うさぎ、聖なる夜
この世界にイエス・キリストはいない。よって当然クリスマスもない。初っ端から前提を崩して申し訳ないけれども、ところがどっこい……これが現実……!
しかーし! これを機に、今までお世話になった方々にお礼をするというのはいいアイデアではないだろうか! 向こうは当然、なんでこのタイミングなのか分からないだろうけれど、こういうのはタイミングなんて関係ない。感謝したいと思い立ったその時がタイミング。いつやるの? 今夜でしょ!
そんなわけで、この日のために着々と準備してきていたわけである。プレゼントを選び、時には材料を集めて自作し、ソリを調達し、当日使えそうな魔法をアレンジしたりしていたのだ。
そして決行の夜!
メアリーの店。その屋根の上で佇む私たちがいた。私のアイデアに賛成してくれたメアリーも一緒だ。彼女の驚異の技術力がなければここまで漕ぎ着けることは出来なかっただろう。今日の作戦が成功した暁には特別なお礼をしなくちゃいけないね。それを聞いたメアリーが鼻息を荒くしながら張り切り出したのは忘れたい。あまり期待し過ぎないで……。
浮遊するソリ、それに積んだプレゼント。そしてミニスカサンタ服の私。
……いや分かってた。メアリーに任せたらこうなることは分かってた。一応サンタ服の形や付け髭まで注文したのにガン無視されてこうなったけど分かってた。いいけどね。私は毛皮があるから寒くないし。もこもこのケープもあるし。メアリーは私が注文した通りの普通のサンタ服と付け髭を付けてたけど、人間は毛皮がないから寒いだろうしね。怒ってない。全然怒ってないよ。覚えてろよ。
「それで……本当に浮遊するだけのソリを作ったけれど、何にソリを引かせるの?」
「だーいじょうぶ、まーかせて!」
「そう、ノノが引くのね……がんばって」
「違うの!? そんな体育会系じゃないの!」
ソリと言えば当然トナカイに決まっているだろう。しかし、この世界にトナカイはいるのかどうか分からない。世界の何処かにはいるのかもしれないけれど、見つけることはできなかった。ではどうするのかというと、代用品しかあるまい。
「さて、ここにありますはメアリーに用意してもらった、金属でできた馬の骨格二頭分」
「あくまでおおまかな骨格だけれど」
「そして、無いなら作りましょうのDIY精神で行こうと思います」
「生き物は普通DIYはしないと思う……」
しかしここは剣と魔法の世界。ソリがあるのにトナカイがいないというその悲しい幻想をぶち転がす!
「《霊馬生成》!」
その魔法をかけられた骨格は浮き上がり、その場に立つ。すると骨格の周囲に黒い煙が纏わり付き、しかし外には漏れ出ず透明の皮膚に覆われたように馬の形を形成して行く。やがて完全に真っ黒な馬の形が出来上がると、その眼窩と鼻から銀色の炎を噴き出した。
『ぶっしゅるる……』
霊馬は戦闘力こそないが、空を駆けることのできる魔法生物だ。飛行系の魔法を使えない人でも空を飛ぶことのできる騎乗生物の一種である。一家に一頭どうですか奥さん!
「あの……ノノ……ちょっとこれは迫力あり過ぎるような……」
メアリーがおずおずと指摘してきた。うーん、個人的には結構愛嬌のある顔だと思うのだけれど、見慣れない人には怖く見えるかもしれないな。しかし大丈夫。備えは万全である。
「こんな事もあろうかと、トナカイっぽい角と真っ赤な付け鼻を装着すれば……ほら!」
「……ホラー?」
漆黒のボディにそれっぽい角が付き、真っ赤なお鼻と眼窩からは銀色の炎が燃えている。……ふむ。
「だいぶ可愛くなったの!」
「……ノノのセンスが分からない」
地球のセンスは理解され難いらしい。悲しいことだけれど……。
「さて、トナカイは用意できたし、そろそろ出発なの!」
「トナカイは見たことないけれど……きっとこれはトナカイじゃないと思う」
「あなたがそうだと思うものがトナカイです。ただし他人の同意を得られるとは限りません」
「……っ! …………!」
すごく何か言いたそうにしているけれど、辛うじて堪えた様子のメアリー。ゴリ押しで悪いけれど、時間も押しているのだ。巻いて行こう。
トナカイとソリを繋ぎ、私たちもソリに乗り込む。ソリの浮遊機能を起動し、トナカイたちに出発の命令を出す。すると屋根の上からソリが滑り出し、落下することなくそのまま宙を滑って空に上がって行く。
「わあっ、本当に飛んだの!」
「えっ」
「えっ」
……気にするな!
