うさぎ、店番をする
朝日が登り人々が活気付き始める。ざわめきが街中に囁き始め、商魂逞しい物たちは既に開店し、声を張り上げながら客を呼び込んで賑わい始めていた。
そんな中、俗世の喧騒とは無縁な店舗がここ『メアリーの錬金魔具店』である。
店内は耳が痛くなる位静かだ。表通りから離れた場所にあるのも要因だが、最大の理由は強力な防音処理が施されているためである。薬品の調合や魔具の開発に集中するためにメアリー自ら処置しているらしい。例え店の前で猛獣が吠えたとしても、蟻の内緒話程度にしか聞こえないとか。
そんな店内で現在暇してる私。午前中の仕事も確認し終わり、カウンターの椅子に座り込んで足をぷらぷら弄ぶ。
ちらちらと店内を眺めてみると、錬金術師の店だけあって流石に素晴らしい魔具が揃っている。室温調整機が室温を一定に保ち、魔燈が店内を明るく照らす。魔力冷蔵庫が薬品を低温で保蔵し、魔力焜炉でいつでも加熱できる。
ファンタジーらしからぬ文明ぶりに元の世界を思い出す。まだまだ中世ヨーロッパ的文明レベルのこの世界だけれど、魔法込みでの文明的には十分に追いつく余地があるのではないだろうか。普及させるには長い時間が必要そうだけれど。コストもどれくらいになるのか分からない。街中であまり見かけないし、一部でしか取り扱ってないのだろうか。
そういえばメアリーは《詠う旅鳥亭》に魔具を届けていた。案外あそこの料理の美味しさの秘訣は魔具を駆使した調理器具にあるのかもしれない。
そんなふうに思いを馳せていると、店の扉が開きからからと来客を知らせるベルが鳴る。
「ごめんください……」
身なりのいい老紳士だ。礼儀正しく挨拶され、丁寧に主人の名を告げられる。メモからその名前を探すと、午前中に注文していた品を取りに来るとあった。
「メアリー殿は留守でしょうか?」
「はい、別件で出掛けておりますので、私が代わりに承ります。注文の品はご用意しておりますので、ただいまお持ちいたします。しばらくお待ちください」
ぴょんと椅子から飛び降りて奥へ品を取りに向かう。テーブルの上に用意してある品々とメモを見比べて、目的の品を《念力》で丁寧に運ぶ。お客さんの前に運ぶと、再びぴょんと椅子に飛び乗った。
「注文の品です。魔動自鳴琴及び幾つかの音楽が記録された専用カートリッジです。確認していかれますか?」
「いえ、問題ないでしょう。メアリー殿の仕事はいつも素晴らしい。旦那様もきっとお喜びになる」
そう言うと老紳士は商品と代金です、と懐からちゃりちゃり鳴る袋を取り出しカウンターに置く。恭しく受け取り、目の前で中身を改めるような事はしない。にっこり笑い、礼を言う。
「ありがとうございました。今後ともご贔屓に」
「また伺います」
しかし老紳士はカウンターを離れず、きょろきょろと辺りを伺うと話しかけてきた。世間話だろうか?
「ところで、貴女はメアリー殿のご友人の方でしょうか」
「ええ、まあ。一応正式な仕事として店番を任されてますが、親しくさせていただいております」
「失礼、今までこういうことがなかったもので……留守の際は店を閉めておられましたからな。後日訪ね直す事がよくあったのです」
おいおい、お得意様にもこの仕打ちか。というか受け取りの日は店にいればいいのに。いくらなんでもマイペース過ぎる……!
