黄昏
エイプリルフール用に執筆した番外編です。
読まなくてもストーリーを追うことに影響はありません。
こんなエピローグもありえるかも、というIFですのでお気軽にお楽しみください。
白魚の如き美しい指先が白い砂を掬い上げ、舞い上げられた砂はまるで雪のように散ってゆらゆらと落ちて行く。本来の物理法則を無視し、風からも重力からも解き放たれ、しかし上下の関係だけは無視することができずに下に落ちて行く。
もはやこの世界に通常の物理法則は適用されない。空気は無く、重力は弱まり、太陽と月もその影響力をほぼ失いつつある。空は真っ暗で、大地は白い。本来ならば大地も無くなっているはずであったが、ある者の計らいにより人工的に白い砂が作り出されていた。平坦な白い砂漠が広がり、世界は黒と白に二分されていた。
そして水だけはある。ただ、その水も尋常の液体ではない。水を統べる偉大なる意思──水の王そのものである。しかし遥か古代より湖の底で眠り、水棲の動植物や多くの眷属たちをその身の内に泳がせていた栄華の時代は終わり、今はただ静かなる砂漠のオアシスでしかなかった。
砂を舞いあげて遊んでいた者は、遠目にそのオアシスを眺めながらぼんやりと佇んでいた。
『──こんな所にいたのか』
ある念話がその者の意識に届いた。空気は無く、音が伝わらないために意思疎通をするためにはこの方法しかない。
『水の王に何か動きがあったか? 最後まで連れて行く眷属を迷っていたからな……早まった真似をしないといいのだが』
白き影の横に、黒き影が並ぶ。空の黒よりも昏いその影はゆらゆらと揺らめき形が一定していない。しかし空の色に溶け込むこともない。異様なまでの存在感を持って佇んでいた。
『水の王は──どうやら、全員を連れて行くことを覚悟したようだ。最後の時に備え、今は力を溜めている』
『……成る程、あれらしい選択だ』
特に驚くこともなく、納得する。白い影はそれが不可解だったのか、首を傾げ黒い影を問い詰める。
『それこそが早まった真似ではないのか? かの王の力では全員を守り切れるかは分からない。それならば限られた者の守りを固める方がよいと思うが……眷属からも逆に説得されていたぞ。そのようなことをすれば心中になりかねないともな』
『そして、王は決定を変えなかったのだろう?』
『……見てきたように言うな?』
『見てきたように分かる。あれは王でありながらロマンティストだ。一パーセントの可能性だとか、愛は奇跡を起こすだとかが大好きなのだ。迷っていた本当の理由は、最初からどのようにすれば全員を守りきれるかどうか計算していたにすぎないのだろう』
『やれやれ……そういったロマンだとか熱血は寿命が限られた人族特有のものではなかったのか?』
呆れたようにため息をついたふりをする白い影。当然ながら息は吐き出せないのでポーズのみである。
『その寿命が限られた人族たちも絶滅して久しい。それならば王たちもロマン主義に走ってもよいだろう。何しろ──』
黒い影は遠くを見つめる。もはやこの世界には王たちとその眷属しかいない。その王たちも既に覚悟を決め最後の時を静かに待っている。
『──世界の終わりだ。彼らの好きにさせてやるべきだろう』
その言葉には、いろいろなものが詰まり過ぎて、却って何でもないように聞こえた。
◆ ◆ ◆
いつか終わりはやってくる。
人々と出会えば別れが待っている。物を創造すれば破壊が待っている。生命が誕生すれば死が待っている。
そして、世界が始まれば終わりが待っている。
長い長い年月が経った。様々な生物が発生と絶滅を繰り返し、様々な文明が生まれては潰えて、様々な魔法が作られては消えて行った。中世ヨーロッパのようだったこの世界も、機械化や電子化の波に飲まれいつしか情報化社会と化し、それすらも過ぎ去ってやがて生命の創造など神の領域まで歩みを進めて行った。
しかし、どんなに発達した文明も世界の壁を超えることはできなかった。世界の理を知り、自分たち生命の限界を知り、所詮泡沫の存在だと知れると、あっさりと文明の発展は止まり、ずるずると後退していった。
そんな中、遥か古代より存在し続けていた者たちがいた。強大な力を有し、生命としての限界を超えた存在があった。
