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うさぎアドベンチャー  作者: A*
第一章 白魔術師
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うさぎ、夢から覚める

 夢を見ていた。


 夢の中の私は兎の獣人で、魔法使いだった。ありとあらゆる魔法を使いこなし、近接戦闘だってこなせる熟練の冒険者だった。怪物退治にダンジョン探索。御家騒動に国の命運がかかる大事件。仲間たちと共にドラゴンと戦い、世界の謎に迫る。そしてほんのちょっぴりのロマンスも。愛と勇気と夢と希望の溢れる心踊る大冒険だった。


 そして最後の冒険を終え、仲間に見送られながら地球に帰るシーンになってようやく気がつく。


 ああ、これは夢なのだと。


 澄み渡る空は消えて果てしない闇が広がり、どこまでも続く大地は溶けて白い砂になる。天と地だけのシンプルな世界。そんな中、私は白とも黒ともつかないわちゃくちゃな姿になり、そこに佇んでいた。


 夢と自覚した今、明晰夢と化したこの夢は今や私の思い通りだ。さっきのようにまた楽しい夢を見続けてもいい。過去の素敵な記憶を再現して遊んでもいい。何だってできる。そのはずなのに。


 人間だった頃の生活を再現しようとしているのに、ここには何もない。


 二十代後半、男性。名前はわからない。顔もわからない。どのような生活をしていたのか。どのような人間関係を築いていたのか。何もわからない。あるのは、確かに自分はそんな存在だったという自覚だけ。


 きっと何処かにあるはずなのだ。今はただ失くしているだけなのだ。


『そうとも言えるし、そうじゃないとも言える』


 誰だ? いや、その疑問はおかしい。自分の夢の中で誰だもないだろう。


『ぼくはただの旅人(・・)だよ。ここに来たのは気まぐれに過ぎない』


 ではこの世界にいる、そのようなことができる存在なのだろうか。まだ私はこの世界のことを何も知らない。夢魔とかそのような存在がいても不思議ではないし。


『まあ、そんな感じに理解してくれればいいよ』


 害意は感じないし、珍しい経験なので歓迎しよう。殺風景な夢で悪いけれども。


『そうだね。ここには何もない。まるで昔訪れたところのようだよ。きみは具体的な何かを構築できるだけの人生経験がないんだ。何かをした気になって何かを手にいれた気にはなれるけど、所詮その気になっているだけだからね』


 耳の痛い話だ。しかし夢とはそういうものではないだろうか。自分のしたことないことでさえした気になって楽しむことができる。


『否定はしないけれど、実際ここには何もないからね。その気になれないのは、その気になるのに必要な最低限の知識すらないからだ。今のきみには成人男性になった気になれるほどの知識も経験もないんだ。だからそんなあやふやな形になってしまう』


 まあ、それもそうだ。けれど、いつか思い出せるはずだ。確かに自分はそれ(・・)だったのだから、取り戻せばきっとこの世界も少しは形作られるはず。


『……まあ、頑張るといい。昔のように手を加えるよりは、きみに任せた方が面白そうだ。ぼくは旅人。旅先に面白いものが揃うことを祈っているよ』


 行ってしまうのか。


『ここにはまだ何もないからね。また会いにくる。()の中か、現実(・・)の世界かはその時次第だ』


 姿くらい見せてくれ。そう思った瞬間、白と黒の境目に人影が現れた。


『この姿に意味はないけれど。今度会う時はこの姿で会うことを約束しよう』


 ローブを纏った小さな人影だった。


──いや、違う。


 影そのものだ。ガス状の暗黒の渦が辛うじて人型を取り、それがローブに収まっている。そして生物でいう目に当たるところに、星のような瞬きが一対あった。


『また会おう、若き旅人(・・)よ』


 影がそう告げた瞬間、世界に夜明けが訪れる。


 白と黒の境目の向こうから太陽に似た輝きが登り、私と影を照らし出す。私は兎人(ホビット)の姿に戻り、日を浴びていた。すべては白く染まり、輝きの中に溶けてゆく。




──そうして私は、夢から目覚めた(・・・・・・・)




 ◆  ◆  ◆




 気が付くと、自分はベッドの中にいるようだった。薬品の匂いが鼻につく。病院のような場所だろうか? どうやら生きて帰り、手当を受けられたらしい。ゆっくりと瞼を開ける。