「まあ、それはそれは……大変申し訳ありません。本人にはよく言って聞かせますので……」
「ああいえ、文句があるわけではないのです。その……気難しい方ですし、急用では仕方ありませんから」
何とよくできたお方だろうか。まあこの世界では電話とかもないだろうし、事前にアポを取るのが難しいのだろう。それにしたって限度があると思うけど。
「貴女は魔具などの作成には携わらないのですか?」
「はい、私はあくまで店番で……心得が無い訳ではないのですが」
メアリーほどではないが、錬金術は多少齧っている。とはいえ昔ゲーム内で冒険に使うポーションなどを作ってみたりした程度だが。
「それでは彼女の作品を見てさぞかし驚いたでしょう……彼女は正に天才ですよ」
「ええ、とても驚きました。見たこともない魔具でいっぱいですね」
「この店にあるものはほぼ彼女が独自に考案したそうです。天才という言葉では言い尽くせませんね。鬼才……いえ、異才と言ってもいい」
そう言うと、老紳士は徐々に興奮して話し出す。
「まるで異国……いや、異世界から持ち込んだかのようですよ。とにかく発想が飛躍しているのです。旦那様も私も様々な魔具を見聞きしてきましたが、これ程のものは見たことも聞いたこともないのです」
「『異世界から』……」
「特に彼女の作品で素晴らしいのは、魔具だからと非日常的なものに限らず、日常生活の中不便な時に役立つ、誰でも使える便利な道具であることです。一般人の魔力でも扱える物も多いため、使用人達も多いに助かっているのですよ」
確かに、店で目に付くのは元の世界でも便利な家電の魔具版だ。この世界の人たちにとってははさぞかし画期的で、さぞかし便利なことだろう。
……やはりこれらは元の世界の知識で作られたものなのだろうか。メアリーが自分で開発したものとして売り出している? 確かに現代知識を魔具の開発に活かせば、莫大な財を築くことも不可能ではないだろう。そのために知識を集めているのだろうか。
──あるいは、知識を元から持っていたのか。
「魔具がお好きなのですね」
「……失礼致しました。あまりこういうことを話せる相手がいないものでして」
恥ずかしそうに取り繕う老紳士。男はいつになっても男の子だということだろうか。
その後、軽く雑談して老紳士は去って行った。私は再び椅子の上で足をぱたぱた弄ぶ。
メアリーが転生者だという確証はない。だが可能性はある。元から持っていた知識で魔具の開発を行い、更なる知識を求めて獣人に聞き込みを……なんで獣人? 趣味だろうか。この段階で深読みしても仕方が無い。趣味ということにしておこう。
私は現代知識どころか人格を有している。その事を話せばメアリーが離れることはないだろう。けれど、それは友情だろうか。有用だから共に居るに過ぎない。だったら最初から友情ではなかった? けれど、何の情もなくあの様な態度ができるだろうか。いや、有りか無しかのデジタルで考えるのもよくない。全くの情がないわけじゃないのかも。
……どうせ今日問いただすつもりなのだ。あまり考え過ぎても良くないか。
メアリーが一旦戻ってくる昼までにはまだ時間があるし、一仕事残っている。注文の品を受け取りに来る客がもう一人来るはずだ。
ほら、そんな事を考えている間にずかずかと足音が……ずかずか?
ずかずかと足音が近付いて来て、どかんと扉が開きがらがらとベルが鳴る。
「おーっほっほっほっほっほっほ!!」
な、なにぃッ! こ、このプレッシャーは……!?
「お久しぶりですわねメアリー! ワタクシが会いに来てあげましたわよッ!」
我々はこの口調を知っている! いや、この強引さとこのオーラを知っている!
きりりと釣り上がった瞳に煌めく八重歯。くるくる巻かれたブロンドヘアの上には真っ赤なとんがり帽子を乗せている。こちらもまた真っ赤なドレスのようなローブを着て、その上に金色の絢爛な刺繍が施されたケープを羽織っていた。
ということはこの方は、えっとつまりこの少女は、その、あの、この人は……!