──それが王。そしてその眷属たち。
目まぐるしく変化する世界を他所に、彼らはただ静かに存在していた。あるときは崇拝され、あるときは恐れられ、あるときは忘れられ、あるときは求められた。その力を得ようと挑む者や利用しようと陰謀を企む者がいたが、そのような愚かな者たちはその代償を生命や魂、またはその背後の組織はおろか国家そのものまで支払う羽目になったこともある。
そんな彼らもいつかは滅ぶ。だが、先に世界の終わりが来てしまった。
王の力があれば、その存在を維持したまま世界の終わりに耐えることができる可能性があった。世界が弾け飛び、泡と消えるその瞬間に擬似的な世界を構築し、世界の外に放り出されることを防ぐのだ。しかし、それでも存在の凋落は免れない。世界に存在した故のその強力さでもあるため、元いた世界を離れればかなり弱体化するだろう。それでも、消滅するよりはマシだった。
擬似世界で落ち着いた後は、何処かの世界に溶け込むか、そこを起点に本格的な世界を構築するか選ばねばならない。ただ、そもそも擬似世界の構築に成功しなければいけない。また、世界の終わりに耐え切らなければならない。確率は低いとは言えないが、高いとも言えない分の悪い賭けなのである。
眷属の力では賭けにすらならないために、王自ら守らなければならないが、その数が多ければ多いほど力を消耗する。下手に多くを守ろうとすれば王すらも危うい。その選別には十分な検討が必要だった。しかし水の王は全ての眷属を共にすることを覚悟した。他の王や眷属もとっくにそれぞれの形で準備を終え、今はただ最後の時を待っている。
そして、ある王とその眷属は最後の準備を済ませようとしていた。
◆ ◆ ◆
『火の王とその眷属はどうだった?』
『最初と決定を変えていない。好きにしているよ。火の王は一応存在し続ける気はあるようだが、眷属たちは世界と運命を共にするそうだ。最後のその時まで楽しんでいるのだろうな』
彼ららしい、と珍しく黒い影は笑った。
『……土の王と空の王は聞くまでもないか』
『空の王もその眷属も、その思想は独特すぎて私にも理解はできない。まあ放っておけばいいだろう。土の王の眷属たちが身を捧げて随分経ったが、その魂は無事王の中で眠りについているようだ。私が手を貸さなかったら吸収されていただろうが……』
白い影は頭を抱えた。彼ら独自の思想は、結局彼ら以外の者たちには理解し難いものだった。理解しようと努めるのがいけないのかもしれない。頭を振って気持ちを切り替える。
『それで、月の王は見つかったのだな?』
『ああ、世界が砂漠になって調べやすいと思っていたが、却って難しいものだな。実物を見るのは初めてだが、ここまで小さなものだとは思ってもいなかった』
そう言って黒い影がその手の上に浮かべたのは、ピンポン球ほどの白い球体だった。
『量子コンピューター《カグヤ》──この中に二十億体の情報型知類たちがいる』
情報化社会の極地は、魂そのものの情報化であった。肉体を捨て、魂を電子情報とし情報生命体へとシフトする──世界の終わりを知った者たちが取った最後の手段だった。肉体を捨てるという意味では魔人に似ているが、情報生命体はコンピューターを肉体とし、魂を電子情報に劣化させ、その際に生命を失っているために、若干生命体とは言い難い所もある。が、未来における生命の多様化に伴い情報生命体もまた生命体と定義されている。また、情報化前は人族ではない場合もあるため、コンピューター内の知的存在はまとめて情報型知類と呼ばれていた。
『……これは外からコンタクトは取れないのか? 我々には内部にアクセスする手段がないぞ』
『見つけた際に向こうからコンタクトしてきたよ。今もこちらをモニターしているだろうが、念話は聞き取れていないはずだからな。今合図する』
黒い影が球体に向かって手を降ると、球体は砂の上に光を照射し、その先に光り輝く存在が現れる。立体映像である。光量はやがて収まり、そこに一人の兎人がいた。流れるような毛並み、吸い込まれるような瞳、その身を包む衣は真っ白でまるで天女のよう。種族は違えどこの世のものとは思えない美しさだった。
初めて会う王に、恭しく頭を下げる白い影。
