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第二章 新約言語の行動様式 2

 まず、してやられた。 

 ネオのゴーストで探り当てた地点には何も無く、結局、何度も、撒かれた。

 二手に分かれて行動しよう、と言った矢先、そいつは私の元のみに姿を現した。

 ずぶずぶ、と先ほどの奇形児が肉体の中に入っていく。

 奇形の胎児を集めて造った肉体。

 それはもはや、おぞましいという生易しい言葉では言い尽くせないほどに異様な姿をしていた。

 女性だった。それも極めて、醜かった。

 彼女が喋るたびに、彼女の口からは蟇蛙や百足などの生き物が溢れ出してくる。さながら魔女の呪いを掛けられた西洋童話の悪女みたいに。

「私の名はコープス・ラヴァー。死体を愛する者さ」

 その気味の悪い彼女の下僕達は、私の周囲を取り囲んでいた。

「目的は何だ?」私は問う。

「それを私に問うのは愚問だと思わない?」コープスは笑う。

「酸素を吸う。食事を取る。排泄をする。たとえば、一般的に人間はそうなの。それが脳に組み込まれた宿命であるかのようにね」

「成る程、もっともな答えだ」

 コープスは嘲笑する。

「まあ、どうでもいいさ」私には興味が無い。

「薔薇バラにしてやるから。バラバラにぐちゃぐちゃに綺麗な薔薇に変えてやるから、かかってきな」

 私の背後に死神の大鎌が現れる。

 私は右手を掲げる。掌から紅い宝石が現れた。

「切り刻んで、その後、粉みじんにしてやるよ。いくぜ」

 コープス・ラヴァーは笑った。笑うと気味の悪い顔がなおも気持ち悪く映る。

「そんなもので私を殺せると思うの?」

 聞く耳は持たない。

 私のダンス・マカーブルの大鎌は風車のように回転して、コープス・ラヴァーの身体を刺身に変えていた。すぱすぱすぱ、と下から上まで分けられていく。

 更に追撃として、私の掌から放出される光弾が切り刻んだ肉片を灰へと変えていく。

「喋っている暇があれば、命乞いでもするんだったな」

 頭の弱い決め台詞を吐いて、私は中指を灰へと立てる。

 それにしても今回はどうにか、楽に倒す事が出来た。

 私はネオを探しに行く。

「お前、インソムニアでしょ? あんたの悪名はそれなりに耳にしているわ」

 耳元で囁き声は聞こえてきた。

「……不死の身体を手に入れたのはお前だけじゃないのよねえ」

 私の首筋には、先ほどコープスが撒き散らした蟲の一匹が張り付いていた。百足だった。

 私の能力の弱点は小回りが殆ど利かない事だ。飛び道具にせよ、鎌にせよ、どうしても大技になってしまう。それゆえに、敵は間合いを詰めれば有利に持っていけると思う事が多いらしく、不死身の肉体を利用しての、自身の身体ごと、敵を鎌で切り刻む、という捨て身の方法もよく使うのだが。

 鎌で自身の肉体事、百足を引き裂こうとしたが、百足はくるり、と回転して、私の肉体傷付ける。背中に激痛が走った。酸のようなものを擦り付けられたらしい。脊髄だった。脊髄に穴を開けられたようで、たまらず私は直立している事が出来ずに地面に倒れる。

