うさぎ、盗賊に出会う(上)
暴力は苦手だ。
正確には、暴力を振るった時の感触が苦手だ。命ある生き物の、肉を潰し骨を砕く感触。殴られた側の痛みを、苦しみをつぶさに想像してしまい、陰鬱になってしまう。
妖狼と戦った時の経験がトラウマになっているのだろう。戦わなければ殺されていたとはいえ、生まれて初めて生き物を殺傷したのだから、精神的な傷になってしまっていてもおかしくはない。私が無意識に発動した黎明の力で結局は蘇ったようだが、それで取り消せる類の経験ではない。
とはいえ、それでは冒険者をやっていけない。私が暴力を嫌いでも、世の中には暴力が大好きな輩や、問題解決方法に暴力を選ぶ輩がいるのだ。そのような連中に対抗するには、やはりこちらも最終的には暴力で対抗するしかない。
リハビリとして選んだのはやはり討伐任務だった。暴力を振るう機会を作り、慣れることにした。最初は硬直したり躊躇したりしたが、幸いどうしてもできないというほど深いトラウマではなかったようだった。
しかし、まだ直接殺す勇気は無い。実は暴力を振るうのも、武器や魔法越しで精一杯なのだ。現代社会ほど優しくないこの世界では、いずれそのような経験もすると思う。いざその時になった時、私は敵を殺すことができるだろうか……。
「けどまあ、像兵なら罪悪感も薄めだし、安心してボコボコにされるといいの」
「安心できねえよ!」
ある日森の中、盗賊さんに出会って脅されたので、像兵で脅し返してみた。ううむ、たかが三メートル弱の筋肉隆々な巨漢を造形した像兵に脅された程度で半泣きになるとは情けない。
「大丈夫大丈夫、ちょっと躊躇して手元が狂うかもしれないけど、死んだら蘇らせてあげるの」
「いっそ殺せ! ……いや、待てよ?」
私の言葉に光明を見出したのか、油断なくこちらを見据える盗賊。
「何だか知らんが躊躇するということは……そりゃあ隙だ。その一瞬の隙、そこを突けばこの場を逆転することができる……!」
説明までされて、それを許すと思っているのだろうか? だが、その自信ある表情が気にかかる。まさか……それほどの使い手だと言うのかっ!?
「……できるというの?」
ごくり、と思わず唾を飲む。
その問いに盗賊はニヤリと笑い──
「それができたら、こんなトコで盗賊やってねえっ!」
威張り腐ってそう言った。
人は魔法に頼らずとも空を飛べる。
この日、盗賊はそれを学んだことだろう。
◆ ◆ ◆
「か、かかか金を出せっ!」
また盗賊が現れた。
妙にへっぴり腰で、武器も服も粗末だし、台詞も噛んでる。そして目線が私と同じ高さ。私と同じってことは子供サイズということで……つまりはやたら背が低いということだ。
「盗賊に差し出すようなお金はないの!」
悪党に屈してはならない。恐喝で金銭を得るなど教育に悪い……じゃなくて経済がアレしてコレして社会に悪い。毅然たる態度で臨む。
「こ、このナイフが見えないのかっ!? いいから金を出せっ!」
その態度が癪に障ったのか、涙目でぶるぶる震えながらそのナイフとやらを突き出す盗賊。うーん、切れなさそうだけど錆び切ってるし、破傷風にかかりそう。
しかし人を刃物で脅すなど卑怯千万! お灸を据えてやらねばならぬ! びしっと盗賊を指差し堂々と宣言する。
「そっちがその気なら容赦はしないの! ──《爆煙》!」
どかん、と軽い爆発が起こり、盗賊が吹っ飛ばされてころころと転げる。ちょっと強めの音と衝撃と煙が出るだけの呪文なので、当然ながら怪我はない。直撃も避けてある。
「ま、ま、魔法使い……!?」
だが魔法の知識がない者にとって、今起こったのはこうだと考えるだろう。魔法使いがよくわからない魔法を使って殺そうとしてきた。
地面に転がったまま顔を蒼白にし、ガタガタ震え出す盗賊。心が痛むがこれも愛の鞭……いや盗賊に対するれっきとした報復! 呪うならば盗賊に身をやつした己の身を呪うがいい……!