『お久しぶりです月の王。お変わり無いようで──』
『いやぁ〜ん! そんな堅苦しい名前なんかで呼ばないでぇ……カグヤってよ・ん・で?』
『…………』
月の王──又の名をカグヤ。兎人の王族が代々継承する名である。兎人族は絶滅することなくその文明を維持し続け、むしろ時代の最先端に立ちありとあらゆるものを研究、開発していた。この量子コンピューター《カグヤ》も、魂を電子化する技術も兎人たちの研究の賜物である。そして当然、その《カグヤ》を統括する情報型知類も兎人であった。兎人族の歴史上最も美しく、歴史上最も賢く、そして最も悪名高いとされる当時のカグヤであった。その理由は言うまでもない。
『悪かったわねぇん、わらわたちを探させちゃって……最後の時に備えてエネルギーを温存しておきたかったのよぉん……許してぇん?』
ぶりっ子をしてぱちぱちとウインクをするカグヤにくらりとよろめく白い影。常人ならばその美しさと可愛らしさに打ちのめされていただろうが、今はただカグヤの突飛な性格に頭悩ませていたのだった。
『……まあ、あまり気にするな。頂点に立つ者なんて一癖も二癖もあるものだ』
『ひっど〜い、まーちゃんがそれを言うのぉん?』
『ま、まーちゃん……』
自らの王をまーちゃん呼ばわりされてぴくぴくと震える白い影。
『気にするな。……それで、そちらは問題ないのだな?』
『そぉねぇん……設計上はほむらちゃんに燃やされようが、みっちゃんに乾かされようが、くーちゃんに揉まれようが、つちのこちゃんに食べられようが、大丈夫な作りよぉん! ただ……流石に混沌の海に落ちた時は保証出来ないわねぇん。そればっかりはぁ、ぶっつけホンバンかしらぁん?』
ふざけたように言っているが、王が開発したとはいえ通常の物質のはずである。それが他の王の攻撃に耐えられるというのだから、どれだけの天才か知れるだろう。
『厳しいところだな。混沌の海ではありとあらゆる常識と非常識が通用しない。時間や空間によるダメージの対策もしていると思うが、それすらも超えてくる可能性がある。ただまあ、そこは他の王も同条件だが、貴女たちは力においてやや不利だからな。必要であれば手助けするが……』
『あらぁん、ありがと! でも悪いケド、お断りするわぁん』
優しく言っているが、明確な拒絶だった。
『わらわはこれでも自分の作ったものに絶対の自信を抱いてるの……カグヤはきっと新天地にたどり着けるわぁん。皆がわらわを信じてこのカグヤに全てを預けているのだもの……わらわ自身が一番に信じなくちゃ!』
そう言って目を瞑り、胸に手を当てた。王たるプライド、そして信念。それが他者の手助けを許さなかった。
『……そうだな、君を侮辱する発言だった。許してくれ』
『うふふ……なぁ〜んて言ったけどぉん、実は結構嬉しかったりするわねぇん! わらわに対して本気で心配してくれたり、手助けしようとしてくれる人なんてほとんど居なかったもの……』
顔を赤らめ頬に手を当てて、いやんいやんと首を振るカグヤ。あまりに美しすぎて、あまりに有能すぎて、最後までその伴侶を得ることはなかったのだ。実はこれで恋愛に憧れていたりする。
『ねぇねぇまーちゃん……最後の時までをわらわと愛し合うなんてどうかしらん? どうせすることもないのでしょぉん?』
黒い影にのの字を書きながら誘惑する。今はただの立体映像しか出していないが、物理的肉体を一時的に構築することも可能なのだ。
『…………』
それを睨みつける白い影。
『あらぁん、貴女も混ざる? わらわはいいわよぉん。初めてが三人というのも乙だわぁん』
『カ、カグヤ様!』
『まぁ、こわ〜い!』
『まぁ待て二人とも』
喧嘩が起こりそうだったので、制する黒い影。
『カグヤ、悪いけど遠慮させてもらうよ。この先何が幸いするかわからない。これ以上のエネルギー消耗は控え、最後の時を待つのが良いだろう』
『まぁ、つれないお人! ま、いいわぁん。本気だったわけじゃないし』
ぱっと離れ、ふわりと浮き上がるカグヤ。
『それじゃあまたねぇん、まーちゃん!』
そして黒い影に口づけするように重なり合い、消えた。
『またね、か。会える可能性なんてゼロに等しいはずだが……天才故の予感というやつか?』
