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第一章 不眠症の憂鬱 2

 中世ヨーロッパのような、地平線の見える高原のような場所に出た。

 勿論、こんな場所は現代日本には存在するはずはなく、別世界の一つである事は明白だった。

「そろそろ、敵の巣窟に入る」

 心してかかれ、と彼は言っている。

 しばらく歩くと、塔のように聳え立つ、岩山があった。

 否、それはもう察そう、建物と形容した方がいいのかもしれない、周りの岩壁から孤立して積み上がっていた。

 崖から生えた木々の枝につかまると、懸垂の容量で、上へ上へとよじ登っていく。

 途中、特に新たな襲撃も無いまま敵の場所へと辿り着いた。

 あの程度の使い魔では私達に傷一つ負わす事が出来ない事に、十分に気付いたのだろう。

 山の上だった。

 樹。巨大な磯巾着のようにうねりながら、大地に根を張っている。

 人。幹の中には、胎児ほどの大きさをした人間が収まっていた。

「ドリアード、とかか? にしては少し邪悪過ぎないか?」

「知らん。とにかく、こいつを始末する事が我々に課せられたミッションだ」

 私は頷く。

 敵の射程に入ったら、蔓の鞭が飛んできた。

 迂闊に近付けない。

「……こいつ、強いぞ」私は少し顔を引き攣らせる。

「…………」Jは黙ったままだ。う~ん。

「左目、潰すんじゃあなかった」

「…………阿呆……」

 奇怪な音声が辺りに響く。

「おおおお、お前らああ。ここここぉにぃ、何しにぃ来たぁあああ」

 うん? こいつ喋れるのか。

 発声は不明瞭だった。元々、声帯器官が発達していないのだろう。

「あ、か、か、か。な、何、しに、来た……?」

「なるほど、元は人間のようだな」

「なんで、あんな姿になってるんだ?」

「おそらく禁断魔法にでも手を出したのだろう。合成獣の作成に失敗したのか。それとも、次元転移にしくじったのか。いずれにせよ、こいつは大量殺人者として指名手配されていたんだ。一思いに、楽にしてやるべきだな」

「ふうん、黒魔術であんな身体になったのか。愁傷様って感じだな」

「自業自得というのではないか?」

「それじゃあ幾らなんでも可哀相だろう。どんな相手にも慈悲の念は必要だぞ」

 Jは懐から数本ものナイフを取り出す。

「何れにせよ、『ドーン』は貴様を始末する事に決定した。潔く、この世から消えてくれ」

「……あ、かか、か、か、……………」

 Jは二、三本のナイフを投げて、敵に牽制を掛けた。

 その何本かは、敵の身体に刺さったが、Jがもう数本のナイフを懐から取り出す瞬間に、敵の方から逆襲の一撃が来た。

 片目の死角からしなやかな鞭が飛んできた。

 私の腹は切り裂かれる。

 私はそのまま崖の下へと転落していった。

 木の一本に背骨が当たり、ようやく私の体は静止する。

「ふう、J一人で大丈夫かな」

 腹の傷を触る。どうやら内臓までは届いてないようだ。

 しかし、落下の最中にどこかの枝にひっかけて、細かい傷は大量に付いている。そういえば足首も少しおかしい。捻挫ぐらいはしたか?