「さて……仲間の居場所を吐いてもらうの。盗賊などという悪鬼羅刹はこの世から根絶した方が世のため人のため……」
じゃり、と歩を進める。
ガチガチと歯を鳴らし、立ち上がれぬまま後ずさる盗賊。
「安心するの……お前もすぐ仲間の元へ送ってやるの」
にたり、と笑ってやる。
「う……うわああああああっ!」
耐えきれなくなったのか、何度も転びそうになりながら慌てて逃げ出す盗賊。だがこちらはあえてすぐには追いかけない。盗賊が逃げて行くのを見つめるまま、しばらく立ったまま動かない。
「はあっ……はあっ……! ま、魔法使いだったなんて……こ、殺される……! どうしよう……!?」
死の恐怖に怯え、息切らせながらも全力で走り続ける盗賊。振り返るたび速度が落ちると分かっていても恐ろしいのか、ちらちらと後ろを振り返ってしまう。
「こ……来ない……? 追いかけてきてないのか……? なら逃げないと……!」
姿が見えないことに安心したのか、道を逸れて何処かへ向かって行く。
ちなみに。
当然ながら私も付いてきている。《透明化》と《飛行》で気付かれないように追跡中だ。こういうことはやはり根幹から徹底的にやるべきなのだ。住処を吐かぬなら泳がせるまで。
森の中を右往左往したのち、何処かの道にまた出てきて道なりに進むと、寂れた村が見えてきた。まだ明るいのに人の気配が少ないようだが、とにかくここが連中の住処らしい。
盗賊はそのうちの一軒に駆け込み、扉を閉めた。……そうか、そこか。
しばらく時間を置いて、魔法を解いて扉に近寄る。そして軽くノックしながら、ばれないように適当に声色を変えて話しかけた。
「ごめんくださぁい! 旅の者ですぅ! ちょいと道をお尋ねしたいのですがぁ!」
がたた、と何かを倒す音が聞こえ、何者かが恐る恐る扉に近寄ってくる。ゆっくり、ゆっくりと近づいて来て……様子を見ようと思ったのか、ごく僅かに扉を開けた──その隙間に指を突っ込み無理やりこじ開ける。
ばたんと開いた扉の向こうには、先ほどの盗賊が呆然とこちらを見ていた。
「道を尋ねたい……お前の魂の行き先をなあああああ!」
「ぎゃああああああっ! ごめんなさい! ごめんなさい! 殺さないでええええっ!」
◆ ◆ ◆
「まったく、お金が必要だからって盗賊に身をやつすなんて、浅はかもいいところなの!」
しゃがみこんだ盗賊──いや、少年に向かってこんこんと説教してやる。見るからに貧乏な少年が明らかに慣れない強盗行為をしてきたので、気になって住処まで誘導してやったのだ。
もちろんここまでの態度は演技である。流石に子供に怪我させたり拷問したりはしない。しないからいい加減怯えるのよしてくれないかなあ……。
「こ、殺さない……?」
「殺さない殺さない。さっきのはちょっと脅かしてやっただけなの」
脅かし過ぎたような気がしなくもない。こちらの見た目が人間の子供サイズのウサギ型獣人なので、怖すぎるくらいがちょうどいいと思ったのだが、考えすぎだったらしい。
「あーもうほら、あちこち擦りむいてるの。治してあげるからじっとしてるの──《純水生成》」
「うわっ冷たい!?」
自分が脅したせいだということは全力で棚に上げて、擦りむいた膝や肘を魔法で癒してやることにした。まずは水で洗って汚れを落とす。そのまま回復しようとすると再生の妨げになって効率が落ちたり、異物が皮膚の下に埋まってしまう危険性があるのだ。
この辺はゲームだと考慮する必要は全くなかったのだが、この世界では魔法での治療にはいろいろ気を使わなければならない。
「《治癒》──これでよし、なの」
特に支障もなく、擦りむいたところは癒されて元の綺麗な皮膚に戻った。この程度の軽い怪我なら本人の体力はほとんど消耗しない。
結局のところ呪文がもたらすのは自己治癒能力の促進なので、手順は通常の治療と対して変わらない。骨折の際は骨が真っ直ぐになるように固定しないといけないし、重い病気だとか内臓の異常だとかの単純に自己治癒能力でなんとかならないレベルだと、通常の魔法では治療は難しくなってくる。ただまあ、この身は最高レベルの白魔術師なので、いくらでもやりようはあるが。
