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第一章 不眠症の憂鬱 1

R-15にしようかと思いましたが。


中二臭い内容なので、R-15にしませんでした……。

 よく晴れた昼下がり。私はそんな景色を望んではいない。

 真っ暗な夜が好きだし。どんよりと曇った空が大好きだ。

 真っ黒な感情ばかりが湧き上がってくる。

 私はゴス。死や負の芸術に魅せられた者だ。

 幻想文学、シュルレアリズム絵画を好み。

 生きる時間を止めた球体関節人形や、異界を象徴する吸血鬼などのフリークス。

 それらを私は愛しく思う。

 たとえ、ちゃっちなメロディを鳴らしていたとしても、退廃的なヴィジュアル系ロック・ミュージシャンを愛し、デス・メタル。ゴシック・メタル、ブラック・メタル、まあ暗黒系の音楽ならば何でも好む。

 此の世界の住民とは明らかに違う質量を持って、私は存在しようとしている。その感性は別に、他者に理解などされなくともいい。

「オレはクラシックと形而上学書が好きだ」

 相棒の甘名は、そう告げた。

 私達は、仕事の依頼を待っている。

 高層ビルの最上階、蒼褪めた景色を眺めながら。私は陰鬱な気分に陥る。太陽光が気持ち悪く、私の肉体を刺す。

 私達は、バウンティ・ハンター。所謂、賞金稼ぎ、という職業をしていた。

 アミュレット・コーティングという、魔術によるコーティングのされたゴシック・パンク・ファッションに包まれながら、私は右腕のエネルギーの調整をしていた。

 甘名は男であるにも拘らず、胸元がシャーリングの黒いロリィタ・ファッションに包まれながら、煌びやかなクリスタルの施されたヘッド・ドレスを身に付け。胸元には小さな十字架のペンダントをいくつも下げていた。幾重にも穿いたパニエによって下半身はカボチャのように肥大化している。

 私は上着に、穴あきの。血液の飛沫の柄が付いた黒いブラウスを着て、両手には鋲と鎖の付いた腕輪を幾つか嵌めている。下は、パンツスカートとラバーソールだ。

 これは、特に私達が奇矯な格好をしている、というわけではない、私達の所属する組織、『ドーン』の人間は、大体、このようなスタイルを身に纏っている。

 私は死や死の芸術に見せられた、だから、ドーンに入った。おそらく、私のような理由でドーンに入った人間などどれくらいいるのだろうか。

 世界に対しての、立ち位置を決めようと考えていた。私達は、おそらく何者でもない。だからこそ、着地する場所を見つけなければならないのだ。

 私、柏木否睡は始末屋だ。

『ドーン』という組織に属している。所謂、世界にとって都合の悪い存在を始末する仕事をしている。

 八階建てのビルの最上階、灰色の雲に混ざる光が街を灼いている。

 此処から見下ろす景色は、何処までも美しい。

 私は一般市民に紛れ込み、今日も所謂、学生としてそれなりの大学に通っているのだが、本業は裏家業と奴だった。もっとも、私からしてみれば、この世界の方が世界の裏側なのだが。

 私の相棒は、甘名という名前だった。

 こいつが、本当に面白い奴で、男なのに、いつも女装をしていた。

 スレンダーな肉体。

 彼はオレンジ色の髪を撫でながら、私に対して悪態を返した。

 私達は、ドーンからの指令で能力者狩りをしていた。

 さて、任務を始めようか。私は携帯のメールを見て、溜め息を吐いた。

 忘却した世界が、何よりも美しい。

 学生生活は非常に馬鹿馬鹿しかった。もう、数年も前になるだろうか。今では、連絡を取り合っているのは、友人であり、同業者の甘名くらいしかいない。私は記憶の断片を辿りながら。穏やかな時空を思い出す。

血生臭い世界の不条理との対面など何も知らず。殺人や殺し合いや、テロリズムや。もう、光には戻れない。

 私の主観で見た、聞いた物事と。お前らの主観で見た、聞いた物事は違うのだ。

 廃墟のゴミ袋を並んだ海岸のような、エピソードで始めさせて貰う。

 さて、私は一応、自身の姿形に付け込んで、学生なるものをしている。

 学校には一応通っているのだが、勿論、カモフラージュだ。

 そろそろ、標的を始末する為に動かなければならない。

 私達は、8階のビルディングを飛び降りた。

 敵が現れたからだ。

 そうして、今日も賞金首を追う。

 …………。

 …………。



 いつも、狩りに興じている私だが。日常は至って普通だ。

 普通の女子学生なのだ。

 友人などと一緒に会話などもしたりする。

 彼女の服装は、いつもの彼女お気に入りの白いパーカー。

 肩で切り揃えた茶髪の少女が言う。どうやら、私の友人らしい。私は友人など作ったつもりなど無いのだが、彼女はどうやら私に懐いているみたいだった。

「ひいちゃんはやっぱり普通の女の子だよ」

 と彼女は告げる。

 う……、今、こいつ。

 さらりと、とんでもない事を断言しやがった。

「ほ、本気で言っているのか……?」

 私は少し仰天する。

「本気だよ」

「マジか……」

 こいつ馬鹿じゃないのか?