「上までは四、五十メートルってとこか」

 少し休めるな。ゆっくり行くか。

 歩いてみて気付いた。

 肋骨が肺に突き刺さってやがる。

 口からは大量の血が吹き出た。

「うぐぉ、い、痛ぇ。……や、やばい。涙出てきた」

 これは結構、キツイぞ。立っているのがやっとだ。

 しかし、未だに歩行が可能だという事は、それほど大した怪我でもないのかもしれない。

 頂上へ戻ると、Jは敵の植物人間相手にかなり苦戦していた。

 しばらく、私は傍観を決め込む事にする。

 彼の『ハイペリオン』は鏡面を使った能力だ。

 鏡状の物質に魔力を込めて、反射光を弾丸に変えて敵を攻撃する。

 彼はコンパクト状の四角い鏡を取り出す。

 四角の光芒が敵の身体を爆散する。

 木の破片が飛び散った。

 鞭がしなるたびに、彼は跳躍したり、身体を捻ったりしてそれを必死で避けていた。ごくろうさん。

 しばらくの間、彼らの攻防は続いた。Jが放つ鏡の光弾を、ドリアードは全身を変形させて避けながら、蔓による反撃を繰り出していく。

 Jは私に気付くと、怒鳴り散らした。

「そこで黙って見物しているとは何事だっ! 少しはこの私の支援をしてはどうなのだ?」

 はいはい、っと。

 私は崖の上に立ち上がる。

 やばいなあ、やはり無茶な動きは出来そうに無い。早く倒して、傷を治さなければ。

「じゃあな、とっとと死んでくれ」

 私は跳躍して、敵に重い蹴りを入れる。

 人間の部位にクリーン・ヒットして、相手は苦悶の声を上げた。

 瞬間、押し殺すような悲鳴と共に、

 Jの右腕を根っこに摑まれてもがいていた。

 ぐしゅり、と嫌な音が響いた。

 Jの腕が一回転したのだ。

 まるで雑巾でも絞るかのように、彼の腕はくるくると捩れていく。

「ううううああああああああああああっつっっああああ!!!!!」

 彼は叫喚の叫びを上げる。傷口からは剥き出しの骨が幾本も伸びていた。

 だがJはどうにか持ちこたえると、敵の二撃目を避ける。

「だ、大丈夫だ、まだ闘える。……し、しかしクソッ。これ、直せるか?」

「とりあえず、日本の医療機関じゃあ無理じゃねえ?」

 冷静に返答してみた。

 さらにJは右足を摑まれて、腕と同じような末路を辿った。

 私が助けるのも間に合わず、彼には無数の触手が襲い掛かる。

 Jの全身に枝と根が絡み付いた。

 ぼきょりぼきょりと、彼の全身の骨がへし折られる音が聞こえた。

 上半身だけとなった彼が、私の元へと飛んでくる。

 その瞳は何も映してはいなかった。

 私は彼の目蓋を閉じる。

 仕方無いなあ。

「一人で倒すしかないか」

 私の本領は敵軍の殲滅だ。味方がいると、逆に巻き込む怖れがあるので、どうしても加減が必要になる。

 私は片手を掲げた。

 どれ、ミンチにしてやりますか。

 しゅぱん、と枝が唸って、私の横腹を薙ぐ。腹から何か大変なものが撒き散っていたが、それを戻している余裕は無い。

 さらに返し様に精髄を叩き折られた。

 私は堪らず、地面に突っ伏す。

 駄目だ。起き上がれねえ。

 ていうか背中の骨って、結構、重要な器官じゃあなかったっけ? 折られたら不味いんじゃねえ? 止めといわんばかりに、勢いよく敵は棍棒のごとき枝を振り下ろして、私の腰骨を叩き壊した。

 発狂しそうなほどの痛みで、一瞬、意識が途切れる。

 大きな負傷は腹。背骨。腰骨かあ。

うん、どうしよう。これは、普通は、死ぬんじゃあないかな?

 まず、死ぬほど痛いんだもんなあ。

 私は混濁していく意識の中で考える。

 少し、身体が冷えてきた。体温が失われていくのがよく分かる。

 まあ、仮に私が死んだとしても、後を継ぐ奴が現れるだろうけど。

 敵はどうやら満足したようで、勝利の笑みを讃えていた。

 まあいいか、なんか面倒臭いし。少し、休もう。

 ていうか眠ろう。なんか疲れたし。

 ぼんやりとした意識の中で視界に映ったのは、Jがべちゃりくちゃりと音を立てて食べられている光景だった。ドリアードの幹の一部が裂けて巨大な口へと変わっている。牙の生えた乱杭歯によって、Jは血も肉も骨も彼の餌になっていた。こりこりこりこり骨は齧られ、ぐちゅぐちゅと肉がもがれて胃の中に収まっていく。うとうと私は途切れていく思考の中でただただ、その光景を眺めていた。私は眠る。目蓋を閉じて視界を消した。

