退位
「魔…薬」
カティは導かれるようにサイドテーブルの引き出しから小さな瓶を手に取る。
魔薬、カティが開発したこの地上で唯一神の波動を抑える事が出来る薬
それは天界の者には決して作る事が出来ない『魔』の力を含んだ薬。
彼女がまだ地上にいた頃、魔の森から取って来た植物の根とアルメアの葉、天界の聖水を調合し出来た偶然の産物だった
しかしこの薬は悪用されれば天界が大混乱になる為にテロが結婚の際にほとんど処分してしまったはずだったのだが、その際に一瓶だけテロの目を盗みカティは研究の為に手元に置いておいた
「これを…飲めば…帰れるかな…」
昔、諸事情で神族のテロにカティがこの薬を飲ませた事があった。
人であるカティがこれを飲むとどういう副作用が出るかはわからない。
ただ、そんな事はどうでもいいと思えるほどカティは追いつめられていた。
『コン・コン』
部屋の扉がノックされる音に、カティはビクッと身体を反応させる。
慌てて手にした魔薬の瓶をゆったりとした袖口に隠す
「どうぞ…」
両手を前で組んだ侍女が頭を下げて部屋に入ってくる
「天妃様、アウノ様より『明日の五の刻に』と伝言を承りました」
「明日…」
今しがた話したばかりの事なのにとカティは思うが、それほどに天帝を慕うアウノは天帝の役に立たないカティを嫌っていたのだろうと納得し苦笑する
「もう引き返す事は出来ない」とカティは一つ息を「ふぅ」と吐くと、キッと視線を真っ直ぐ窓へ向ける
「明日、議会が行われるという事は今日はテロも五帝もここにはいない」と心の声で呟き、明日の自分に対してカティは作戦を練りだした
*
次の日。
ざわつく謁見室には各長老達が椅子に座り落ち着かない様子だった
居るはずの天帝、五帝の姿が見えない事で一体何の為の議会なのか皆わからず戸惑っているようだった
そこに天帝側近のアウノの声が響き渡る
「カティ天帝妃様おなりです」
一気にざわめきが膨れ上がり、そして扉が開くのと同時に音が消える
そしてまたアウノが声を出すが、今度は先程とは違い地を這うような声だった
「天帝妃の謁見に着席のままとは?」
慌てた長老達は立ち上がり、両手を前に組んで頭を下げる
その中をカティは必死に自分を奮い立たせ開いた扉から真っ直ぐ前を向いて、玉座に向かう
カティは侍女に衣を整えて貰いながら玉座に座り、顔を伏せている長老達に声をかける
カティの澄んだ声が謁見室に響く
「面を上げて下さい。今日は忙しい中、私事の為にお集まり頂き有り難うございます」
この謁見もカティの天界での慣れない事の一つだった。
いくら周りの者に言葉を直すように言われても、神々に対しての恐縮は拭う事が出来ずこうして丁寧な口調になってしまうのはどうしようもなかった
カティの言葉に長老達は顔を上げ、目の前にいるカティへ視線を向ける
天帝の唯一の妃。滅多に表に出てこない妃。
それは漆黒の髪と瞳を持ったまるで人形のような容姿をした人。
その姿に思わず眼を奪われてしまった長老達は言葉を誰一人発する事が出来ない
だが、カティに反する心を持ったものがいち早く自分を取り戻すとカティに対して言葉をかける
「天帝妃。本日はどのような議を?」
「…」
「天帝も五帝も居らぬ中の議会。それは余程の事情がおありなのでしょうなぁ」
「いやはや、いたずらに議会を呼び出されたのではたまったもんではありませんなぁ」
カティを認めぬ者達が次々と言葉を繋ぐ
カティはじっと彼等の言葉を聞いていた。そして彼等も一通り言い尽くしたのか、謁見室に沈黙が流れた所でカティが話しだす
「先程私事と言いましたが、私『天帝の銘』を返還しようと思います」
何が起こったのかわからない一同。
彼等の耳にカティの言葉が届いていたにも関わらず、その言葉を処理する事が出来ない
沈黙を肯定と取る事にしたカティは言葉を続ける
「つまり妃を辞めて地上に戻ります」
「っっっ!!!」
「私の事を天帝の役に立てない妃だとお思いなのも存じております。その通りです。ですので次の妃には是非天帝のお力になれる方を望みます。そして皆様にはこれからも陛下の事を支えて下さいます様よろしくお願いいたします」
そういうとカティは玉座から立ち上がり、頭を下げる
「お待ち下さい!!妃様」
「?」
「このような一大事は…、天帝、五帝のいる所で無くては結審出来かねます」
多少自分の事を思ってくれてる神が居る事にほんのりカティの胸が熱くなる。
ただその事に流されてここで退く訳にはいかないとカティは気を引き締めた
「ですが私も現在天帝妃の身、結審は私にも可能なはずです」
「しかし…」
「天帝はお優しい方です。このままでは陛下の為になりません。陛下の為なのです承知して下さい」
陛下の為と言われてはその後の言葉が繋げない。
そして元よりカティの事を認めていなかった者達はここぞとばかりに、賛成の意を掲げている
「それでは皆様。退位ご承知頂けたと理解し、結審させて頂きます」
一度立ち上がった玉座に再び座る事なく、カティは目の前の扉に向かって歩きだす
慌てて長老達が顔を下げる
カティは先程反対の意を唱えてくれた長老のところで立ち止まるとそっと「我侭を通してすみませんでした」と耳打ちした
そしてその先は立ち止まる事なく扉まで向かう。
扉まで来ると側にアウノが控えていた。
「陛下はいつ戻られますか?」
「明後日には」
「では今日中に地上に降ります」
「…御意」
「私の侍女達の今後は悪いようにしないで下さいね」
「御意」
「アウノ様…有り難う」
「……」
それから部屋に戻ったカティは今まで仕えてくれた侍女達に労いの言葉をかけ、まるで旋風のように供も付けず王宮から地上へと降りたのだった
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