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【9】 適正試験

 「――セリア様の頭が残念なことは知っていましたが、ここまで酷いとは思いませんでした」

 「全くだ。お前が冒険者になるなど、冗談はほどほどにしてくれ」


 ギルドから宿に帰ると、私は何故かフローラとアルミロからお説教を受けていた。

 それは少し目立ち過ぎるかな、とは思ったけどここまで怒られることだろうか。

 そもそも、この話だって宿についてから3回くらい聞いているのにっ。


 「何ですかセリア様、その不満そうな顔は?」

 「……あら、私そんな顔をしてたかしら?」


 む、勘の鋭い奴らめ。

 どうやら顔に出ていたらしい。

 まだこの宿に着いて食事だって取ってないし、温泉にも入っていない。

 いや、吸血鬼の体になって殆ど食事はいらないのだけど、こういうのは気分が大事なのだ。最近は食事をまともに取ってないせいか、空腹に悩まされる事も少なくない。

 さっさと反省しているふりをして切り抜けるちゃおう。

 ごはんっ、ごはんっ。


 「だいたいお前みたいなモンスターが入り込んでいるとばれたらこの町が混乱するなんてレベルじゃないんだぞ。少しは自分の影響力を考えるんだな」

 「それに、もし危険な仕事を任されたらどうするのですか。この世界のモンスターとの戦闘経験は無いのですよ?」


 がみがみがみがみ。

 うぅ、こういう時だけ仲良く責めなくても良いのに。


 「情報だって何も冒険者にならなくても、俺が圧力をかけることだって出来たんだ」

 「ええ、あの時であれば受付嬢から力ずくで情報を聞き出し、目撃者が残らないようあの場に居るもの全員を消すのが最善策でした」

 「…………」


 あ、コンビ解散。


 言われてみれば確かにアルミロは仮にも王直属の部隊だもんね。

 そういう手もあったか…。


 でもやっぱり”冒険者”というロマン溢れる職業が存在しているなら、スルーなんてありえないでしょう。

 ちょっぴり思っていたよりも筋肉質な感じだったけど、冒険者と言えばそれこそ憧れの職業だ。

 強敵との戦い、未知なるダンジョン、遺跡の奥底に眠るお宝。

 やばい、今からでも興奮してくる。

 こんな素敵な職業、人間地域の職業とはいえ見逃すわけには行かないでしょ。


 ……という話を二人にしたら説教の時間が追加された。

 全く、ロマンの分からない奴らめ。


 「仕方ありません、セリア様のお馬鹿具合は直ぐには治りませんし、明日のテストについて打ち合わせをしておきましょう」

 「付添い人は俺でいいのか?」

 「ええ、滅茶苦茶不満はありますが、私とセリア様では色々目立ち過ぎる気がします」

 「あぁ。テストは簡単だが、こいつの場合はいかに目立たなくスマートに終わらせられるかが問題になるな」


 私を無視した会議が続けられていく。

 いじめ反対。



 冒険者ギルドに参加するには勿論試験がある。

 これだけ危険な仕事なのだ、最低限の試験があるのは当たり前だろう。


 試験の内容はギルドに寄せられた依頼を一つこなす事。

 初心者でもこなせそうな依頼をギルドが一つ選び、それに参加することで参加者の適正を見ると言うものだ。


 試験管兼護衛のギルドメンバーが依頼には同行するし、参加者は一人まで護衛をつけて良いという事もあり、一般の依頼とはいえ危険度は非常に低いとギルドの受付嬢の人も言っていた。

 この世界でのモンスターとの戦闘経験は無いけど、人間が余裕というくらいなんだし心配しすぎだと思うんだけどなぁ。


 「心配なのはモンスターでは無く、暴走したセリア様です」

 「……心の中を読まないでくれるかしら」


 そんなに暴走すると思われているのだろうか私。


 項垂れる私を無視した会議は、お日様が顔を出すころまで続けられた。


 ……あれ、温泉は?


















 リオット=ハーデンは木々が鬱蒼と茂る森の中で一人、極度の緊張状態にあった。


 「ううっ、こんなことなら他の冒険者も連れてくるべきだったでしょうか……?」


 小声でリオットは呟く。

 明らかに不安を含んだ声だ。


 冒険者としての彼の仕事を知る者がこれほど顔色の悪いリオットを見れば驚きを隠せないだろう。


 リオットの外見は冒険者としては華奢で細い。また常に表情には優しげな笑みを浮かべており、武装は胸部のみを守るレザーアーマーと腰に下げた刺突剣のみという風貌。その為、リオットの戦いを見たことの無い同業者からは舐められがちだ。

しかしそれはリオットが臆病者と言うことでも、戦士としての技量が低いことも示しては居ない。


 肉体を引き絞り、軽装にすることで防御よりも速度を優先させた一流のフェンサー。それがリオットの本質だ。

 近接戦闘の腕だけであればギルド内でも中堅層の中ではトップクラスに属している。


 そんなリオットが不安そうな溜息をついた原因は、自身の目の前を楽しそうに歩いていく銀髪の少女だ。

 その光景だけ切り取れば、依頼というよりは散策というほうが正しくすら見える。


 リオットに与えられた役割はそんな彼女の護衛と試験官だ。

 今回リオットと銀髪の少女に与えられた依頼は「ゴブリン討伐」。

 ディナトール付近に突如現れたゴブリンの調査と可能であれば討伐を目的とした比較的簡単な任務だ。

 普段森に引き篭もっているゴブリンが街道付近まで現れた原因さえ分かれば、最悪の場合戦闘をしなくても任務達成でも良いのだから。


 (……どこから迷い込んだ子なんでしょうか?)


