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うさぎアドベンチャー  作者: A*
第一章 白魔術師
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うさぎ、夢を見る

 いい天気だった。


 青空に雲が流れ、心地よい春風が体を撫でていく。草木が揺れて囁き、鳥のさえずりが聞こえてくる。遠くの山々に何かが飛んでいるのが見える。鳥だろうか? 今日は絶好のピクニック日和。穏やかな陽気についうとうとと眠気を誘われて──


「いやいやいや」


 睡魔を振り払い我に返る。ここで二度寝をしても何の解決にもならない。まず現状を把握しなければ。


 就寝前は確かに自分の部屋だったはずだ。ここしばらくの間深夜まで残業が続き、かなり疲れていたために家に帰って横になるとすぐに眠ってしまった。こんなところで目覚めるような要因は何もない。その筈だ。


 だが気がつくとここにいた。自分が知る限り、住んでいたところの周辺にこんなに自然に満ちた場所はない。四方を見渡してみても、見えるのは山か水平線だ。人工物のかけらも見当たらない。田舎にでも行けばこんな光景があるだろうか。それとも国外だろうか。何となく、異国の雰囲気を感じる。


「……そっか、夢なんだこれ」


 明晰夢。ふと思い浮かんだそれは、この状況にぴたりと当てはまっているように感じた。そう思えばこの突拍子もない展開にも納得が行く。それになんだか自分の声にも違和感を感じていたのだ。背もやたら低いようだし、まるで子供に戻ったようだ。現実的にあり得ないこの状況だが、夢なら何ら不思議なことはない。


 ふと手を見ると、なんと毛に覆われた獣のような手だった。犬や猫ではない。強いて言えばリスが近いのだろうか? 木の実をしっかり掴んで食べそうな可愛らしい手だった。自分は動物になってしまったのだろうか。だが、体には衣類の感触と重みを感じるし、体を見下ろしてみればいくらかの旅の装備と共にしっかり着込んでいる。ローブだろうか? 初めて着た。いや、夢の中だからあくまで着たらこういうものだという想像でしかないのだろうけれど。


 しかし、妙な既視感がある。ローブの柄を始め、バッグなどの装備品、今気がついたが傍の木に立て掛けてある杖。そして直立する小動物の体。夢の中とはいえ、自分の記憶が確かならこれは──


「昔遊んでいた、ネトゲのキャラじゃないか?」


 十年ほど前に遊んでいた、ごくごく普通のMMORPG。オーソドックスな中世ヨーロッパ風ファンタジーを下敷きにしたそのゲームでは、種族として人間やエルフの他に、見た目がほとんど獣のような獣人族(セリオン)を選ぶことができた。更にその中からモチーフとなる動物を選択でき、自分は魔法使い向きの獣人である兎人族(ホビット)を選んだ。そして白魔術師(ホワイト・メイジ)としてキャラクターを作り、遊んでいたのだ。数年ほど遊んだが、ある事情で引退し、社会人になってからはそんな思い出もすっかり忘れていた。


 これはあれだ。ネトゲのキャラで異世界トリップというやつだ。


 アマチュア小説を読むのが趣味なので、当然その手の作品も読んでいた。いい年して表立って言いにくいが、好きなジャンルの一つだった。


 そうと分かればまずは自分の能力の確認だ。流石に十年ほど前のマイキャラの能力を詳しく覚えていない。白魔術(ホワイト・マジック)がメインの技能だったことぐらいは覚えているが、習得した魔法をすべて把握しているわけでもない。だが、引退する時点で最大レベル一歩手前のレベル99まで育て、覚えられる魔法はすべて覚えていたはずだ。それに、気分転換に戦士の修行や黒魔術(ブラック・マジック)なども習得していた。十全に使えるとは思わないが、今の自分はどれほどのことができるのだろうか。


 ワクワクしながら、まず魔法を使おうと試みた。




 ◆ ◆ ◆




 結論から言えば、技術や魔法は使うことはできた。


 使い方を考えると、それらを思い出す(・・・・)ことができたのだ。使う上での基礎知識、習得に必要な理論、更に現実的にありえない魔力の運用方法なども分かってしまった。ただ、夢の中なので分かった気になっているだけだろう。知らないことを夢の中で理解できるはずがない。


 だが、思い出せないこともあった。現実の自分の名前だ。男性で、20代後半で、うだつの上がらない人間。それ以上は頭に靄がかかったように思い出せない。更に、この体である兎人族(ホビット)としての記憶もない。多少の知識はあっても、個人としての思い出がないのだ。夢の中だからと片付けてもいいが、記憶が欠けている故にアイデンティティが揺らぐような気がする。


 そして最大の問題が発生した。習得している能力を、戦闘中などに効率的に行使する自信が全くないのだ。


 そもそも自分はゲームが苦手なのだ。そして頭もそんなによくない。それでいてゲームは好きなのだから、下手の横好きもいいところだった。経験値を稼ぐ上では、旅先で見知らぬ誰かとパーティを組んで、補助役としてルーチンワークをこなしていれば問題なかった。下手でもそれくらいはできた。比較的安全な狩場で、なるべく危険を避けて狩りをしていたので危険もほとんどなかった。万が一突発的な事態があっても、自分がうまく動けなくてもパーティメンバーのフォローがあったのだ。最悪死んでしまっても、ペナルティがあるが復活できるし、取り戻せないくらいではない。空気は悪くなっても、謝れば済む問題だった。


 だが、この世界ではそうはいかない。一瞬の判断が自分や他人の命に関わるのだ。夢の中とはいえ、痛い思いをするのは嫌だし、失敗して罵声を浴びせられたり憎まれたりするのはゴメンだ。実は蘇生魔法を習得しているが、頭に入っている一般常識の中には蘇生の方法は無い。この世界では不可能なのか、秘術として隠蔽されているかのどちらかだが、どちらにせよ蘇生できるから死んでもいいわけがないだろう。


 かと言って、何処かの村に引きこもって村医者になるなどの平和的な選択肢は、それはそれでいいかもしれないがゴメンだ。せっかくの夢なのだから思う存分冒険したい。怪物相手に活躍し、仲間との絆を作りたい。現実とは正反対の、刺激的で煌びやかな生活を送りたい。いつ覚めるのかは分からないが、この夢を全力で楽しみたいのだ。それだけは、確かな思い。


 そうと決まれば、善は急げ。


 迷うよりも、動きだそう。




 ◆ ◆ ◆




 半日ほど歩くと、遠目に街が見えた。それなりに大きく、ここなら仕事を探すことができるだろう。


兎人族(ホビット)白魔術師(ホワイト・メイジ)、名前はノノ」


 自分のプロフィールを再確認する。名前はもちろんこのキャラのものだ。ちなみに女性だ。ネカマはやっていなかったが、女性でキャラクターを作るタイプだった。


「街へ向かって、ギルドで冒険者として登録するとしよう」


 王道というやつだ。ゲーム内ではレベル99と高レベルだったものの、この身には経験が全くない。それならば、身体や魔力のスペックを隠して新米冒険者として始め、経験を積むことにする。


 いざ、冒険者生活の始まりだ!

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