「帰る」
「大丈夫大丈夫、設計上は問題ないはずなの」
「実験は……」
「実験なう」
「帰る!」
「待ってー! トナカイがダメでもソリがあるし、ソリがダメでも私がいるの!」
風除けの魔法とか防寒の魔法とか、いろいろかけるし! 何かあっても白魔術師の私がいるし! いや白魔術が必要になることなんてないと思うけど一応ね!
しかし帰る気満々のメアリー。くっ、仕方ない。この手は使いたくなかったが……。
「夜空に一人でいるのは心細いし……メアリーに一緒について来て欲しいの……ダメ?」
くらえ! 兎人の瞳を潤ませての上目遣い攻撃! やったか!?
「その手は食わない」
やってない! メアリーにはこうかがないみたいだ……。
「いつまでもそれに釣られる私じゃない」
「あの……じゃあ抱きしめてるのは……」
「それはそれ。これはこれ」
「じゃあ今日は好きなだけ抱きしめてていいから、着いて来て欲しいの」
「……それなら構わない」
ふー、この身が寒空でも暖かい獣人の身で良かった。なんだか最初からこの言質を取るために降りる振りをしていたような気がするけれど、何ともないぜ。
そんなこんなで空を行き、そろそろ最初のターゲットが見えて参りました。まあ、《詠う旅鳥亭》なんだけれども。年末が近いこともあって、ロゼッタさんやジェフリーさんを始めとする、仲間の皆さんが王都に集まっているのだ。つまり、絶好の恩返し日和……!
ヨハンさんには事前に話を通してある。それぞれの部屋の場所も教えてもらってあるのだ。告知なしでこっそり入れば侵入者として撃退されるかもしれないからね。いやあの人の本気は怖いからねホント……。
まずはジェフリーさんの部屋だ。ソリを窓近くに寄せる。窓は鍵がかかっているので《解錠》で開ける。野伏の技能《隠密》で気配と音を消し、魔法《透明化》で透明になって侵入する。
『メリークリスマース……!』
消音中なので声は響かないがちゃんと言っておく。お約束だからね。
その瞬間、むわりと酒の臭い。そしてがーがーとでかいイビキ。宴会の後部屋に戻り、そのまんま寝転がったらしい。あーあー脱いだもの脱ぎっぱなしだし、毛布もはだけてるし。だらしないなあもう。
脱ぎ散らかされたものを畳んで隅に置いて、変な体勢で寝てるジェフリーさんを転がしてベッドの真ん中に寄せる。うわっ、酒くさっ! 最後に毛布をかけて……うわっ!?
「うーん、エリー……」
エリーじゃないよ!? 寝ぼけているのか側に寄っていた私に抱きついてきやがった! うぎゃー! 唇が迫ってくる! いやー酒くさー! やめてー!
──だが残像だ。
忍者が技能《空蝉》。本物の私は既に抜け出し窓際に引いている。酒臭いキッスを受けた幻影の私は風となって消えた。無茶しやがって……。
突然のご無体にプレゼントを渡さず次に行こうと思いかけたが、嵩張るのでやっぱり置いて行こうと思い直す。
以前とある街で手に入れた美酒『貴人の聖水』のボトルを、私の代わりにジェフリーさんに抱きしめさせた。名前こそ微妙だが、本当に聖水としての効果があり、低級の鬼族なら一発、上級相手でもそれなりにダメージになるという飲んでよし使ってよしのお得な一品だ。貴人の看板は伊達じゃない。……貴人に許可は得ているのだろうか?
