第二章 新約言語の行動様式 1
バーだった。夜はダンス・クラブをやっているらしい。
『ケガレ』からの伝言では。
ここが、今日、私と共同戦線を張る人物との、落ち合い場所だ。
私は適当なカクテルを注文して人を待っていた。
正直、空気が好きになれない。元ひきこもりにはこんな所、長くいられるわけがない。飲むんなら、一人で影背負って飲むのがいいに決まっているのに。私は椅子をギィギィギィギィ揺らしながら注文したアイス・ティーをかき混ぜる。あれ?
なんだ、ダンス・パーティーでも始まるのだろうか。まだ真っ昼間だってのに、ご苦労な事だなあ。昼間でこんなノリなら、夜はどれだけ居心地が悪いんだ?
ああ。なんで私はこんな場所なんかいるんだろ。せっかくの休日なのに。私は大好きなロック・バンドのライブでさえ、群集が怖くて行けない人間なのだぞ。対人恐怖症と群集恐怖症の精神的ミックスジュースなのだぞ。かなり痛い人間だぞと。それに、こういう場所には負が無い。負が無い場所には私の居場所など存在しないのだ。
帰りたい、帰りたい。もう幻聴すら聴こえてきそうな気分だ。
私は気晴らしにアルコール濃度の高い酒をロックで頼んだ。
咽た。当然だ。
氷結やビールばかり飲んでいる私が、いきなり手を出していいものではなかった。
涙目になってきた、ううぅ、キテる。人体改造によって急性アルコール中毒になる事はまず無いが、そもそも味自体を楽しむ事が出来ない。というか、私はアルコールが完全に効かない体質なのだ。いや、体質というよりも人体の構造上、そのように作られているのだ。つまり、私が酒を呑む理由なんて作る必要が無いのだ。だから、純粋に味を楽しむしかない。だが、私は苦いものはどうも苦手だ。
私はそんな感じで悶絶していると。
おまたせ、と後ろから声を掛けられた。
肩まで伸ばした金髪。所々には赤色のメッシュを入れている。どことなく中華民族系とのハーフを思わせる顔立ち。美貌だ。格好いい。唇には二個の顔面ピアスが付けられていた。腕に嵌めた金属性のブレスレットが光輝いている。背中には巨大なギター・ケースを背負っていた。肩にはドラム・バッグ。一見、スタイリッシュなバンドマン風の人物。
そいつは、さわやかな笑みを浮かべていた。
「やあ、君が柏木否睡かい? インソムニアの柏木否睡?」
「ああ」私はそっけなく言う。
「あっはは。私はネオ・ロギスム。“新約言語”のネオ・ロギスム、っていうんだ。勿論、本名は秘密だ。そうだな、外に出ないかい?」
「助かる」
「いやあ、君が嫌そうにしていたからさっ! ここの空気。私はなかなか性に合うんだけどね」
……う~ん。テンションがおかしい。
何だこいつ? 何かかなり怪しいぞ? 新手の宗教勧誘者か何かか?
今から、何らかの説法を説かれるのか? 私は。
「眩しい、お前眩し過ぎ。うざい、キモい。気色が悪い。去ね。いつか殺す」
思った事を全部、言いたい放題言ってやる。これで人間関係が悪くなるかもしれないが、別に知るもんか。どうせ、仕事仲間なんて友人にするつもりはない。
しかし返ってきたのは、やはり眩しいばかりの反応だった。
「やっぱりそう? 私は少し、躁病なんだ。あっははは。いつも多少、はっちゃけて無いと呼吸が停止してしまう。ああ、私の事はネオって呼んでくれ。私はこれで、衝動性も強くてね。買い物依存症でもあるかなあ。ほら、この前、コーヒー・カップを買いに行ったら、コーヒーポットとワイン・パーラーと小型冷蔵庫まで買ってしまったんだ、それほど必要ないのにさ。いやあ、高かったなあ、結構。私のマンションは、狭いからさあ、今、置き場所に困っている」
……知るかよ。聞かれてもいない事を喋りまくるなよ。うぜぇよ。
私はしばし、頭を抱えた。
……………………。
だが、ふいに私は口元を緩める。
「……前言撤回。お前気に入ったよ」
「あはは? そうかい、それはありがとう」
ネオは私の右手を握り締め、激しく腕を上下させると、ウインクをする。
私は、どっか病んでいる奴が大好きなのだ。初対面でこんな言動された日には、好きにならない方がおかしいに決まっている。