沈黙した球体──カグヤを眺めながら、どこか嬉しそうに呟く黒い影。
『…………』
『……私たちがどれだけの付き合いだと思っているんだ。こんな戯れでヤキモチを焼くこともないだろう』
もはや千や万を超えた年月を共に過ごしている。それを思えば黒い影が呆れるのも無理はなかった。
『焼いてない。ただちょっと疲れただけだ』
ふいとそっぽを向き、砂の上に座り込む白い影。やれやれと黒い影も腰を下ろし、白い影の隣に座った。
◆ ◆ ◆
風もなく、音もなく、星もなく、ただ黒い空と白い大地が広がっている。残された僅かな存在たちは最後の時を静かに待っていた。
そしてここにも二つ、その存在があった。
『まさか我々より世界が先に終わるとはな。初めて夢の王に謁見した時は少なくとも自分よりは大丈夫かと思っていたが、考えてみれば世界が始まったその瞬間から世界を守り続けていたのだからな。その役目が先に終わるということなのだろう』
寂しそうに言うのは黒い影──魔人だった。魔力によって構成されたガス状の暗黒の肉体と、闇が裂けたかのような三つ目を持つ魔法の生命である。
『……私たちは何処に行くのだろうな。そして何処かへ行った先では私たちは私たち自身を保てるのだろうか? 私たちはきっと世界の終わりも乗り越えられると信じているが……その後のことは全く分からない。不安しかないよ……』
我が身を抱きしめ震えている白い影──貴人である。ただ、その肉体はある方法によって極限まで強化されている。強靭無敵、飲食不要、不老不死──ありとあらゆる意味で生物を超えた存在だが、そのような存在でありながら不安に怯えていた。
『信じるしかないだろうな……住み良い世界に辿り着けると。それができないのならば、新たなる世界を作るまでだ』
不安がらせないように当たり前のように言う。そして、魔人ならそれを可能とすることができる。
『大丈夫だ──何があろうと、私たちは一緒だ』
魔人は肩を抱き、貴人を抱きしめる。貴人は抵抗せず、その肩に頭を乗せた。
そして、その時はやってくる。
驚くほど静かだった。けれど、確かに世界は崩れ始めていた。
世界が真っ赤に染まる。まるで夕焼けのように空を、大地を真っ赤に染め上げて、座っていた二人も赤く染めてその後ろに影を伸ばす。
『世界の枠が壊れて、光が漏れてきたのか? まるで黄昏だな』
面白そうにそれを眺める魔人。だが、その内では結界を張る準備をしている。
『……ねえ、新しい世界では何をしようか?』
ぽそりと、貴人が問いかける。それを聞き逃す魔人ではない。
『そうだな、いろいろやりたいことはあるが──いつも通り、面白おかしく過ごそうじゃないか』
『……そうだね、いつもと同じだよね』
大地が奈落の底に落ちて行き、空は光を乱反射し、世界は混沌に飲まれ始めた。王たちは力を使い自らと眷属たちを守り、世界と運命を共にするものたちはそのまま世界に、混沌に溶けて消えて行く。
『行こう──新たなる世界への、冒険の旅の始まりだ!』
そして、世界は弾ける。
◆ ◆ ◆
ぱち、と目を覚ました。
ちゅんちゅんと小鳥が囀り、階下からは台所で料理しているらしき音が聞こえてくる。時計は七時を指しており、目覚ましがじりじりと鳴り響いていた。それを止めてふあ、と伸びをする。
「あー、変な夢を見たの」
ベッドの上で呟くのは小柄な少女だった。うさぎ柄のパジャマを着て、まだ眠気があるのかぼんやりと座り込んでいる。
寂しいような、希望に満ち溢れたような変な夢だった。しかしその記憶も徐々に薄れて行き、ただ不思議な夢を見たとしか記憶が残らなかった。所詮夢だ、とそのことも意識から外れる。
ぶるると頭を振って眠気を飛ばすと着替え始めた。一旦裸になるとブラジャーを取り出すが、しばし睨む。クラスメイトにからかわれるので若干躊躇しているのだ。しかし彼女の胸は小柄な割には大きいため、着けなければ母親に注意されるし、いろいろと問題がある。躊躇したのは数秒だけで、諦めて着け始めた。
やがて着替え終わると部屋を出て階段を降り、リビングにはいるとキッチンで料理している母に声を掛ける。
「おはよう、母さん」
「おはよう、ノノちゃん。朝ごはんもう少しでできるからね? 座って待ってて」