さて、ここはもういいとして次の部屋に向かおう。次はロゼッタさんだ。一旦ソリに戻ると、メアリーに霧吹きでしゅしゅっと何かを吹き付けられる。
「わっ、なんなの?」
「消臭」
「あ、お酒の臭い付いてた? ありがとうなの」
ロゼッタさん相手だと気付かれるかもしれないしね。そう思っているとむすっと頬を膨らませたメアリーに強く抱きしめられる。……抱き枕が酒臭いのが嫌だっただけかも。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくるメアリーを振りほどき、今度はロゼッタさんの部屋に侵入した。
『メリークリスマース!』
その瞬間、ふわりとバラの香り。そしてすやすやと静かな寝息。髪を解いたロゼッタさんがベッドで眠っている。流石ロゼッタさん。寝姿も優雅でいらっしゃる。というか髪を解いた所、初めて見たかも。それに寝顔は少女のように無垢で、可憐。睫毛長いなあ……。ワタクシなんだかドキドキしてまいりました。
おっと、見惚れている場合じゃない。速やかにプレゼントを渡さなければ。箱を取り出してそっと枕元に置く。
中身は私とメアリー共同製作のマフラーだ。当然特製の魔具で、魔力を通せば暖かくなるし熱を逃がさない素材で出来てもいる。
そして特筆すべきは、魔器としても使える隠し機能である。キーワードと共に魔力を通すと引き伸ばされて硬質化し、高熱を発する鞭として使えるのだ。勿論首に巻いたままでは起動できないよう、安全装置付きである。それに手に持った側は熱を出さない。隅々まで気を使って作り上げられた最高傑作である。どうですか奥さん、一家に一本護身用に!
さて、名残惜しいが先を急がねば。と、その前にロゼッタさんのこんな無防備な姿は珍しいのでじっくり目に焼き付けておく。明かりはないが、魔法《赤外線視》で暗闇でもばっちりだ。
しばしロゼッタさんを見つめ、そろそろ行こうかとしたところでロゼッタさんが身動ぎををし始めた。やばい、起きる!? 慌てて動きを止め気配を消す。お願い、起きないで……と願い虚しく瞼が薄っすらと開かれる。
「……んー」
「…………」
あわわ……。寝ぼけているみたいだけれど、頼むからそのまま眠ってー!
「……ノノ?」
「……っ!?」
なっ、何故!? 姿を消しているのに……ってこの暗闇じゃ意味がねぇー!? 音も気配も無いのに……あっ、匂いか! このケモノ臭がいかんのか! それだけで特定された!? 銀級ハンパねぇー!
「……もー、あまえんぼうですわね……ほら……」
「えっ」
微笑むロゼッタさんが毛布を開いて誘う。寝ぼけているのか怒ってないみたいだけど、どうしよう。どうしたらいいんだ!? あ、寝間着もセクシー。
こちらがまごついていると焦れたのか寒いのか、胸倉ひっつかまれて強引に毛布に連れ込まれた! ぬわー!
「……うーん、あったかいですわ……むにゃ……」
私を抱き枕にして再び寝入るロゼッタさん。うわーいろんなところに当たって柔らかい! いい匂いがする! ダメだってこれ! アカンてこれ! 理性が蕩けちゃう!
脱出しようともぞもぞ動くのだけれど、その度にぎゅっと抱きしめられて力が抜ける。足も絡めてきた。
ああ、もうダメ……。
──ふと視線を上げると、そこには般若が居た。
「……何してるの?」
メアリーだった。見た目は完全な無表情だけど、私にはわかる。滅茶苦茶怒っていらっしゃる。
「いや……その……」
「時間は有限。早く出て」
「だってその、ロゼッタさんが……」
「出て」
「はい」
忍者の技能《縄抜》でロゼッタさんの拘束をすり抜ける。名残惜し……いやいや大変柔らかか……いやいやいや大変だったなーもう。
無言で私の手を引いてソリに戻り、消臭スプレーをぷしゅぷしゅかけまくってくるメアリー。バラの香りは確かに強いけど、そこまでしなくても……とは口が裂けても言えない。そして自分の匂いを擦り付けるかのように強く抱きしめ、すりすりと頬擦りをしてきた。
うん、まあ、ほとんど抵抗しなかったのは事実だからね。メアリーが怒るのも無理はないね。ごめんなさい。しばらく好きなようにさせておく。
その後、ジャスティンやシェリーの部屋も訪ねたのだが、それからはメアリーも一緒に部屋に入ることになった。完全に信用を無くしたらしい。反論できない。ちなみに感想はイケメンは寝ててもイケメン。シェリーはぬいぐるみを抱いて寝ていた。かわいい。……この子何歳だっけ。
更にあちこち回って、今までにお世話になった人たちにもプレゼントを配る。王都から離れて、獣人同盟の皆さんにもお菓子やセーターやマフラーの詰め合わせを贈る。喜んでもらえるといいな。
