うさぎ、黒幕と遭遇する
大鼠人曰く、『おやぶん』は森の奥からやってきたという。あっという間に鼠人たちを蹴散らして、群れを乗っ取ってしまった。その時に前のボスは喰い殺され、この巣のボスは自分が受け継いだのだとか。
また、とてもとても大きいのでこの洞窟に入り切らず、別のところに巣を作っているらしい。そして配下を率いて移動しながら、何かを探しているという。
自分は『おやぶん』に命じられてこの巣で人族がやってくるのを待っていたという。ただ、やってきた人族を殺せと言われただけで、具体的に何かをしろという指示は受けていないようだ。
「……どう思う?」
「豚人……猪人……まさか鬼人? いえ、流石にあり得ませんわね……」
大鼠人に聞いても要領は得ない。そもそも野生の鼠人が他の種族の名前などろくに知るはずもないからだ。拙い言葉で伝えられる情報を元に、こちらで推測するしかなかった。
「何らかの陰謀が働いているのでしょうか?」
「お、大げさなんじゃない? わざわざ鼠人を使うかな? それに、この依頼に私たちが参加したのは偶然だったわけだし」
ジャスティンは何者かの暗躍を疑っているらしいが、シェリーの言うとおり鼠人を使うのは不自然だろう。ありがちな討伐依頼で、受けるのは我々とは限らなかったのだ。
「ふむ……。ノノ、森に入った時に見られているという感覚があったと言っていましたわね。何か心当たりがありませんこと?」
「うーん……悪いけれど思い当たることがないの」
少なくとも豚人だのなんだのに狙われるような心当たりはない。ないのだが、この状況は自分が原因だという予感も何となくしている。うまく説明はできないのだが……。
「ま、考えてても埒が明かねえよ。とりあえず巣は潰したし、一旦森を出よう」
「……そうですわね。対策はそれから考えましょうか」
とりあえず、ここを出ることにする。
「新人さん方、どうも駆け出しには手に余りそうな事態になってきているようですわ。ただの鼠人退治でない以上、わたくしたちも本気でかかります。リーダーは今からジェフに変更。貴方たちは指示に従ってもらいますわ」
それに頷き、撤収の準備をする一同。死体から討伐証明になる部位を剥ぎ取り、金目のものを軽く物色する。盗難されたものがあるかもしれないので、念のためだ。
「この子はどうするの?」
大鼠人を指差す。もう命に別状はないので放っておいてもいいのだが、縄を解いて後々こちらを追撃されても困る。一番無難なのはここで殺してしまうことだが……喋れば命は助けると言った以上、それは後味が悪い。
「あー、そうだったか。それじゃあまあ、口添えして憲兵に突き出しておけばいいんじゃないか? それなりに使えるやつみたいだし、更生して誰かに仕えれば生活していけるかもしれん」
この辺りでは野生の野蛮な鼠人の方が当然多いのだが、更生して真っ当に民として生きている鼠人もいる。後々聞いた話だと、この世の何処かには体毛が真っ白な女王鼠人が統治する鼠人王国があるとか。ほんとかよ。
「それでいいの?」
「おれが、まちでくらす?」
考えもしなかったのか、呆然と聞き返す。
「まあ、人族に何か恨みがあるっていうなら無理にとは言わないの。そうなったら置いていくしかないけど……」
それにしてもこの兎人、巣を全滅させておいて酷い言い草である。
「……ノノもまちでくらす?」
は?
