら魔法を乱射していただろう。口元がにやけそうになるのを必死に押し殺す。

 この世界の生物がどれだけの力を持っているか知らないが、セリアはレベル100の能力を持っている。種族だってヴァンパイア種の最上位種である【始祖】まで進化させてある。少なくても危険から逃走するくらいはできるだろう。フローラ自身のレベルもはっきりとした所までは分からないが、魔道人形という種族ということは少なく見積もっても85レベル以上の力はあると考えても問題はなさそうだ。

 セフィロトの種族システムは特定のクエストをこなしていくことでより上位種へと進化していくことができる。人形種の最上位種である魔道人形へ進化するためのクエストを受ける最低条件は85レベル以上。フローラがこのクエストを受けたとは考えられないが、少なくともセフィロトのシステム上はそのはずだ。異世界でセフィロトの常識を当てはめることには危険を感じないことも無いが。


 「フローラ、外に出るわ。この城の出口へ案内して頂戴」

 「かしこまりました、セリア様」








 ――ラディア連合国領、ヴァストーク城。


 ヴァストーク城集会室、大きな円卓を囲むようにして7人の男性が席についている。

 ラディア連合に所属する各国の代表がその部屋に集まっていた。

 ラディア連合国は全7ヶ国の小国が集まり形成される連合国家だ。一定の周期で行われるこの集会は始終和やかな雰囲気の中で行われている。

 そんな集会をどこか他人事のように見つめるのは連合国最高議長であり、代表の一人でもあるガイウスだ。その厳格な顔からは一見分からないが、彼に近しいものが見ればその表情に苛立ちを見ただろう。


 (所詮自国の民を思わぬ、自身の利益をむさぼる為の会議か……)


 自身の髭を撫でながらひっそりと心の中で溜息をついた。連合国など名ばかりだ、一見和やかな雰囲気を持つこの集会も、その正体は各国の代表が利益を他国からいかに奪えるかという腹の探り合いの場となっている。目の前の王達に自国の民を想う気持ちなどは存在していない。国民は各国の貴族層や王族が豊かになる程貧困にあえいでいる。議長とはいえ今の自分に現状を打破するほどの力は無いだろう。ガイウスはそんな各国の王たちを見つめながら自国の民の生活のために何をすべきかに思想を及ばせた。


 「し、失礼いたしますっ!!」


 ガイウスの思考を中断させたのは男の声だ。声と同時に集会場の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのはガイウスのよく知る人物、連合国の神事を司る神官の長である神官長だ。ガイウスは公務で何かと神官長との付き合いが長かったが、これほどまでに慌てた彼を見たことが無かった。


 「無礼であろう、今すぐ出て行けッ!!」


 代表の一人が神官長に怒声を上げる。本来、会議中は神官長であっても立ち入りは禁止されている。それがノックもせずに飛び込んできたのだ、当たり前の対応だろう。


 「し、しかしお伝えしなくてはならないことがっ!」


 神官長の視線がちらりと自分に向けられたのを感じた。

 

 「――良い、神官長の話を聞こう」


 ガイウスは各国の代表たちに言い聞かせるようにそう言った。明らかに尋常ではない様子の彼の話を聞かないなど愚か者のすることだ。国の未来よりも優先されるルールなど存在してはいけない。

 ほっとした様子で神官長が一礼した。


 「そ、それでは報告させていただきますっ、鮮血城にて先ほど封印が解除されたのを確認しました!」


 ガイウスはその名かつてを国の古書で目にしたことがあった。曰く「神官たちが管理する祭壇」だと。他の代表はその名も知らない様子だった。


 「……鮮血城?」


 代表の一人が神官長に尋ねる。


 「はい、ここから北東の位置に存在する城です。鮮血城は我々が管理する城の名前ですが、その正体はある魔物を封印する監獄なのです」


 代表達の顔に初めて動揺が走る。連合国の神官は魔法に特化した存在だ。魔法の実力のみで考えれば他国と比較しても上位の力を保持している。そんな神官達の封印を破るほどの魔物の存在がありえるのだろうか。

 神官長が更に言葉を続けた。


 「およそ500年前、我々の祖先たちが各国と同盟を組んでも倒しきれずに魔物 の居城に追い詰め封印するしか手が無かったと聞き及んでいます」


 ガイウスの顔にしわが刻まれた。いくら過去の軍隊の力といえど各国と同盟を組んで倒せなかった魔物の存在。その話が事実なら今の連合国の兵力で対処が可能なのか。


 「今のところ解除された封印は第一の封印である棺にかけられたもののみです。 しかし魔物が本格的に目覚めたのであれば、第二の封印である城自体への封印で 抑えきれるかどうか……」


 神官長の弱気な発言に集会場の雰囲気が絶望的な色に染まる。

 先ほどまでこの国の現状打破を望んでいたガイウスだが、ここまでの事は望んではいない。とてつもない厄介ごとの存在にキリキリと痛みだす頭を抑えながら尋ねた。


 「それで、鮮血城とやらに封印されている魔物とは何者なのだ?」

 

 口にもしたくないといった表情で神官長が答える。


 「……はッ、吸血鬼達の王であると言われてる始祖でありますっ」


 その瞬間、集会場がドッと笑いに包まれた。中には腹を抱えて笑う代表すら居る。先ほどまでの絶望的な雰囲気は霧消し、ガイウスですら緊張の糸が切れるのを感じて椅子にもたれかかった。

 代表の一人が口を開く。


 「神官長、始祖などという存在は御伽噺の中の存在だ。きっと過去の神官達に騙されていたのだよ」


 吸血鬼といえば魔物の中でも最強の存在の一つだ。吸血鬼が発見されれば即座に国を問わず討伐隊が1000人規模で編成されるのが各国の認識だ。普通、魔物の出没は民間組織であるギルドが対処に当たる。大規模の軍隊が動くというのは魔物としては異例の対処だ。始祖といえばそんな存在の頂点に君臨すると言われている魔物である。過去に発見されたことは無く記録も無い。所詮大物とはいえ伝説の中の怪物に過ぎない存在なのだ。神官長の言葉を一笑に付すのも無理は無いだろう。


 「諸兄らの言も最もだ。――とは言え、封印があるということは何かの魔物が居るのは確かだろう。精鋭を兵士の中から集め小隊を編成せよ、私自ら鮮血城へ視察へ向かう」


 ガイウスが神官長の不安そうな表情に苦笑しながらそう言った。大方古くなった封印に限界が来たというところだろう。

 議長である自分自身が視察に行くことで神官達の不安も解消されるはずだ、そんな思いと早く会議を投げ出してしまいたいという気持ちから口にした言葉だった。





 この時、ラディア連合国に大きな変化が訪れようとしている事に気が付いた者はまだ誰も居なかった。


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