 ていうか頭がどこかおかしいのだろうか。病んでいる所があるのだろうか。それならば、昔、自分も通っていた病院を紹介しようか?

 それとも何かの悪い冗談なのか?

 あるいは宇宙より電波を受信したのだろうか?

と。

 何の感慨もなく私はそう思った。

 絶対、今の私の顔は引き攣っている。

「睦月、それは何をもって私を普通だと認めるのかな?」

 午後の教室。

 単位制の高校で、たまたま私達二人は誰もいない教室で冷房を勝手に付けながら、何をするでもなく雑談に花を咲かせていた。

 私の名は否睡。

 十七歳のゴス少女。身体は色白、痩せ気味、小柄。ヴィジュアル系大好き。球体関節人形大好き。内臓大好き。シェイクスピアと澁澤龍彦、寺山修司、江戸川乱歩の大ファン。と、適当な事を言っておいた。

 とまあ、動揺の余り軽く脳内で自己分析が行なわれた。分かりやすいカテゴライズに当て嵌まる人物像を私はしていた。

 ちなみにこいつは睦月。救い難いオタ女。

 私の中のオタクというイメージはこの女であり、この女で完結している。

「貴様は貴様の中の認識という螺子がどこか外れている事にそろそろ気付かないのか? 外れているのなら、早くプラスドライバーで撒き直した方がいいんじゃないのか? でなければ洩れだすぞ、脳漿が」

「へっ? というと?」

「例えるならばだ。貴様の頭には虫が湧いているのではないか? それとも、腫瘍か何かが膨れ上がっているのか? それとも認知障害なのか? あるいは地球外生命体に何か銀色の機械でも埋め込まれたのか?」

 思い付く限りの罵詈と雑言を並べてやる。

「な、何かこの私めが貴女様のお気に召さぬ事を申したのでしょうか?」

 きょとんとした顔で、睦月は首を傾げた。

 こいつ、やっぱり天然で言ってやがったのか。

「そうだな。この私がまともじゃないのは承知している。それは、どうしようもなく手遅れな事も認識している。だが、お前がまともじゃないのは心配だ。お前には私と同じような道を歩んで欲しくない。それは友人として至極気にかけるべき事じゃあないのか?」

「分からないって。もうちょっと、分かりやすく説明してよ」

 私は苛立たしげに、首にかけられた六芳星のデザインをしたシルバーを弄びながら、呟いた。

「何を持って、この私を普通などという戯けた表現を使うのだ? もし」

「えっ、そんな事言われても、ひいちゃんは普通なんだもん」

 ……おのれ、よくもそのような事を抜け抜けと。

 貴様は私の何を知っているというのだ。

 そんな風に、絶句している私の肩を叩いて、彼女は満面の笑みを浮かべる。

「だってさ、普通だから仕方無いじゃん」

「ううっ、そうだな……」

 反応に困った至極困った。

「なあ、この世界が百人の村であったとする。当然、老若男女様々だし、その経済力も様々だ。極端な話、同性愛者もいれば、エイズ患者だっているし、生涯生きながらにしてベッドの上から起き上がれない人間もいる。百人の村の統計に、頭のおかしな人間のランキングというものがあったとしたら、この私は紛れもなくトップクラスに入る自身があるのだぞ?」