ちなみにアリスさんの屋敷を訪ね、テレスさんと仲良く一つのベッドで寝ているのを目撃したりした。相変わらず仲のいい姉妹だ。お揃いの手編みの手袋を送ったので、仲良く着けて欲しい。
そうしてプレゼントを配り終わり、メアリーの店へ戻ってきた。トナカイを還すと元の骨格に戻る。これはまた今度使おうかな。
「ふー、配り終わったの。ありがとうメアリー。お疲れ様!」
「お疲れ様。結構楽しかった」
リビングでソファに座り、ホットココアを飲みながら互いを労う。魔法などで防寒していたとはいえ、やっぱり体の芯から暖まらないとね。
一息ついていると、すすすとメアリーが側に寄ってきた。近い近い。太ももを撫でてくる。くすぐったい。セクハラはやめて欲しい。
「ノノ。私からもプレゼントがある」
「うふふ、私からもあるの」
まあ当然ながらお互いプレゼントを用意していた。リボンを体に巻いて『プレゼントはわ・た・し!』というボケも考えたのだが、洒落にならない気がしたので却下した。だからスカートの中に手を入れようとするな。
お互いプレゼントを交換する。そしてオープン!
「わぁ……!」
出てきたのは赤いリボンだった。綿密な金色の刺繍がされていて、恐らく魔力を通すための回路なのだろうが、芸術品のような見事な模様を描いている。この身の精神が男とか関係なしに、その美しさに見蕩れた。
「すごいすごい! 素敵なの! ありがとう!」
「ノノのプレゼントも綺麗。ありがとう」
メアリーに贈ったのは宝石のついたペンダントだ。一ヶ月もかけて細工した渾身の作である。装着者に様々な加護を与え、命の危機に晒された時には身代わりになってくれる守護のペンダントだ。
ちなみに宝石は私の魔力を与えて育てた魔水晶である。私の分身とも言えるその水晶は、何かあればすぐ感知できるセンサーでもあるのだ。……過保護過ぎるかもしれないが、ついつい気合が入ってしまった。まあほら、大は小を兼ねると言うし、ちょっとした怪我を治すくらいなら死者を蘇らせるくらいの機能があった方がいいですやん?
お互いへお互いのプレゼントを付け合う。メアリーの手が私の耳にリボンを結び、私の手がメアリーの首元へペンダントを飾る。
「ノノ、似合う」
「メアリーも似合うの」
「ふふ……」
「えへへ……」
似合うように作ったんだから当然だよね。お互い何がおかしいのかつい笑ってしまった。笑いが引いて行くと、自然と黙り込む。静かな時間が心地よくて、お互い肩を寄せ合う。
穏やかな時間が流れ、暖炉のぱちぱちと燃える音が響く。炎の暖かさと傍らのメアリーの体温を感じて、じわじわと眠気がやってくる。
「……ノノ」
「んー?」
囁くようにメアリーが名前を呼んだ。
「抱き枕になる件だけど」
「……いいよ」
「えっ」
「好きにして……いいよ」
ねむー。抱き枕の件は約束してたことだし、別にいいや。がんばって目を開けると、暖炉に照らされて顔が真っ赤に見えるメアリーが見えた。あはは、りんごみたい。
でもそこが限界。メアリーの膝にぽふりと落ちて、そのまま微睡みに沈んだ。
◆ ◆ ◆
「で、これはどういうことなの」
「はい」
「はいじゃないの」
仁王立ちで説教する私と床に正座して説教されるメアリー。何が起きたのかというと、私がうたた寝からふと目覚めると、衣装がミニスカサンタからバニーガールになっていたのだった。やたら高品質なのが腹立たしい。
「だって好きにしていいって……」
「抱き枕はいいけど着せ替え人形は承諾した覚えがないの」
「些細な行き違い」
「故意なの! 絶対に故意にそう解釈したの!」
「言葉って難しい」
こやつ、反省しておらぬな……ぐぎぎ。
というか、前々から企んでいたに違いない。レオタードは私の体型にぴったりだし、タイツは体毛がはみ出さない特殊な素材で編まれている。兎人の足の形に合うヒールなんてどこで見つけてきたんだか。完全に特注品だった。
「あのね、ちゃんとお願いしてきたら着てあげないこともなかったの。私が怒ってるのは勝手に着替えさせたからで……」
「…………」
「聞いてるの?」
「自ら承諾し、恥ずかしがりながらもバニーガールコスを着るノノ……くっ、その手もあった」
「おい聞いてんのか」
「はい」
というか自前の耳も尻尾もあるのだから、ただのレオタードのような気もしなくもない。いや論点はそこじゃないけれど。
この衣装を着るには下着は脱がないといけないわけで。つまり一旦全裸になってるわけで。意識がなかったとはいえそれは流石に恥ずかしい。
「もー、反省して!」
「反省してまーす」
「むむむ……」
バニーガール姿で怒っても迫力はないかもしれないが、これでも怒っているのである。激おこぷんぷん丸なのである。そういうことならこっちにも考えがある!