「気がつきましたか?」


 少女が覗き込んでいた。ショートカットで茶髪の女性だ。白衣のような軍服のような白い服を着ている。


「ここは……?」


「施薬院の入院病棟ですよ。こちらに運び込まれてからもう三日経っています」


 やはり病院みたいなところらしい。今まで病気や怪我をしなかったし、そもそも自分で治せるのでこの街にそういうのがあるのかさえよく知らなかった。


「どこか体が痛むとか、気分が悪いとかはありませんか? 怪我が無かったとはいえ、かなり消耗していたようですから……」


「怪我が……無い?」


 武僧(モンク)の技能を使ったとはいえ、結構大雑把に傷を塞いだだけだし、そもそも最後は両手をボロボロにしてしまった覚えがあるのだけれど……無意識に魔力を回して治したのだろうか?


「……うーん、やはり意図的に使ったものではありませんでしたか」


「……何が?」


「いえいえ、こちらの話です」


 にっこり笑って誤魔化された。……どうもこれは、後々問い詰められるフラグのような気がしてならない。


「皆さん心配していましたよ。ジェフリーさんは口ではぶっきらぼうな言い方ですけれど案じていましたし、特にロゼッタさんなんか一日に何度も訪れては様子を聞きに来るくらいですからね」


「ジェフリーさんとロゼッタさんを知っているの?」


 口調の中に親しみを感じた。


「申し遅れました、わたしはテレス。あの人たちとは昔パーティを組んでいたんですよ。これでもそれなりに知られた白魔術師(ホワイト・メイジ)なんですよ」


 そう言って、少し誇らしげな表情を見せた。幼い顔立ちだと思っていたが単にそう見えるだけで、彼らの仲間ということは熟練の冒険者ということになる。


 しかし彼らの仲間で、テレスという名前。ということは──


「アリスという名前のお姉さんとかいるの?」


「あ、もう聞いていましたか。アリスはわたしの姉ですよ。同じく元パーティメンバーで、聖騎士(パラディン)でした。今は領主に仕えて騎士団の団長をやっていますけどね」


「なるほど……」


 アリスという名前は聞いていたが、それだけだ。テレスのことは一切聞いていないし、聖騎士(パラディン)だということぐらいしか推測できていなかった。それでもなんとなく関係が想像ついたのはただ一つ。


 アリス()テレス。アリストテレス。


 そんな冗談みたいな名前の並びからだった。けれど、誰にも他意は無かったに違いない。この世界にそのような名前をした哲学者は居なかったのだ。単なる偶然にすぎないし、ありもしない邪推をするのは私のような地球の知識がある(・・・・・・・・)者だけ。


 ……認めよう。ここは現実なのだ。そして異世界なのだ。


 あんな目にあってまだ夢なのだと言えるほど世の中舐めていないつもりだ。痛みは本物だし、死にかけたのも現実だった。となれば現実を認識して、真剣に生きなければならない。現代社会とは違い、適当にしていれば生きられるほど平和な世界ではないのだ。


 とはいえ、今はまだ病み上がり。まずは元気になることが先決だ。ゆっくり起き上がって伸びをする。


「あ、まだ横になっていた方が……」


「んー、目が覚めてしまったし、体も特に重くないから大丈夫なの」


 思っていたよりは体が軽い。痛みもないし、健康と言ってもいいのではないだろうか。


「まあ、最初の一日でほとんど回復していたみたいですけれど……でも無理は禁物ですからね?」


「分かっているの。それより、ちょっと体を拭きたいの」


 数日寝込んでいたせいか、臭いが気になる。


「それなら準備してきますよ。それにお腹も空いているでしょうから、食事も温めてきますね」


「お願いしますなの」


 起きた時は気がつかなかったのに、そう言われると自覚してくるから不思議なものだ。テレスが部屋を出て扉を閉めた瞬間、ぐうとお腹がなった。


 待っている間、体のチェックでもしよう。どういう状態になっているか自分の目で確かめたい。


 ベッドの淵に腰掛け、病院着を脱ぐ。これは現代のものと大差ない、浴衣みたいなやつだった。まあフル装備でベッドに入れられても困るけど。そういえば装備はどこだろうかと見回してみると壁にかかっていて、その他の荷物も棚においてあった。