「……うさぎの姉ちゃん、白魔術師なのか?」
「そうなの。あとうさぎじゃないの。兎人族のノノなの」
魔法で治療されたのは初めてだったのか、呆然と自分の怪我が治る様を見ていた少年だったが、ふと我に返るとこちらを見る。
「ノノ姉ちゃん! 頼みがあるんだ!」
「何なの?」
最初から何かしらの厄介ごとを抱えているのは目に見えていたので、特に驚くこともなく返事する。
「母ちゃんを、母ちゃんの病気を治してくれ!」
お約束といえばお約束か。
「分かったの。お母さんのところに案内するの」
「お金を取ろうとしておいて、こんなこと言うのは虫がいいとわかって……えっ、いいの?」
「いいのいいの。そんなことだろうなとは思ってたの」
努力して手に入れた力でもないし、それでも無闇矢鱈に使うつもりはないが、困っている子供の力になるのに躊躇はしない。
こちらが了承したのがわかったのか、みるみるうちに表情が輝いた。
「あ、ありがとう姉ちゃん! ありがとうっ!」
よほど嬉しかったのか、こちらに抱きついてきた少年。この世界の人々はリアクションが大袈裟だなと思ってたが、よく考えたら日本ではないからそれが普通なのか。こちらもそれに合わせてリアクションを派手にしていくべきだろうか。
「はいはい、それじゃあ案内するの」
「あっ、ごっごめんよ。母ちゃんはこっちだから……」
肩をぽんぽんと叩いてやると我に返ったのか、慌てて離れて家の外に出た。頬が心なしか赤いのは女の子に抱きついたことに気が付いたからだろうか。くっくっく。いや、冗談だけどね。普通の人間族なら獣人は恋愛対象とかには入らないし。
行く途中で名を聞くと、少年はデュランと名乗った。母親のエミリーさんが病に倒れてしまい、しかし薬を買うお金もないため盗賊行為に及んだらしい。
事情は分かったがそれでも子供にできることじゃなく、返り討ちに合うのが関の山だ。殺されるだけならまだしも、村を襲うための人質にされた可能性もある。子供らしい浅はかな行為だった。けれど今は説教している場合ではない。母親を元気にしたらたっぷり叱ってもらおう。
着いた場所は村長の家だった。病気の者は一旦隔離されて、村長の家で治療を受けているという。……うん?
「ねえ少年。もしかして病気なのはお母さんだけじゃないの?」
「……うん、そうなんだ。っていうか名乗ったのに少年呼ばわりかよ」
強盗行為に及んだり肝心なことを話さない子供なんか、少年呼ばわりで十分である。
参ったな。それほどの事態だとちょっと話が変わってくる。
「とりあえず話を聞いてみるの。ごめんくださーい!」
扉をノックし、呼びかける。しばらくすると扉が開かれ、やたら草臥れたような青年が顔を見せた。若く見えるが彼が村長なのだろうか。
「どうもお待たせしました。おや、デュラン。お母さんのお見舞いですか? それに貴女は……?」
村の子供と見知らぬ獣人に戸惑ったのか、困惑する青年。
「初めまして、私は旅の白魔術師のノノなの。話は少年から聞きましたなの。微力ながら力になれればと訪ねてきましたの」
「白魔術師……?」
意味するところがわからなかったのか、しばし首を傾げる青年。しかし理解に至ったのか突然膝を付き、ぶわわと涙を溢れさせた。
え、ちょっと待て。
「おお……おお……! なんという幸運! 運命は我らを見捨ててはおられなかった! ありがとうデュラン、ありがとう旅のお方! 村はこれで救われる……!」
よっぽど追い詰められていたのか、玄関先でおいおいと泣き始めた青年。やはり事態は深刻なようだ。
「感謝は後でいいの。とりあえず病人を診てみるけどよろしいの?」
「ぐすっ、ええ是非お願いいたします。一刻も早く皆を治してやってください!」
いや、少しは警戒して欲しい。けどまあ、必死に求めていた助けが来て冷静ではないのだろう。この辺は後で言っておくことにする。
まずは約束していたデュランの母親から診ることにした。
