表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うさぎアドベンチャー  作者: A*
第二章 旅の癒し手
17/31

うさぎ、キノコ狩りをする(下)

「あーもーやだやだやだやだ! やってられるか!」


 崩壊した小屋の上空に小柄な影が浮いている。その影の輪郭は蒼く光り、陽炎のように揺らめいている。迸る魔力が漏れて発光しつつ、周囲の光を捻じ曲げているのだ。


「何がネコミミだ! 何がネコミミキノコだ! そーゆー趣味は他人に迷惑かけないようにひっそりとやれ! ばーかばーか!」


 牙を剥き出し眼下を睨みつけ、怒り心頭で文句を吐き捨てるノノ。完全に冷静さを失い、怒りに我を忘れている。


『ミギャアアア! ミギャアアアアッ!?』


『ネゴミミィィ……!』


「やっかましーッ!」


 ばごん、と騒がしい一角に水の塊を一撃。


『ミギャアアアアアッ!?』


「やかましいって言ってるでしょ!」


 水を掛けられて騒いでいるネコミミどもを一喝し、更なる水流を叩き込む。地面や家屋を巻き添えにして叩き込まれたそれは、ネコミミたち諸共辺りを水浸しにして押し流していった。


 水を浴びたネコミミたちはのたうち回り、やがて頭からぽろぽろとネコミミが剥がれていく。だが何匹かは同胞を盾に逃れて、建物や木の陰から逃げ出して行く。最初からこれはネコミミたちに有利な戦いなのだ。未感染者に拘らず、一匹でもネコミミが外界に飛び出し、胞子を撒き散らせれば勝ちである。脳を持っているわけではないが、宿主の脳を借りて生き残ろうと本能で行動していた。


 所詮は菌類。まだ状況を甘く見ている。


 村の外へ出ようとしたネコミミは見た。


──村の周りを水の壁が覆っている。


「《水膜結界(アクアヴェール)》──逃がすと思っているのか? お前たちネコミミを相手に、一匹でも見逃すと思ったのか?」


 本来ならば術者の周囲を水の膜で覆い、炎や高熱から身を守り、攻撃してきた者に自動で反撃する結界である。だが今展開されているそれは、術者どころではなくドーム状に村全体を覆い尽くしていた。


「別に雨を降らせる必要はなかった……雨はなかなか効果的だけれど、それに拘る必要もなかった」


 どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのかと、淡々と語る。


 ネコミミたちは諦めもせず布や袋でネコミミを守りながら結界を突っ切ろうとするが、水流にあっという間に押し流されてネコミミを毟り取られ、何処かへ運ばれて行く。ネコミミたちが想像している以上に、この水の壁は厚い。


「新しい魔法は生み出せなかったけれど……今ある魔法をアレンジするくらいなら即興でできる。それならば既存の魔法から作ればいい。お前たちネコミミどもを水浸しにできる魔法を」


 ごぽごぽと虚空から水が生み出され、ノノの周囲に浮かび上がる。その水の塊の中心には淡く輝く光があり、ちかちかと瞬いている。次々と生み出されて行くそれはどんどん数を増やし、ぶよぶよと形を変えながらノノの周りをくるくると回っている。


「《水霊召喚(サモン・ウォーター・エレメンタル)》──さて、戦争をしようじゃあないか。私が生き残るか、お前たちが生き残るか、一世一代の生存戦争をしようじゃあないか」


 無数の水霊(ウォーター・エレメンタル)たちが降下する。音もなく地上まで高度を下げると、手当たり次第ネコミミたちに水を吹きかけ始める。


「さあ──楽しい楽しいキノコ狩りの始まりだ!」


 吹っ切れた少女の、鬱憤晴らしが始まった。




 ◆  ◆  ◆




 逃げ惑うネコミミたちを水鉄砲で狙い撃ち、襲い来るネコミミたちも水流で吹き飛ばす。


「逃げるやつは皆ネコミミだ! 逃げないやつはよく訓練されたネコミミだ! ホントこの村は地獄だぜ! ふははははっ!」


 ノノははっちゃけていた。思い切りはっちゃけていた。今までの鬱憤をぶつけるかのように笑いながらネコミミを虐殺──死んでいるのはキノコだけで、宿主には殆ど怪我をさせていないのだが──して楽しんでいた。


