うさぎ、洞窟を攻略する
「あの洞窟のようだな」
足跡を追跡し、鼠人から引き出した情報と照らし合わせて、森の奥へ歩を進めると、数十分足らずで鼠人の巣を発見した。見張りに一匹鼠人が立っている。だが退屈なのか、うとうとと睡魔と戦うのに忙しいようだ。
ここからは、新人たちが自分たちの考えで行動することになっている。ジャスティンをリーダーとし、シェリーと自分はもちろん、ロゼッタとジェフリーも指示に従う。パーティ行動の経験積みというわけだ。
『周囲に潜んでいるということもないみたいですね……。ノノさん、相手を眠らせる呪文は持っていますか?』
声を潜めてジャスティンが聞いてきた。そういった相手に不利益を与える呪文は黒魔術の得意分野だ。もちろん習得しているし、新米冒険者が使っても問題ないレベルである。
『任せてなの……《睡眠》』
ひそひそと呪文を唱え、鼠人を眠らせる。もともと眠りかけていたのもあって一切抵抗せずに睡魔に敗北し、ずりずりと壁を背に崩れ落ちた。そこへジャスティンがこっそりと忍び寄り、喉を一付きにして永遠に眠らせる。念のため、一見ただ居眠りをしているように見せかけて細工をした。
一度下がって洞窟の様子を伺ったが、中の鼠人たちが気が付いた様子は無いようだ。
再び洞窟に近づき、今度は奥の様子を伺う。道が続いていて、それなりに深いようだ。奥には松明があるのか、ぽつぽつと所々明かりが灯っている。道幅は小柄な鼠人の住処だけあって、それほど広くはない。長剣では引っかかる恐れがあるため、ジャスティンとジェフリーは短剣に持ち替えた。
『一応明かりは作っておきますね』
万が一に備え、シェリーは手持ちの短剣に《明かり》をかけた。鞘に収めれば明かりは漏れないので、必要な時に取り出せばよい。
足元が暗いので、注意しながら奥へ進む。途中、シェリーが落とし穴に引っかかりそうになったが、すぐに気がついたロゼッタに手を引かれ事なきを得た。あまり賢くはないが、鼠人も罠を作るのだ。シェリーも知識では知っていたが、やはり経験の差というわけだ。
やがて、通路が分かれている場所に辿り着いた。左手の奥からは物音や声らしきものが聞こえ、複数の気配を感じる。鼠人たちが集まっているのだろうか? 反対の右手の奥からは異臭がし、何者かの気配を感じる。
先に右手の奥を確認することにした。ロゼッタに偵察してもらうと開けた小部屋のような場所があり、鼠人が一匹食事をとっていたようだ。一気に雪崩れ込み、騒がれる前に息の根を止める。
ここは食糧保管庫のようだ。だがほとんどが食いカスや生ごみで、糞尿まであるし、腐って悪臭も放っていた。念の為シェリーが明かりをつけた短剣を掲げて調べたが、蛆まで湧いている様子に女性陣はきつかったのか、シェリーとロゼッタは顔が引きつっている。いや、あんたは慣れてないとまずいだろ。気持ちはわかるけど。ちなみに自分はとっくに鼻が麻痺していた。仕方ないね。
道を戻って少し呼吸を整え、後は左手を残すのみだ。おそらく向こうは人族が近付いている事に気が付きつつあるはず。となると、残りの鼠人や狼はこの奥に集まっているのだろう。
戦闘準備を整えておく。軽く作戦を決め、突撃!
「《閃光》ッ!」
「ぎあああっ!」
「ギャン!」
最初に、シェリーが魔法で強い光を放ち、敵の目を潰す。もちろん我々はあらかじめ目を瞑ってそれを回避し、魔法が発動したあとで目を開いた。
左手の奥の部屋はそれなりに広さがあり、長剣を振り回しても問題ない広さだ。ジャスティンとジェフリーはすかさず適切な位置取りをして、お互いの邪魔にならない場所に移動する。
鼠人が三匹、狼が二匹。鼠人の一匹は少し体が大きく、他よりマシな服を着ているので巣のボスかもしれない。目論見通り、連中は光で目を潰されて呻いている。だが、普段薄暗い洞窟で生活しているような連中なのだ。狼も目が使えないくらいではまだまだ油断できないので、駄目押しをしておく。
「《鈍足》! 狼の足を鈍くしておくの!」
淡く輝く魔力が狼に纏わりつき、動きを急激に鈍らせた。
「はっ!」
「ギャンッ!?」
そこへジャスティンが剣を袈裟懸けに振り下ろし、狼の腹を掻き捌く。狼は血反吐を吐き、臓物を溢れさせながら絶命した。
「よっと」
ジェフリーはもう一匹の狼の首に刃を通し、こちらも即死させる。薄暗い場所だというのに、まるで全て見えているかのように淀みない一撃だった。
「きさまら! よくもなかまをやったな!」
血の臭いで誰かがやられたことを察したのか、激昂するボス鼠人。それなりに知能があるらしく、拙いながらも喋ることができるようだ。
「ころせ! ころせ!」
怒りで喚き散らしつつ、子分どもに命令する。
一匹は慌てて短剣を取り出し投げつけてきた。だが、まだ目が回復していないので、当たり前のように見当違いの方に飛んで行く。もう一匹も短剣を取り出して、こちらは人影くらいは見えているのか一番近いジェフリーの元へよたよたと突進する。こちらも当たり前のように避けられ、通り際に首をかっ切られて崩れ落ちた。
「ぎいい!」
仲間がやられたのが見えたのか、死の恐怖に怯える子分。だが、ボスがそれを許さない。
「にげるな! いけ! ころすぞ!」
「ぎいいいい!」
ボスに強要され、刃物を構えて突撃する子分。もちろんそのような破れかぶれの攻撃など当たるはずもない。あっさりとジャスティンに武器を弾き飛ばされ、肩からばっさりと切り裂かれた。
「くそ! しんだ! よわいやつらだ!」
子分をすべて殺され、地団駄を踏むボス。じりじりと壁に下がり、怯えているのか杖を突きつけた手は震えている。最早ボスに助けは来ないし、我々も逃がすつもりはない。絶体絶命というやつだ。
…………杖?