「ちょっと立って」
「あ、ちょっと待って足が痺れて……」
「立つの!」
「あうぅ……っ!」
足が痺れていようが関係ありません! 無理やり立たせると痺れに悶えている。だがこんなことでは私の気は収まらない。
「い、一体何を……」
「私の恥ずかしさを少しでも味わってもらうの!」
「えっ……」
メアリーのサンタ衣装、そのズボンをずり下げて奪い取る! これぞ盗賊の技能《武装解除》である!
「きゃーっ!?」
「またつまらぬものを盗ってしまったの……」
「か、返して……!」
「ふふーんだ、返して欲しかったらここまでおいでーなの!」
生まれたての子鹿の如くぷるぴる震えながらよたよた歩くメアリーをひらひら交わし、ズボンをはためかせながら逃げ回る。上着の裾が長めなので下着こそ見えないが、私が着ていたミニスカサンタ服よりも超ミニミニである。がんばって裾を前の方に引っ張ってしまっているので、後ろは若干見えてしまっている。……ふむ。
「下着の色は黒……結構せくしーなの履いてたの」
「……っ! み、見ないで!」
「えーっ、私は何もかも見られてたの。不公平なの」
顔を真っ赤にして両側の裾を引っ張るメアリー。そんなに引っ張ったら伸びちゃうよ? けっけっけ。
「ほらほら、ごめんなさいって言ったら返してあげ……」
「……ぐすっ」
「……る?」
「やだぁ……返して……ぐすん」
「あ、あわわ……」
し、しまったやり過ぎた!? 顔を覆い隠し、ソファに座り込んでしくしくと泣き出してしまった。慌てて駆け寄る。
「ご、ごめんね! やり過ぎたの……泣かないで」
慰めようと近付いたその時──メアリーの目がぎらりと光る。こ、こいつ……嘘泣きを……!?
「とう」
「うきゃーっ!?」
私の衣装の胸元を掴んでがっと引き下げやがった! まろび出る私のおっぱい。響く私の絶叫。ガッツポーズを取るメアリー。
「こんな扱い方したら生地が痛むの!?」
「えっ、そっち?」
こんないい生地の服をそんなぞんざいに扱うなー! ていうか全然反省してないじゃん!
「あーん! もうこれどうやって戻すの!?」
どうやって入っていたのか、それとも服が壊れてしまったのかおっぱいがうまく収まらない。それを見て手をわきわきさせながら近付いて来るメアリー。
「手伝おうか?」
「……お願いするの」
明らかにそれ以外の何かが目的だが、あえておっぱいを明け渡す! 馬鹿め、先程自分がされたことを忘れたか!
「てやー!」
「きゃっ!?」
おっぱいに手が伸びた隙を突いて、メアリーの上着を一気に引き上げる! 今度こそぱんつは丸見え。下に着ていたシャツの裾からちらほら綺麗なおへそも見えるぜ! こうなったら相手が負けを認めるまで攻めるまで!
「ま、負けないっ!」
「はうっ!?」
ば、馬鹿な! そのままこちらのおっぱいを揉みしだいてきただと!? こいつ、死ぬ気か!? ならばこっちだって!
