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うさぎアドベンチャー  作者: A*
第三章 新鋭冒険者
28/31

うさぎ、錬金術師と過ごす

 空は快晴。暖かな日差しと穏やかな風が私の毛皮を撫でて行く。小鳥の囀る声や微かな虫の音が聞こえ、草木が風でゆらゆら揺れて、さわさわ鳴って賑やかす。


 ここは王都から少し離れた場所。木々に囲まれたちょっとした広場。周囲に人影はなく、ただ自然が広がっている。


 今日は朝早くから出かけて、特訓に丁度良さそうな場所を探していたのだ。流石に歩き回るのは疲れそうだったので《飛行(フライング)》で空からざっと眺めて、良さそうなところをピックアップしてみた。人に見られるのはちょっと恥ずかしいし、木に囲まれてすぐには見られない場所を見つけられたのは幸運だった。


 さて、まずは結界を張ろう。この世界に来て初日、結界も張らずに魔法を使ったせいで大変な目にあったのはちょっとしたトラウマだ。そのおかげでいろいろ目が覚めたという事もあるけれど、二度もそんなことを起こしたくはない。


 半径十数メートルくらいの大きさで結界を張る。きぃん、と響く音が聞こえると、風が遮られて届かなくなり、外の音も篭ったように小さくなる。特に強力なものではないが、端に近付けば近付くほど魔法を減衰させる効果がある結界だ。自分の魔法なら簡単に干渉できるので、並みの魔法なら端にたどり着く前に消えるだろう。


 試しに結界の天井に向かって軽く魔法を使ってみる。


「《火球(ファイアーボール)》!」


 ぼっ、と掌から生み出された火球はしゅるしゅると空へ登っていく。天井が近付くと急激に縮んでいき、結界の壁に当たってぽふ、と間抜けな音を出した。


「うーん、実戦にはあんまり使えないかな……」


 特訓用に考えた結界だけど、戦闘で使いまわせないかなーという淡い期待は裏切られた。漫画やアニメでよくある、闘技場とかで観客を守る結界をイメージしてみたのだけれど、多分これ、もっと勢い付けてもっと強力なのを使うとぶち抜きそうだなあ。魔力の効率も良くないし、検討の余地ありだ。


「本当は図書館とか魔法学院とかで、ちゃんと勉強したいんだけどなぁ」


 何故か頭の中に叩き込まれている魔力運用の知識。それを使えば魔法を使うこと自体は容易い。元からある魔法を弄るのもやれないことはない。ただ、それは分厚いマニュアルをぽんと渡されて、内容をそのままなぞっているに過ぎない。ちょっとアレンジしているに過ぎない。本来ならばイチから勉強し、理解し、経験していく大事な過程をすっ飛ばしているのである。いつ道を踏み外し、とんでもないポカをやらかすとも限らない。そうなる前に少しでも勉強したいのだ。


 とはいえ、魔法学院に入るのはお金がかなりかかるし、図書館は身分がしっかりしている人にしか解放していない。ヒラの冒険者に閲覧させるなんてとんでもない。この世界では本は貴重品なのだ。どちらも何らかのコネがあればその限りではないが、そんなコネは王都に来たばかりの私にあるはずもない。


 そんなわけで、私はこんな辺鄙なところで自主練なのである。


「それじゃあまずは、《水霊召喚(サモン・ウォーター・エレメンタル)》っと」


 ごぽごぽと音を立て、虚空から水霊(ウォーター・エレメンタル)が数体出現する。適当に結界内を動き回るよう指示を出すと、掌を彼らに向ける。


「《火球(ファイアーボール)》!」


 ぽひゅんぽひゅんと火球を生み出しては飛ばしていく。時折当たるけれど、当然水の塊にちょっとした火を当てたところで焼け石に水である。この場合逆なのだけれど。


 召喚するのにそれなりに経験を積まねばならない水霊(ウォーター・エレメンタル)を的にしての、初歩的魔法《火球(ファイアーボール)》の練習なんて贅沢にも程があるけれど、実戦で練習するのはちょっと怖い。失敗すれば他人に迷惑がかかってしまう。勿論いずれ実戦の中で使うようにはするつもりだけれど、まずは慣れておかないと。