『…………誰?』
静まり返る店内。
私と彼女の呆然とした言葉が木霊した。
◆ ◆ ◆
「えっと、つまり貴女が……」
「ヘンリエッタですの。以後お見知り置きを」
「ノノなの。はじめましてなの」
応接室で向かい合う私たち。とりあえず自己紹介と相成った。しかしこの人私のことめっちゃ見てくる。ヨハンさんから聞いた限りでは、恐らくメアリーの最も古い友人だ。久しぶりに会いに来たら見知らぬ獣人が店番をしているのだから、そりゃあもう気になる筈だ。
しかし……。
「ロゼッタさんが来たかと思った……」
「あら、ロゼッタお姉様をご存知なの?」
「ええ、以前お世話になっ……お姉様?」
「ロゼッタお姉様は従姉妹ですの。ワタクシの憧れですわ! いつかロゼッタお姉様のような一流の冒険者になるのが夢ですのよ!」
「ああ、それで……」
おほほと誇らしげに胸を張り、髪の縦ロールをびよよと揺らす。うーん、胸は従姉妹には及ばないようだが、なかなかのロール具合だと思う。
「ロゼッタお姉様のお知り合いなら悪い方では御座いませんわね。改めまして、ワタクシはヘンリエッタ。メアリーとは旧知の仲ですわ」
「よろしくお願いしますなの!」
態度を軟化させ、握手を交わすヘンリエッタさん。うーむ、ロゼッタさんの名前は効果絶大だなあ。
にこやかに挨拶を交わすと、ヘンリエッタさんは立てた人差し指を顎に当てて考え込む。挙動がいちいち優雅というか洗練されているというか。され過ぎてるというか。もしや訓練まではしてないと思うけど。
「それにしても珍しいですわね。メアリーが店番を雇うなんて……というか、ワタクシ以外に店を任せるなんて前代未聞ですわね」
「ヘンリエッタさんは……」
「ヘンリエッタでいいですわよ。もしくはエッタで。ワタクシはノノと呼んでも?」
「いいですとも! ……それで、ヘンリエッタはよく店を任されてるの?」
「まあ、昔からの仲ですから。その昔からの仲と同じく店番を任されている貴女は何者なのかしら」
そういうとじと、と私を見つめるヘンリエッタ。本気で睨んでるわけではなさそうだけれど、突然現れた人物に自らのポジションを侵害されて何も思わないわけがないし。慌ててメアリーとの馴れ初めを話す。
「……ふむ、街中でぶつかったのが切欠。なかなか運命的ですわね」
「自分でも都合が良過ぎると思うけど……」
「実際起きてみればそんなものですわ。振り返ってみればまるで物語のようなことばかり。けれども冷静に考えれば偶然と必然の積み重ね。まあ、ワタクシはそういうことも含めてあえて運命的、と言わせていただきますわ」
うんうん、と腕を組み頷くヘンリエッタ。
物語のようなこと、か。私に降りかかった今までのことは、やはり偶然と必然なのだろうか。それにしてはちょっとトラブルが多すぎると思うけれど、そんなものなのかな。
「それで?」
「えっ?」
「店を任されるほどの仲なのですから、それで終わりということはないでしょう。さぞかしドラマチックなことがいろいろあったはず! さぁさぁ、どんどんお話しなさいな! 全部聞くまで離しませんわよ!」
「えっ、ええーっ?」
ふんすかと鼻息を荒くして詰め寄ってくるヘンリエッタ。そんなに意気込まれても大したことはないんだけれど……一応これまでの交流を話してみる。
話していくうちにじわじわと目つきが悪くなり、疑い深く眼差しを送るようになり、最後にはむっつりとワタクシ不満ですという表情で睨めつけてくるようになっていた。
「……終わりですの?」
「終わりですの」
むー、と唸る。唸られても。
「いろいろ飛ばしていませんこと? 急激に仲良くなり過ぎのような気がしますけれど」
「そんなこと言われても……自分でも不思議だけど、なんだか他人のような気がしないというか……」
「うーん、偶然気が合う者同士だったのかしら……そうねえ」
じろじろと私の体を見定めるヘンリエッタ。
「兎人……確かにあの子の好みかしら」
「獣人好きなのは聞いていたけれど……」
「……まあ、確かに好きですわね」
うん? 何か含みのあるような言い方だけれど……。まさか錬金術の材料的にとかそういうことでもあるまいし。……まさかね?