「させるかーっ!」
「……っ!!?」
そっちが揉むならこっちも揉んでやる! シャツの下に手を突っ込み直接手でまさぐる。えーと、どこが胸なんだ? とにかく適当に触ってやれ!
「くっ……! んっ……!」
「はぁっ……あう……!」
お互い半裸で胸を揉み合う。愚かかもしれないが、これは矜恃を賭けた戦い。揉むのを止めた方が負けなのだ……!
顔を真っ赤にして、涙目のメアリー。その瞳に映る私の顔も似たようなものだった。一体何がどうなってこんな事になったのだ? 私の中の冷静な部分が落ち着けと囁いているような気がする。
『けっけっけ、このままヤっちゃえよノノ!』
『いけません、こういうことはもっとお互いをよく理解してからにするべきですよノノ』
おい天使と悪魔。実はお前らも混乱してるだろ!
……そのおかげで若干冷静になれた。絶対にメアリーが悪いが、どちらかが引かないと事態は収まらないだろう。このままでは行き着くところまで行っちゃう気がする。精神的には健全だけど肉体的には少々不健全だ。ここは私が大人になって……いやこの流れで大人になってという言葉はマズイな。では私が一歩引いて……。
──はっきり言って遅すぎた。深夜だし、誰も訪ねてこないと完全に油断していたのが良くなかった。というかまたもやメアリーが原因なのだけれど、もう少し冷静になるのが早かったら、あんな目には遭わなかっただろう……。
がやがやと玄関から人の声。
男女複数人数が突然メアリーの店に入って来た。声は聞き覚えのあるものばかり。な、なんでここに……!? ていうか、なんで私はソファに押し倒されてるの!? 慌てて手を引いてメアリーを叩く。
「ちょ、ちょっとメアリー! 人が来たの! 人が!?」
「はぁはぁ……」
「もーっ、聞いて!」
まだ私の胸を揉んでいる両手のうち片方を離させて拘束し、もう片手はメアリーの頬を掴んで声が届くところまで顔を一気に引き寄せる。
「メアリー! 誰か来たの!」
「あふ……み、みんなかも……」
「え、み、みんなってまさか……」
リビングの扉ががちゃりと開かれ、人々が雪崩れ込んで来た。
『メリークリスマース!!』
「いやー、よく分からんが聖なる夜なんだって? めでたいな!」
「プレゼント素敵でしたわ! わたくしたちからのプレゼントも受け取ってくださる?」
「えへへ、寝たふりどうでしたか? 実は半分寝ちゃってて……」
不自然にシェリーの声が途切れる。
彼らが見たものは──ソファで半裸で絡み合う兎人と人間の少女たち。片手で恋人繋ぎをして、もう片手ではメアリーはノノの胸を揉みしだいている。ノノはメアリーの顔を寄せキスしようとしていた。
そんな感じ──少女たちによる種族や性別を超えた情事の真っ最中に見えただろう。事実は全く異なるのだが。全く異なるのだが!
それを見たジェフリーさんが佇まいを正し、一言。
「俺も混ぜてくださ……がはぁっ!?」
ずどむ、とロゼッタさんの拳がめり込む。
顔を真っ赤にしたロゼッタさんは、死体と化したジェフリーさんを担ぎ上げ、今まで見たこともないとっても爽やかな顔でこう言った。
「……ごゆっくり!」
「待って! 誤解なのーっ!?」
全力で呼び止めました。
◆ ◆ ◆
結局メアリーからクリスマスのことは仲間の皆に説明済みで、プレゼントを届ける私たちを寝たふりで待っていたらしい。全然気付かなかった……というか考えにすらなかった。起きていてもいいかの精神だったので、寝ているのを見て安心したのもあるのだろう。
「……ちょっと待って。じゃあジェフリーさんが抱きしめてきたのもわざとなの?」
「まぁそうでしょうけれど……わたくしもやったから強くは言えませんわね」
「キスされそうになったけど」
「後でシメておきますわ」
「お、お手柔らかに……」
そのジェフリーさんはまだ部屋の隅で死んでいる。しかしたった今復活後の二度目の死が確定してしまった。哀れな……。
「それにしてもノノ。わたくしあーゆーことに偏見は持たない主義ですけれど、もっと時と場合をよく考えてですね……」
「いやだから誤解なの……」
なんだか微妙に誤解したままのような気がする。いや、これも冗談なのだろうか。もうわけがわからないよ。
そうこうしているうちにメアリーがクリスマスパーティの準備をし終えた。ロゼッタさんに事情を話したらメアリーもシメられそうになったが、パーティの準備をすることで免除してもらったのだった。ちなみに例のミニミニサンタ服で。若干涙目だが、自業自得である。パーティが始まれば履いていいそうなので必死だった。
他の面子の様子だが、ジャスティンは頬を赤らめメアリーから必死に目を逸らしている。シェリーは下着に興味があったのか、どこで買ったかメアリーに頻りに話しかけていた。アリスさんとテレスさんはすっかり二人だけの世界を作り出している。その他にもいろいろな今まで会って来た人たち、まだ話したことのない人たちが続々と集まりつつある。
まだパーティ開始前だというのに、会場は混沌と化していた。こりゃ波乱万丈の予感やでぇ……!