「ひいちゃんは話が飛躍し過ぎなんだって」

 睦月は溜め息を吐いていた。

「それにもうちょっと、素直に生きてもいいんじゃないかな~、と睦月は思うんっすけど」

「東雲睦月という名をした腐れ女子は余りにも素直過ぎてそれはそれで問題があるのは決して私だけではないと思うのだが」

「へっ? そんなに睦月って腐女子してるかな?」

「してる。さながら冷蔵庫に一年間放置したコーヒー牛乳のごとく、どろどろと」

「ええ、そんな。私のどこが腐れているの?」

「はいはいはいはいはい。ええっと、まずだなあ。始めて会った人間にい、同人やおい鬼畜系十八禁本を薦めるのはやめろ、このド変態っ!」

「えっ、そんなの普通でしょ? ほら、馴染みのサークルの紹介も兼ねて……」

 睦月は満面の笑顔でそう言った。

 私は肩を竦めながら嘲笑う。

「…………そんな発想が出てくる時点で、もう貴様の脳には虫が湧いてるんだよ、この変態。変態、変態、オタ、オタ、末期オタっ!」

 我ながら言いたい放題だ。

 ……まあいいか、睦月だし。

 睦月だしい。

「ううっ、酷いよお」

 こいつ、気持ちいいぐらい、容姿と中身がズレてるからなあ。

「でもさあ。それいったら、ひいちゃんも同じだよね」

 一瞬、心の中を見透かされたと思った。

「暗黒系退廃髑髏十字架ゴシック少女が何を言いますかって感じだよ」

「私はいいんだよ、私は。狂っている人間らしく取り繕っているだけだから」

 私はニヒルっぽく笑ってみた。

「ああ、もうこんな時間か」

 時計は五時半を回っている。

 家までは大体一時間ちょいか。

「どうしたの」

「ちょっと、今日の夜に仕事が入っていてさ。今から、家に帰って、飯食ったり。仮眠を取ったりする時間が欲しい。それに仕事着も洗濯しなきゃならないしな」

「へえ、大変だねえ」

「割りのいいバイトなんだ。なんせ日給が高くてさ」

「そうなんだ」

「まあ、それはいいんだけど。たまに死にそうなぐらいしんどい時がある。人数が多い時とか、夜通しぶっつづけでさあ。まあ、大体、そんな日の次の日は、家で立ち上がれなくって寝てるんだけどな。学校なんか行けるかっての」

「ホント、大変だねえ」

「マジで誰か替わってくれねえか、ってよく思うよ」

 私は溜め息を吐く。

「睦月もさあ、バイト選びは考えてやれよ」

「分かった。ひいちゃん、頑張ってね」

 私は彼女と一緒に教室を後にした。

 睦月と分かれた後、私は繁華街を歩いていた。

「ちょっと、いいかい?」

 うん? ナンパか。

「君、モデルとかって興味ある?」

 ……ナンパよりタチ悪いし。

「ちょっとさ、ウチの事務所で若い子の数だ足りなくって」

 ああ、どうせ実はヤバイ仕事なんだろ、ハイハイ。そうやって、適当な顔のいい女に声掛けて、騙して事務所に連れていって。色々搾り取るんだろ? 分かっているよ。死ね、死ね死ね死ね、この社会のダニがっ!