「おい、答えてやれよ」
にやにやと笑いながらジェフリーが急かす。なんかその顔ムカつくなあ。
「まあ、そうなの。今は街で生活しているの」
「じゃあいく。おれはまちでくらす」
「そ、そうなの。決めたならいいの」
そんなに懐かれたのだろうか。まあ、ここに縛られたまま置いていかれたら間違いなく獣の餌だ。実は選択の余地は全然なかった訳である。
「よーし、じゃあ出発と行くか! お前ら、戻る時も気を抜くなよ。行きで避けた罠に引っかかるなんてミスはくれぐれもしてくれるな」
大鼠人を縛った縄の端は自分で持つことにした。自分がそういう話に持って行ってしまったのだから責任は取るが、なんか生暖かい視線で見られているような気がして落ち着かない。
そう深くない洞窟だが、捕虜がいるし警戒しながら進んだので、出口まで戻るのに少し時間がかかった。ずっと薄暗いところにいたので、久々の日光につい安堵の息を付く。
我々は外に向かって歩を進めた。
後々になって考えてみると、結局自分は最初から最後まで油断していたのだと思う。
直接戦うのは前衛だし、後衛は離れたところから魔法を放つのみ。シェリーはともかく、こちらは命のやり取りをしているなんて意識を全く持っていなかった。前衛に殺される鼠人や狼をどこか遠くに見ていて、凄惨な死体を見てもどこかゲームのグラフィックを見ているような気になっていた。
この時、ちゃんと周囲を探っていればレーダーがうまく利かなくなっていることに気が付いたはずだ。第六感とは言っても五感にも影響を受けているらしく、食料庫の腐臭や死体の悪臭に鼻が潰されたため、精度が落ちていたらしい。
そのため、見落としていたのだ。
いつの間にか、探索済みの食料庫に潜んでいた存在に。
──ぞくり。
どうしようもなく、寒気が走る。
訳も分からぬまま、身体を危機感だけが支配する。
視界の奥、洞窟を出てすぐにある茂みから、無数の矢が飛び出してくる。敵襲だ。すぐさまロゼッタが立ちはだかり、鞭を振るいほとんどを払い落とす。残りをジェフリーとジャスティンが剣やマントではたき落とした。
「ぎいい! おまえらどこのやつだ!」
大鼠人が吼える。別の巣の鼠人なのだろう。同じ鼠人でも容赦無く攻撃を浴びせてきた。どうやら待ち伏せされていたようだ。巣を任せていたやつが負けたと見て、攻撃を仕掛けてきたのだろう。
続けて攻撃してくるが、既に我々は洞窟の奥に下がっている。出口は次々と矢が射られ、身動きがとれない。ロゼッタが時々覗き込み、戦況を把握するついでにダガーを投げて、何体か敵を仕留めているようだ。
「大丈夫。わたくしが突破します。ジェフは続いてくださいな」
「はいよ」
しかし、二人なら突破できるという。流石はベテラン冒険者だ。こちらも邪魔しない程度に援護しようと、この場で役に立つ魔法を思い出そうとする。
だが、その瞬間。
『────ウオオオオォォンッ!』
獣の咆哮。びりびりと空気が振動し鼓膜を震わせる。聞いた者は皆耳を抑え動きが一時的に鈍る。だが、これは攻撃ではない。
「こ、これは────」
この世界の獣の中には、知能が高いために独自の言語を体得しているものがいる。そのような獣は、吼えや鳴き声で他の獣や獣人と意思の疎通を図れるのだ。その時使われる、獣の言葉。それが──
「────咆哮信号!?」
野伏であるロゼッタはすぐに気が付いた。獣人である自分もまた、先程の咆哮の意味に気がついた。だがその意味は短すぎて、奴らの仲間ではない我々には理解できない。
そして、呆然と立ち尽くす大鼠人が、ポツリと言った。
「…………おやぶん」
どういうことだと問いただそうとしたその瞬間、体に強い衝撃が走った。
「……え?」
視界が目まぐるしく回り、体が引っ張られて地面を引っ掻いているのを感じる。それほど痛みはないが、何が起こっているのかわからない。
「うあああああ!?」
そのまま更に加速し、洞窟の外へ無理やり連れ出された。
◆ ◆ ◆
「な────」
矢は止んでいた。洞窟の出口にいくつもの矢が刺さったり転がっている。その上を影が跳び越えて洞窟から抜け出し、森の奥へ走って行く。
「────なんだとおおおお!?」
狼だった。
だが今日出会ったどの狼よりも大きい。その口にはノノの襟を銜え、引っ張って行く。ノノは何が起きているか分からず目を回している。
ひゅん、と影が伸び、狼の脚を絡め取ろうとするが、まるで見えているかのように避けられる。
「く──掴めませんわ」
ロゼッタの鞭だ。やがて鞭が届かないところまで逃げられ歯噛みする。
「ノノさん!? このっ、《火──」
「駄目だシェリー! ノノさんに当たる!」
「で、でもノノさんが……!」
慌ててシェリーが呪文で追撃しようとするが、ノノの危険を察したジャスティンに止められた。
そうこうしているうちに狼とノノは森の奥へ消えた。そこへ続く道に、茂みの中から大量の鼠人と狼が現れ、行く手を阻む。その様子を見たジェフリーが舌打ちする。
