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年の差

作者: ねこ

私、立花 綾の家の隣に住む片霧さんは有名人だと勝手に思っている。よく贈り物が家に置いてあるからだ。

そんな片霧さんと私は仲が良い。

私の両親は大の仕事好きで、日曜こそ時間を作って帰ってきてくれるものの月曜から土曜日は朝から晩まで仕事だ。

だから私は片霧さんに預けられている。16歳の娘と25、6歳の片霧さんを一緒にするのはどうかと思うけど。

けれど今では感謝したいくらいだ。片霧さんと一緒に生活するようになってから6年。いつの間にか片霧さんが好きになっていた私はドストレートに猛アタック中だ。

片霧さんは見向きもしてくれないけれど。

同級生の女の子に比べたら色気はあると思うのに相手にもしてくれないので、最近は片霧さんは実は同性愛者なのではないかと考え始めるほどだ。


頬杖をついて溜息を吐くと親友の夢が、アーモンドのような大きな目で覗き込んできた。

心配している雰囲気を出しているつもりなんだろうけど、目が雄弁に語っている。


「悩み事?」

「うん」


教室の空気は梅雨のせいでじめじめしていて気持ち悪い。はやく帰って片霧さんと一緒にご飯食べたいな。


「珍しいね。恋煩い?」

「そう。片霧さんのこと」


教室にいた全員の集中が集まる。間の後ひそひそと囁き始めた。

「あの立花さんが?」とか「相手はどんな人なんだろう」とか。

冷血は失礼ではないだろうか。ちょっと容姿が冷たく見えるだけで中身はアクティブなんだけど。

皆話しつつも注意はこちらに向いている。


「ああ!隣のお兄さんの事か」


沈黙にも気づかず考えこんでいた夢が手を打った。


「全く相手にしてくれないの。脈なしだよね」

「そうだね!綾って顔はクールだけど中身はなんちゃってだし」


グーになった右手を左手で諌める。この能天気な笑顔が最高にむかつく。


「そういえば片霧さんって何の仕事しているの?」

「さぁ。聞いたことないな」

「じゃあ聞いてみれば?綾ちゃんが好きな事と関係していたらそこから仲良くなれるかも」


普段はぼけっとしているから忘れそうになるけど、夢は頭だけはいい。

相談するといつも的確なアドバイスをくれる。






「お邪魔します」


一度家に帰って着替えてから片霧さんの家にお邪魔する。私が来ると片霧さんはいつもソファの上で寝ている。

毎回思うけど寝ているのに鍵をかけないのは不用心すぎる。以前注意したけれど片霧さんは面倒だと言って切り捨ててしまった。

昼ご飯に使われた食器を洗っているとようやく片霧さんは目を覚ました。


「今日は何がいいですか?」

「何でもいい」


寝起きの低い声もかっこいいなぁ。緩んだ口元が見えないように用意しておいた返事を急いでする。


「じゃあハンバーグにしますね」


片霧さんが食べ物にこだわらないのは何年も前から知っている。

ただこの低い声が聞きたいから聞いてしまう。面倒くさがらず飽きずに返事をしてくれる片霧さんは優しい。だからより好きになってしまう。

ゆったりした動きでキッチンに来た片霧さんに用意しておいたお茶を渡す。

ありがとうと言われるのも嬉しくてまたばれないように話を振る。


「片霧さんってお仕事なにされてるんですか?」

「言ってなかったか?」


ちょっと驚いたように聞き返される。


「俺は…いや、やめておく」

「わかりました」


そんなに強く聞きたかったわけでもないしいいか。

それに有名なら名前をネットで検索すればすぐにわかるだろうし。





「片霧さん、おいしいですか?」

「ああ」

「惚れちゃいそうですか?」

「それはない」


冗談でもいいから頷いてほしい。最近本格的に諦めなければならないのかもしれないと思っている私にとっては結構突き刺さるものがある。


「今まで聞いていなかったんですけど…お子さんがいらっしゃるとか?大丈夫です。私育ててみせます!」

「馬鹿か」


溜め息を吐いて箸を置く。今日はあまり美味しくなかったかな?