部屋に通されると、ベッドの上で横になっている女性がいる。彼女がエミリーさんか。顔色は悪く、呼吸が洗い。健康な状態なら美人と呼んで差し支えない容姿だと思うが、病にやつれたその姿はむしろ痛々しい。
意識はあるのか、ベッドの傍に姿を表した私に戸惑っているようだ。
「私は旅の白魔術師ノノ。村長と貴女の息子さんの依頼で診察に来たの。よろしいの?」
エミリーさんは状況を察したのか僅かに、しかししっかりと頷いた。
「では先生、お願いします」
「頼む、母ちゃんを治してやってくれ!」
いつの間にか先生呼ばわりになっている……まあいいか。一旦青年には出て行ってもらい、エミリーさんにはベッドの淵に腰掛けて服をはだけさせてもらう。一応精神は男なので少し躊躇したが、服の下の有様を見て冷静さを取り戻す。
ちなみに医者の経験なんかないので、正しい診察はできない。とりあえず喉を覗いたり、体温や心音を計ってみたりとそれっぽいことをしてみる。喉は腫れあがり、体温は高く、心臓の鼓動も早い。診察の途中何度も咳と痰が出て、鼻水も止まらないようだ。
……だいたい察しはついたが最後に魔法で診断する。《生体解析》を使うと、脳内に対象の情報が流れ込んできた。情報を取捨選択し、状態に関する情報を確認して行く。
「……ふぅ、終わったの」
エミリーさんをまたベッドに寝かせ、少年と扉の向こうの青年に呼びかける。
「ど、どうでしたか!?」
「母ちゃん治るのか!?」
「落ち着くの。とりあえず何の病かはわかったの」
慌てる二人を制し、ゆっくりと知らせる。
「エミリーさんの病気は──ただの風邪なの」
本当にただの風邪だ。魔法まで使って調べたのだからほぼ間違いはない。ただ、厄介な状況になっているようだった。
「やはりそうでしたか……」
「それなら治るよな!? なあ!?」
「だから落ち着くの。治療自体は可能なの。けれど根本的な解決には至らないの」
「どういうことだよ? 魔法で治せないのかよ!?」
風邪自体は簡単に治せる。だが風邪を引くような原因があるのだ。
「その理由は……ええと、お名前を聞いてなかったの」
「村長代理のフェリックスです……やはりお分かりになりますか」
そういうと青年──フェリックスさんは、疲れたような笑みを見せた。
「お察しの通り……この村では食料が不足し、皆食うに困っている状況なのです。そのため軽い病でも治り切らぬまま徐々に悪化してしまい……終いにはエミリーさんのように倒れてしまう方々も現れています」
デュランもエミリーさんも、フェリックスさんも、みんな痩せこけてフラフラなのだ。明らかにちゃんとした食事が取れていない。エミリーさんに至ってはガリガリに痩せ細り、あばらが浮いていた。これでは治るものも治らない。
「なんなんだよ……母ちゃんは治らないのか?」
「魔法で治すことはできるの。けれど本来治すのに必要な栄養が全然足りてない。食糧が足りていないこの村の状況では、また何かの病気にかかってしまってもおかしくないの」
子供の手前、今度は死んでしまうかもしれない、などとは言えなかった。デュランが痩せているもののまだ余力を残しているのも、おそらくエミリーさんが自分の分を削って息子に与えていたのだろう。母親の偉大なる無償の愛に涙が出てきそうだった。
「それでも……それでも一時的に治るのなら……どうかお願いいたします! 何でもします! 私の財産も全て差し上げますから、どうか! どうか皆の命を救ってください!」
「お願いだ! 俺も何でもする! だから母ちゃんを助けてくれよ……!」
泣きながら懇願する二人。
やれやれ、そんなに必死にならなくてもこっちはすでに引き受けているというのに。
「勘違いしないで欲しいの。手は無いなんて一言も言ってないの」
ちょっと問題があるのだが、解決策はある。
「おお、なんと……!」
「その前に……何でもすると言ったの?」
そこを確かめなくてはいけない。
「……はい、皆が助かるならば私は何でも……」
若いながら村長代理になるだけはある誇り高い精神だ。そんな彼に酷な事を言わなければならない。
