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優秀でも有能でもないけど一番信頼できる部下。
恋愛対象外だけど俺の隣にいて当たり前な女の子。
それが彼女、超杏に対する俺の中での存在地位だった。
彼女が結婚すると聞くまでは。
「あの杏が結婚?!なんでまた・・・」
俺の同期であり幼い頃からの友人から聞かされた内容は多分今年一番の驚く話だった。
杏が珍しく長期休暇を取るものだからてっきり実家で何かあったんだろと思っていたらまさかの見合い、しかも既に結婚する気満々。
有り得ないと言うかあの体で男を満足させられるのか心配なんだけど。
あの胸のなさ、あの幼児体型。
多分見た瞬間幻滅、お断りだろう。
よし、帰って来たらこのネタでいじってやろう。
ほそくそと企む俺に友人はため息をつきながら否定した。
「杏の話だともう結婚は決定なんだと。
なんでも実家の事業が失敗したらしく多額の融資が必要でその出してくれる相手の条件が自分の息子との結婚だそうだ。
お前も杏の後釜探しておいた方がいいぞ」
「は?」
「杏の後釜だよ。話聞いてたか、お前」
怪訝そうに見つめられて不本意だと感じる。
「いや、なんで杏の後釜なんて作る必要があるんだよ。
俺、杏以外手伝わせるつもりないけど」
「何言ってるんだ・・・結婚したら家に入るのは当たり前だろ」
「そっか」
こうやって順調に出世コースを渡っている(しかもかなり早いペースで)のはチャンスが多かっただけではなく杏という信頼出来る部下がいたからだ。
他にも色々といる信頼出来る奴や優秀、有能な奴はいるがやっぱり杏の存在が大きい。
別に特別有能という訳ではない。何か秀でている訳ではない。
でも俺を率先して支えてくれたのは・・・いつだって杏だった。
俺は俺の隣にいない杏を考えることが出来なかった。
いて当たり前で、いないとこうやって落ち着かない気分になる・・・ん?
「なんで杏がいないと落ち着かない気分になるんだ?」
「今度はいきなりなんだ」
「いやこっちの話だ。それにしても杏の実家の事業失敗が気になるんだが?」
「ああ、やっぱりか。俺もおかしいと思うんだ。
収益もそこそこ上げていたところがいきなり赤字になるとは思えない。
もし本当なら裏で何らかの工作が行われているかもしれん。
そっちの管轄だから一旦探りを入れてくれ。
ただの結婚の催促の嘘だと信じているが妙に走り書きなのが気になってな」
「分かったがなんで杏が結婚の催促されないと行けないんだ?実家の方は杏の妹夫婦が継いでいるんだろう。
だいたいお前、人の手紙勝手に見てるのかよ」
「お前、杏がこっちにくるために俺が後見人になったこと忘れてるだろ。
そのつながりで俺の方にもお礼として手紙と贈り物が今でもくるんだ。
それから杏の年齢が適齢期だと忘れているのか。
仕事に熱心になりすぎて音沙汰なしなら親としては催促の一つや二つしたくなるだろ。
ただえさえ文官として働く女は結婚を逃すとも言われているしな」
「そういえば」
「杏もお前みたいなのと一緒じゃなかったらもう少しましな結婚が出来ていたかもしれないのに」
溜め息をわざとらしくつかれイラっとくる。
「それ俺が杏の結婚を邪魔しているみたいだぞ」
「実際そうだろ。四六時中杏に迷惑かけといて何言ってる。
俺に杏の仲を取り持ってほしいという奴らがいたにもかかわらずお前のせいでほとんど潰れてることを知らないからいえるんだ」
「は?」
「お前は知らないかもしれないが自分の地位を自慢することなく周りに優しく気配りも出来るから文官や下級の武官達の中ではモテいるし、腹心と言うことでお前に近づきたいやつには格好の獲物だぞ」
「ほんとか?」
「ああって、すまん、俺はもうそろそろ戻る。
取りあえず杏の実家の件は頼んだ」
慌ただしく出て行った彼を見送りながら呆然としていた。
杏が?の一言である。
なんで男にモテているんだよ。
女性としての魅力的要素はないだろ・・・童顔と低身長が子供に見えていけないことをしている気分になる時は無いわけではないが。
「はぁ」
いつもよりも溜まった仕事が終わりひと息つく。
「杏、お茶・・・」
いつもの口癖のように言って気付く、今日はいない。
いや正確には今日から10日ほど。
しかも結婚を事後報告でした後辞めるので帰って来ても彼女と働けるのは少ない。
帰って来たら結婚したことをからかって、相手はどんな奴か聞いて、お祝いに宴を開いて。
ああ、嫌々だがアイツとその仲間も誘ったほうが杏も喜ぶだろう。
それから・・・・・・・そう頭では杏が喜ぶことを考える。
でも気持ちはのらない。
杏がいつの間にか他の男に取られてしまったから。
大人に玩具を取られた子供かと笑ってしまう。
杏の人生だから何も言う権利はないのと俺はもっと上に立つ為に現在16になる左大臣の娘を2年後に正妻に娶らなければならない。
そう分かっている、はずなのに。
「何考えているんだ」
後悔している俺がいた。
どんなことがあっても彼女は俺の隣にいることを選択した。
どんなに優遇された条件を提示されても俺といることを望んだ。
“あなたの信頼出来る部下ですから”
その自分に言い聞かせるような言葉の裏側には俺も本来ならば排除しただろう感情が宿っていることは知っていた。
だから彼女は俺を選ぶ、根拠のない自信があった。
「確かに俺を裏切ってはいないな」
だからこんな別れを想像出来なかったんだ。
他人と結婚するという選択を。