 ノノはその臆病な性格と、調子に乗った挙句に妖狼(ワーグ)にボコボコにされ、更に自ら暴力を振るったトラウマが元で、思い切って魔法が使えないでいたのだ。事があっても慎重に使う魔法を選び、戦闘時もなるべく相手を案じて後に残るような怪我はさせないでいた。もちろん盗賊たち相手にそこまでは抑えなかったが、命は取らないように手加減していたことは否めない。


 更にこの村に来て、力ずくでは治療できない、キノコに寄生された患者の登場である。いかに優れた治療魔法を持つノノでも、その魔法は主に戦闘中に負った傷を癒す類のもので、こういった特殊な事例の病などは得意ではなかった。下手に魔法をかければ何が起こるかわからない。目の前の脅威に、今まで縋っていたともいえる魔法が使えない。その事実は想像以上にノノのストレスになっていた。


 そして今。水を掛ければ済むと気が付いたノノは思いっきり魔法を行使し、村中を水浸しにしている。あとあと後悔するかもしれないが、今はただ思い切り魔法を使える快感に酔っていた。


『ネゴミミィィィッ!』


 屈強なネコミミが、水浸しになりながらも襲い掛かってきた。その姿を見て、びきりとノノの額に青筋が浮かぶ。


「お前──さっきはよくも体まさぐってくれたよなああーッ!?」


 ノノは寝巻きの上にローブを羽織っているだけの薄着だったのだ。そこをネコミミたちに揉みくちゃにされて、いろいろ危ういところを触られていた。男の精神故に女としての貞操を心配したわけではないが、他人に無遠慮に体をまさぐられることは想像以上に不快だった。ブチ切れてしまった要因でもある。


「《水流波(ウォーターブラスト)》ッ! お前は特に水浸しだッ! このこのっ!」


『ミギャアアアーッ!?』


 虚空から勢いよく水流が噴出し、その水圧でネコミミを地面に縫い止めながら水浸しにする。ノノとて彼らを動かしているのはネコミミキノコで、村人には何の罪もないことは分かっている。分かっているが、怪我をさせるわけでもないしいいだろうという開き直りもあった。


「さて、と……」


 そうして、目についたネコミミどもは粗方形がついた。まだ何処かに潜んでいるかもしれないが、そいつらは巡回する水霊(ウォーター・エレメンタル)が逃しはしないだろう。


 後は元凶を叩き潰すだけだった。


 村の上空に浮かび上がり、水の膜を抜ける。そして、眼下に広がる妖しの森を睨みつけるノノ。全てはあそこから始まったのだ。あそこでキノコの実験をしている輩がいたせいであの森はキノコで溢れかえり、この村にキノコの研究者が現れて、その研究者が募集した手伝いに自分が志願してしまったのだ。つまりすべてはあのネコミミ狂が悪い。悪いったら悪い。


 森は静まり返っている。だが、ノノはその森の中心で蠢く巨大な気配を感じ取っていた。森中に生息している菌類が集結し、一つの大いなる生命になろうとしている。


──ボスの出現。


 ノノが感じ取っているのは正にそれだった。ゲームでは一定の条件を満たしたりクエストを進めることで出現するが、もちろんこの世界ではそのようなルールはない。偶発的に発生する可能性があった。


 ボスは通常複数人数で戦うものだ。ましてや今出現しようとしているのはちょっとした丘ほどの大きな存在である。それに立ち向かおうとする兎人(ホビット)族の少女のちっぽけなその姿は、もはや自殺行為に等しかった。


 だが、ノノはわくわくしていた。喜びを隠し切れずうふふと笑いすら漏らしている。完全に吹っ切れて思い切り魔法を使おうとしているノノにとって、ボスの出現は戦い甲斐のある相手が現れたに過ぎないのだった。