 ちなみに今までの討伐依頼などは大抵補助に回っていたので、直接戦闘したのは数えるくらいだ。今後王都の地下で見たような怪物と戦う羽目になるのなら、少しでも実戦経験が欲しい。王都では討伐依頼を増やしてみようか。……おっと、集中集中。


 時折違う魔法を混ぜてみたり、自分も走りながら魔法を撃ってみたり、水霊(ウォーター・エレメンタル)の動きを変えてみたりして、特訓に励んだ。


 正直、あんまり生物的な動きじゃない水霊(ウォーター・エレメンタル)を狙ったところで実戦に役立つのか途中で不安になった。しかも身体能力が優れているせいか最初から命中率も高い。最後にはムキになってお互い高速で移動しながら流鏑馬と洒落込んで、流石にそんな状況下では外しがちになった。だがそれもだんだん当たるようになったので、全く意味が無いわけでもなさそうだ。


 とりあえずひと段落したので小休止。水霊(ウォーター・エレメンタル)を待機状態にしておく。伸びをしながら呼吸を整えた。


「うーん、これくらいじゃまだまだ疲れないか……」


 結構動き回って結構魔法を使ったけれど、息も大して上がってない。恐るべしレベル99の身体スペック。その気になれば一日中特訓に励むことができるかもしれない。


 ……ただ、おっぱいがちょっとズキズキする。身体のスペックのお陰かはたまたオーダーメイドの下着のお陰なのか、少しくらいなら動き回っても平気なのだけれど、変則的な動きを長時間続けると流石にきついようだ。


 それに、やっぱり自習だけでは限界がある。下手に自己鍛錬を進めると変な癖が付くかもしれない。出来れば誰かに教わりたいけれど、その場合私から依頼を出すという形になるのかなあ。


 ……駄目だ。何をするにもやはり先立つ物が必要だ。まずはしばらく働いてお金に余裕が出来てからにするべきか。


 しかし本来の目的である記憶探しからどんどん遠ざかっているような……あーもー、やることいろいろあってワケわかんなくなってきた!


 一旦落ち着こう。


 今日は午前中は軽く特訓して、午後はメアリーの店に行くのだ。あんまりやり過ぎてくたくたになるのも嫌だし、汗臭くなっちゃうのもあれだし、後は魔法の使い方をおさらいしてみようかな……。


「よーし、じゃあまずは魔力を──」

「おはよう」

「あ、おはような──の!?」


 背後から最近聴き慣れた声が。びっくりして振り向くと、そこには籠を抱えたメアリーがいた。


「な、なんでここに……?」

「薬草を採取に来たら結界を見かけたから」


 そっかー別に閉鎖された場所でもないし、怪しい結界があれば人が来てもおかしくないよねなーるへそ……。いやここは結界の中なんですけど……。


「面白い結界だけど、外からの侵入は殆ど弾いていなかったから。私程度でも軽く操作すれば通れた」

「そ、そういうことだったの。それにしてもビックリしたの……」

「これでも銅級(カッパークラス)の冒険者。新人の背後を取ることくらいは造作もない」

「お見それしましたなのー!」


 ははー、と褒め称えるとちょっと得意げな顔をするメアリー。


 やはり経験が物を言うのだろう。身体がレベル99なだけの新人冒険者風情など、ベテランにかかればどうとでもなるということだ。一見身体を鍛えているようには見えないメアリーでも、これくらいの芸当はできるのか……。凄いなあ。


「それで、何をしているの?」

「えーと、ちょっと魔法の練習を……」

「そう。見ていてもいい?」

「い、いいけど……ちょっと恥ずかしいの」


 今までに他人からとやかく言われたことはないから変な魔法の使い方はしていないと思うけれど、こうじっくり魔法を使うところを見られると流石に恥ずかしい。


 ちょっともじもじしながら両手を広げて、ろくろを回すみたいなポーズをする。そして手の平から魔力を集め、炎に変換してみる。ぼっ、と燃え上がり、くるくる丸まって火球になった。そのまま炎になった魔力を操って、遠くにやったり近くに引き戻したり、ぐにょぐにょ変形させたりしてみる。


「……ど、どう?」

「…………」

「あのー?」

「続けて」

「あっ、はいなの」


 き、緊張する! なんか変な汗出てきそう……。私を見つめるその表情からは何も伺えない。火球の照り返しで頬が照らされ、瞳がきらきら輝いていた。


 今度は魔力を追加して火球を大きくしてみる。むくむくと膨らんで、バスケットボールくらいのサイズにするとまたさっきと同じように操ってみる。特に何事もなく操れたので、今度は魔力を圧縮しつつ追加する。野球ボールくらいの大きさだけど、さっきよりも熱量も光量も段違いだ。ていうか熱っ! まぶしっ!