まあ、ウザい事には全然変わりはないが。
「ところでさあ、一つ聞きたい事があるんだけどな」
「なんだい?」
「お前さ、性別、どっち?」
ネオはくすりと笑って、そら惚けたような顔をする。
「さあて。どっちでしょう?」
†
気付いたら、私達二人はカラオケ・ボックスで一緒に歌いまくっていた。
なんか、異様に歌の趣味が合った。
「ここのギターの使い方がいいよな。キーの出し方っていうの?」
「所々に入っているノイズもいい味だしてるよなあ」
「煙草は吸うかい?」
「いんや。……ああ、別に煙なら気にしないよ」
「すまないね。ああ、アルコールはどうだい? メニューにさ、スクリュー・ドライバーの下にマムシ酒ってあるんだけれど、笑っちゃうよね」
「仕事前に飲むなよ。アルコールは脳の働きを妨げるぞ。そのただでさえ、左脳が停滞している脳髄で物を考えるのかよ、お前は」
「いや。こう、つねにテンションを上げなければ仕事に差し支えるのさ」
なんか、こいつといると、どんどん自分の口に毒が含まれてくる。
いるんだよな、何言っても気にしない奴って、馬鹿だからだろうか。
「人間消失~♪ 人体蒸発~♪ 人間膨張~♪ 人体暴発~♪」
「畑に撒いたパーツ達~♪ バラバラバラバラ植えられた~♪」
「新宿二丁目の愛しいホモセクシャル~♪ ファッカー! ファッカー! ぶちまけろ! 中身の全てをぶちまけろ!」
「両足に鋏を差し込んで、両耳に硫酸を流し込む~♪ 破滅的自傷~♪」
頭のイカれた歌詞を連発する、カルト系のミュージック。
たまに白目剥きながら、発狂したような声で歌いまくり、いきなり、マイクを床や壁に叩き付けたり、歌いながら床下を這いずり回ったりする私達をたまにサービスに現れる従業員や嫌でもノイズが届く隣室の人間はどう思っているのやら。
いやあ、こいつと私、波長が合う、合う。
四時間後にカラオケ・ボックスを出ると、お互いに爽快感を漂わせながら私達二人は手を叩き合っていた。
「で、今回の仕事なんだけれど。インソムニア」
「うん?」
「“胎内感応奇譚”って分かるかい?」
「…………聞いた事がある」
ある種の信仰でさえある伝説だ。昔、医学が発展していなかった頃、人々の間では、妊婦が頭の中で、強い何かに怯えたり、家畜などに強い思いを馳せたりすると、牛や豚などの家畜の顔をした子供が生まれる。
その起源は極めて古い。旧約聖書の実例にも引用が在る程だ。
「最近の奇病なのだが、それに類似する現象が起きているのだよ。何人もの妊婦が、自分の子供が異形へと変化する夢を見る。そして、それが現実となって、生まれた子供は異形となって生まれ出るんだ」
「なるほど」
「で、患者の入院している病院へ私と一緒に向かって欲しい」
「ところでお前、年齢いくつ?」
「二十三だけれど、それがどうしたんだい?」
「いや、車とか持ってないかって思って。前の上司が移動に使っていたからさ。ベンツだぞ、ベンツ。殺してぇって感じだった。死んだけど」
「車ね。持っていたけれどこの前、廃車にしちゃった」
「ふうん」
「あのね。真夜中の自動車国道で百七十キロ出してたらさ、カーブを曲がりそこなって、こうグシャッ、とね。アルコール度九十度を超える酒で、スピリタスってあるでしょ? あれを炭酸で割ったり、紅茶で割ったり、たまにロックで飲んだりした後に運転したから当然といえば当然なんだけどね」
……う~ん。
……こいつ、馬鹿過ぎる。絶対、こいつの車には乗らねえ。
幾ら、この不死の肉体を持っていたとしても、そこまでダイハードな事をされてしまえば、簡単に死に至るんでは無いか? 私は。
「ナイス、馬鹿」
取り敢えず、褒めてみる事にする。こういう事はもはや、楽しんだ方がまだマシだ。
「私は勿論、無傷だったんだけれど、カローラが潰れたのはショックだったな。車検終わったばかりで塗装も済ませておいたんだけどね」
「それいつだよ」
「昨日」
「…………」
もう笑い転げるしか無かった。
タクシーで私達二人はある場所へと向かった。