 やがて、森の中心に巨大な怪物が現れる。


『ネコミミ……ネコミミ……』


 心に、魂に響き渡る呼び声。それはもはや声ではなく、その怪物の放つ精神波ともいえる。


 木々よりも高く、家屋よりも巨大な粘菌だった。その体躯は大きすぎて、まるで森の中に丘が突如出現したようにも見える。しかもその表面には無数のネコミミキノコが生えており、ざわざわと蠢きながら毛のような菌糸を伸ばしていた。




『生きとし生けるものたちよ……ネコミミになるがよい』




「断るッ!!」


『──何?』


 答えがあるとは思わなかったのか、粘菌は声のした方向に意識を向ける。ちっぽけな存在が村の上空に浮かんでこちらを睨みつけていた。


「この私がいる限り、お前の思い通りにはさせない!」


『ほう……このネコミミの王に対して随分と強気ではないか……だがもう遅い……村は今頃我の手に落ちて……』


 しかし粘菌は気が付く。村は水のヴェールで覆われていた。どうやらあのちっぽけな存在はネコミミの弱点に気がついたらしい。


『あれらの弱点に気がついたか……どうやら水に特化した精霊術師(マジシャン)のようだな……』


 本来あの村には魔法使い(マジックユーザー)はいるはずもなかったのだ。それほど寂れた村の近くで研究を始めたはずだった。だが偶然にも魔法使い(マジックユーザー)が立ち寄り、弱点を見破られた挙句、対策を取られたらしい。


 しかし──もはやそれはどうでもいい。


『この身を構成するネコミミにはもう弱点などない……それだけの改造を果たす時間は十分にあった。村を乗っ取ることは叶わなかったようだが……我が完全体となった今ではもうどうでもよい』


 ネコミミは完成されてしまった。もう水は通じない。村からの拡大を防いでも、この巨大な粘菌をどうにかしなければ──世界が危ういだろう。


『諦めよ──お前たちにはもう、ネコミミになるしか選択肢は残されていない』


「じゃあ燃やす!」


『えっ』


「こんな巨体を燃やせるかどうかは分からないけれど──やってみなくちゃ分からない!」


 ノリノリだった。この世界で始めて出会うボス的存在にテンションだだ上がりである。


 ノノは目を閉じ魔力を滾らせる。不可視の魔力の渦が巻き、青白く輝き始める。ノノは今、初めて本気で魔法を使おうとしていた。周囲のことを考え、常に抑えてきた魔法の威力を最大とし、目の前の脅威に全てをぶつけようと魔力を練り合わせる。


「《強化の印(シール・オブ・リインフォース)》──!」


 ノノの背後の中空に、魔法陣が出現する。次に発動する魔法を強化するための補助魔法陣である。ゲーム中では一度に一つしか出せなかったが、この世界ではそのようなルールもない。続けて二つの魔法陣が出現し、ノノの背で重なり合うように配置される。


 流石にこの規模の魔法は始めてだということもあり、操る魔力が弾け飛ばないよう慎重に操作する。脂汗が流れ、腕が震え、体にびりびりと痛みが走る。


『待て……その……無理しない方がよいぞ』


 粘菌が何か言っているが、魔法の発動に集中していたノノの耳には届かなかった。


 想像するのは、全てを焼き尽くす炎。少しも取りこぼしてはならない。あの巨体を完全にこの世から抹殺する。それだけの意志を込め、魔力を操り、連鎖させ、炎に、熱エネルギーに変えていく。


 未だ魔法は発動していないというのに、膨大な熱量が渦巻き陽炎となって景色を歪ませる。ちりちりと火花が散り、火の粉が舞い、垂れたはずの汗がじゅうと気化して消える。


『お願いだから待て……その熱量に耐えられる生物はいないから! もう弱点がないというのは菌類的な意味であって、お前の攻撃など何一つ通用しないとかそこまでの意味じゃないから!』