「そういうことかよ」
大鼠人は狼を殺された時、『よくもなかまをやったな』と叫んでいた。巣のボスである自分と同列に置いていたのだ。そして同じ鼠人の子分は『ちびども』と呼んでいた。
「『鼠人が狼を飼い慣らしていた』んじゃねえ。『狼が鼠人を飼い慣らしていた』んだな」
情報を引き出した子分は賢くない故に勘違いしていたようだが、実際は逆の立場だったのだ。
「さっきの狼が潜んでいたのは食料庫か……? クソッ、いつも通り全部の部屋を調べ直しておけば見つけられたのによ」
新たな敵の出現に、すべき作業を怠っていた。そのことがどうしようもなくジェフリーのプライドを傷つける。
「何が銀級だ……すっかり鈍っちまってやがる」
ぎり、と歯噛みした。
「自省は後回しですわよ」
そこへロゼッタの冷え切った一声が入る。
「ああ、この辺りじゃ咆哮信号を使える獣は限られてる。となると……ノノがヤバイ」
「ええ、急がなくては……。シェリー! 貴女、《浮遊》とか飛べる魔法は使えますの?」
焦りがあるのかロゼッタが厳しい口調で問いただす。
「ご、ごめんなさい! 制御が難しくてまだ……!」
空を飛んだり、空中に浮かぶ魔法は難易度が高く、それなりに経験を積んだ魔法使いでなければ自在に操るのは難しい。まだ駆け出しでしかないシェリーには難しい注文だった。
「分かりましたわ。わたくし達がどうにか突破口を作りますから、ジャスティンと共にノノの元へお行きなさい」
「ただ、ちょいとお前さんたちには辛い相手だろうからな。俺たちが追いつくまでノノを連れて逃げるか持ちこたえるかどうかしていてくれ」
作戦は単純なものだ。ジェフリーとロゼッタが敵を引き受けて道を作り、その隙にジャスティンとシェリーが脱出してノノを助ける。後からジェフリーとロゼッタが追いつき、逃げるなり倒すなりする。
「で、でも……」
「わかりました。それで、敵の正体は一体?」
自信がないのか言い淀むシェリーを遮り、了解するジャスティン。
「ああ、狼や鼠人どもを従える統率力を持ち、咆哮信号で意思のやり取りを行う。その敵の正体は恐らく──」
◆ ◆ ◆
森の中を進む。引きずり回され、土や葉っぱが全身に被り薄汚れる。
とりあえず状況はわかった。でかい狼によって何処かに連れていかれているらしい。無理やり抜け出せないこともないが、すべての黒幕がこの先に待っているならこのまま連れて行ってもらおう。ヤバイやつだったら本気を出すか。
やがて、木の生えていない開けた場所に放り出される。
くらくらと回る頭を抱えながら見渡す。かなり広い。森の中に空いた半径十メートルほどの広場だ。天然の闘技場といったところか。
そして、そこで待っていたのもやはり狼だった。
だが、でかい。一回りとか二回りとかそれどころの大きさではない。肩までの高さで人間の背ほどある。体長は四,五メートルはあるのではないだろうか。暴力的な筋肉がその身を包み、黒色の毛皮で覆われている。もはや猛獣だ。
妖狼。ただの狼よりも遥かに凶暴で、高い知能を持ち、他の獣や獣人を従えていることがある。戦闘能力はかなり高く、勿論その統率力も脅威だ。だが一番厄介なのは、魔力を持ち、魔力に対する優れた感知能力を持っていることだ。
恐らくは私の魔力のにおいを辿ってきたのだろう。ゲームでは敵キャラクターは聴覚や視覚、嗅覚でプレイヤーを追跡できる。それに加え妖狼のような魔力持ちの獣は、それらの感覚で魔力を感知することができるのだ。
魔力が見え、魔力が聞こえ、魔力を嗅ぎ分ける。こうなると魔法を使おうとすると先手を打たれ、魔法を打ち込もうとすると避けられる。魔法使いの天敵だ。
もちろん前衛の協力があればその限りではないが、今ここにいるのは自分だけだ。自分で何とかしなければ。
しかし、何故そんな存在に狙われてしまったのか。
その答えは、妖狼の顔面に走る痛々しい火傷痕だ。それが両目を完全に潰している。まだ真新しく、血が滲んでいた。
一週間前。夢を見始めたばかりの自分は、いろいろと技能や魔法を試した。そのうち、魔力を込めすぎたのかすぐに消えずに高速で飛んで行ってしまった火球があり、それは森の中へ飛んで行った。火事にならなかったようなので確かめもせずに去ったが、どうやらこいつに当たってしまったらしい。そして、その魔力のにおいを覚えて、復讐の機会を伺っていたのだ。
その怨敵を前にしてこの獣はいよいよ怒り狂っている。全身の筋肉は盛り上がり、毛が逆立ち、潰れて見えないはずの視線がこの身を貫く。
『────ガアアアアァッ!』
咆哮信号。空気が震え、木々がざわめき、毛皮がびりびりと響く。怨敵を前にして、わざわざ言語化して告げる理性が残っているらしい。
わざわざ理解するまでもない。
その意味は明確だった。
──お前を殺す。
これが、私が人生で初めて経験する殺し合いの始まりだった。