「彼氏はいないのか?」


初めての反撃にご飯を喉に詰まらせそうになりながら答える。


「まさか」

「気になる男は?」

「いませんよ」

「…友達は」

「いますよ。親友も」


片霧さんはもういいのかまた黙々とハンバーグを口に運び始めた。


「もしかして嫉妬してくれたんですか?」

「寝言は寝て言え」


ですよね。


「そういえば今日学校の放送でとてもいい曲が流れたんですよ」

「よかったな」

「『春の夜に』という曲で確か古田刈 伊都という人が作詞作曲されたそうなんです」


片霧さんが咳き込んだ。いそいで味噌汁を飲んだからだろう。


「大丈夫ですか?」

「ああ」


落ち着いたのを見計らって続ける。


「今日は古田刈さんの特集だったんですけど、メロディーがとても綺麗で好きになってしまいました」


再び咳き込んだ。緩んでいた頬を引き締めて声をかけると大丈夫だと言われた。

本当に大丈夫なんだろうか。怪しい。

けれど何も言わないのでまた続ける。


「古田刈さんは41歳の男性という事しかわかっていないので、謎に包まれているんです。なんだか恰好いいですよね。それに若々しい曲で耳に馴染みやすいですし。すごいですよね」


片霧さんが突然立ち上がった。


「悪い。仕事が残っているのを思い出した。後で食べるから残しておいてくれ」


いつもはほとんど変わらない表情が崩れた気がした。よく見えなかったけど、体調が良くないのかもしれない。明日は健康的なものにすると決めた。

片霧さんのご飯をラップして私の食器を片づけて家に帰った。






土曜日は朝ご飯を片霧さんと食べて片霧さんと私の家を掃除する。人数が少ないのであまり汚れないからすぐに掃除は終わる。我が家の洗濯物を干すとちょうどお昼なのでご飯を作る。

一緒に食べて家に戻るともう晩ご飯までは、自分の部屋でベッドに寝転がって漫画を読むことくらいしかない。

私の部屋と片霧さんの家の窓とは1mもないくらいで、カーテンが開いていれば中を見ることができるけれど残念ながら隣は物置部屋で面白いものは何もない。


外が暗くなった。雲行きが怪しいし洗濯物を取り込もうかな。漫画を置いて立ち上がるとインターフォンの音が聞こえた。我が家ではなく片霧さんの家だ。

無視しようと思ったけど何度鳴らしても出ないみたいだ。

仕方ない。




片霧さんの家の前にはスーツをきた20代前半くらいのお兄さんがいた。


「片霧さんにご用ですか?」

「え、はい。そうです」


突然の私の登場に驚いたようだ。


「私は隣の家の者です。あなたは?」

「こ、片霧さんの仕事関係の者で木本です」

「そうですか。少し待っていてください。片霧さん呼んできますね」


相変わらず開けっ放しの扉を開けて中に入る。

片霧さんの仕事部屋は二階にある。中には入ったことも見たこともない。


「片霧さん、木本さんがいらっしゃってますよ」

「もうすぐできるから家の中で待っていてくれと伝えてくれないか」

「わかりました」


客間に木本さんを通してお茶とお菓子を出し向かいに私も座る。


「すみません。申し遅れましたが立花です」

「立花さんですね。わざわざありがとうございます」

「いえ、好きでやっていることなので」


木本さんは不思議なものを見たような顔をした。


「片霧さんが健康でいられるのは立花さんがお世話してくれているおかげですね。でも忙しくありませんか?高校生ですよね」

「大変ですけど楽しいですよ。片霧さんと話せますし」

「片霧さんは罪作りな人だな。こんな若い女の子を好きにさせちゃうなんて。結婚したら25歳差くらいになるでしょう」


25歳?せいぜい10歳じゃ?