 粘菌が長々と語っているが、どうせ余裕ぶっこいているのだろうと検討付けたノノは、その熱量をぶつける先を見定めるべく目を開いて標準を付ける。


『降参こうさーん! 我はもうこの森に引っ込んでますからどうかお慈悲をーっ!』


 粘菌がせり上がり、上部から一対の山が現れる──否、それはネコミミだろう。ネコミミによって構成され、ネコミミを撒き散らす存在になったというのに、その形すらネコミミを形取ろうということらしい。ここまで来るともはや呆れを通り越して賞賛する気になりかけるノノ。


『ほら両手を挙げて降参……降参なんですが……』


 狙うはその中心。何一つ残さない。無論──その森でさえも。




「魂さえ燃え尽きろ──《龍炎(ドラゴニック・ブレイズ)》」




 その瞬間──森は太陽の如く光り輝いた。


『ぎゃああああああああああああああッッッ!!?』


 熱量が高すぎて、もはや光そのものとなった輝ける龍がのたうち回り、粘菌はおろか森そのものを喰らい尽くす。龍の通り道には何も残らず、地面すら燃やし尽くし、抉れた跡を残した。無論──そんな熱量に、所詮菌類でしかないネコミミ粘菌が耐えられるはずもない。魔法が発動した瞬間に黒焦げとなり、龍が近くをかすっただけでボロボロと崩壊していく。断末魔の雄叫びを挙げられているだけでも奇跡だった。


『お……おのれ……あと少しだったというのに……だが覚えておけ定命の者よ……人々の心にネコミミ有る限り……我は何度でも蘇る……』


「いや人々の心にネコミミはねえよ」


 いかにもお約束な捨て台詞に律儀に突っ込むノノ。


 つい突っ込んでしまったが、まだ魔法は終わっていない。のたうち回る炎の龍を制御し、ぐるぐると渦巻かせて空に昇らせる。森に残っていた僅かな燃えかすはそれによって巻き上げられ、渦巻く龍によって漏れなく燃え尽きる。その渦巻く龍も、魔力が尽きたために輝きは徐々に薄れ、炎の蛇となり、火の粉となり、火花となり、消えていった。


 残された大地はまだ膨大な熱によって生物が立ち入れないため、風の魔法によって地面をならし、冷却の魔法によって温度を冷ましていく。残されたのは何もない真っ平らな荒野だった。


 妖しの森はその支配者諸共消滅した。生態系はキノコによって支配されていたために動物は存在せず、木々も菌類に寄生され尽くしていたために木材としても利用されることもなかったため、近辺の村の生活にはあまり影響はないはずだった。とはいえ、地図の書き換えが必要なレベルの大破壊である。流石に冷静さが戻ってきて、もしかしてこれヤバイんじゃないかと思い始めるノノ。いくらなんでも遅い。


「そ、そうだ。何度でも蘇るって言ったんだから蘇ってくれるよね」


 ぽんと手を打ち、先ほどのネコミミを蘇生してすべての責任を押し付けようと思いつくノノ。無論先ほどの巨体を蘇らせるのではなく、核となっていた筈のあのネコミミ男である。先程はカッコつけて『魂すら燃え尽きろ』なんて言ってしまったが、そんな効果は《龍炎(ドラゴニック・ブレイズ)》には無い筈だ。魂さえ残っていれば人間一人くらいは蘇生できる。かなり疲れるが。


 一応これがノノの初めての殺人のはずだったが、外見は思い切り怪物だったし、死体も残っていないので殺したという意識すら薄い。何よりネコミミ男を殺したことで殺人への葛藤とか展開したくなかったので、助かったと息をつくノノ。ひどい。


「でも初めての蘇生がネコミミ男か……」


 それもそれで嫌だなあと文句を垂れるノノであった。




 ◆  ◆  ◆




 罪悪感で人は死ねるかもしれない。そう思った。


 夜は開けて、全ては解決した。ネコミミ男は蘇生して全ての元凶だと突き出したし、ネコミミキノコは完全に滅菌され、ネコミミの付いた者はもういない。誰も死なず、世界は救われた。ハッピーエンド!