う~ん、こんなハイ・テンションの人間は、私の友人には余りいないタイプだ。みんなどっちかっていうと鬱気質だもんなあ。
目的の場所に着いた。
私達は病院の中に入る。
産婦人科は三階だった。
受付に来ると、ネオは何やら名刺を見せる。
「『ドーン』からの使者が来たと、ここの院長に伝えてくれないかな?」
「………………はい……?」
彼女は不可解そうな顔で、私達を値踏みするように見つめる。
「だから、『ドーン』だよ『ドーン』、日本支部、命令が行き渡っているはずだろ? 上層部からさ」
ネオは躍起になってまくし立てる。
「ほら、院長に電話連絡継いでくれよ。今、私が言った事を伝えれば、すぐに取次いでくれるからさ」
看護婦はかなり渋っていた。……いや、明らかに不審者を見る目付きに変わっている。
片やパンク系ゴスロリ。片やハードロック風バンドマン。私達二人の格好も格好なので、訝しがられるのは当然か。
多分、これ以上ここにいたら、変な場所へと電話をかけられかねない。それは不味い、非常に不味い。
私はネオの手を握って、受付から離れる。
「どうもすみませんでした、ツレは昨日の夜、ドンぺリをシャワーのごとく浴びてまだ酔いが醒めて無いようなんです。これから、頭蓋骨にヒビ入れるぐらいブン殴って酔いを醒まさせますから、勘弁してやってください」
「連絡行き渡ってねえじゃねえかっ!」
私は近くの自販機を叩く。軽くケースが割れて、飲料水のサンプルが床に散らばったが、敢えて気にしない事にした。
「どうするんだよ?」
私は苛々しながら、ソファーに腰掛ける。
他の患者達が、私達を訝しげな目で見ていたが、確か、この病院には精神科病棟もあったはずだ。彼らが私達を単なる、分裂気質の人間だと認識してくれれば、この上なく申し分無い。
「面倒臭いから、一号、一号、室内を回って、例の患者を探すってのはどうだい?」
「ああもう、それこそ面倒臭い」
「あははっ、何とかなるって。ほら、なるようになるって誰かが言っていただろ?」
ネオは軽快に笑っている。ちょっとだけ、鼻柱を叩き折りたくなった。
まったく、何で私の周りには、こう、頭の悪い異常人間ばかりが集まるのだ? そういう連中を引き付ける磁力でも放っているのか? 私は。
「……はあ、まあいいや。エレベーターで三階に行こう」
「なあ、どうやって、問題の被害者かどうか調べるんだよ?」
考えていなかったとか言いやがったら、迷わず延髄蹴りを入れてやろう。
頚椎を破壊するぐらいの打撃を与えてやろう。
「それなら大丈夫。私の能力を使わせてもらうよ」
「何だ? 占いでもやるのか?」
三階に着くと、私はネオに毒付いた。
それを聞いて、ネオはにんまりと
「そうだね、その通り。ご名答。名探偵の素質でもあるのかい? 君は。そうだ、君にはまだ、私の能力を言っていなかったね。私の能力は主に二つあり、その中の一つが、」
ネオは指を鳴らした。
「“降霊術”だ」
ネオはエレベーターの隣に貼られている、院内の地図に目をやる。ネオはズボンのポケットから何か糸状のものを取り出して、地図の前にかざした。
「これは“フーチ”という道具だ」
糸の先には菱形の針が結わえられていた。
「簡易的な占い道具ではあるが、この程度の事ならこれで十分だろう」
ネオは口の中で、何かの呪文を唱えている。
何か霧状のようなものが、ネオの周りに漂っていた。それは次第に、フーチの菱形の針へと吸い込まれていく。
柱時計の振り子のように、フーチは左右に揺れ始めた。
ネオはそれを、地図の周りにかざしていく。
三十五号室の所で、振り子は激しく回転した。
「……ここか……」
新生児病棟である。
私達は、その場所へと向かった。
降霊術といったか、おそらく、これがネオの能力の全てではあるまい。あくまでも能力の一端に過ぎないだろう。
ネオの能力、二つあるといったか、残り一つの方もそれなりに気になった。まあ、多分、どうせろくなものでは無いだろうが。
どうやら、一人部屋のようだった。
私達はノックもせずに入る。
中には、白いカーテン越しに、一人の女性がベッドに横たわっていた。