「貴方一人だけじゃない。皆がしなければならないことがあるの。それをさせるには貴方の力が必要なの。きっと貴方は恨まれ……憎まれることになるかもしれない。……その覚悟はある?」
「あります」
即答だった。
「そこまでいう程のことならば確実に村人は救われるのでしょう……ならば私が憎まれる程度のこと、何でもありません」
この男、本当に一介の村長代理なのだろうか? 村人のためにここまで尽くすその精神……村においておくのは持ったいないくらいだ。
「その覚悟受け取ったの──《食糧生成》」
魔力がうねり、私の掌の上に一つの果実が出現する。林檎の果実によく似たそれは、まるでこの世にあってはならないかのような毒々しい青色をしていた。
「こ、これは……!?」
「罪の果実──魔法によって生成される、自然界には決して存在しない禁断の果実。これを食べることで貴方たちは救われる」
禁忌を犯すことを囁く悪魔のように、その果実を差し出す。
「けれど、これを食べればもう後戻りはできない」
ごくりと、フェリックスは息を飲む。
だがしっかりとその果実を掴み取り、口の前に掲げる。
「この果実を食べるということを……村人たちをそう説得すればいいのですね」
「それを果たせるというなら、貴方たちは生き残ることができる」
「それが聞ければ……十分です」
儚い笑みだった。デュランは何も言えず、ただ状況を見守るしかなかった。
そしてフェリックスは口を開き、果実を齧ろうとする。
「……待って、ください」
だが、呼び止める声があった。
「母ちゃん……?」
聞き逃しそうになるほど弱々しく、しかし強い意志を込めた声はしっかりと全員の耳に届いた。
「ノノさん……私もその果実、頂けるかしら」
私はエミリーさんを抱き起こすと、無言で果実を生成して手渡した。もはや握る力もないのか、両手で掬い上げるように持つ。
「エミリーさん……何も貴女が今食べなくとも……」
「フェリックスさん……いずれみんなも食べるのでしょう? それなら今食べて……私も皆を説得する側に回ります」
「なんと……なんという……」
感極まったのか、涙を流すフェリックスさん。
何という村だ。誇り高い精神が名産品とかなのかこの村は。
「母ちゃん……お、おれも……」
「母ちゃんが今カッコつけてるんだから……後にしなさいよデュラン」
恐る恐る言う息子を安心させるように、にっと笑った。顔は土気色で痩せこけて、笑顔も引きつっているというのに──私にはそれがとても美しく見えた。
「《活力》──とりあえず風邪を治すために、貴女の体に一時的に活力を与えるの」
《治癒》では病気は治せないし、他の魔法で治してしまっては病気への抵抗力を付けられない。自然治癒に必要な体力を一時的に与えるこの魔法なら、休んでいればそのうち治るだろう。
「これは凄いわね……」
そして、最後に必要なのは栄養だ。物を食べるのにも体力は消費するので、病人には最適な魔法ではある。ただ、結構魔力を使う魔法なので使い手はそれほど多くないらしい。
「それに、これを食べるならきっと体力を使うだろうし……」
「脅かさないでくださいよ……」
大分マシになった顔色だが、笑顔は引きつっている。
だが、これは脅しではないのだ。
「それでは……食させていただきます」
今度こそフェリックスさんは果実を見据え、口を開く。
「それじゃあ私も……」
エミリーさんのその手は震えている。果実を掴むだけの活力は満たされているはずだ。だが、やはりただの村人なのだ。得体のしれない物を食べるなんて恐ろしいに決まっている。
「母ちゃん……がんばって」
──その声を聞いた瞬間、震えはピタリと止まる。
「あんたはやっぱり……あいつの息子だわ」
満たされたような笑顔だった。不安なことなど何もないという顔で、無造作に果実に顔を近づける。
フェリックスさんとエミリーさんが、同時に果実を齧る。
──しゃぐ。
そして──
『うぐっ!?』
同時に呻き声をあげる。
──きっと、私は許されないだろう。
顔を蒼白にしたその二人を見ながら、私はそう思った。