 とはいかない。村はあちこち破壊され、何より家屋の中の中まで水浸しだった。そして何より妖しの森がこの世から消滅してしまった。私が完全に我を忘れて暴れまわった結果である。何だこの惨状。ギャグマンガか何かか。


「もうホントごめんなさい……」


 村の片隅で身を縮め、復興作業を眺めながら謝罪の言葉が漏れる。村人たちには既に何度も謝ったのだが、緊急事態だったのだし仕方ないと言われてしまった。もちろん怒った村人も居たのだが、俯いて涙目の少女にそれ以上強く言うこともできず、庇う者もいたために最後まで怒りをぶつける者はいなかった。


 こんな時、この身が卑怯だと思う。中身はちゃんと責任を取らなければいけない年齢なのに、この肉体の外見と年齢がそれを許さない。自分は冒険者だからと、獣人(セリオン)としてはもう大人だからと言っても、皆は肩書きに対して怯んだわけではない。その可憐な外見に怯み、強く言うことができなかったのだ。


 魔法を使って復興を手伝いたいが、徹夜で強力な魔法を使い続け、蘇生魔法まで使ったために、流石に魔力が枯渇しかかっている。そろそろ一眠りして魔力を回復する必要があった。


 とぼとぼと踵を返し、ハワードさんの家へ向かった。そういえば客室の窓は壊してしまったのだ。弁償しないと……そう考えていると、家に辿り着く。そこではちょうど、窓をとりあえず板で塞いでいるハワードさんがいた。


「あ……」


「おっ、戻ってきたな。疲れただろう。今日はもう休むといいぞ!」


 その言葉が暖かくて、申し訳なくて、何だか涙が零れてしまう。


「おおおう!? どうした!? 怪我でもしとるのか!?」


「そうじゃなくて……うう……申し訳ない……申し訳ない……」


 言葉にならない。いい年して私は一体何をしているんだろうか。子供みたいに泣きじゃくって、ハワードさんを困らせている。


「……だから説明したじゃないかノノ君。君は精一杯頑張ってくれたんだ。確かにちょいと被害は大きかったが、それほどの相手だったのだろう?」


「でも……もっとよく考えれば……」


「気にし過ぎだよ君は。もっといい手はあったかもしれないが、あの時あの状況でそれができるのは本当に熟練の者だけだ。村人は救われた、騒動の元凶は懲らしめた、誰も死んじゃいない。これ以上を望むのはちょいと贅沢ってもんだ」


「…………」


「それでも気が済まないというなら……成長して、今度は何の被害も出さずに解決できるようがんばればいい。今のお前さんに望むのはまあ……それくらいかな」


「……ありがとう」


「そりゃあこっちの台詞だよ。ありがとう冒険者さん」


 笑うように言われたその言葉で、なんだか救われたような気分になった。それを言ったら救ったのはお前だろうとまた笑われてしまうだろうけれど。


 流石に眠気が襲ってくる。意識が朦朧とし始めたので、ベッドを借りて休息を取らせてもらう。


 ベッドに倒れこむとあっという間に眠りに落ちた。


 夢は見そうになかった。




 ◆  ◆  ◆




 それから数日間ほど村に滞在し、村の復興に協力した。像兵(ゴーレム)で土木作業を手伝い、風霊(エア・エレメンタル)で水浸しにした家屋や地面の乾燥を行った。家屋はあまり壊していなかったが、問題は水気だ。できる限り乾燥させたつもりだが、ここ数年はカビに悩まされてしまうかもしれない。


 少しでも怪我をさせてしまった人たちには一人一人丁寧に治療を行った。私のせいなのでこれくらいは当然だが、痛んでいた古傷や以前から調子が悪かったらしい箇所も治したので、却って感謝されてしまった。


 しかし、この見た目とはいえ案外好意的に受け入れてもらえたものである。村をめちゃくちゃにして、森を消し飛ばして、普通なら排斥されるか怯えられるかくらいするかと思っていた。