「つよいのはおれだけ! じゅつみせてやる! あやまってもおそい!」
大鼠人か!
知能も身体能力も鼠人を上回り、妖術を使える個体もいるという。
妖術。魔力ある生物が本能的に身に付けた、原始的な魔法である。白魔術や黒魔術ほど洗練されていないとはいえ、魔法は魔法。炎を出せるし風も起こせる。もちろん生物を殺傷する程度造作もない。
恐らくはこの力でボスにのし上がったのだろう。絶対の自信があるようだった。とはいえ、ここにいるのは駆け出しもいるとはいえ、それなりの戦闘力を持つ冒険者が五名。術を完成させる前に討ち取れる……かもしれないし、できないかもしれない。
ここは念の為に確実な方法を取るべきだろう。
「みんな下がって!」
呪文を構築しながら警告する。相手が見えなくても大丈夫のはずだが、ゲームでは使ったことがあっても実際に使うのは初めてだ。万が一ということもある。
「もうおそい! 《電──」
「《衝撃》!」
ごす。
「あぎゃ!?」
急に頭を弾き飛ばされた大鼠人は、思い切り壁に後頭部を打ち付けて気絶した。発動寸前だった術は制御を失ったために失敗し、逆流して術者を感電させる。駄目押し。
「……えげつねぇ」
ちょっと魔力を込め過ぎたかもしれない。たんこぶが出来ているし、白目を剥いて泡まで吹いている。急激に首が後ろに跳ねられたので、ムチウチになっている可能性もある。ジェフリーが呻くのも無理はなかった。
というか、恐らくやつが発動させようとしていたのは《電撃》だ。黒魔術にある同名の呪文ほどの威力はないと思われるが、制御が難しいため広範囲に広がりやすいのだ。術を中断させようと誰かが突っ込んでいたら危なかったかもしれない。
「ていうかジェフリーさんかロゼッタさんなら問題なく術を邪魔できたと思うの」
そもそも最初からこの個体が大鼠人だと気が付いていてもおかしくはない。
「リーダーの指令がなかったからなあ」
ぽりぽりと頭を掻きながら言うジェフリー。
「す、すみません……」
ジャスティンは咄嗟の判断が下せなかったことを悔いているようだった。とはいえ、先輩に命令するのはまだ慣れていないだろうし、大鼠人だと気が付くのが遅れたのはこちらも同じだ。
「ま、大鼠人の術くらいならよほど無抵抗で受けなけりゃ死にはしないさ。白魔術師もいることだしな」
先輩たちも、できるだけ新人に経験させたいという思いから動かなかったのだろう。負う怪我がまだ致命的にならないうちに、痛い思いをして覚える。それもまた重要なことだ。
「ノノはいい判断でしたわね。無理に攻撃呪文を使わず、かつ壁際にいることを利用して適切な呪文を選択しましたわ」
「『最小の魔力で最大の効果を』……魔法使いの鉄則なの」
限りある魔力なのだ。できれば節約して使いたい。ドヤ顔なのは許せ。
「とはいえ、大鼠人の方が一瞬早く発動させていたら貴女が危なかったのですよ? 貴女は魔法使いで小柄なのですし、回復役が倒れてはパーティにとって致命的な事態ですわ。くれぐれも気を付けてくださいまし」
「はい、気を付けますなの」
大抵のゲームでもそうだが、回復役はパーティの生命線だ。最悪、前衛を見捨ててでも生き残らなければいけない。パーティを立て直せるのは回復役だけなのだから。
ただ、ゲームをやっていた頃もこれは苦手だった。誰かが危ないと思うと必死に回復してしまうし、助けられるなら助けに向かおうとしてしまう。そのせいで自分が死んでしまうことはよくあった。ゲームプレイヤーとしては失格だ。恐らくは今も同じことをしてしまうかもしれない。気を付けなくては。
「えーっと、この子どうします? ちょっとやそっとじゃ目覚めそうにありませんけれど」
その後軽い反省会が終わったところで、シェリーが気絶した大鼠人を指差した。とりあえず縄で縛っているが、すでに虫の息である。
「尋問しますか? あとどれくらい鼠人がいるのかとか」
「いや、それは意味ねえよ。あいつら三以上は『たくさん』だからな」
いち、に、たくさん。
「というかまだ生きていますの?」
「応急処置をすればもう少し持つの。もしくは魔法で治療すればいいけど……するの?」
洞窟はこの部屋で終わりだし、今までに遭遇した鼠人の数はボスを含めて五体。これ以上は巣に入らないだろう。尋問しても対した情報はなさそうだが……?