「ああっ、畜生!」

 さらに追撃として、百足は私の右手の腱にも忍び寄る。とっさに私はマカーブルの鎌で百足を切り裂く。……その際に自分で自分の手首も切断してしまった。

「ああ、間抜けか私は!」裏返った声で私は悪態を付く。

 最低だ。これで立てない上に、キルリアン・ストリームも撃てない。

 再生にどれ位の時間が掛かるだろうか。脊髄の方はまるで再生する兆しが見えなかった。穴を空けられた時に、消化液か何かでも流し込まれたのかもしれない。

「あたしの身体は、一匹でも分身が生き残っていれば復活出来るのさ。残念だったねえ」

 いつの間にか集まっていた蟲達が私を取り囲みながら、一声に哄笑する。

「仲間は助けに来ないよ。もう一人の方も同じように分身体に囲まれて戦っているからね」

 私は転がっている、己の手首を見る。

「これだけの数を、そんな大降りの鎌一本で相手に出来るのかい?」

 幸運な事に手首はこちら側を向いていた。

 キルリアン・ストリームを私の全身に注ぎ込む。

 何だか、自爆テロリスト、スーサイド・ボマーの気持ちを少しだけ理解したつもりになった。どんな信念を持っていたとしても、爆発する瞬間には、己が嫌になるのかなあ、と。

 威力を多少抑えたつもりなのだが、それでも肉体の損傷は大きい。

 無機物に魔力を縫い込む行為である、アミュレット・コーティングを施した服やアクセサリーを身に付けていなければ、もっとダメージは大きかっただろう。やはり、この能力は威力調整がろくに出来ない。

「……はあ、くう………今のでダメージ量が増えたが。まるで問題は無いな」

 私は左手で取れた右手を握り締める。再生させるためにくっ付けようかとも考えたが、光弾を撃ったときの衝撃で吹き飛ぶだろうから止めた。

「これでしばらくは持つぜ。全滅させてやるからよ」

 私は小さな光弾を連発していく。相変わらず、どうも威力がまちまちだったが、敵の一部を殺傷するには充分な攻撃を打ち込む事は出来た。

 しばらく時間を稼いでいると、ネオがこちらに到着した。

 私の惨状を見て、ネオ嘆息を付く。

 ネオはギター・ケースを開いた。

 中には、先ほども見せてもらった組み立て式の巨大な刃物が入っていた。

 巨大剣。漫画、ベルセルクの主人公が持っているような巨大な長剣は筋骨隆々とした彼の獲物に相応しい。あるいは、FF7のクラウドかな。

「取り敢えず、何度でも刺身になれや。そのたびに切り刻んでやるからよ」

 巨大な大剣はコープス・ラヴァーの右肩から腰まで一刀の元に、切り伏せた。

 剣は回転する。もう一度、コープスの身体を両断した。

 三回、四回、何度も、何度も、切り刻んでいく。

「おい、ネオ。そんなんじゃ、こいつは死なないと思うぜ」

「ああ。“本体”がきっとあるはずだ。本体を探さないと俺達に勝機は無いな」

 ネオはアクアリウムをケースにしまうと、変形した肉体を元に戻す。

「だが、既に本体の居場所は俺のゴースト達が探し出している。見つけるのは時間の問題だな……だが、」

 念には念を入れておこう、とネオは言った。

「再び、女の肉体へと変身して、カロンを使う。これで、ゴーストの量や性能を上げて、発見率を上げさせてもらう」

 再び、ネオの身体が変形していった。



「やはり、お前達二人では荷が重かったらしいな」

 三時間程、コープス相手に苦戦しながら、無駄な体力を削らされ続け、結局、本体を見つけられない事に苛立ち始めていた時の事だ。 

「コープス・ラヴァー。ドーンC級クリミナルだ。こいつは、妊娠中の女の肉体にいる胎児を変形させて、自身の下僕へと変える能力を持っている。被害者の数が無視出来ない人数になってきたので、そろそろドーンも本腰を入れて始末しようと思っていたところだがな、いやしかし、三名足らずで倒せてよかった。二人への報酬は弾むぞ」

 ケガレ、が現れた。

 ケガレは私達二人の司令官だった。

 ケガレは紫紺色をしたローブを頭からすっぽりと被っていた。

 くぐもった声のため、男とも女とも分からない。

 ケガレの袖からは、筋骨たくましい両腕が伸びていた。

 二つの腕は、何か、小さな生き物を握り締めている。

 それは小さな胎児だった。腹がやたらと膨張していた。

「こいつが屍愛好者の本体だ。こいつを潰せば、この女は死ぬ筈……」

 胎児はぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと喚いて、両目を動かしていた。

「君達二人はよく頑張ってくれた。君達がこいつの戦力を大幅に削いでくれたおかげで、私は楽に捕まえる事が出来た。感謝している」

 ケガレはそいつが逃げられないように、固く拳を握り締めていた。

 しかし。

 先ほどから幾度も私達を虚仮にしてきたこいつの事だ。

 このまま、簡単に捕まったままでいるのだろうか?