 軽く関節を回し、体の状態を確認する。本当にどこにも怪我はないようだ。両手も違和感すらなく、支障なく指を動かせる。無理に治したせいで痕ぐらい残っているかとも思っていたがそれもない。怪我すら一切しなかったと言えるような状態だ。


 しかし、覚えている。あの時の痛みを。あの時の苦しみを。怪我はしたし、骨も折れていたと思う。それがこんな痕跡なしに治るとちょっと怖いような気がした。


 ……ていうか。なんか確認しづらい。なんかというまでもなく、胸のせいなのだけれど。背は小さいくせにそれなりのボリュームがあるので、それが邪魔になって腹とか下半身とかが見えにくい。


 獣人(セリオン)は寿命がそう長くないし大人になるのも早いので、性成熟が早いのだ。特に兎人(ホビット)は、弱さを数で補うために性欲旺盛である兎がベースになった獣人(セリオン)なので、なんというか、その、性的に魅力的な体型になりがちだ。


 今でこそ女性だが、私の精神的な性別は男性のままだ。男性よりも女性が好きだし、ついついそういうところに目が行ってしまうことも無くもない。自分の体を見てドキドキすることもたまーにあるようなないような。


 しかし今や私の体は毛むくじゃらの獣人(セリオン)である。冷静に見れば動物の体とたいして変わらないし、ましてや自分の乳がでかくなったからなんだというのか。どちらかというと太ってしまったような気がして落ち着かないくらいだった。


 とりあえず確認は終わった。どうせこの後体を拭くのだからと裸のままだった。毛皮もあるので寒くもない。そういえばまだこの世界の風呂を見たことがないけれど、風呂に入ったらやっぱり動物みたいに毛が垂れて萎んだように見えるのだろうか。そう思いながら待っていると、どうも部屋の外が騒がしい。


 どたどたと走る音が聞こえ、どこだどこだと声が聞こえ、ここだー!と少女の声が上がったと思うとばん、と扉が開かれてシェリーとジャスティンが飛び込んできた。


「ノノさーん! 気が付きまし、た、か……」


 喜びの声は萎み、シェリーとジャスティンの笑顔が固まった。二人の視線が上下を行き来し、顔が赤くなって行く。うーん、ここは体を隠してきゃーとかいやーんとか叫ぶべきだろうか。


「きゃーっ!」


 何故かシェリーが代わりに叫んだ。


「きゃーっ! きゃーっ!」


 くるりと振り向くとどげしっ、とジャスティンを蹴り出しばたん、と扉を閉めてこちらに詰め寄る。いや、蹴り出すのは流石にかわいそうな気がするけど。


「なななななんで裸なんですか!」


「体を拭こうと思って……」


「何で隠さないんですか何でノーリアクションなんですか男の子に体を見られたんですよ!?」


「こんな毛むくじゃらの体を見ても、人間(ヒューマン)なんだから別に興奮しないと思うの」


「甘いっ! 甘すぎますよノノさん! 人間(ヒューマン)の業の深さを知らないからそんなことを言えるんですっ! 特にノノさんは男の子受けする身体をしているんですから警戒しすぎて損はありませんっ!」


「わ、分かったの。分かったからもうちょっと静かにするの」


 ていうか怖い。


 とはいえ見られたことはあまり気にしていなかった。扉の方に体を向けていたし、足も開いていたのでもう何もかも丸見えだったかもしれないが……いや、こう書くと気を抜きすぎていたかもしれないな。だがもともと羞恥心が薄いのか、特に恥ずかしいという感情は起こらなかった。


 とりあえず病院着を着てベッドに戻り、蹴り出されたジャスティンを招く。シェリーの蹴りがいいところに入ったのか、まだけほけほ言っていた。当然だがここは街中かつ仕事がない日なので、二人とも冒険者用の装備はしていない。


「も、申し訳ありませんでした。お着替え中とは露知らず……」


「まあ、気にしてないから別にいいの」


「ノノさんはもうちょっと気にして!」


「そう言われても……」


 二人とも気にし過ぎのような気がするけれど。冒険者たるものこの程度で騒いでいてはこの先疲れるんじゃないかな、と思うが今のシェリーに言っても無駄そうなので思うだけにとどめる。