 目を瞑って魔法を操るのは危ないので変形させるに留める。先程より若干操作しづらい気がする。薄目でちゃんと変形できていることを確認すると、ゆっくり魔力を雲散させて火球を小さくしていき、やがて火球は消え去った。


「ふーっ……」


 最後に深呼吸。若干目がしょぼしょぼする。眼精疲労に回復魔法って効くかなあ……。


「……ノノ」

「あ、はい。どうでしたかなの」


 問い掛けると、銀髪を揺らしずずいと詰め寄ってくるメアリー。ちょ、近い近い。


「魔法はどこで学んだ?」

「えっ、えーと……」


 そういえばメアリーには私の事情はほとんど話していない。どうしようかな。


「話したくないなら構わない」

「うーん……いや、隠すことでもないし話すの」


 無闇に話すことではないが、ジェフリーさんやロゼッタさんの仲間なら特に警戒することもないだろう。私は自分の事情──ある時期以前からの記憶が無いこと、奇妙な知識があること──を話した。それを聞くとメアリーは考え込み、やがて答える。


「正直、魔力の運用に関して言うべきことは何もない」

「へ? えーとそれって……」

「全くのブレがなく正確に精密に操作されている。正直何故この技術力があって新人冒険者なのかが分からない」

「はあ」


 若干呆れたように言うメアリー。しかし目は私を油断なく見据えている。


「けれどそれとは逆に、全くの初心者がやるように恐る恐る行使していたのが気になった。卓越した技術力とちぐはぐで奇妙だったけれど、記憶喪失であるならば……納得できないこともない」

「まあ、私自身随分バランスが悪いと思うの」


 普段当たり前のように歩けるのに、今までの歩いた記憶を失うようなものだろうか。実際歩いてみて問題ないけれど、経験不足による不安は消えない。結果、当分は警戒しながら歩くこととなるだろう。そんな感じ。


「それ以外にも気にかかることはいろいろあるけれど、魔法を見ていて気になったのはそれくらい」

「うっ、それ以外にもあるの?」

「ツッコミどころ満載」

「満載なの……?」


 満載ならロゼッタさんが放って置かないような気もするけれど……でもあの人は優しいから、気を使って何も言わないことはあるかも。メアリーはズバッと言ってくるタイプっぽい。後でいろいろ聞かれるかも。


 その後もメアリーに見てもらいながら、魔法の練習を続けた。相変わらず魔力の使い方は正確だと言われるが、魔法の使い方はなっていないと駄目出しをされまくる。そのついでに、実戦における魔法の使い方なんていうのも少し教えてもらった。わざと雑に火球を作ってフェイントに使用してみたり、圧縮して打ち出して魔力を最小限に威力を上げてみたり、魔法をかける範囲をぼやかして複数人を同時に補助したりだとか。戦闘職ではないとは言え、流石に熟練した冒険者の言葉の重みは違う。メモしておこうっと。


 そんなこんなでそろそろお昼。今日は街の食事処を探そうと思っていたのでお弁当は持ってきていない。


「ちょっと早いけれど、うちに来て」

「えっ、いいの?」


 一緒に行こうかと誘おうと思っていたけれど、先にメアリーに誘われてしまった。


「構わない。食事をご馳走する」

「うわー、楽しみなの! それじゃあお言葉に甘えて……」


 いそいそと結界を解除し、身嗜みを整える。あ、ちょっと運動したし出来れば体を拭いておきたかったけど……もう行くと決めてしまったのだし、我慢しよう。汗臭くないかな。気を使いすぎかな? ……なんでこんなに緊張してるんだろう。


「それじゃあ、街に戻る」

「はーい!」


──ああ、そうか。女の子の家に、手料理を食べさせて貰いに行くのだ。それは緊張しないではいられないだろう。


 自分の中に男らしい意識が残っていることに安堵する。胸の高鳴りを感じる。思春期の男の子のように激しいそれではないけれど、この胸に宿るのはときめきというものかしらん。


 メアリーと共に街へ向かいながら、手料理について思いを馳せる。それに錬金術師(アルケミスト)の店というものにも興味がある。怪しい薬とか、奇妙な生物の目玉とか、不思議な魔具(マジック・アイテム)とか飾ってあるんだろうか。なんだかワクワクしてきたぞ!