「お前さんが誠意を込めていろいろしてくれたおかげもあるが……一番の理由は、村の者は皆ネコミミだった頃のことを覚えているからだろうな」


「……なるほど。納得したの」


 頭にネコミミ生やして、ネコミミネコミミ呻きながら歩き回り、他人に襲いかかっていた時の記憶があるのか。それはまあ、そこから救ってくれた者を悪いようには言えないな。


「ついでに、あの木こりのお兄さんがずっと私に怯えている理由もわかったの」


 もちろん例外の村人もいる。特に念入りに復讐したあの屈強な男だ。私が彼に視線を向けるたびにビクついて、更に水がちょっと苦手になってしまったらしい。記憶が残っているのなら無理もあるまい。少し悪いことをしたか。


 他にも村を荒らされたことにまだ憤りを隠せない者、森を消し飛ばした破壊力に怯える者など、まだ打ち解けられない者もいるが、無理にそうする必要もないだろう。許してもらえるとは思っていないし、怖がらないでもらえるとも思っていない。私はそれだけのことをしたのだから。


 復興は粗方終わって、もう私が手伝えることはない。これ以上手伝うというのなら、この村に住んで本気で復興に取り掛からなければならないだろう。そこまでする責任がないとは言わないが、私にも目的がある。そろそろ旅を再開しなければならない。


 というわけで夜中にこっそりと出発する。


 ハワードさんには夜逃げかと呆れられたが、もうすることがないとは言え途中で抜け出すみたいで何だかやましいので、夜逃げみたいなものだ。小声で別れを告げ、ハワードさん宅を出発する。


 板で補強された家屋。積み上げられた廃材。一部駄目になってしまった畑。自分が暴走した結果が目に入るたびに、罪悪感で胸がチクリと痛んだ。やはり最後まで付き合うべきだっただろうか。心にしこりを残しそうな気がする。迷いながらも歩み続け、村の外へ続く丘を登る。


──丘の上にはネコミミがいた。


「うわっ!?」


「うおっ、何だ!?」


 思わず身構えたが、そのネコミミは正気の人で、すべての元凶のあのネコミミ男だった。まあ、こんな夜中にネコミミ飾りを付けて丘に佇む男が正気なのかは別としよう。


「何だ、お前か……何故こんなところに?」


「それはこっちの台詞なの。私は出発するために丘を越えようと来ただけだけなの」


「こんな夜中にか……? 私はそうだな、月見だよ」


 怪しい。特にネコミミが怪しい。


「……そんなに不審そうに見るな。私にはもう何もできないよ。私の何もかもを君が焼き尽くしてしまったではないか」


 うっ、そう言われるとつらい。家も研究もその成果も、肉体すらも焼き尽くしたのは確かだ。蘇らせたので今はこうして話しているが、私はこの人を殺したのだよな……。


「この程度の皮肉で狼狽えるなよ……本当にあの夜の君と同一人物なのか?」


「あの時の私はまあ、その、私が私でなかったというか、ちょっとはっちゃけてハイになってたというか……」


 鬱憤が溜まっていたのか、相当な反動だった。自分の中に新たな自分を見つけてちょっとショックである。


「……気に入らんなあ。何をそんなに怯えている? それだけの力があって、何故下手に出ようとする? 胸を張っていればいいではないか。誰もお前を止めることなどできないよ」


 私の態度が癇に障ったのか、眉をしかめて吐き捨てるネコミミ。……そんなこと言われてもな。日本人の気質がそうさせるというか。説明するわけにはいかないけど。


「うーん、まあ、そういう尊大な態度は趣味じゃないの」


「そうか? どうも私にはお前が自らを縛りに縛っているようにしか見えないがね……。そんなことではいざ力が必要になった時に、思うように力を振るえんよ。力というものは使わなければあっという間に劣化するものなのだからな」