はぁい、と返事をしてテレビに電源を入れる。ニュースをやっていたがすぐチャンネルを変え、いつも同じ時間帯に見ているアニメに切り替える。うさぎの魔法使いが、世界を旅しながら人々を助けて行くファンタジーモノのアニメである。ノノのお気に入りのアニメだった。
「ノノちゃんそのアニメ好きねえ……よいしょっと。はい、出来上がり。さ、持って行って」
「はーい。だって、うさぎも魔法使いも好きなんだもん」
出来上がった朝食をテーブルに運びながら答えるノノ。昔から理由はわからないが、うさぎや魔法使いが登場する話が好みだったのだ。そこへうさぎの魔法使いが登場するアニメである。視聴するのは当然だった。
「ま、お母さんもこのアニメ結構好きだけどね。それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
朝食はトーストに目玉焼きにサラダにスープ。いつも通りの美味しい朝食だった。ノノ自身は料理が不得意なため、母親の作る美味しい料理を尊敬し、また大好きだった。
「今日は始業式だけなんだっけ?」
「うん、お昼前には帰ってくるの」
今日は四月一日。ノノが通う小学校の始業式の日である。
「はいはい、それじゃあお昼も期待しててね」
「はーい!」
アニメを横に見ながら朝食を食べ終わり、片付けを済ませるとアニメをしっかり見終えて、登校の支度をするために階段を登って行った。まるで淀みないその動作は、何年も繰り返してきたために培われたものだった。
「最近のアニメはよくできてるわねえ……」
昔と比べて絵が綺麗だし、音も迫力があるなと呟く母親。しかし我ながら何だか年寄り臭いセリフだ、と苦笑いする。
「あの子ももう十歳か。そりゃ年を取るワケだわ」
子供ができてから目まぐるしく時は過ぎて、いろんな行事がついこないだあったばかりのように思える。そう思っているとあっという間に中学、高校と上がっていって、彼氏を連れて来て、社会に出て、結婚して、家を出て行ってしまうのだろうかとどんどん想像が先に進んで行く。そこでとたとたと階段を降りる音を聞いて我に帰り、想像を振り払った。
「いかんいかん、そういう心配はまだ早いよね、うん」
「何が?」
「あー、何でもないのよ、うん」
「ふーん?」
首を傾げたノノはそれ以上追求せずにランドセルを背負い込み、玄関へ歩いて行く。靴を履き、玄関の扉を開くと、春の暖かい陽気と日差しが差し込んでくる。
「あ、ちょっと待ってノノちゃん」
「はぁい」
くるりと振り返るノノを抱きとめると、母親はぎゅっと抱き締めた。
「今日も一日頑張ってね」
「はーい、いってきまーす!」
抱擁を解いて手を振りつつ登校するノノ。いつも通りの光景。いつも通りの日常。今日から学年は上がるけど、いつものように楽しい毎日が続くと思っていた。
──そのペンダントを見つけるまでは。
通学路の途中、道路の脇に綺麗なペンダントが落ちていた。宝石のような石がはまっていて、光を当てるといろんな色に変わる。落し物だろうか。交番に届けてもいいが遅刻するかもしれない。けど学校に持って行ってしまうと落とした人が戻ってきた時困るかもしれない。
どうしようか迷っていると、突如そのペンダントが光り始める。
「ええっ!?」
オモチャだったのだろうかとスイッチを探すも見つからない。困っているうちにペンダントの中から人影が浮かび上がり、真っ黒な三つ目の影とそれに寄り添う白い影が現れた。
『選ばれしものよ──今、お前たちの世界に危機が迫っている!』
「えっ」
そして、そんなことをのたまい始めた。
『夢の中より現実世界に迷い出て、人々の魂を喰らう邪竜が出現し始めている。このままではお前たち人間は喰らい尽くされ、世界は邪竜の思うがままとなるだろう』
「えっ、えっ!?」
何を言っているのか分からず、混乱するノノ。
『しかし、魔法の力を秘めたお前ならやつらに対抗することができる! さあ、唱えるのだ! 心の内に浮かぶ、その呪文を──!』
「ええーッ!?」
本当に心の中に呪文が浮かんできて、驚愕する。思わずその呪文を読み上げてしまうと、ペンダントから光が溢れてノノを包み込む。
そして──
次回作《魔法少女マジカル☆ノノ》始まります!