 胎児は両目をぐるぐる動かして、周囲を伺っている。私は舌打ちをした。

「気を付けろ、ケガレ、そいつはまだ何かを隠し持っている」

 ……忠告するのが遅かった。

 コープスの両目がぐるん、と回転する。そのまま二つの眼球が抜け落ちた、黒い穴の中から、大量の生物が現れた。

 それは白い蟲達だった。コープスは大量の蛆虫を両目から吐き出したのだ。

 蛆達は弾け飛ぶ。ケガレの両手が、どろどろと溶解していく。

 どうも、人体を溶かす分泌液を出しているらしい。

 ケガレの両手は、骨へと変わっていく。

 醜い胎児は、蛆の海の中で嘲笑っていた。

 ケガレのマントが開かれた。

 紫紺のマントの中から、大小、無数の腕が現れる。どれも一対になっていて、十、いや、二十はあるだろうか。

「錬金術によって、このような身体へと変わったが。大抵の者は驚くようだな」

 ひらひら、と風に乗って、ケガレの衣は宙に舞っていった。

 胎児は口から、蟲達を吐き出していく。

大量のカエルや百足達がケガレのマントを覆っていく。

 どろどろと、マントは溶解していく。蛙や蟲達の群れは凄惨な賛美歌を歌っているようだった。ああ、そうだ。これはレクイエムなのだ。地獄へ連れ去る、死者達のミサ。

 断末魔、だった。

 紫紺のマントの中から、両腕の無い小男が現れた。彼は身体中が溶解していて、顔は完全に潰れていた。男はそのまま地面へと落ちていき、ぼきっ、と嫌な音をして絶命した。

 このままだと、コープス・ラヴァーに逃げられる。

 ネオが前に出た。

 この女だけは、俺が全力で殺す、彼はそう告げた。

 大剣を宙で振り回す。

 激しいメロディアスメタルが掻き鳴らされた。

 そして。

 ばちり、と音が弾け飛んだ。

「俺のギター・エッジ『アクアリウム』の本当の能力は」

 剣から放たれる音の音質が完全に変わっていた。

「電気を生み出す事が出来るんだよ」

 ぴり、ぴり、と小さな放電現象が起きた。

 それは、ほんの一秒にも満たない時間帯であったのかもしれない。

 蛙や蟲達の神経系統は麻痺して、四肢を動かせられないようだった。

 コープスの本体も感電してしまい、地面に伏せたまま、起き上がれないようだった。

 私は右手を掲げる。

 全力のキルリアン・ストリームを叩き込んでやった。

 コープス・ラヴァーの本体はぐちゃぐちゃに四散していく。

 ネオは新生児病棟での事をぶつぶつ、と呟き始めた。よほど、ショックだったのだろうか? そういえば、赤ん坊が何人も殺されていた。

けれど、私にはネオほどの感慨は無かった。どうせすぐに忘れるだろう。

 私は紫色のぼろきれの持ち主である小男の死体を見据える。

「また、死なせてしまった」

 多分、これからもこういう光景ばかりを目の当たりにするのだろう。

これは宿命なのだ。

「ヒスイ……」

 ネオは言った。

「止めを刺す必要がある。本当に何処までもしぶとい奴だよ」

 下半身を引き摺っている醜い胎児が、物陰へと向かっていた。

 ネオはゆっくりと近付いていく。

「今度こそ、死んでくれ」ネオはアクアリウムのケースを持ち上げた。

「ま……て、……ネオ……ロギスム…………お前に、伝えたい事がある」

 途切れ途切れ聞こえない声で、血塗れの醜い異形は言った。

伝えたい事か。どうせ、油断を誘うためのものだろう。案の定、ネオも聞く耳などもってはいない。コープスへと重いギター・ケースを振り下ろそうとした。