 口に出してそれを言おうと思ったが、少し面白い事を思いついたのでそれをする事にした。

 私は彼のシャツのポケットから伸びているボールペンをもぎ取る。

「私に声を掛けたのは、私の顔が綺麗だからか?」

 男は、何を当たり前の事を、といった感じの顔で返す。

「ああ? そうだよ。我が社は、是非、君の魅力を……」

「ふうん」

 私は奪ったボールペンを自分の方に向けると。

 力をこめて左頬に突き刺した。

 血飛沫が上がる。

 貫通したペンの先っぽが奥歯に当たり、カチカチと音を鳴らす。

 そのまま傷口を引き伸ばすと、私の左頬はノの字を描くように裂け、そこから鮮血がボタボタと溢れ出していた。

 ついでに、左目にペンをねじ入れ、眼球を引きずり出す。

 飛び出した視神経が、右目の網膜に映った。

 ぷらぷらと、私の目玉はブランコのように揺れ動いていた。

「私、綺麗? こ、れ、で、も、おぉぉ?」

 顔を近付けて、私は囁いた。そして、そのまま目玉を引き千切ると、コンクリートの地面に投げ捨てて、靴の裏でぐりぐりと踏み潰してみせる。

 ふふっ、怖がってる、怖がってる。おもしれえ。

 彼は奇声を上げながら、千鳥足で私から遠ざかっていった。

 途中、通行人にぶつかりながら、悲鳴を上げられている。

「ふん、他愛も無い」

 ああ、楽しい。

 楽しいな、楽しいな。馬鹿を虚仮にするのはなんて楽しいのだろう。

 それにしても、片目で見る世界もまた一段と面白い。

 距離感が余りつかめないし、身体のバランスが取りにくいが、まあ、なんとかなるだろう。

 私は服のスカートを顔半分に巻き付けると、それで顔の傷を隠す。

 スカートの下は、ズボンを穿いているのでなんら問題はない。あるとすれば、止血した顔半分が少し不恰好で、少々、恥ずかしいのだが。まあ、気にしない気にしない。

 傷口を見られて、下手に人を呼ばれるよりはマシだ。

「ああ、余計な時間くったなあ。早く家に帰らないと」

 私が下宿しているアパートに辿り着く。

 私は万年布団の上に入ると、そのままうつ伏せに横になった。

 しばらくして目が覚めると、外は少し暗くなっていた。

「ああっ、よく寝たなあ」

 夕方食べた、すき焼きと五目チャーハンの残り物を冷蔵庫へと仕舞う。

「さて、今日も仕事しねえとな、っと」

 私はクローゼットを開ける。

 結局、洗濯していた方は乾かなかったのと、汚れが落ちなかったのとで使えないため、予備のものを着る事にした。

「行くとしますか」

 夜の闇に溶け込むような私。

 両肩を露出させた黒服。

 首から下げた、魔力遮断器のアミュレット。

 顔には退魔力のメイクを施す。余り化粧は得意ではないがそれなりに見栄えのある顔にしあがった。

 今日は少し装備が弱くて不安だ。

 しかし、本来の仕事着はこの前の闘いで血染めになるわ、泥塗れになるわで正直、着て行きたくはない。

「今日は楽だといいなあ」

 私は月を見上げた。

「ていうかアホだ自分。今、片目じゃん」

 仕事に差し支えなければいいのだが。

 私のアパートの前では、白装束のようなスーツの男が私を待っていた。

 髪は塗りつけたワックスが光り輝いている。ネクタイはブランド物だ。ブランド名は知らないけれど、何やら沸々と成り金趣味の臭いがする。

 サングラスの奥に隠された瞳の色は青。

「二分の遅刻だ」

「悪い、悪い。ちょっと、寝過ぎた」

「貴様の代わりなどいくらでもいるのだぞ?」

「ふうん、そんな事言っていいのかな? 本当は人材不足の癖に」

「まあいい、乗れ」

 私は真っ白に塗装されたベンツに乗った。

 相変わらず、こいつの車は、十円傷をめいいっぱいに付けてやりたくなるなあ、と考えながら私は彼に訊ねる。

「今日の敵は」

「ああ、今から向う所にいる」

 この男の名は“J”。本名は不明だ。興味も無い。年齢は二十代後半ぐらいだろうか。まあ、若作りっぽいから実は四十代なんて事も在り得るのかな。だが、私は彼には何の興味関心も持てないのでどうでもいいんだ、そんな事は。