 ジャスティンはひたすら謝り続け、シェリーは私に詰め寄り、私はのらりくらりとかわす中、こんこんと部屋がノックされたので返事をすると、部屋の扉が開かれる。


「お待たせしましたノノさん……あら?」


「おーいノノ、元気か?」


「あら、ジャスティンとシェリーはもう来ていましたのね」


 テレスとジェフリーとロゼッタがやってきた。が、部屋の微妙な空気に気が付いて不思議な顔をする。


「……どうしましたの?」




 ◆  ◆  ◆




 もちろん私に味方してくれる人はいなかった。


「貴女はもう少し恥じらいというものを持ちなさいな」


「そうだそうだ。恥じらいというものがないとあんまりそそらな……ゲフッ」


 男のロマンを語り出したジェフリーに肘鉄が入る。気持ちはわかるが時と場合を考えよう。


「前向きに善処致しますなの」


「……まあいいですわ。そういう説教をしに来たわけじゃありませんし」


 信用されていないのかジト目だったが、姿勢を改めると、きっ、とこちらを見据える。とうとう来たか。


「貴女、わたくしたちに言わなくてはいけない言葉はあるのではありませんの?」


「……はいなの」


 今回はいろいろと、迷惑をかけてしまった。迷惑をかけただけでは飽き足らず、自分で責任を取ろうとして単独で戦闘したのだ。それが敵わないと、新人もう二人を巻き込んで無謀な戦いを挑む始末。結果的には私一人がズタボロになったからいいようなものの、下手すれば誰かを死なせていたのかもしれなかったのだ。


 以上をつらつらと連ねる。言葉に出すと、自分がどれだけ愚かで自分勝手だったのか自覚する。申し訳なさに涙すら出てくる。けれど、ちゃんと謝らなくては。


「……申し訳ありませんでしたなの。今後は気をつけますなの」


 そう言って、頭を下げた。


 しばらくその場を沈黙が支配したが、はぁ、とロゼッタが息を吐いた。


「……やはり覚えていませんのね?」


 先程も似たようなやり取りをした気がする。


「貴女、黎明の力(デイブレイク)を使ったでしょう」


「……え?」


 覚えが無いけれど……ああ、そうか。確かに黎明の力(デイブレイク)を使ったなら、身体中の怪我が綺麗さっぱり治っているのも頷ける。


黎明の力(デイブレイク)って……ノノさんが光り輝いたあれでしょうか?」


「ノノさん自身はもちろん、光を受けた私たちの怪我は治って疲れも癒されて……挙げ句の果てに妖狼(ワーグ)蘇っちゃった(・・・・・・)あれですか?」


 ……え? 妖狼(ワーグ)も蘇った? マジで?


黎明の力(デイブレイク)って……何なんですか?」


 シェリーが恐る恐る尋ねる。死者をも蘇らせる力だ。畏れるのも無理はない。


黎明の力(デイブレイク)とは生命の力。魂の力。何かを成し遂げようとする意志がもたらす奇跡。誰しもが生まれながらに持ちながら、限られたものだけが夕闇を切り開ける、生に夜明けをもたらす力です」


 パーティとは関係がないため黙っていたテレスさんが語り始める。


「その力は絶大です。すべての攻撃が必殺の威力を持つようになったり、魔力尽きることなく何度も魔法が使えるようになったり、ありとあらゆる攻撃が通用しなくなったり……そして、全てのものを癒し、蘇らせてしまったり、ですね」


 そう言いながらこちらを見つめた。


「そんな凄いことが……でも、そんな力を使って大丈夫なんでしょうか」


「もちろん大丈夫ではありません。奇跡の代償はその命。そして魂。それらを削ってもたらされる力は絶大ですが、使い続ければ死よりも重い運命が待ち受けているでしょうね」


 こちらを見るその目は、険しい。


「お分かりですねノノさん。なぜあなたが、歴史的な英雄しか使えないようなその力を使えたのかは存じませんが……できれば二度と使ってはいけません。そもそも魂が回復するまで一ヶ月は使えないでしょうが……それでも使い続ければ魂は徐々に消耗して、悍ましい最期を遂げるかもしれませんよ」