全員に飲み物が行き渡り、パーティ開始の準備が整った。音頭はロゼッタさんが取るようだ。拡声器の機能がある魔具を前にしてこほんと咳払いをすると、皆が彼女を注目する。
「えー皆様、突然の召集にも関わらず、よくお集まりいただけましたわ。まぁ殆どは飲む口実ができればいいだけの連中でしょうけれど」
いぇーいその通り! と何処からか飛んでくる野次。あ、ヨハンさんか。いつの間に。
「わたくしたちには馴染みのない行事ですが、ノノの記憶に僅かに残された祝い事の思い出。完璧に同じことは出来ませんけれど、少しでもノノが全てを思い出すきっかけになってくれれば幸いですわ」
クリスマスがどういうものなのかは覚えているが、どのように過ごしたのか記憶が曖昧なのだ。記憶に残るような過ごし方をしなかったのかもしれないし、そもそもクリスマスに祝わない主義だったのかもしれない。
それを考えれば、今夜は生まれて始めての楽しいクリスマスと言っても過言ではないだろう。
「それではノノ。後は任せましたわ」
「えっ、えーとその……分かったの!」
こういう場は苦手なのだけれど、言うべきだろう。
「えーと……皆様お集まり頂きまして、誠にありがとうございますなの!」
自分の素直な気持ちを込めて、あなた達に贈ります。
「この世界に目覚め、記憶を無くしていることに気が付いてからいろいろなことがあったの。妖狼と戦ったり、盗賊退治をしたり、怪獣を倒したり、はたまた奇病を治したり、怪我人を癒したり、いろんなことをしてきたの」
「その過程でいろんな人たちに出会えた。いろんな仲間たちと出会えた。辛いことも苦しいこともあったけれど、楽しいことも嬉しいこともあったの。あなた達が支えてきてくれたから、助けてきてくれたから、今私は立っていられます。歩くことができます。ありがとう、みんな……」
「私はこれからもこの世界で歩み続けます。辛くても悲しくても、あなた達がいるからきっと歩き続けられます。楽しいこと嬉しいことがあったら、あなた達にきっと伝えます」
「──私はもう一人じゃないから。寄り添ってくれる人たちがいるから。応援してくれる人たちがいるから。私は最後まで歩き続けようと思います。ゆっくり確実に。何があっても……」
「今までありがとうございました」
「これからも、よろしくお願いします」
『よろしくお願いしまーす!!』
「それでは皆さん、ご一緒に……」
『Merry X-mas!!』
そうして、パーティは始まった。その後の顛末は省略させて欲しい。案の定うっかりお酒を飲んで、酔っ払って、いろいろな嬉しさのあまり大泣きしたらしいから。
起きた頃には外はすっかり日が昇り、パーティ会場は死屍累々でひどい有り様だった。私はソファで寝ていたらしく、半裸で両脇に女性陣を独り占めにし、床には男連中が点々と転がっていた。一体何が起こったのか……ずっと後になっても私は怖くて何も聞けないでいた。
それにしても、起きた時に枕元に置いてあったプレゼントは誰からのものだろう……?
魔人「私だ」
ゼノビア「お前だったのか」