 音だけが残っている。

 Jの死骸を食い終えると、植物人間は私の元へと向かってきた。

 あ、そうか次は私の番か。仕方ねえなあ。

 ドリアードは大きな口を開けて私を飲み込もうとしたのだが、私はすぐに立ち上がって、ドリアードの人間部位に廻し蹴りを入れた。

 彼は驚いたように口をぱくぱく上下させていたが、私は構わず、追撃として彼の下顎にアッパー・カットを入れてやった。

「『ダンス・マカーブル』。死の舞踏を躍りな」

 しゅう、しゅう。

 辺り一体を私の身体から出て来た煙が覆った。

 煙はやがて、人の形へと変わっていく。

 ドリアードの背後には、煙で形成された鎧姿の騎士が現れていた。

 瘴気を発しながら、騎士は敵の枝や根っこを片端から切り落す。

 私は屈伸運動をしてみた。どうやら骨はある程度、くっ付いているようだった。十分、休んだのはかなりの回復に繋がったみたいだ。

 私は顔に巻いた包帯を投げ捨てた。

 左目はとうの昔に再生していた。

 やはり、両の眼で見る視界の方がいい。

「ん? どうした? 何か不思議そうな顔をして」

 ふふっ。くくっ。

 楽しいな。毎回毎回、敵の驚いた顔を見るのは至極楽しいな。

 私は両の目蓋をぱちくりさせながら、

「ああ? そいつの事か? そいつはダンス・マカーブルっていう、私の相棒だ。普段は私の肩に刺青として収まっている」

 マカーブルは、ざくりざくりとドリアードの全身をメッタ刺しに切り刻んでいく。

 蔓を伸ばせば蔓を落とし、根を這わせれば、根を叩き切っていた。

「そうそう、私の肉体は“普通”じゃあ無いのだよ」

 マカーブルは彼の枝と根っこを全て、切り落していた。

「私の名は、インソムニアの柏木否睡。

眠りを殺した、不死身の肉体を持つ者だ」

 私は右腕を掲げる。

 掌からは赤色の石が浮き上がってきた。

 属にいう賢者の石。フィロソフィア・ストーンだ。

「じゃあな。肉塊になりやがれ、魔術『キルリアン・ストリーム』」

 一面に閃光が迸った。

「ははっ、あははははははっ。あははっ、死ねよ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!!!!!!!!!!!!」

 私はフィロソフィア・ストーンからストリームの脈動を照射する。

 植物繊維が弾けて撒き散っていく。

 後には。

 赤透明の殻に閉じこもった人間部位だけが残っていた。

 何か咄嗟に、呪文でも紡いだのか、今の乱撃で即死だけは避けられたらしい。

 私は殻を易々と叩き割った。

「う~ん、お前を救う義理は無いが恒例ではあるしな。まあ、なんだ。一応、喰らっといてやるよ」

私は彼を持ち上げて吊り下げる。

「『スキゾ・フレニア・フォリ・ア・ドゥ』」

 私の身体に描かれた魔方円から白骨の竜の頭が現れた。

「お前らのような存在は、大抵どこか“狂っているよなあ”」

 私は愉悦の笑みを浮かべる。

 そいつは、ドリアードの身体に触れて、何かを吸い取っていく。

「こいつは他者の“狂気”を喰らうんだ。病んでいる部分、って言った方がいいのかな? あくまで、薄れさせるだけだが。効果は絶大だぞ。下手な薬剤よりもよっぽど聞くね。しかも副作用ゼロ。カウンセラー完全に顔負けだよ。まっ、その代償として私はその狂気の一部を自分の中に流し込む事になるのだけどな」

 今の私は、歪な笑みを浮かべているのだと思う。

「……なんだ、お前も軽度ノイローゼか。鬱やPTSDと同じぐらい、よく出会うぞ? 美味くもない。どうせなら、もっと病んだモノを、もっと壊れた病巣をいつか喰ってみたいなあ」