「え?あれ、片霧さんて」

「ああ、すごく若く見えますよね。僕も初めて見たときは25歳くらいだと思って、かなり怒られましたよ」


あははと笑う木本さんの声が遠い。

外では雲がとうとう耐え切れなくなって雨粒を落とし始めた。雷が機嫌が悪そうに喉を鳴らしている。


「すみません。洗濯物取り込んできますね」


声は震えていないだろうか。顔が見えないように頭を下げて逃げた。





家の鍵を閉めて走って自分の部屋に飛び込んだ。雷が鳴って怖くて部屋の隅で毛布に包まる。クッションを顔に当てて涙を堪える。

最悪だ。最悪だ。

私があと10年でも早く生まれていたら可能性はあったかもしれないのに。

片霧さんが私を好きになってくれるはずがないんだ。25歳も年下の小娘なんて眼中にないに決まってる。

娘の年くらいの子供がぎゃーぎゃー騒いだって、耳障りなだけだ。

それに万が一私を好きでいてくれても、片霧さんは私の為だと言ってきっと付き合ってくれない。

まだ10歳差なら可能性があったかもしれないのに。もっと早く生まれたかった。

明日からどうすればいいんだろう。


突然態度を変えたら不審に思われるだろうか。離れるべきなんだろう。

でもずっと一緒にいたい。

でもこのままずっと一緒にいたらきっと諦められない。


私は馬鹿だ。もっと早くに気付くべきだった。

年齢にしては落ち着いた言動だった。やけに渋いものが好きだった。自分の家を持っている。他にもたくさんあった。

6年も片思いしていて気づかないなんて本当に馬鹿だ。



インターフォンが鳴っている。今度は私の家のものだ。

きっと片霧さんだ。でも出られるわけがない。無視を決め込むとしばらくして鳴りやんだ。

ほっと一息吐いたのもつかの間、雷が鳴って縮こまる。

怖いけど片霧さんには頼れない。これからは一人で頑張らなきゃだめなんだ。



突然窓が開いた。振り向かなくてもわかる。片霧さんだ。

鍵をかけておけばよかったと後悔してももう遅かった。

雷の音に体を大きく揺らすと大きな手が頭の上に置かれた。温もりが伝わってきて安心してしまう。


「大丈夫か」


答えられなくてクッションに顔を埋める。


「危ないので、もう窓から入ってこないでください」


時間をかけてようやく絞り出した声はおかしいくらい震えていた。


「木本から、全部聞いた。騙すようなことして悪かった」


ゆるゆると頭を振る。


「引っ越すことにしたからもう忘れてくれ」


離れていく手を思わず掴んだ。


「行かないでください!」


片霧さんは驚いて声も出ないみたいだった。目を大きく見開いて、ああ、初めて見る顔だと思った。


「お願いします。今まで通りお世話しますから。隣に置いてもらうだけでいいんです。だから、お願いします。いかないで」


耐え切れずに涙を流す。駄目だ。こんな。彼女でもないのに。



「…それでいいのか。隣にいるだけで」


何度も何度も頭を振る。いかないでください。あなたしかいないんです。


「俺が41歳のおっさんでもいいのか」

「片霧さんが好きなんです」


ふわりと懐かしい香りがして片霧さんの腕に包まれる。


「お前はずっと諦めてくれないから、どうすればいいのかわからなかった。25歳も差があるし誰も手放しで歓迎はしてくれないことはわかってる。それに、俺の事を男としてではなく父親として好きなのかもしれないとも思っていた」

「そんなわけ、」

「わかってる。本当にいいんだな。俺で」

「片霧さんじゃないと駄目なんです」


頭の上で息を吐いて笑ったのがわかった。肩に手を置かれて目を合わせられる。

真剣な目で真っ直ぐ射抜くように見つめられて、この目も好きだということを思い出した。


「綾、好きだ。付き合ってくれ」

「はい!」


思いっきり抱きつくと強く抱きしめ返されて嬉しくてまた泣いてしまった。

いつの間にか雨は止んで晴れていた。






「そういえば、結局片霧さんのお仕事って何なんですか?」


片霧さんの家の物置を片霧さんと掃除しながら言ってみると、呆れた声を出された。


「まだ気付いていなかったのか」

「『まだ』ってそんなにヒントもらってないじゃないですか」


長い溜息を吐かれた後、仕事部屋に連れていかれる。

中にはグランドピアノと大量の紙が捨てられ、棚には大量のCDが並べられている。


「すごい汚いですね。ここを片づけてほしいんですか?」

「違うだろ」


片霧さんは棚からファイルを引っ張りだしてきて紙の束を差し出してきた。

それは『春の夜に』と書かれた楽譜だった。


「ま、待ってください。片霧さんが…?」

「そうだ。だから頼むから俺の前で俺の曲の話はしないでくれ」

「わかりました。でも嬉しいなぁ。好きな人が同じ人だったなんて。やっぱり私たち運命ですね」


楽譜を胸に抱えて笑いかけると乱暴に頭を撫でられた。

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