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どんな瞬間に捕まえるのか、から捕まえた後どんな処罰にするのか、まで大まかな流れが決まり俺はここを留守にするまで重要な書類を片付けることになった。
そのためいつもよりも慌しく周りが動いている。
そして明日出発することになったとき小柄な台風がやってきた。
「杏さんが悪い奴に嫁ぎそうってほんと?」
ドンッと大きな音を立てて入ってきたのは夏白の妻、百華ちゃんだった。
走ってきたのだろうこの国には珍しい栗色の髪が乱れて頬が赤い。
「いつも言っているが将軍の妻として落ち着きを」
「子忠さん、おはよう」
「あ、ああ」
子忠の小言をかわし俺に詰め寄る。
取りあえず彼女にどうやって伝わったのか・・・いや、一人しかいないんだけど。
そしてその本人が今到着したみたいだ。
「百華、あれだけ走るなと」
「夏白さんは黙って」
「はい」
相変わらず尻に敷かれてるなぁっと他人事のように思うが今は殴りかかりそうな勢いで問い詰めている彼女をどうにかするほうが先決かもしれない。
「話すから場所を変えていい?」
「はい、お願いします」
まっすぐな瞳には心配していることを表していた。
「・・・・と言うわけ」
館から離れた場所でお茶を飲みながら今回のことを話した。
もちろん重要事項ははぐらかしたり省いたりして、だが。
でもこの子は鋭いからすぐに見当は付いているだろう。
「取りあえず子忠さんに女の子の夢を壊すことを言わないでくださいとでも言うべきでしょうか」
「それはちょっとね、申し訳ないと思ってるよ。
ただ今回に関しては人数が大きいためこの機会を使わせてもらうことになった」
「杏さんがようやく結婚すると思ったのに」
残念そうに言う彼女に違和感を覚える。
「杏が結婚したら前みたいに簡単に会えなくなるんだよ?
百華ちゃんは夏白が甘いからあっちこっち行っているけど本来ならばこんな風に来ることさえ出来ない」
「今だからこそ言いますけど杏さんが陽明さんのこと好きなの知ってますよね」
何故そんな話が出るのか驚きだが彼女の瞳は本気だった。
確信を持っている響き。
ああ、やっぱりこの子は鋭い。
「そしてそれを陽明さんは利用してた」
「利用、とまではいかないけど知ってたのは認める。
だいたい恋心を利用していたのは杏自身だけど」
「じゃあ今回のことが終わったら杏さんを解放してください。
じゃないと杏さんが幸せにならない」
大粒の涙をポロポロと流しながら話を始めた。
いやもう叫びに近かった。
「杏が陽明さんに勧めるお菓子、全部甘みが少ないって知ってます?
櫛や小物などもあなたの彼女さん達の好みを把握した上で選んでいるのも、あなたが貧乳だ、幼児体型だ言ってるからもの凄い気にしてるのも。
もういいでしょ。
前に杏さんのこと隣にいて当たり前みたいなこと言ってたよね。
それっていつまで続くの?
杏さんいつまで苦しまないといけないの?」
彼女はスウッと息を吸った。
目にはまだ大粒の涙が溜まっている。
「ごめんなさい、酷いこと言った。
だいたい杏さんも杏さんもだよ。
さっさと告って飛ばされてしまえば良かったのにずるずると信頼出来る部下がどうなの裏切れないだの言ってるから」
「ちょっと待って」
「なんですか?」
「なんで俺が告白しただけで杏を左遷するんだ」
思ったことを口にすると真っ赤な目で睨まれた。
顔には何言ってんだこいつ、とでも書いているんではなかろうか・・・・
それでも心外じゃないか。
確かに女性関係を仕事に持ち込まないことにはしているが恋愛感情があるからといって杏を左遷する訳ないし、そもそも・・・あ、れ?
俺は矛盾に気づいた。
女性関係、もとい女性との恋愛関係を徹底するなら感情も排除しなければならない。
それはあの時から決めたことだし今でも変わっていない。
でも杏の感情を認めてる時点で既に持ち込んでいることになる。
「杏さんがいなくなると仕事が滞ることはありませんよね。
あなたの信頼だけで存在する人だから。
ならどうして手放さないんですか?