「……肝に命じておくの」


 というか、そんな設定だったのか。


 いや、ゲームだとレベル1から使えて、誰でも使える切り札的な能力なので、そこまで大袈裟なものだとは全く思っていなかった。ちなみに再使用にかかる時間は二十四時間だったけれど……現実の一時間はゲーム内の一日なので、確かに一ヶ月近くかかる計算か。


 だが、この世界はゲームではない。この世界の住人が警告するならば真摯に受け取らなければ。死よりも重い運命か……身を持って知ることにならなければいいのだが。


 そう思ってちょっとビビっていると、ロゼッタに手を握られた。


「……心配しましたわよ」


 ……だんだん思い出してきた。あの時、我を忘れて暴力を振るい続ける自分を、ロゼッタが止めてくれたのだ。そして教えてくれたのだ。自分でも忘れていた昔の気持ちを。


 けれど、それが切っ掛けとなって私は黎明の力(デイブレイク)を発動させた。それを気に病んでいるのだろう。今聞かされたとおり、非常に代償の重い力なのだから。


「説教はもう……いいですわ。自分でも何が悪いのか分かっているみたいですし……けれど、一つだけ言わせて欲しいの」


 震えているのは、私の手か。彼女の手か。


「もっと自分を大切になさい。貴女は自分が傷つけば、とか自分が犠牲になれば、みたいな考え方をしているようですけれど、そんなことをされた方の身にもなってくださいまし。ましてや黎明の力(デイブレイク)なんて……」


 その手を、しっかり掴む。


「ありがとう」


「……っ」


「私はきっと、生きるということを理解していなかったの。生きていることがどんなに素晴らしくて、どんなに尊いものなのか、まったく分かっていなかったの。それを教えてくれたのが……いや、思い出させてくれたのがロゼッタさんなの」


「…………」


「だから、ありがとうなの。決してもう、自分の命を粗末に扱ったりはしないの」


「……ノノ」


 だから感謝の気持ちというわけではないけれど。


「……みんなには話すの。私が何でいろんな力が使えるのか」


 それが、世話になったパーティへの礼儀というものだろう。


「……いいのか?」


「自分でも分かってないことが多いし……みんなには話しておきたいの」


 すべてを話すことはできない。自分でも分からないし、信じてもらえるようなことではないからだ。けれど、できる限りは話そう。


「自分でも、分かっていない?」




「私は……私には、記憶がないの」




 ◆  ◆  ◆




「ここでしたか、ロゼッタさん」


「テレスじゃありませんの。珍しいですわね……こんなところで」


 そこは場末の酒場だった。カウンター席で一人呑んでいたロゼッタの元に、テレスが訪れていた。


「あれから数週間経ちましたからね。ノノさんの様子を聞こうと思ったんです」


「はあ。一度世話しただけの相手をそこまで気にかけるなんて、物好きですわね」


 いや、そうでもないかと独りごちる。テレスは昔から世話好きで、気になった相手は追い回してとことん世話するのだ。大きなお世話と引き止めたいが、そういう対象は大抵一人にしておくと危なっかしい輩なので、自分も巻き込まれてついつい一緒に世話焼いてしまうのが常だった。


「といっても、わたくしはあまり詳しいことは知りませんわよ。徐々に依頼の難度を上げているとか、その日限りのパーティを組んで討伐依頼もこなすようになったとか、その程度ですわよ」


「十分知っているような気もしますけれど」


「そんなことは……」


「……ジェフリーさんはあれから一度も組んでないからよく知らん、の一言でしたよ」


 むう、とロゼッタは視線を逸らし、くす、とテレスは笑った。


「まったく、昔はもうちょっと可愛げのある子でしたのに、いつからそんなに落ち着いたんですの?」


 じと、とテレスを睨むロゼッタ。少し合わない間にずいぶんと図太くなったものだ、としみじみ思う。


「施薬院に就職してからでしょうかね。落ち着かないといけない立場になりましたし、それにお姉ちゃんに頼れなくなっちゃいましたから」


 昔は事ある毎にお姉ちゃん、お姉ちゃん、とアリスに泣きついていたが、今やアリスはここにいない。アリスもテレスも責任ある立場となり、気軽に会えなくなってしまったのだ。