 私はそいつを、勢いよく放り投げる。

 そして、右腕を構えて勢いよく爆撃した。

 血肉が飛び散って、夜の空に四散していった。

「ん、任務完了」

 私は崖を飛び降りる。

 眼下には、飴色の大地が広がる。

 うふふ。このままだと、ぐちゃりと挽き肉だな。再生するのに、多少、手間暇がかかりそうだ。それに、ちょっと痛そうだぞ。

 私は首筋の刺青に命令を下した。

「出て来い、『スキゾ・フレニア』」

 私の全身が光り輝き、目の前には巨大な怪物が現れる。

 所々が苔むして朽ちた肢体。

 三つ首のドラゴンゾンビが翼を広げて、私を乗せる。まあ、ドラゴンといっても、どちらかというとワイバーンに近い形態だ。飛竜ってヤツだ。

「このまま、夜が明ける前に帰って、一眠りするかねえ」

 東を見れば、オレンジ色の朝日が昇り始めていた。

 どうしよう、寝る暇ないぞ、自分。学校、行きたくねえ。

 ううぅ……。ふぁっく。ゆ~、って感じだ畜生。

「まあ、栄養を大量に摂取すればなんとかなるかな」

 今日も大量に血を失い過ぎたなあ。

 学校で居眠りするしかないか。あ~あ、今日の数学の授業は聞いておきたかったんだけどなあ。

 コンビニで適当な食べ物を買って、腹を満たさないとな。

 Jとのいつもの落ち合い場所には、彼の代わりに奇妙な人物が佇んでいた。紫の衣から、筋肉質の両腕だけを出した小男だった。

「ジェイナスはどうした?」

 奴は本名をジェイナスと言うらしい。

「死んだ」

 単刀直入に告げた。

 彼は何の感慨も無さそうに、そうか、と呟く。

「それでは、今日からは私が君に指令を下そう」

 私はJの遺品であるナイフを彼に渡す。

「まあ、それを墓にでも埋めてくれや」

 そうか、と彼は何の感慨もなさそうに呟いた。

「仕方無い。貴様にはこれから、別の人物と一緒に任務を共にしてもらおうか。その人物が、次回から貴様の上司兼相棒に当たる」

「了解、でそいつの名はなんていうよ」

「“新約言語”と呼ばれている。詳しい詳細は本人から聞け」

 私は軽く、欠伸をする。

 新しい相棒の名前など、どうでもよかった。

 どうせ、仕事上の付き合いだ。それに、いつどちらかが死ぬか分からない。私にはどうでもよかった。

「これが今回の報酬だ」

 私は彼から小切手を受け取る。

 だが私はそれを破り捨てた。

「人死が出たら、受け取らない事にしてるんだ。これ、私のポリシーね」

 小男は珍しそうなものでも見るような視線を浴びせる。もっとも、衣越しなので、本当はどんな顔をしているか分からないが。

「意外に引きずるタイプの人間なんだな」

「そうでもないぞ。Jの顔とか、もう忘れたし」

「…………」

 私は苦笑いを浮かべる。

「それに十分、楽しめたからいいや。金の使い方も思いつかないしね。そうだなあ、……肉体を新たにカスタマイズしようか、とも考えたけれど、これ以上人間離れしてもね……。友人達に合わせる顔がないしな。別に、私は車も家も欲しくは無いからね。ああ、本代と服代は別だ。でも、本読むための賃金や服着るための賃金は前回や前々回とかで、余って腐るほど貰ったから、金に執着とかないな」

「そんなに、使うものは無いのか?」

「どうせ、明日死ぬかもしれないだろ? だから、余計な財産なんて、興味無いね」

 紫紺の衣を身に付けた男は、抑揚の無い声で言った。

「退廃的な考えは関心せんが」

「まあ、どうでもいいじゃん。所詮、生きている間にする事なんて、すべて、死ぬまでの暇潰しだし」

 どうせ生きる事なんて、死ぬまでの暇潰しなんだし。ああ、いい言葉だ。

「ああ、そうそう。お前、なんて名だ。一応、覚えておくよ」

 小男は、少しだけ声のトーンを上げて言った。

「“ケガレ”。そう呼んでくれ」

「ふうん。ケガレ、それじゃあな」

 私は彼に手を振ると。自宅のアパートへと戻る事にした。

 アパートで手早くシャワーと着替えを済まして学校へと向かう。

 早く新陳代謝を済ませて、肉体の機能を全回復させないとなあ。

 校門には、見知った友人達の姿があった。

「よう、睦月」

「あっ、ひいちゃん、おはよう。あれ? どうしたの? 顔色悪いけれど」

「ん……そうか。顔に出ているか。……う~ん、やっぱり、今日は昼頃まで保健室で休むよ私」

「単位大丈夫?」

「さあて。ヤバイんじゃないかな、それなりに」

「留年しても知らないよ」

「その時は哀しいから、そうだ睦月、一緒にさぼってくれよ」

「う~ん、……………一時限は数学、二時限中国語、三時限英会話、四時限書道…………。よしっ、OKだよっ!」

 睦月は親指を突きたてた。

 不真面目な友人を持つと助かるなあ。重畳、重畳。

「そうだ、ひいちゃん。昨日、尊敬している漫画家の画集買ったんだ」

「ふうん。どうせまたボーイズ・ラブだろ?」

「酷い……。私のイメージはそんなのなんだ。酷い、酷い。酷いよぉ。ていうか、本当にそうである事がまた困るんだけどね。コピックの色使いがとっても上手な作家さんでさあ、肌艶の再現がとても……」