「……『女皇』からの伝言だ。貴様に会ったら、伝えてくれと……。“アイス・エイジ”にて待つ。帰ってきたら、是非、私の顔を見に来てくれ。だ、そうだ……」

 ネオは露骨に嫌そうな顔をした。

「そういえば、お前は“アイシクル・ナイツ”の一人だったな。取り敢えず、早く死んでくれ」

 ぐしゃあ、とトマトが潰れるような音がした。

 大きなギター・ケースの下半分は、どろりとしたもので濡れていた。

 ネオはギター・ケースを派手に地面に叩き付けた。

「アイシクル・ナイツ……思い出すだけで嫌な奴らだったよ……」

 私はケガレの死体を見ていた。

 彼の溶解した顔に、マントの切れ端を被せる。それ以上の弔い方法を私は思い付かなかった。

 今回も報酬は貰えそうに無い。

 私は深く溜め息を吐いた。いい加減、ドーンなんて実体の無い組織から抜けたい。



 ネオはポケットの中から、鍵を取り出すと、病院地下の駐車場へと向かった。

 ネオは車の一つの鍵を開けると、エンジンを掛ける。

「悪いけど、これから行く場所が出来た。お前との仕事はしばらく出来そうにない」

 ネオはそう言って、私に手を振った。

「”アイス・エイジ”へと向かっているんだな?」私は聞いた。ネオは答えなかった。

「待てよ、相棒になったばかりだろ?」

「ああ。でも、ドーンの仕事とは関係が無い」

 これまでのネオとは変わって、苛立たしげに頭を掻き毟りながら、酷く狼狽していた。

 私は無理矢理、ネオの車へと入る。ドアが閉まる瞬間に、助手席へと転がり込んだのだった。がこん、と背中をしたたか打ち付ける。痛みには慣れているのでまるで気にしない。

 ネオは呆れた顔で私を見ている。

「なあ、覚えておいてくれ。私と共に行動している人間の殆どは死ぬ」

 私は笑顔でネオに人差し指を突きつけて告げた。

 誇張ではない、事実を。

「どうも私は自身の肉体に過信し過ぎている。だから、仲間や協力者を持って戦う事は苦手だ。なので、お前も私と一緒にいれば、すぐに死ぬかもしれん。そういうわけで、宜しく頼む」

 それを聞いて、ネオの顔は何とも微妙な表情になった。

「お前、阿呆か? 入ってきて、いきなり死の宣告をするのか? もっと、他に言う事、あるんじゃないのか?」

「気にするな、だって、もう決まっている事だろ? 私も行くって」

 それよりも、とネオは無言で言う。

 思いっきり、私の両足がネオの膝の上に乗っかかっていた。

 助手席に無理矢理入った後、そのまま体勢を変えていなかったというわけだ。

 早く足をどけろ、とネオは訴えていた。

 私は助手席へと座り直す。

 車はアクセルを踏まれ、地下駐車場を後にする。

「なあ、俺が何で、アイス・エイジへと向かっているのか分かっているのか?」

「どうでもいいし。理由なんて私には関係が無い。ただ、面白そうだ。それだけだ」

「だろうなあ。君の場合」

「そういうこと」

「死ぬかもしれないぜ。というか、そのつもりで俺は行く」

「ああ。じゃあ、私はその光景を見届けに行くよ。お前の死に様を後世へと伝えたいんだ」

「嬉しい事を言ってくれるんだな。是非、そうしてくれ」

 何だか押し売りの友情のようなもの。

「これからもよろしくお願い出来ないかな?」

「そうだな。お前とは何となく、長い付き合いになりそうだ」

 私達はお互いの手を叩き合った。



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