 リオットは少女を見つめながら胸中で呟いた。


 冒険者ギルドは基本的にどのような者でも加入試験を受けることが可能だ。

来る者は拒まずがギルドの基本方針であり、現にその方針は優秀な人材の発掘に一役買っている。

 その為、時折どこかの貴族や冒険者に憧れを持つ子どもが遊び半分で試験を受けることがあるのだ。


 無論リオットの腕を持ってすれば今回の依頼である「ゴブリン討伐」のゴブリン程度から少女を守るのは容易だろう。それでも100%確実に守れるとは言い切れない。予想を超えた不測の事態は常に起こるからだ。その確立は低いとはいえ、銀髪の少女と同じくらいの年齢の妹が居るリオットにとって、決して看過して良い確率ではなかった。


 「行商人達がゴブリンを目撃したのは確かこの辺りか」


 少女の前方を歩くアルミロと名乗った赤毛の青年が地図を見ながらリオットに声をかけた。ご機嫌な様子で森を歩く少女とは異なり、その表情に全く油断は無い。

足運びや気配の殺し方からアルミロという青年の技量がかなりのものだとリオットには推測できた。


 「えぇ、そうですね。近くに巣があるのかもしれません。食べ残しや足跡などの痕跡を見逃さないようにお願いします」

 「了解した」

 「ええ、分かったわ。まかせて頂戴」


 アルミロが真面目な表情で頷き、少女がどこか楽しげな様子でリオットに了解の意を示した。


 「本当に大丈夫でしょうか……?」


 本来であれば試験官というのは口を出さないのが鉄則だが、今回ばかりはそうも言ってられない。迅速に終わらせることが優先だ。リオットは心の中で握りこぶしを作り決意を固める。



 ――その時だ。


 先ほどまで森を支配していた木々のざわめき、落葉の踏まれるたびになる足音、鳥や獣の鳴き声。

 そこに僅かな、ほんの小さな”異音”が混じった。


 その異音に反応を即座に示したのは二人だ。

 リオットとアルミロ。

 2人は異音が奏でられた方角に視線を投げると、すぐさま腰の剣に手をかけ少女の壁になる為、体を潜り込ませた。


 「洞窟かッ!?」


 アルミロが苛立ち混じりに叫ぶ。

 木々の間に隠れて小さな洞窟が地下に伸びるようにして存在しているのが見えた。

 そこから何か近付いてきているのだ。

 リオットとアルミロは少女の目の前に立つと、腰に下げた剣を抜いた。


 ――明らかに敵だ。


 その動きと共にリオット達の目の前に突如巨大な壁が現れた。


 いや、それは壁ではない。巨大な肉の塊だ。

 洞窟から現れた生き物は、一見二足歩行で人間に近い姿をしているものの身長と体格が恐ろしいほど人間とは異なっていた。

 身長は2.5mほどだろうか。腕は丸太のように太く、服は腰みの以外身につけていない。肌は緑色で、異様に長い牙と頭部から生える角の存在がこの生き物が人間とは全く異なる存在だと言うことを示していた。


 明らかに小柄なゴブリンなどではない。


 「……ジャイアントオーク、ですか」


 リオットが忌々しげに呟く。


 ジャイアントオークは基本的に中堅の冒険者達がパーティーを組んでようやく相手が出来るほどのモンスターだ。オーク種の中でも比較的上位の存在であり、ギルドでもかなりの実力を持つリオットですら一対一では勝利は覚束ない。


 ゴブリンとは比較にならない相手。まさしく最悪の状況だ。


 (ゴブリン達が突然現れたのも、新たな強者の存在に巣を追われたからということでしょうね)


 事前に予想できなかった自身の不甲斐なさを呪いながら、リオットはジャイアントオークとの間合いを調節する。


 ――戦うべきか?

 ――退くべきか?


 リオットは背後に居る少女にちらりと視線を向ける。

 冒険譚に自身を重ね合わせてでもいるのだろうか、その表情に恐怖の色は一切無い。


 銀髪の少女の表情に愛する妹の表情が重なる。

 リオットの判断は一瞬だった。


 「アルミロさん、こいつは僕が食い止めますっ。その隙に彼女と撤退して下さいッ!」


 しかしその判断よりも僅かにジャイアントオークの動きのほうが早かった。

 ベテラン冒険者とはいえ、通常ならあり得ない守るべき者――それも素人が背後に居るという状況が生み出した一瞬の隙。


 その僅かな一瞬の隙。しかしリオットたちにとってはそれが致命的な隙となった。

 