「もういい、黙れ。そして、これでお前の図式は覆せなくなってきたな。睦月イコールホモ好きって事を。絶対定理だ」

「撤回してっ! 撤回してえ、お願いっ!」

「なら、買うんじゃねえよ。あと、いつものお前の発言も問題なんだよ」

「いえいえ。睦月は睦月の道を貫き通しますともさ」

「もう勝手に通してろっ!」

 ああ、それにしても。

 だらだらと、私の日常は続いているな。このまま普通の学生をやり続ける事だって出来るのだ。まったく、本当に、どうでもいい事だよな。

「ひいちゃん。保健室の顔馴染みだね。常連さんだよ」

「病弱少女ってえ事で通しているんだ。ほら、私って見た目が細くて白くて病的じゃん?」

 実際、休む時は本当に体調が悪いし。

 ていうか、半分死に掛かっている時ばかりだし。

「睦月はなんて言って仮病使おうかな。風邪で熱があるじゃあ、体温計でバレバレだしね」

「じゃあさ」

 私は悪意満載で告げる。

「思春期妄想症二次元電波受信癖発作的同性愛見聞発情病ってえ事で」

「……はっ? ……なんて?」

 彼女はしばらくの間、私の言った事を吟味しているようだった。

「ししゅんき、もうそうしょう……にじげん……でんぱ……ほっさ…… どうせいあい……はつじょうびょう…………。…………っ!」

 十数秒後に怒り出す。

「酷い、私の悪口全開でしょっ!」

「いや、だって全部本当の事だし」

「それはそうだけどぉ。認めるけれどぉ。でもさあ……やなんッスよね。う~ん。……せめて、もう少し短く出来ないの?」

「じゃあ分かった、分かり易く“末期オタ”で。立派な病気だ」

「そ、そのまんまでしょ。それ」

 私達二人は笑い転げた。

 あたかも。本当に普通の、十七歳の、少女のように。

 ろくでもない青春送っているよなあ、自分。 私は口元を押さえる。

 大量の血液が掌にはこびり付いていた。やばいな。ちょっと、肉体にガタがきているかもしれない。そういえば、足元もかなりふらついてきた。指先も小刻みに痙攣している。

 まあいいか。今更、死ぬ事なんて怖くはない。

 それにどうせ。私は眠りを殺した者。だから。

 不眠症は続いていく。ああ、鬱々、鬱々、鬱気味だ。何故だか死にたくなってきた今日この頃だが。死ねないけれども。隣では睦月が心配そうな顔で私を見ていた。

「なあ、肩、貸してくれないかな?」

「分かった。他ならぬ、ひいちゃんのためだもの」

 睦月は満面の笑みを浮かべてくれた。

 私も少しだけ、笑った。

 ああ、それにしても、 目蓋が重い。足元も、まともに立っていられない。

 そう、私にも睡眠時間は訪れるのだ。だが、私は眠る前に、いつも思う。

 きっと、次こそは目覚めないのかもしれない。それはそれで、いいのだろう。いや。それは少しだけ、私の願望であるのだから。どうせ、これから辛い日々が続くのならば。私は目を醒ましたいとは思わない。それだけなんだ。

 そこまで考えて。私の意識はそこで途切れていた。

 …………。

 私の日常は最高にして最悪だった。不出来なまでの非日常らしきものの中で、私は考える事を嫌っていた。考えれば、考える程、不可思議で迷宮的な観念の中へと沈んでいく。何処までも何処までも終わりの無い非日常の世界。

 そして、また少しの時間が経過する。

 …………。

 私は実態のよく分からない組織「ドーン」とは何なのかを考えた。そして、気付いた。

 そう、これは世界の不条理を統合したものなのだ。世界という不条理の中に浮かび上がった、一本の髪の毛。私はドーンというよく分からない組織を通して、世界との不条理と対決しなければならない。

 私の意志はそうやって、目覚めた。

 世界は分からない。だから、私は世界を探しに行った。


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