 その時テンションアゲアゲの私だったけれど、店の中でそれどころじゃない事態に陥ることになるなんて、知るはずもなかったのだった。




 ◆   ◆   ◆




「暖かい」

「そ、そうなの……」


 どうしてこうなった。


 ここはメアリーの錬金術店。店の中には所狭しと様々な薬品や薬の素材が並べられ、その中の一つ『百々目鬼(ビホルダー)の眼球』がこちらをじっと見つめている。


 本来鬼族(ファントム)は死亡すると肉体はすぐさま腐り果て、溶けて消えてしまう。なので素材の類は採取し辛いのだが、錬金術師(アルケミスト)は特殊な技術と器具でそれを食い止め、保存することができるのだ。あの眼球もそのようにして採取されて瓶詰めにされているのだろう。もう肉体がないのだから、眼球が私を見つめているように見えるのは気のせいなのだ。


 いや、そうじゃない。現実逃避はやめよう。


──私は今、メアリーに抱きかかえられている。


 店内にあるソファにメアリーが座り、私はその膝の上に座らせられている。メアリーは子供ではないが体格が大きい方ではないし、私は小柄な兎人(ホビット)とはいえぬいぐるみのように小さいわけでもない。後ろから抱えるように抱きしめられている。


「……重くないの?」

「平気」


 最初は普通だった、はずだ。


 店に入った途端、私の目に入ったのは見慣れぬ薬や奇妙な生き物のパーツだった。多分かなり目を輝かせていただろう。


「わ! わ! すごい! あれなあに!?」


 子供みたいにあれこれ聞く私にメアリーは丁寧に教えてくれた。その後、料理の支度をすると奥に行こうとするメアリーを呼び止める。大したこともできないのに、何もしないのは悪いから料理を手伝うと言ったけれど、お客様だから待っていてと言うメアリー。出しゃばるのは逆に失礼かと引き下がった。


 料理が出来上がり、出てきたのはごく普通の家庭料理だ。いろいろな肉や野菜を入れて煮込まれた、シチューのようなものだった。後はいくつかのパン。驚いたことにふわふわの白パンで、この世界の一般家庭において客にポンと出せる代物ではない。もてなし用のとっておきなのかと思ったが、どうやら魔具(マジック・アイテム)を駆使することでかなり楽に作れるらしい。そうなると台所にはコンロや水道の蛇口のような魔具(マジック・アイテム)もあるのかもしれない。気になるなあ。


 味はというと、初めての女の子の手料理に感激して食べながらおいしいおいしいと言い続ける記憶しかない。もうちょっと味わえばよかった。私の馬鹿……。


 そしてお茶を頂いて一服し、雑談していたら突如メアリーが立ち上がり、こう言った。


「ノノ、ちょっとこっちに来て」


 メアリーは店内のソファに私を連れてくると、今度は向こうを向いてと言う。わけもわからず言われるまま振り向くと、突如腰を抱きかかえられてメアリーと共にソファに座らされたのだった。


「え? え? 何なの!?」

「気にしないで」

「いや気にするの!?」

「体が硬い。楽にしていいから」

「楽にって言われても……うひゃ! へ、変なところ触らないで!?」

「気にしないで。こうしたかっただけだから」


 そして冒頭に戻る。


 この状況は何なんだ。いや決して嫌なわけではむしろ嬉しいっていうか。ローブ越しに体温を感じられて安心するというか。女の子って柔らかいなあというか。ドキがムネムネというか。ああもう冷静でいられない!


 いや待て落ちつけ。我が身は愛らしい兎人(ホビット)。女子供に人気のうさぎをモチーフにした獣人(セリオン)。それを考えればなんてことはない。私があまりに可愛いのでつい抱きしめたくなったのだろう。可愛くってゴメンね!