 アルミロが駆け出すよりも先に動いたのはジャイアントオークだった。

 ジャイアントオークはその巨木のような腕を横薙ぎに振り払った。

技術も何も無い力任せの一撃。しかしその巨大な質量を伴った、一撃が秘める破壊力と速度はリオットとアルミロを弾き飛ばすには充分な威力をもっていた。


 「グガアァァァァァァァァッッ!!」


 ジャイアントオークが咆哮をあげる。


 リオットは轟音と共に、自身の身体が吹き飛ばされるのを感じた。

 地面に数回叩きつけられ、ようやく身体が停止する。


 「……ぐっ…ぁ…」


 肺の中の酸素が一気に放出され呼吸が乱れる。

 骨を折っていないのが奇跡とも言えるレベルだ。


 「……逃げて、下さい…っ」


 自分でさえこれだけのダメージなのだ。鎧も着ていないあの小柄な少女が耐えられるはずもない。

 遅れてやってくる激痛の中、リオットは震える脚を奮い立たせ尚も立ち上がろうとする。


 霞む視界でリオットは少女の居た、先ほどまで自身が居た方向へと視線を向ける。

 そこで再びリオットを絶望が襲った。


 自分と少女の距離は10m程度だろうか。

 少女はその場から全く動いていなかった。

 いや、本来であれば動いて逃げろと言うほうが無理な話だ。歴戦の冒険者でも恐怖する状況、そんな恐怖をただの少女が押し殺せるはずが無い。


 ジャイアントオークが豪腕を少女に向けて振り下ろそうとするのが視界に入る。リオットは思わず駆け出した。


 先ほどの一撃ですらあの速度なのだ。

 これほどボロボロの体で間に合うはずが無い。


 痛みで後ろ向きになりそうな思考を打ち消し、リオットは疾駆する。


 「……神よ、……僕に力をッ…!」


 数々の修羅場を潜り抜け、今やベテランの域まで達しているリオットが神に祈る。

 それはこの状況がどれだけ絶望的な状況かを示していた。


 しかし無慈悲にもその願いが叶えられる事は無い。


 耳を裂くような咆哮をあげ、ジャイアントオークは拳を固める。


 そしてついに――ジャイアントオークの豪腕が少女に向かって振り下ろされた。




 「…………え?」




 リオットは思わず間抜けな声をあげた。

 あり得ない光景が自身の目の前に広がっていたのだ。


 普通であればジャイアントオークの豪腕が振るわれ、潰された少女の鮮血が地面を染め上げていたはずだった。


 しかし現実はそうではない。


 少女がジャイアントオークの手首を片手で押さえ、その豪腕を受け止めていたのだ。


 「……ばか、な」


 リオットには目の前で起きていることが現実だとはにわかにも信じられない。


 ジャイアントオークは力だけで見れば全モンスターの中でもかなり高い位置に属している。

 その一撃をただの人間が、それも武装もしていない小柄な少女が受け止めることなどあり得るのだろうか。

 いや、そんなことは力自慢の近接職ですら不可能だ。


 「あら、見た目の割に貧弱なのね」


 少女はそう言ってこの場にはそぐわない微笑を浮かべると、そのままジャイアントオークの腕を引きちぎった。


 肉の千切れる音と、噴水のように溢れ出る真っ赤な鮮血。

 そして空気が凍ったような一瞬の沈黙。


 「――グギャアァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」


 肘から先を失ったジャイアントオークが絶叫を上げた。


 「派手にやらないって、体術だけならいいのかしら?」


 少女が頬に付着した返り血を手の甲で拭いながら呟く。


 少女のその余裕は、この森に入った時の楽しげな様子から一切変わっていない。

 しかし、リオットにはその笑みにもはや恐怖と敬意すら感じていた。


 「……グガアァァァァァァァッッ!!」


 ジャイアントオークは腕を押さえながらじりじりと後ずさった。

 異なる種族である人間のリオットにでも分かる。

 ジャイアントオークの表情に浮んでいるのは明らかに”恐怖”だ。


 「静かにして頂戴。五月蝿いのは嫌いなの」


 少女は顔を僅かに顰めると、地面を蹴り上げた。

 ――跳躍。

 その一蹴りで少女の身体は2m以上は余裕であろうかというジャイアントオークの頭部まで到達する。



 ――”パシッ”

 ――”ごぎゅりっ”


 二つの音が響く。


 前者は少女がジャイアントオークの頬に平手打ちをする音。

 後者は平手打ちを受けたジャイアントオークの首が半回転し、骨と骨が擦れ合う音。


 明らかな致命傷だ。


 たった一撃。

 そのたった一撃でジャイアントオークは断末魔をあげることすら許されず絶命した。


 鈍い音と共にジャイアントオークの身体は地面に倒れこむと、砂埃を巻き上げる。


 声を発する者は誰も居ない。

 まるで砂埃を払う少女以外の時が止まったかのようだ。



 「…………あまりにも……桁違いですね」


 やがて、力ない呟きがリオットの口からぽつりと零れ落ちた。


アルミロ君おさぼり回。

彼はセリアの強さを知っているので、オークに吹き飛ばされてからは傍観を決め込んでいます。

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