「片方の眼はどうした?」

「ノリで潰しました。えへっ」

「仕事に支障は……」

「きたさねえよ」

「ならいい」

 興味を無くしたらしく、経緯などは聞かないらしい。

「しかし気を付けろよ。今回の敵は手強い、貴様の他に二人ほど向ったが、彼らは消息を断っている」

「それを先に言えよ」

「心配するな。報酬ははずむ」

「ならいい」

 しばらく町中を走っていると、ふいにJは唇を噛み締め、舌打をした。

 私はその理由をすぐに察し、心を引き締める。

「どうやら、罠に嵌められたようだぜ」

「ああ」

「目的地に向うルートそのものが、罠のようだな」

 がくん、と車体が揺れた。

 窓越しに外を眺めると、タイヤに何か張り付いているのが見えた。

「先ほどから、ブレーキが効かないのだよ。ついでに言うならば、ハンドル操作もギアチェンジもな」

「このままだと、壁に正面衝突してお陀仏じゃねえ?」

「そうだな」

 スピード・メーターがどんどん上昇していた。

 私達二人は、ドアを蹴破って外に出た。

 時速八十キロは出ていたが、そんなスピードで怪我を負うような私達じゃあない。

 車は壁にぶつかり、慣性の法則に従って粉微塵に爆裂した。

ベンツがペシャンコだ。素晴らしい程に滅茶苦茶に芸術的に潰れている。

 ていうか炎上してやがる、もう修理不可能だ。爆笑しながら私は指を刺す。

 私達は地面に着地する。

 燃え盛る炎の中。

ネオンライトに照らされながら、そいつは姿を現した。

 赤犬の額のような頭に、鳥の頭蓋骨が乗っている。

 背中からは巨大な人間の両手が生えて、それが翼となり空を飛んでいる。

 焔の中から、そいつの体のパーツが戻ってくる。おそらくベンツのタイヤか何かに張り付いていた奴だ。

 緑色をしたザリガニの腕だった。甲殻部分はぬめぬめと光って、仄かに不気味な体液を垂れ流していた。

「合成獣かよ。楽勝だな」

「いや、ゴーレムの類だな。体のどこかに刻まれたシェム文字を削らない限り、倒すのは少し億劫だぞ」

 ゴーレムはおげぼおげぼ、と奇声を放つと、口から、濃い緑色をした液体を吐き出す。

 私達はそれを難なくかわした。

 Jは懐から幾本ものナイフを取り出した。

 私は右腕を握り締めて詠唱にかかる。

「エクゼキューショナルの始まりだ」

 そういって、彼は大量のナイフを敵に向かって……放り投げた。

 まるで放り捨てるように敵に向かって投げつける。

 刺すつもりは微塵も無いのか。

 ナイフは八方に飛び散って、敵の周りに落ちていく。

 斜めに刺さった。

 敵はどうやら呆れている。彼は自ら己の武器を投げ捨てたようなものだ。

 Jは笑い出した。

「ふふっ、実はこの私、ナイフ投げは下手糞なのだよ。素人以下だ」

「嘘付け、どこの世界に投げた刃物をそのまま地面へと突き刺せる、ナイフ投げの素人が存在するんだよ」

 茶々を入れてやった。

 彼は肩を竦める。

「それに、敵を動かしている魔力源の文字を消して倒すんじゃあなかったのかよ」

 ゴーレムというのは、体のどこかにシェム文字という動力源となる魔力を帯びた文字が刻まれている。これに手を加えれば、ゴーレムは直ちに元の泥人形へと還るのだ。

「やはり止めた。面倒だろう?」

「だろうな。あの方が手っ取り早いしなあ」

 バラバラに切り刻んで、動けなくする方が手っ取り早いのだ。

 ゴーレムは犬の口を歪めて、私達の元へと向かってきた。

「角度はいい。その位置なら、避け切れまい」

 Jは笑う。

 ゴーレムは私達に、炎の玉を飛ばしてきた。

 私達二人は、それも容易く避けた。

「公開処刑っ!」とJは叫んだ。

 ざくざくざくざく何かが突き刺さる音が聞こえる。

 次の瞬間、敵は全身を穴だらけにして断末魔の叫びを上げていた。

 ぽとり、ぽとりと鉄の処女によって潰されたような肉塊が地面に向かって落ちていく。

 それらはやがて、色彩を失い、ただの泥へと変わっていった。

「ナイフは回収しないのかよ。もったい、ない」

「面倒だ。大体、武器なら幾らでも服の中に仕込んでいる」

 あ~、そうですか。金持ちはいいですねえ。今投げつけたヤツ、全部、輸入物でレアモノじゃあないですか。

「で、あれを操っていた本当の敵を探さなければならないな」

 彼は帽子を被り直すと、気障っぽい仕草で顎をいじる。

 相変わらず、ウマが合わなさそうな奴だ、と私は思った。

 しばらくすると。

 倒した敵の腹から、何体もの蝙蝠の翼を持った蚯蚓が現れた。

「へえ、あれはラルヴァっていう怪物じゃねえ? 夢魔の一種である」

「ああ、そうだが」

「ひいちゃんは物知りだろ?」

「普通だ」

 彼はくいっ、とサングラスを上に上げた。

 相変わらず、何となく嫌な奴だ、と私は思った。

 彼は、くっくっと、敵に向かって嫌味な笑みを浮かべる。

「ふふっ、なぜナイフを斜めに刺したか分からんか?」

 私は彼に合わせて、言った。

「ああ、そうだな、Jの言うとおり。お前ら。その位置がいいんだよ。その位置が最高。角度的にすごくいい。くくっ、お前らも、寄生者のゴーレムと同じ末路を辿る事になるなあ。そういうの、間抜けって言うんじゃあねえっすか?」

 私達二人はうつ伏せに倒れる。

 ぶしゃあ、と蚯蚓達は体液を撒き散らして地面へと散っていった。

「こいつら本当に、お前の能力の正体に気付いてないようだよ」

 しゅああっ、と何かが焼け爛れる音が聞こえる。

 ラルヴァの一匹は口から酸を吐き散らして、Jのナイフを全て焼いていた。刀身は朽ちて、錆だらけになっている。

「懸命な判断だなあ」

「否睡。どうせならお前がやれ、給金分は働いたらどうなんだ?」

「はいはい」

 残ったラルヴァは三体、はっきりいって私の敵では無いな。

「じゃあな、お前ら。全員まとめて死の舞踏を踊らせてやるよ」

 私は自身の能力を、発動させた。



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