「アリスにも随分会ってないですわね……一月に一回くらいは手紙が来ますけれど」


「私のところには一週間に一回ですね」


「……まあ家族ですものね」


 勘当された身であるロゼッタは、表向き実家とやり取りする訳にはいかない。そのため不定期に匿名で、暗号のような手紙を送っているのだ。


「最初の一年は毎日でしたけどね」


「……このシスコン姉妹」


 ぼそりと呟く。妹が妹なら姉も姉だった。いや、当時を思い返してみるに、どちらかというと姉の方が妹にべったりだったように思う。


「聞かなかったことにしてあげます。……それはそうと、ノノさんのことでしたけれど、あの子は色々と衝撃的でしたからね。気にもかけたくなりますよ」


「ま、それはそうですわね」


 記憶喪失。あの後ノノが語った事情がそれだった。


 様々な技能の知識、優れた身体能力、気が付いた時にはそれらの記憶しかなく、草原に突っ立っていたという。しばらく旅をしていたが、この能力を活かせば冒険者になれると思い、この街にやってきたのだとか。


『今思えば、冒険者というものを随分と甘く見ていたの』


 話し終わると、ノノは迷子みたいな顔をして、そう自嘲していた。


「本当のことだと思いますか?」


「あんな表情をされたら疑えませんわね。まあ、全部話したわけではないでしょうけれど」


 とはいえ、それが後ろ暗い理由などではないことくらいは分かっていた。恐らくは他人に話せるほど自分の中でまとまっていないとか、他人が信じられるような内容ではないのだろう。


「そうですね……ロゼッタさんは気が付きましたか? ノノさんの装備に」


「ああ、あのやけに高級そうなローブ……どうでしたの? 最低でも魔法の品だとは思うのですけれど」


 そう言いながらグラスの中身を傾けるロゼッタ。


偉大なる遺品(アーティファクト)です」


 ぶっ、と含みかけた酒を噴き出す。


「ア……偉大なる遺品(アーティファクト)!? あれが!?」


「ローブだけではありません。見た目は何の変哲もない杖ですが……あれも偉大なる遺品(アーティファクト)でした。ローブの下に着ていた装備やアクセサリーの数々はどれもこれも強力な魔具(マジック・アイテム)ばかり……思わず気が遠くなりましたよ」


 偉大なる遺品(アーティファクト)。過去の英雄や伝説級の職人が遺した、現代では再現できない性能や魔法を宿す品々である。それを一つでも手に入れれば、国すらも揺るがす大いなる力を手にすることができると語り継がれている。


 それが、二つ。気絶しないだけマシだった。


「あ、あんのアマ……最初に説明するべきことじゃありませんの?」


 俯いてプルプルと震えるロゼッタ。


「……知らなかったとか」


「あるわけないでしょう! 偉大なる遺品(アーティファクト)ですのよ偉大なる遺品(アーティファクト)! その恩恵を受けていて気が付かないなんてことないでしょう!」


「でしょうねえ」


 それでもあの子ならありそうだなーと思ってしまう二人であった。




 ◆  ◆  ◆




「あ、見つけたの」


 宴もたけなわ。テレスも酒が入りロゼッタと盛り上がっているところに、ノノが現れた。


「あら、ノノじゃありませんの。よくここが分かりましたわね」


 知る人ぞ知る隠れた酒場なのだ。この街にきて日の浅いノノが知っているような場所ではない。


「ジェフリーさんに聞いてきたの」


 それを聞いて不安になるロゼッタ。


「……変なことされなかったでしょうね」


「教えて欲しければおっぱい揉ませろとか言ってきたの」


「なんですってえ!? それで、揉ませたんじゃないでしょうね!?」


「ロゼッタさんにチクると言ったら引き下がったの」


「よろしい! ジェフは折檻しときますわ!」


 おほほほほ、と笑うロゼッタ。結局チクるノノであった。


「お久しぶりね、ノノちゃん。それで、何か用があってきたんでしょう?」


 顔を真っ赤にしてほにゃほにゃと笑いながら聞いてくるテレス。特に意外でも何でもないが、酒に弱いのであった。


「ノ、ノノちゃん? まあいいの。テレスさんも居てちょうどいいの」


 そう言うと、佇まいを正した。真面目な話か、とロゼッタとテレスも姿勢を改める。頭が揺れているのは不可抗力だが。




「お別れを言いにきたの」


 そう言って、ノノは笑った。

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