そういえば、ヘンリエッタはメアリーの行いを知っているのだろうか。詳細を話してみる。獣人に声を掛けること、異質な知識を求めていることなど。
「まあ、メアリーがそんなことを?」
「ということはヘンリエッタにも隠していたの?」
「少なくとも聞いてはいませんわね。そもそもあの子が自分の事を語ることは少ないけれど……あら、そういえば」
思い当たることがあったのか、首を傾げるヘンリエッタ。かと思いきや、徐々に顔色を悪くして冷や汗を流し始めた。……これは何か知っているな。
「ちょ、ちょっとお聞きしたいのですけれど……ノノ、貴女はその知識とやらを持っているのかしら?」
「え、えっと……まぁ、もしかしたら、そうなの」
「メアリーにその事は?」
「はっきりとは言わなかったけど、それっぽいことは言ったかもしれないの」
「……そんな、こんなことって」
ぶつぶつと呟きながら落ち着きなく視線を泳がせている。どういうことなんだろうか。もしかして、メアリーのあの行いにはヘンリエッタが関係しているのだろうか。
「何か知っていたら教えて欲しいの。そんなに責めるつもりはないけれど……あんまり良くないことだと思うの」
「……心配しなくても、もうしないと思いますわ」
視線を逸らし、そう答えるヘンリエッタ。
「もうしない? どういうことなの?」
「探し物は……いえ、探し人は見つかったということですわ……」
そう呟きながらふと天井に目を向けたヘンリエッタはびく、と体を震わせると勢い良く立ち上がる。
「ど、どうしたの? というか探し人って……」
「ねえノノ、ワタクシ久々に表通りの喫茶店の紅茶が飲みたくなりましたわ。付き合ってくださらない?」
「えっ? 紅茶ならここでも……」
「あそこの紅茶じゃないとダメですのよ! ほら、メアリーの事聞きたいのでしょう? 出会いから最近のことまで全部話してあげますわよ!」
「まだ仕事が……」
「時々メアリーが留守にすることは常連なら知っていることですわ。置き手紙でもしておけば十分でしょう。メアリーもワタクシが無理やり連れ出したと分かれば怒ることもありませんわよ!」
「ちょ、ちょっと引っ張らないで……」
一体どうしたんだろう。そんなに慌てて外に連れ出そうなんて。ヘンリエッタが見ていた天井を眺めてみても、甲虫が一匹止まってるくらいだ。虫くらいどこにでもいるだろうし、冒険者が虫を心底嫌うこともないだろう。
無理矢理引っ張られて店の出口へずるずると引き摺られる私。本気で振りほどけばわけないけれど、この豹変振りが気に掛かる。
ふと、元の世界のとある都市伝説を思い出した。
遊びに来た友人が、急に血相を変えて買い物に行こうと無理矢理外に連れ出すのだ。その焦りように一体どうしたのかと問うと『君のベッドの下に刃物を持った男がいたのだ』と告げる。
若干似ていなくもないけれど、まさかこの店に不審者が忍び込むなんてことはないだろうし。ヘンリエッタが見た天井には虫しかいない。もしや私が感知できないような存在がいるのかと注意深く見渡してみてもその片鱗すら見られない。
ならば逆に私自身に対して何かしようとしているのかとヘンリエッタを眺めてみても、冷や汗をかきながら必死に私を連れ出そうとするその姿に悪意は見られない。一体何に対してそんなに焦っているのだろう。まるで時間が差し迫っているかのようだ。
「待って待って! ちょっと落ち着いてなの! どうしたの急に?」
「冷静に状況を判断した結果ですわ! 文句は後で聞きますから、とにかく今はワタクシの言うことを……」
出口の前でわいのわいのと騒いでいると、ふと覚えのある気配が近づいてくるのを感じた。
「あ、帰ってきたの」
