現実
額に冷やりとした物が置かれる感覚にカティが薄く目を開ける。
カティの目の前には青い空、それと心配そうにこちらを覗くウーゴの顔だった
「うぅ…ご?」
「天妃様?お気づきですか?」
あきらかにほっとした顔のウーゴにカティは自分が気を失っていた事を思い出した
そしてそこに感じる違和感
「……テロは?」
「陛下はあの『バカ共』がここで波動をめちゃくちゃに使ったんで、地上への影響を最小限に抑える為に一度天界に戻られてます」
ウーゴが『バカ共』と言った時に向けた視線の先には、二人の場所からかなり離れた所に結界の綺麗な小型ドームが出来ている
それらが色取り取りなのは中からそれぞれの帝が自分の波動でなんとかそのドームを壊そうとしているからだった。
一緒に中から「カティー」や「ウーゴぉぉぉ」などの騒がしい声も聞こえるが、カティは無視する事にした
「ウーゴ…手貸して」
カティが起き上がろうとするのをウーゴが支える
カティにとっても五帝と同じようにウーゴは兄だった。
いつも影から自分を支えてくれていた存在に、カティは何の相談もしなかった事を後悔した
だが出した結論はカティの中で揺らいでない。
ウーゴの心配そうな瞳を見て、説明しなくちゃとカティは思う、ただ自分から言い出しにくくて少しずるい手を使った
「…理由…聞かないの?」
カティを支えるウーゴの手がピクリと反応する。
ウーゴの中では今凄まじい葛藤が起こっている、彼も他の五帝と同様、カティの事が大好きだ。
しかし今のこの彼女のやつれた状況を見ると余程思い悩んで今回の事を実行したんだろうという事がわかるだけに安易に踏み込めなかった
ただこのままでは、何も解決しない事もわかる
なのでウーゴはカティに静かに話しかけた。
「議会に『天帝の銘』の返還を持ちかけたのは本当ですか?」
「……本当」
俯きながら答えるカティの肩が震えてるのがウーゴから見えた
しかしウーゴは敢えてキツい言葉でカティを責める
「では、陛下をお捨てになるつもりですか?」
「捨てるなんてっ!!!」
カティの今にも涙が溢れんばかりの潤んだ瞳がぱっとウーゴに向けられる
ウーゴはこれからカティに言わなくてはならない現実に「ふぅ…」と大きく溜息をついた
「カティ、よく聞いて下さい」
『天妃』ではなく、『カティ』と昔のように呼ぶウーゴはまるで先生のように話始めた。
「議会に返還を申し出たんだよね?じゃあその議会がどうなったのかわかるかい?」
ウーゴから出された質問の意図が解らずにカティは首を傾げる。
カティを嫌な予感が襲う
「テロ様より先に僕ら五帝が王宮に戻ると、それは嬉しそうに議会の事を告げてきた長老達が居てね」
『やっと邪魔な人間が居なくなりましたぞ』
『天帝妃に人間がなるなど…忌々しい人間が居なくなって清清しました』
『やぁ~人間が居なくなるとこうも天界の空気が澄む物ですなぁ~』
耳障りな言葉がウーゴの頭に響き、怒りが再燃しそうになるのを理性で留める。
このような言葉をカティに伝えるつもりは毛頭ない。
「すぐその場にいたあいつらによって消された。言ってる意味わかる?」
「え…?」
「アデリーは灼熱の炎出して身体を焼き付くし、カンデラは氷で串刺しにしてたな。マティが切り刻んで、シルヴォが落雷で全て消し去った」
蒼白になったカティの顔色を見て、ウーゴの心がツキンッと痛むがここで止めるわけにはいかなかった
「そ…んな、…長老に…なんて…事…」
「僕らは当然の事をしただけだ」
カティが震える口元を手で覆い、そしてハッと自分の考えを口にした
「そう…よ。ウーゴなら…結界で…助けてあげられたのよね…」
「……なぜ?大事なカティを僕らの居ない間に勝手に天界から追い出した愚か者をどうして助けなくてはならない?」
「追い出したわけじゃないわっ!」
「そうだね。だから、カティにも辛いだろうけど現実をわかってもらう」
「現…実?」
今から話す事に、ウーゴは思い出しても恐怖で身体が竦む
「陛下はそれからすぐに戻られた。まぁ複数の長老の気配が一瞬にして消えたからだろうね。そして何事があったかをすぐ把握された途端、地上から1000の島と1000種以上の生物が消えた」
「ひぃっ!」
カティの顔色が蒼白だったのが、もう色を無くしている。
一瞬の怒りだけでそれだけの被害を出してしまうテロをウーゴは怖いと思う。しかしそれと同時にその神々しい姿に尊厳を抱く。
『卿等は何を勘違いしている?長老という名に何を求めたのだ』議会に対してテロが言った言葉はこれだけだった
「元々この世界に長老の力なんて必要ない。ただ統制を取りやすくする為だけの物にカティをどうこうする資格なんてないんだよ。せっかく名の有った神族の末裔だから与えられたのにね。」
「……」
「怖い?でもカティを愛してるのはそういう者達だ。カティの考えが安易だとは思わない。だけど僕らにとってテロ様とカティが全てなんだよ」
天帝の妃になるという事。
それをカティは本質ではわかっていなかったのかもしれない。
彼女にとっては大好きなテロと一緒に居られる、それだけだったから。
なのでカティは今聞いて、起こった事が自分の事のように思えない。でも自分がした決断によって犠牲になる人が出てしまったのは事実だ。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
流れる涙を拭う事もせず、ただ手を組んでひたすら謝り続けるカティ。
それを困ったように見つめるウーゴ
「…離縁なんて言ったらどうなるか…理解して貰えた?」
カティがコクコクと頷く
「……でも…あたし天界にはいられない」
「…そうだな」
今のカティが天界に戻っても同じ事。もしかしたら悪くなる可能性もある。
ウーゴはそれなら少し地上でゆっくりして元気になってもらう方がいいと判断した
「なら暫く地上でしばらくゆっくりするのはどう?」
「え?…それで…いいの?」
「『離縁』という言葉を使わないのであれば、僕が責任持ってカティを地上で静養させてあげる」
ウーゴの言葉をカティは信じた
そして、カティ天帝妃が静養と薬の研究の為、地上に降りるという声明がその日のうちに天界を駆け巡った