殺人茶
カティはこれ以上ないほど心拍が上がっていた。やはり死を覚悟したとはいえ「生き返る事が出来る」という言葉はまるで奇跡のような言葉だった。現世に未練が無かったわけではない。ただ選択肢がそれしかなかったから死を受入れた。例えどんな事があろうとカティはテロの元に戻りたいと願う
「ただし…今其方に残った魂魄は我と同化するに耐ええた物のみじゃ。つまり其方は生き返っても人に戻る事は無い」
「人…じゃ、無くなる?」
カティは頭で幽体などの心霊的な物を想像してしまう。地上の科学者ならばそんな物は存在しないと言い切る存在だが、カティは科学者とは言え人外の者と数多く知り合い、幽体に知り合いは居なくてもそれも存在するのではないかと考えていた。ただそれでは生き返るとは言わないのではないのか?などとブツブツ呟くカティに今度は頭に縦にアネルマの扇が入った。
「ぃった!」
「これ!また勝手に推測しおって…、科学者という物も困ったものよのぅ…」
「す、すみません。…それが仕事だった物ですから…」
「ちゃんと最後まで話を聞きゃ」
「……はぃ」
カティはとりあえず落ち着こうと思い、ハーブティが入ったカップを手にとって口にしたが…その瞬間…
「ぐはぁっ!!」
「なっなんじゃっ!!!」
カティは想像の味との余りのギャップにお茶を吐き出していた。カティのお茶と香りが一緒のそれは似た部分は香りだけで凄まじく不味い代物だった。口の中には馴染みの薬草や香草しか感じ取れないが、いつもと違い酸味・苦み・エグミが見事に調和をとり、カティの意識を奪おうとその力を発揮していた
「な…何で…こんなに不味いんですか…」
「何?其方がいつも飲んでおったのはこの味ではないのかぇ?」
「こんなの皆に出したら…確実に誰か死にますよ…。あっ!あたし死んでるから飲んでも平気なんですかね…」
「入れ方が不味かったのかぇ…其方と意識と知識の共有はしておっても、味覚は共有しておらぬからのぉ」
どうやって入れてもこんな殺人茶にはならないはず…とカティは額から次々と流れ出る脂汗を手で必死に拭っていた。どんな調合をしてもこんなに凄いお茶はあたしには作れないとカティは思った。しかし…「突然変異」という言葉が頭に浮かび、先程優雅にこのお茶を飲んでいた目の前のアネルマにカティはちょっとした疑問を抱く。
「あの…そちらのカップを飲ませて頂いて宜しいですか?」
「良いぞぇ」
「では…………ぐっはぅ!」
もしかしてこちらのカップの中身はまともなのかも…と飲んだ事をカティは激しく後悔する事になった。気管が休息に窄められ息が苦しくなる。二度の臨死体験はなかなか貴重な経験だが、余り回数を重ねたいとは思えない物だった
「ぐっ…す、すみません…水を…」
「ほれ、飲むがよぃ。そうか…この茶は不味いのじゃな…」
そう言って、再びカップに口を付け平然と飲みほしたアネルマにカティが真からの恐怖と尊敬の意を抱いたのは間違いなかった
そしてカティは与えられた水を全て飲み干し、まだ口が痺れ違和感があるものの何とか息が出来る様になった。しかしカティは「あの香りのお茶がこんな味になるなんて…悲し過ぎる」と土下座しアネルマに言った
「私にお茶を入れさせて下さい」
きょとんとしたアネルマは「頼んだぇ」と扇を広げてにっこり笑った。カティは立ち上がると側にあったお茶セットを載せたワゴンに近づき、そこにある見慣れた葉や花に「何故これが…」と首を傾げながら、畑でいつもしていた様に手際良くお茶を入れる
立ち上る湯気にいつもの香りが混ざるが、香りだけでは安心出来ないとカティは少し自分のカップに注ぐと恐怖もあったが目をつぶってカップのお茶を一気に飲んだ
「…良かった。いつもの味だ」
安堵の息を吐きながらカティはアネルマの分もお茶を注ぎ、テーブルに運んだ
「どうぞ…」
「うむ。頂くぇ」
コクンと喉をならして飲むアネルマにカティはまるで審査されてるような感覚に陥った
「美味しいのぉ。そうか…このような味じゃったのか…」
「…はい。私の記憶では…」
「そうか…やはり我の想像だけではちと難しかったのぉ…」
「…想像?」
カティは何かその言葉に科学者の嗅覚が鳴り、思わずアネルマに問いかけていた
「想像とはどういう事ですか?」
「この白の世界は我が住まう其方の中の精神世界じゃ、例えばこの茶も我が違う味と思えばそのように変化する。そういう不安定な空間なのじゃ」
「…精神世界」
つまりカティが入れたお茶もカティがそのお茶の味を覚えているからその味になっただけだと説明されカティは思わず目の前のお茶に違う味を想像して飲んでみた
「…ほんとだ…コーヒーに味が変わってる…」
カティがその不思議な現象に意識を奪われていると、目の前のアネルマが盛大にお茶を吐き出していた
「な、な、何じゃこれはっ!!苦い!苦いぞぇ!!」
携わった物の思考に変換されるのかとカティはその様子を見ながら、なるほどなるほどと繰り返し頷いていたのだった