「え────」
ぎょ、とヘンリエッタが出口を振り返った瞬間、がちゃりと扉が開かれる。
メアリーが立っていた。
◆ ◆ ◆
「ただいま」
そう言うとメアリーはノノににっこりと微笑み、扉を閉めた。
「お、おかえりなさいなの」
店主の旧友と押し問答していた所を聞かれたかしらとやや怯えるノノ。しかしそれには全く触れず、メアリーはヘンリエッタに視線を向けると久しぶり、と挨拶した。
ヘンリエッタはぞっとする。メアリーは微笑んではいたが、目が笑っていないのだ。やはりバレている、と恐る恐るノノの手を離し、まるで猛獣を相手しているかのようにゆっくりと距離を取る。
「あ、あの、二人目のお客さんはまだ来てないの」
「私の方が早く済んだから。もう少しすれば来ると思う」
すたすたと二人の側を通り過ぎて、カバンを置きに行ったのだろうメアリーは店の奥へ消える。
それを見送ると、ノノとヘンリエッタは視線を交わす。
「雇い主も戻ってきたし、流石にお付き合いするわけには……」
「……分かりましたわ。それならここで待っていてくださる?」
ぽふぽふとノノの頭を撫でると、そそくさとメアリーの後を追うヘンリエッタ。メアリーに直談判するのだろうかとノノが呑気に構えていると、すぐに店の奥から言い争う声が聞こえてきた。静かな店内の上にノノの耳は相当良いので、盗み聞きは良くないと意識をそらしていてもその断片は自然に耳に入ってくる。
『お願いだから思い留まって! 軽率なことを言ったワタクシに問題があるけれど、あの子はそんな存在じゃ……!』
『……うるさい。何を勘違いしているか知らないけど、変な事をするつもりはない』
『前もそう言ったわよ! それを信じてどうなったと思っているんですの!? また繰り返すおつもり!?』
『ようやく見つけた。ずっと探し求めていた。前とは違う。大事にする』
『そういう問題じゃ……!』
どたばたと物音がして、気が気じゃないノノ。そうしている間にも言い争いは続く。
『いくらヘンリエッタでも、あの子を連れ出そうとするなら容赦はしない』
『どうして……どうしてそこまで……!』
『貴女には分からない。一生分からない。私がどんな思いをして生きてきたのか、あの子と出会ってどんな気持ちだったか、分かるとでもいうの?』
『…………』
『……分かるわけがない。だって私は……』
『…………』
やがて言い争いが沈静化し、ノノは胸を撫で下ろす。ぼそぼそと話し合う声が聞こえたかと思うと、ヘンリエッタが店の奥から出てきた。それを見たノノはぎょっと驚く。
ヘンリエッタは泣いていた。怒りでもない。悲しみでもない。鈍感な者でも一目見てわかるそれは、悔し泣きだった。わけもわからず慌てて声を掛けるノノだったが、ヘンリエッタはそれに取り合わずずかずかと出口に向かう。
そして去り際にノノにぼそりと何事かを呟くと、店を出て行った。
「……気にしないで」
いつの間に戻ってきていたのか背後からノノの肩に手を置き、メアリーが告げる。
「古い仲だから喧嘩をすることもある。でもちゃんと仲直りをするから」
「……そう、なの」
その声は優しくて、悲しげで、友人との喧嘩に心を痛めていることはノノにも感じ取れた。しかしノノは扉を見つめながら、言い知れない悪寒が背筋を登り始めていた。
「昼食を作る。すぐに出来るから待ってて」
「うん……」
ぱたぱたとキッチンに向かうメアリーを見送ると、ノノは天井を見上げる。
虫はいなくなっていた。
『──危険だと感じたら、すぐに逃げて』
「どうしてあんな事を……」
ノノはヘンリエッタの去り際の言葉を思い出す。
そして、薄々と察し始めていた。
──自分の身に迫る危機を。