彼女の顔は酷い、憔悴の色を帯びている。
「こんにちは、起きていますか?」
ネオは訊ねる。
「私はとある機関よりお前を診察しに来た」
「聞いています」
何だよ、本人には伝わっているじゃねえか。私は改めて組織のいい加減さにうんざりした。早く、壊れてしまえばいいのに。
「あなたは先日、一人のお子さんをご出産なさいましたね。おめでとうございます」
「……私の、子じゃないわ」
「そうですか。別に、我々としてはあなたの感想はどうでもいいのです。重要なのは、あなたはとある妄想に取り付かれ、その妄想が生まれてきた胎児に影響を与えた、という事実の方が実に問題なのですよ」
「“あれ”なら、未熟児の入れられる部屋にいるはずよ。保育器の中に納められているはず……。ねえ、お願い。今すぐ、出ていって頂戴。貴方達も厄病神にしか思えないのよ。あれの始末は、そちら側で勝手に行ったってかまわないわ」
「まあ、そうですね。そうします」
彼女はカーテンの中ですすり泣き始めた。
私達は母親の部屋を後にする。
本来の病棟からは、少し隔離された場所だった。
一つの保育器が置かれていた。
保育器の中には、奇形としか言い様がない赤ん坊が入れられていた。
思わず、私は口元を押さえていた。
まずは両目。突起物となっており、さながら蛞蝓か蝸牛を彷彿させる。
次に口。
頭部。胴体の倍以上はあるのではないかというほど膨れ上がっている。
胴体。へその緒が触手のように幾つも幾つも生えている。
四肢。それは手足と呼んでいいものだろうか、指の長さはバラバラで、吸盤のような形へと変わっていた。
そして何より奇怪なのは、その皮膚。甲殻類を思わせるような、質感をしていた。しかし、半分溶解しているかのようにどろりどろりと外殻のありとあらゆる隙間から粘液を流している。
そいつはもぞもぞと全身を動かしていた。
「何なんだよこいつは……」
「フリークスだよ。何だ、恐怖を感じているのかい?」
ネオは聞く。
「いや、これを作った奴の脳構造はどうなっているのか、と思ってな」
少し、触れてみる。
ぷしゅ、ぷしゅ、と全身から粘液を垂れ流していた。
「で、こいつはどうするか」
「始末するのか?」
「いや、取り敢えず持ち帰って組織に処理を任せる。私達の独断で処分する事は出来ないよ」
持ち帰るのかよ、勘弁してくれよ。
私は相変わらず、吐き気を覚えながら壁に寄り掛かった。
吐き気。そう、吐き気だ。
何だか、気持ちが悪い。
……まさか、何らかの攻撃を食らってしまったのか?
その生き物は少しずつ、少しずつではあるが、肥大しているように見えた。
「なあ、こいつ。成長している」
そいつは、急激に膨張を始めた。
「ヒスイ、気を付けろ。こいつは体液から何か神経ガスのようなものを出しているぞ。それが気化してここら一体を覆い始めている」
ネオは喉元を押さえる。
「私に大抵の毒は効かない。代謝機能で排出してしまうからな。多分、酸だ。気化した酸が体内に入って、内部で炎症を起こし始めているんだ。……だから、気持ち悪い……」
胎児の身体がびきびき、と変形していく。身体から牙のようなものが生えてきた。
……喰われる。そう感じた。
私は咄嗟に右手を掲げて、能力を発動させる。
部屋のみを破壊するだけのキルリアン・ストリームをそいつに向けて、放った。
ぶっちゃけ言えば、加減がうまく出来ずに、病室の窓や壁もぶち抜いてしまったのだが、一般人の被害者は特に出ていないようだった。
わざわざ、この場所を隔離してくれた病院側の配慮に感謝する。
「なあ、ネオ。最悪だ」私は告げる。
「キルリアン・ストリームを放つ前に逃げられてしまった最悪だ」
どうしようもない失態だった。
「いや、致命傷は負った筈だ。直撃は避けられたとはいえ、完全には避けていなかったよ」
「とにかく、探し出そう」私は舌打ちする。
悲鳴が聞こえた。
方角は、新生児病棟の正規の保育室。
近付くにつれて、嫌な音ばかりが耳に入った。
ネオは唇を噛み締める。
私は頭を抱えた。
床には看護婦の死体が二つ程、転がっていた。彼女達の身体は所々、どろどろと溶解していた。