 腕の中のうさぎがそんなアホな事を考えているとも露知らず、メアリーはすりすりと頬擦りをし始める……!


「ちょ、ちょっと……恥ずかしいの……」

「私は恥ずかしくない。だから問題ない」

「そっか、それなら……いや騙されないの!?」

「ノノは恥ずかしがり屋?」

「そうかもしれないの……」


 実は中身は男なんですとも言えない。いや、これ女同士でも恥ずかしいと思うけれど、メアリーの言うように恥ずかしがり屋だからなのかな?


 それにしても。口数も少なくミステリアスで、クールな印象だったメアリーが、まさかここまで獣人(セリオン)が好きだとは思わなかった。ふわふわもこもこの魔力にはいくら彼女でも逆らえないということなのだろう。ふっ、我ながら罪な毛皮だぜ……。


 そんなに好きなら語ってもらおうではないか。くるりと振り向き問いかける。メアリーはどれだけ獣人(セリオン)のことが──


「──好きなの?」

「…………っ!?」


 あれ、そんなに驚くようなことを聞いただろうか。


「あっ、えっと、その……」


 珍しい。頬を赤らめて言い淀むメアリーなんて初めて見た。何これ可愛い。


「……分かる?」


 最後に俯いて、ぽつりと答えた。分からいでか!


「ここまでされれば流石に……」

「そ、そう……」


 消え入るような声だったが、私のことはきゅっと離さない。うーん、筋金入りか。


「別に恥ずかしがることは無いと思うの」

「──! ほ、本当にそう思う? 変じゃない!?」

「えっ、別に普通だと思うけれど……」


 必死に問い返すメアリー。過去に誰かにからかわれたりでもしたのだろうか。うーん、そんな奴がいたら真っ赤に燃えた拳でアッパーカットを決めてやるのに。


「じゃあ、その、私は──」

獣人(セリオン)好きは別に恥ずかしがるようなことじゃないの! 胸を張るといいの!」

「えっ」

「えっ」


 えっ?


「…………」

「……あれ、何か間違ったの?」


 なんということでしょう。あんなに顔を赤らめて可愛かったメアリーがいつものクールガールに逆戻りしたではありませんか。やばい、選択肢をどこかで間違えたっぽい。


 慌てる私をメアリーは暫し見つめたかと思うと、やがてはぁ、とため息をついた。


「気にしないで」

「ご、ごめんなさい。何か変なことを言ったみたいなの」

「ノノは何も悪くない」

「でも……」

「悪くない」

「その……ひゃっ! ちょ、そこは揉んじゃダメなの!?」

「この感触も悪くない」

「わかった! わかったからはーなーしーてー!」


 メアリーなりのフォローなのか、私のおっぱいをもみゅもみゅ揉んできた。いやこれで許してくれるなら別にいいんだけど、これは絶対誰でも恥ずかしいって!


 その後夕方まであちこちしこたま揉まれた後、私はふらふらと宿に戻ったのだった。




 ◆   ◆   ◆




 日は暮れて、夜は更けて、街が寝静まる頃合い。ある人影が窓から月を見上げていた。口元は動き、絶えず何かを囁いている。


「──記憶喪失が嘘とは思えない。一般常識や、魔法使い(マジックユーザー)が知っていて然るべき専門知識にも欠落が見られる」


 月明かりに照らされた机の上に羊皮紙が広げられ、その上を奇妙な装飾がされた羽根ペンが動き回っていた。


「自称した奇妙な知識については詳細を濁されたが……もしかしたら彼女は──」


 そこで、言い淀む。恐れるように。期待するように。先走りたい心を抑えて人影は言い換える。


「──まだ確証は持てない。……記録終わり」


 そう言うとぱちん、と指を鳴らした。すると動き回っていた羽根ペンはころりと転げて停止する。人影はそれを拾い上げると、ペン立てに戻した。


「まだ何も分かっていない。期待するべきではないかもしれない。けれど──」


 窓に縋る。願うように、祈るように瞼を閉じる。


「私がずっと探していたのは、貴女なの──ノノ?」


 恋い焦がれてきた愛し人が見つかったかのような喜びと、心の底から畏れる怪物に出逢ってしまったのような恐怖が、その声には宿っていた。

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