【10】 準備
「フローラ、これからドミリアに向かうわ」
ギルド試験を突破し正式な冒険者となった私は、その日の晩にフローラにそう告げた。
現在セリア達はこのディナトールの格安宿に宿泊している。
首都ということもあり、観光客の耐えないディナトールでは当日宿泊が可能な宿が此処くらいしか存在していなかったのだ。
宿の自室の為、この場にアルミロは居ない。この場に居るのは私とフローラの2人だけ。
いや、アルミロ相手なら別に同室でも構わなかったんだけど、そこは彼が断固拒否したため私とフローラ、そしてアルミロの部屋割りになっていた。
「随分と突然ですね、セリア様。……ドミリアと言いますと、”聖ドミリア教国”ですか?」
フローラが読んでいた本から顔を上げて尋ねる。
フローラの表情は何時もの無表情ながらも、私にはその微妙な表情の変化から不満の色を感じ取る。
読書の邪魔をされるのがそんなに嫌か、このやろう。
……というかこのメイド、主人の前で趣味の時間に没頭してるんじゃないっ。
「そうよ、今日中に出発するわ」
「クロード様がこにいらっしゃるのですか?」
「ギルドの情報が正しければ、ね」
「畏まりました、すぐに準備いたします」
フローラがぺこりと一礼して、荷物の整理を始めるのを横目で眺めながらセリアは考える。
ギルドの情報によればクロードは現在ギルドには所属しているものの、拠点はディナトール支部では無く、聖ドミリア教国領内の辺境の村、”カイナ村支部”を拠点とし討伐依頼を行っているとのことだった。
幸いカイナ村は国境を越えなくてはならないとはいえ、馬で向かえば2日程度で着く。セリアとフローラの脚を持ってすれば今日中の到着すら可能だろう。
(うーん、アルミロはどうしよっか……?)
今回の旅のネックはアルミロだ。
人間という種族とセリア達の移動速度の差による違いだけではない。
実際には怪しまれないように馬を使う予定だし、移動速度のみが問題であればセリア達がアルミロに合わせれば良いだけだからだ。
アルミロは国家に所属する兵士であり、軍隊なのだ。現在、ラディア連合国と聖ドミリア教国は敵対状態にはない。それでも聖ドミリア教国からすれば隣国の兵士が国境を越えて侵入するのは快く思わないだろう。
ましてやセリア達の正体は国家秘密だ。アルミロからすれば素直に説明できるはずも無いのは明白といえる。
(さようなら、アルミロ。人間にしてはいい奴だったよ、うん)
セリアの頭の中でエンディングのBGMがかかりスタッフロールが流れ始める。
スタッフ:セリア、監督:セリア、音響:セリア。
後で飴ちゃん上げるから良い子で待ってるんだよ?
まぁ、この世界を良く知る人間と別れて、未知の地域を訪れることに不安が無いわけではないが今回ばかりはそうも言ってられない。
冒険者という職業柄、どれだけカイナ村支部にクロードが居るかは分からない。国境越えなどで無駄に時間を食うわけにもいかないのだ。
空腹で悲鳴を上げるお腹をさすりながらセリアが呟く。
「だいたい、時間の余裕があれば此処で食事とか観光とかしているのだけど」
「セリア様、無駄口を叩いていないで手伝ってください」
「人形種は空腹と言う概念が薄くて良いわね」
「……いぇい」
「人事だと思っているでしょう、貴女」
もういい。
この駄メイド放っておいて荷造りに集中しよう。
クロードを見つければ、ゆっくり食事でも観光でも自由にできるよね。
……できるよね?
眠るアルミロを置いてセリアとフローラの2人が宿を出たのは、ここから一時間後の事だった。
セリアはディナトールを出る最後まで気が付く事は無かった。
セリアが空腹を訴えた時にのフローラが浮かべた微妙な表情に。
自身の身体が思っているよりもずっと吸血鬼に近いという事に。
そしてセリア自身も忘れかけていた、
――”吸血鬼の主食”とは本来何なのかという事に。
非常に短い第10話です。
文章量からお気づきの方居るかもしれませんが、この話は本来9話に込まれる話でしたが「終わるポイントがびみょうじゃない?」という作者の判断で10話になりました。
短くてスミマセン、はい。