そして。
その肉塊は先ほどよりも、肥大化していた。
「お、お、こ、こいつ。何て事を……」ネオは怒りを抑えきれないようだった。
赤ん坊だった。まだ、生まれたばかりの者達だった。
肉塊は、部屋中の赤ん坊を食べ尽していた。
痛ましい、な。ネオは呟いた。私は何も言わなかった。
……一般人並の感覚で情に流されるわけにはいかなかった。私は至って、何にも感じない振りをした。
「ヒスイ、お前は後ろに下がっていろ。こいつは何が何でも、私が始末する」
ネオは床に唾を吐き捨てた。明らかに怒りを露にしていた。
そして、肩に担いでいたギター・ケースを地面に下ろす。
中からは、巨大な剣が現れた。
「こいつの名はギター・エッジ『アクアリウム』だ。お前のようなゲスを叩ききるための処刑道具だ。存在しない神にでも祈るんだな」
ごきり。
彼の右腕が膨張した。身体中の骨格も太くなっていく。
ネオの肉体が変形していく。
筋骨逞しい身体、精悍な顔立ち。
そう、胸板の厚い男性の姿へと変わっていた。
ふむ、ずっと性別不明だったのだが、男だったのか。こいつ。
大剣を振り回すたびに、音が何度も反響していく。
音楽だった。確かに、音楽が聴こえた。
大剣の中で、音楽が演奏されていた。
それと同時に、彼の肉体は加速し、斬撃の威力が上がっているようだった。身体機能も明らかに上昇している。血管が脈打ち、全身から浮き出ていた。
怪物の肉体は彼の斬撃によって叩き潰されていく。
途中、粘液を吐き出しながら、ネオを牽制していたが、彼はそれを難なくかわして、剣を振るい始めた。音楽は鳴り止まない。最初はロックポップスだったものが、いまや激しいラウドパンクへと変貌していっている。
ついに、ネオの音楽はグロテスクな魔物を頭部だけの姿にしてしまった。
頭部だけになった怪物は、最後の抵抗を試み始めた。
顔全体から粘液を噴出し始める。
それに気付いて、私も加勢しようとフィロソフィア・ストーンを掲げたが、この位置だと確実にネオにも命中する。別にそれでも一向に構わなかったが、後で揉めるのも面倒なので止めにする。
粘液の壁がネオを包んだ。勿論、彼はそれを物ともせず、簡単に避けた。
だが。その隙を突いて、怪物は窓を破って、外へと出る。
敵は窓の向こう、何処へと消えた。
「屋上に向かっているようだ。先ほど、探索用のゴーストを憑けておいた」
ネオは冷静な口調に戻って、そう言った。
私達は屋上へと向かう。階段を登るのがもどかしいので、民間人が見ていないのを確認すると、私のスキゾ・フレニアで屋上へと上がった。
「止めを刺すのは待て。ヒスイ」
めきめき、と彼の身体が変形していく。
「ゴースト・トランペット『カロン』だ。これで、敵の本体を探し出す」
彼は肩に背負ったドラム・バッグを下ろす。
中から、白い衣を纏った幽霊達の装飾が施された大きなトランペットが現れた。
彼はそれを吹き始める。
すると、彼の厚い胸板は曲線状に膨らみ始めた。
彼の全身は丸みを帯びていった。
筋肉質な身体はスレンダーなボディになっていく。
シャープな顎に対して、頬はふっくらと膨れている。
美貌なのだが、どこか尖った印象を受けた。
どこか、妖艶さすらあった。
何と、彼の身体は彼女へ。
ネオ・ロギスムは男から女へと変身していた。
私はぽかん、と口を開く。
「お前の性別、って結局、どっちなの?」
「よく聞いてくれた」
彼女は嬉しそうに言う。
「私……俺は、両性具有。半陰陽。つまり、アンドロギュノスなんだ。能力によって、片方の性別に完全に性転換出来るんだ。男性時は“音”。女性時は“ゴースト”と呼ばれる精神体の残滓を操る事が出来る」
ほう。面白い肉体をしているんだな。
「普段は両性具有の肉体なんだが。その時は一応、男女時両方の能力が使用出来る。
ただし、ものすごく劣化した能力しか使えない。本来の能力を引き出すためには、完全に性別を変えないと。引き出せないんだ」
「なるほど」
「ゴーストは、敵の本体を完全に突き止めたみたいだ。行くぞ」
私達は八階建ての屋上から、飛び降りた。
†