もしかして“手放せ”ないんですか?」
「百華ちゃん?」
「失礼します」
翻すように去った彼女の後ろ姿を見送った後俺は彼女の言葉がグルグルと回っていた。
手放せない、ね。
あの後ぼんやりと立ちすくんでいて子忠に見つかり仕事に連れ戻された。
仕事に没頭している間はいいがふとしたときに杏のことを思い出し、何やってるんだと思いおこす。
トントン
「今大丈夫か?」
「ああ、後はそこにある束に印を押せば終わる」
「そうか・・・今日は悪かった。
百華が突っ走るから業務に支障が出たとさっき子忠に言われたよ」
「アイツがせっかちなんだよ。
気にすんな」
「すまない」
肩をすくめ苦笑いをする。
「百華ちゃんはどうしてる?」
「もう帰らせたよ。他の奴らの邪魔になる。
ふてくしながら帰って行ったから何か埋め合わせしなきゃな」
「相変わらずアツいね~。最初の頃が懐かしいよ」
含み笑いをすると何を思い出したのか照れた顔をした。
「それよりも杏の話かなり出回ってるな」
「いつの間に」
「高里が今日お前のところの人事に口出しした。そこから流れ始めた」
やっぱりあいつか。
取りあえずその文書を取り潰すか上の上に働きかけて圧力かけるかするか。
「それにしても杏の結婚話が出てから誰が杏を落とすのかという噂も流れてるな」
「なんだそれ」
「杏の話で各勢力のトップが動くもんだからかなり大騒ぎになっている。
一番多いのはお前、高里、子忠」
「子忠はないだろ。
名家の利益もあるし、あいつ自身少しは杏を認めているところもあるがそりが合わないって前に言ってたが」
「いや、案外仲がいいぞ。
昼食もよく一緒に食べているところを見るし。
ああ、そういえば前に百華が杏にお菓子をもらったとき隣に子忠がいたらしいから」
「はぁ?!」
あの頭がちがちの堅物が仕事以外で杏といるところが分からないんだが。
確かに他の部下たちよりも子忠といるほうが長いが・・・
ふと思い出すあの時。
子忠は監査を自分が行きたいと言った。
その後俺が行くと言った時あいつは・・・・苦々しい顔をしていた。
俺がここを離れることを不快に思ったんじゃない。
あいつが杏を助けたかったんだ――――――好きだから。
「あいつ杏のこと好きなのか」
「ん?好きかどうかは分からんが他の奴と比べるといい感じじゃないか?」
「・・・・・・そうか」
鈍い夏白が言うならば本当なんだろう。
確かに子忠は生真面目で仕事人間だが名家出身で性格上他の女に行くこともないしこれからも出世するだろう。
杏の結婚相手にはふさわしいだろう。
・・・・・・・・・・俺は杏が子忠の隣で笑っているところを見ることが出来るか?
ああ、今日の百華ちゃんの言葉が分かった。
確かに手放さなかったんじゃなくて手放せなかったんだ。
杏の恋心を利用して、時には権力を利用して俺から離れないようにしていた。
さて、どうするか。
気づいた今、本当の意味で杏を手放すことができなくなってしまった。
というより俺は案外嫉妬深いらしい。
「どうした、陽明?」
「夏白、なんだか花嫁を奪いにいく気分だ」
「は?」
さて杏と一緒に帰ってくる前に俺から離られないように、誰にも奪われないように、鎖を用意しないと。
きらきら光る星空を見てため息をつく花嫁はこのとき知らなかった。
自分が諦めていた初恋の相手によって周りを固められていることを。
式当日まさか掻っ攫われた挙句純潔をささげる羽目になることを。
そして未来の旦那様が意外に嫉妬深くそれに悩まされることも。
知っていたのは案外、
「気づくかな、陽明さん」
彼に友人の妻になった異国から来た女性かもしれない。