「……一応しましょう。何だか嫌な予感がしますの」
嫌な予感。ベテランが言うならば可能性は高いのだろう。
「それじゃあ治療して……」
「あ、待て。まず起こそう」
「え? でも……」
「起きてる時に魔法で治療してやれば、恩を感じてくれるかもしれん」
「なるほど、分かったの。じゃあまずは起こすの」
起こすと言っても、活を入れるとか顔を引っ叩くとかではない。というかこの状態でそれをしたら死にそうである。起こす魔法というものがあるのだ。
「《覚醒》……よし、目が覚めたみたいなの」
魔法が成功し、ボスはゆるゆると目を覚ました。そして全身を襲う激痛に顔を歪ませる。
「ぎぎぎぎぎ! いたい! いたい!」
「よーし、ネズミちゃんよ。状況はわかるな?」
問答無用でジェフリーが声を掛ける。
「あたまが! あたまがいたい! ぎいい!」
「言うことを聞いていれば命は助けてやる。お前はただ情報を吐けば……」
「たすけて。たすけておやぶん……」
……何だって?
「おい、『おやぶん』って何だ? お前がここのボスじゃなかったのか?」
こいつは親分ではない? それとも何処かの巣の下っ端だった頃でも思い出したのだろうか?
「いたい……いたい……」
あ、まずい。
「ちょっとどくの」
これ以上は命が危うい。死人に口無し。情報を引き出し切る前に死なれては困る。俯いている頭を持ち上げ、呪文を唱えた。
「もう少しがんばるの。《治癒》」
「あ、あたたかい……」
とりあえずたんこぶを治して腫れを引かせる。元気になって逃げられても困るので、感電のダメージは軽く癒す程度にする。
「もう痛くない?」
瞳を覗き込んで確認する。頭へのダメージなので、あとあと後遺症が出るかもしれないがそれはどうでもいい。問題は会話に問題がないかどうかだ。
「だ、だいじょうぶだ」
「そう? それならいいの」
どうもぼう、としているが、体力を使ったために朦朧としているのだろうか。とりあえず大丈夫そうである。
「もういいな? じゃあ楽しい質問タイムといきますかあ」
ジェフリーがタイミングを見計らって口を挟む。
「ぎ……おれ、はなさない!」
「ほおお? じゃあ死ぬか? 俺は別に構わんがなあ。所詮ネズミ野郎だ。対した情報は持ってなさそうだしなあ」
「ぎいいい!」
わざと挑発して、嫌われるように話している。所謂『悪い警官』というやつだ。
「こら。それじゃあ聞きたいことも聞けないの。下がってるの」
そしてもちろん『いい警官』が自分である。『悪い警官』から相手を庇い、味方であるように錯覚させるのだ。
「ごめんね。私はノノ。君に聞きたいことがあるの」
「……なにがききたい?」
いや、早いよ。まだ尋問始めたばかりなのにもう心が開きかかってるよ。尋問なんてやったことないから助かるけれど。
「さっき『おやぶん』って言っていたけれど……君が親分じゃなかったの?」
そう聞くと、明らかに体が強張った。こいつのさらに上がいることが確定した瞬間だった。嫌な予感が的中したロゼッタは頭を抱えている。
「……しゃべればくわれる。しにたくない」
「私たちは人を襲うやつを退治しにきたの。君が話してくれればその親分も倒しに行くの」
「だ、だめだ! おやぶんはおれよりずっとつよい! おまえ、ころされる!」
それだけでも喋ったことになるとは思うが、茶々を入れるつもりはない。
「私たちは君よりずっと強いの。だからきっと勝てる。それに、いろいろ教えてくれれば君も守ってあげるの」
「ぎい……」
迷っているようだ。もう一押し必要かもしれない。
「やめとけやめとけ。どうせ何も知らねえよ。所詮ネズミだ」
「ばかにするな! おれはちびどもとはちがう!」
ナイス後押し。
「教えて欲しいの。それに、失敗したとわかれば親分も君を許さないと思うの。君の身を守るためにも情報が必要なの」
君を守るとか言っておいてじわじわと追い詰める。我ながら嫌なやり方だ。
「ぎぎ……だれにもいうなよ。ぜったいだぞ」
しばらく押し黙っていたが、ようやく重い口を開いた。