 よく語るなあ。ずっと一人だったから、話し相手が欲しいのだろうか。どうせこれが最後なのだから、少しくらい付き合うべきだろうか。


「私は……怖いの。力を手にいれた記憶がないから……下手に力を振るうと、今回みたいに色んなものを壊すかもしれないから……だからなるべく必要最低限の力で……」


「ふん、馬鹿馬鹿しい。記憶がないならば尚更力を使って慣れておかなければならんだろう。そもそもお前が怖いのは破壊の結果ではない。破壊に対する責任だろうに」


「……そうかもしれないの」


「そうかもしれないじゃなくてそうだろう。格好つけたい年頃なのか? 物分りのいい自分を演出するのは格好悪いからやめておくべきだな。年相応とも言えるが、そんなものは早々に卒業しておくべきだよ」


「…………」


「怒ったか? その程度で怒るようならば良識人の演技など止めておけ。自分を縛り付けるのは得意なようだが、その程度で怒るようでは暴発し易い火薬を乱造しているようなものだ。このままではお前も周囲も危険だよ」


「…………」


「お前はもう少し肩の力を抜け。やりたいことをやれ。失敗を恐れるな。責任なんぞ全てが終わってから考えろ。責任を背負えそうにないならその前に逃げてしまえ。無理に責任を背負って潰れられたり、背負ってから逃げられては却って困るのだよ。もっと私を見習って気楽に生きたまえ」


「いや、あなたはこの世で最も見習ってはいけない人間なの」


「……そこは即答するのか。まあいい。とにかく、そういうことだ」


 そう言うと、切り株に座り込んでそっぽを向いてしまった。


「……もしかして、説教するために待ってたの?」


 説教というか、言いたいことを好きなだけ言ったようにも思える。


「お前はある意味私より危険な存在だからな。最初から好き勝手振る舞う狂人より、自分を抑えて溜めに溜め込んだのちに爆発する常人の方が恐ろしいものなのだよ」


「……ありがとう」


「少しは反発してくれてもいいのだが……子供らしくないやつだ」


 ふん、と鼻を鳴らすネコミミ。何だ、こうしていると随分と良識的な人物に見えてくる。それが一体どうしてあんなことをやらかすのか。


「話は終わりだ。行くがいい」


 そう言うと、立ち上がって村の方へ歩いて行く。


 ……何となくしたくなったので、私はその背中に向かって一礼をした。




 ◆  ◆  ◆




 その背中が見えなくなると、私も出発するために踵を返し村の出口へ向かう。


 彼は私が自分を抑え過ぎだと言った。その自覚はもちろんある。突然渡された強大な力を持て余し、その力の使い所を間違えないように、適切な時に適切な力を使えるように、出来るだけ自分を抑え続けていた。もちろんそれが完璧だったとは思わない。安易に力を振るうこともあったし、適切な方法が分からず力を使う機会を失うこともあった。それでも、最善を求めて自分を律しようと努力してきた。


 けれど、本当はいろいろと失敗するべきなのだ。痛い目をみて、迷惑をかけて、怒られて、力の使い方を学ぶべきなのだ。だが、今更それをするには私の精神は歳を取りすぎているし、失敗の取り返しがつく規模の力ではない。失敗しないように、正解を求めて慎重に力を使うしかなかった。


 ……その結果が今回のようなことならば、早急に力の使い方とガス抜きの方法を学んでおく必要があるだろう。次の爆発はこれくらいでは済まないかもしれないのだ。なるべく取り返しのつかない失敗はしないように、かつ出来るだけ大きな力を使って慣れていけばいいだろうか。次の街に着くまでに考えておこう。


 いつの間にか村の外に出ていた。振り返ると、暗闇の中月明かりに照らされて僅かに見える村の家々。


 ネコミミに振り回されて散々な目にあったが、今回はいろいろと考えさせられた。そう思えば、今回の件もいい思い出に……ならないなあ。残念ながら。


 今度はいい思い出になる経験ができればいいのだけれど。そう思いながら次の街を目指すことにした。




 ただ、懸念点がひとつ。


 距離が離れ、だいぶ小さくなった村を振り返る。


 ……あのネコミミキノコ、ハリウッド映画のラストよろしく一つだけ残っているなんていう次回作フラグを残していないだろうか。


 それだけが心配だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